第15話 既に年貢の納め時ですか
無事にリミエンに戻って来れた。
ケルンさん、ステラさん、サウザスさんは城門を通ってから別行動となり、アリアさんはロイがアパートに案内すると張り切って引っ張って行った。
なので一緒にリミエンの町の中を歩くのは、左手にエマさん、右手にルーチェ、王妃様とフィリーさん、あとは護衛のマーメイドの四人だ。
アルジェン、カオリはバッグに入って顔を出している。
ドランさんはマジックバッグ経由で先に屋敷に戻った。
問題はラビィで、トットと走って帰ったのだが、欲しい物があったら店主に『クレストのツケで!』と言って買い食いしているらしい。
町の人達も既に喋る熊に慣れており、普通に客として接しているとか。
そう言う状況なら、アルジェン達が新しく仲間になったことを知らせても『またクレストのところに何か増えた』程度で終わるだろう。
あくまで願望である。
それと王妃様を俺が使っていた『南風のリュート亭』や我が家に泊める訳にはいかないと思い、王都には負けるけどリミエンで一番の高級宿に連れてくる。
「ここがクレスト殿の屋敷か?」
と王妃様が真顔で聞いてきた。
「どう見ても宿屋だと思いますけど」
「お主なら何でもあり得るからの。宿の一軒ぐらい経営しておってもおかしくなかろう」
アパートは押し付けられた形で一軒持ってるけど、暫く赤字予定なんだよね。
「折角ぶらり旅をしておるのに、こんな宿では落ち着けん。
もう少し庶民的な宿が良いのじゃ…それかクレスト殿の屋敷の一室を借りられんか?」
「御冗談を」
俺もエマさんも首を横に振る。元からあった二階の四部屋はロイ、ルーチェ、マローネが使っていて残り一部屋なんだけど。
「ルーチェよ、暫くこのオバサンとこのお姉ちゃんをおうちに泊めてくれんか?
報酬は一泊にキャンディー三つじゃ」
「ずっと泊まってていいよ!」
そう言うことに純粋な子供を使うのはズルイと思いますけど。
これが王家流の駆け引きなのか?
「と言う訳で宜しく頼む」
「サリーが我が儘を言って済みません」
フィリーさんがペコリと頭を下げるが、当の本人は何食わぬ顔だ。
いや、王妃様の顔は串焼き屋台を向いていた。
「クレス糖を使った串焼きとはなんじゃ?
聞いたことがないが、リミエン名物かの」
「甘じょっぱいタレが美味しいのっ!」
王妃様の質問にルーチェが涎を垂らしながら答える。食べたいと顔で訴える二人の圧に負けて、網の上に並んでいた串を纏め買い。
「ズルイのです! 私も食べたいのです!」
「・・・!」
そうなると思ったよ。
二人がバッグから飛び出して俺の肩に立って欲しい欲しいと駄々を捏ねる。
初めてアルジェンとカオリを見た串焼き屋のおじさんが暫く目を見開いて絶句したが、いつものことなので気にしない。
「この子達も俺の新しい家族なんで、以後宜しくね」
ここは行き付けの屋台では無いが、俺の顔は知っていたらしく、
「子熊もたまに来るからツケで食わせてやるよ。
飛べるからって勝手に持ってこうとしたら火傷するからな」
とアルジェンに注意する。
「ありがとうなのです!
お腹いっぱいツケで食べるのです!」
「そりゃ有難い」
コッチは有難くない!
町の人、頼むからあまりラビィやアルジェンを甘やかさないようにお願いします!
通行人が立ち止まってアルジェンとカオリを二度見、三度見しているが、俺の顔を見て納得して去って行く。
少し納得の行かない気もするが、トラブルになるより遥かにマシか。
「リミエンは良い所じゃな。誰もアールを見て騒がんのぉ」
「クレストさんが色々やってるから、耐性が付いたんですよ。
この町には『クレストだから』って言葉がありますからね」
串焼きを食べながら笑顔でエマさんが答える。
そう言う納得の仕方は良くないよ、絶対もう少し考えた方が良いと思うよ。
◇
久し振りの我が家!
靴を脱いで上がるスタイルを王妃様は知っていたようで、これは楽だと喜んでいるが、その王妃様を見てブリュナーさんが珍しく固まっていた。
それでもリミエン側の誰一人にも王妃様の件を伝えないと言う訳にもいかない王城側は、ドラ猫便でブリュナーさんに事前に伝えていたそうだ。
しかし本当に各ギルドやリミエン伯爵にお忍び旅行中ではあることを伝えていないと言うのだから、恐れ入る徹底ぶりだ。
「ブリュナー殿、済まぬがリミエン滞在の間、こちらで世話になろうと思うてな。
ここなら安心じゃし、宿代もいらぬ故」
「…はい、サリー様のご主人から急ぎの連絡が来ておりまして…御冗談かと思っていたのですが準備は致しております」
二階のマローネ部屋を片付けたのかな?
取り敢えず王妃様とフィリーさん、マーメイドの四人はリビングで寛いでもらうことにする。
そこにロイとルーチェ、アルジェン、カオリ、ドランさん、ラビィ、マローネ…も一緒なので広いリビングが少し手狭になってしまったが我慢してもらおう。
床はふかふかなのでゴロ寝をすると気持ち良い。ダイニングセットを端に寄せ、皆が適当に床に座る。
マローネは遊び相手が増えたので喜んでいるし、アルジェンとカオリが融合技を披露して薔薇の列車で部屋中を走り回って楽しんでいる。
俺とエマさんはそれぞれ三階の自室に向かう…
「…? ? ?
あの、配置が変わってるのは気のせい?」
「私の部屋に二人を泊めるから。
それでついでに引っ越したの」
「二階の部屋を使うんじゃなかったのか…」
俺の部屋にエマさんの荷物が入っていたのにビックリ。
確かに婚約してるし、既に肌も合わせてるから問題は無いかも知れないけど。
「三階に部屋を増やしておいて正解だったね。
今回のは流石に予定外の使い方だけどさ」
「でも、お陰で思い切ってコッチに来られたし…お世話になります」
少し恥ずかしそうなエマさんがとても可愛い。こんな状況でないなら今すぐ抱き締めたい所だけど、こう言う時は大抵誰か入ってくるものだからね。
部屋の外から王妃様とシエルさんの声がする。
向かいの元エマさんの部屋に案内したようだ。
それからすぐにコチラの部屋のドアがノックされた。
「まだ抱き合っておるところじゃろ」
と王妃様がドアを開ける。
そう思うなら、普通は逆に開けないと思うけど。
「…ふむ、もう済んだのか? 早いのぉ」
「何を期待してました?」
「愛しあう若い男女の久し振りの再開じゃ。
やることは一つしかあるまい」
冗談を言ってるのは表情で分かるけど、もう少しデリカシーを持って欲しい。
「稼いでおる割に小さな屋敷じゃと思ったが、中は快適そのものじゃ。
商業ギルドのマスターの部屋が土足禁止と言うのは聞いておかしいことをすると思っておったが、体験してみると靴を脱ぐ家も良いものじゃな」
バリアフリーって意味では玄関で一段上がるからブーなんだけど、寛ぎって意味では土禁に軍配が上がると思うのは元日本人だからかな。
「このスタイルの部屋を王城にも一室構えてみては如何です?
流石に全部は費用的にも収容人数的にも無理ですけど」
何人ぐらい城に居るのか知らないけど、靴を脱いで上がるのだから物凄い靴の数…シューズボックスだけでも凄い数に渋滞必至だな。
だから作るなら茶室を一つだけって感じだろう。
「そこがクレストの愛の巣か。
思ったより普通じゃな」
「どんな部屋を想像してたんです?
俺は至って普通なんですけど」
「もっと奇抜と言うか…普通では無い環境だから面白い発想が出てくるのかと」
俺の発想は地球にあったもののアレンジだから、普通の部屋で生み出せるんだよ。
逆に普通じゃない部屋に居たら、落ち着いて図面が書けないと思う。
「あ、言われてみれば普通だったわね。
頭の中が少し違ってるのかな?」
と王妃様の言葉にエマさんが納得…でも俺は納得行かないけどね。
「そうそう、もうすぐ夕食じゃからな。
今夜はリミエンの屋台飯が色々並ぶそうで楽しみじゃ」
てっきりブリュナーさんの力作が並ぶのかと思ってたけど、屋台飯コレクションなのか。
まぁ、その方が王都との違いがよく分かるかも。
◇
夕食後、リビングで王妃様が床に寝そべりマッタリとしている。
確かエマさんも同じようなことをして、ラビィにミノタウロスになるぞと脅されたっけ。
「この家にあれだけ女性が集まるのなら、クレストが女好きと噂されても当然じゃな。
男はブリュナー殿しか居らぬしな」
「それは…オリビアさんは家庭教師ですから仕方ないですね。
マーメイドの四人は、ライエルさんがセッティングしたんですけど」
貯水池の子供達の護衛から彼女達と付き合いが始まったんだっけ。
それから俺の専属みたいな扱いになってるのはライエルさんのせい。
「ライエルにはライエルの考えもあるじゃろ。
冒険者には冒険者の伴侶が居て当然じゃしな。
受付嬢のハートを射止めたクレストは奥手に見せ掛けた策士の肉食系なんじゃろ?」
「エマさんとは相思相愛ですよ。
お互い一目惚れみたいな感じ?」
「エマ殿、反論はないのかの?
男はそう言う勘違いが酷い生き物じゃからな」
恥ずかしそうに俯くエマさんに王妃様が質問する。
「うーん、クレストさんは話をよく聞いてくれたし、真面目だし、それに食べ歩きマップのアイデアを出してくれたりして凄いなって思ったかな」
エマさんが初めて会ったときの日のことを思い出しているようだ。
「登録の時にトラブルが在って、凄い魔力を出す恐い人だと聞かされてたけど、実際は優しくて感じが良いなぁって…。
今から思えば、身なりもしっかりしていて冒険者らしくなくて、こう言う人なら付き合っても悪くないかなって」
「ほぉ、そんなにクレスト殿は強そうだったのじゃな。
今はテントウ虫が当たっただけで骨折しそうなのにのぉ」
そのテントウ虫が怖すぎる。どんだけ大きいんだろ?
「して、今夜はずっと裏方に徹しておったが、家庭教師のオリビアはどうなんじゃ?
海運業ギルドの雇った賊を蹴散らした猛者として名を轟かせているそうじゃが。
そのような者をずっと厨房に立たせておくとは」
「それは…本人がそうしたいとのことでして」
王妃様の質問にエマさんが答えた。
俺が戻って来て軽く挨拶をしてから、言われた通り厨房に居たのだ。
「クレスト殿の周りには良い女性が集まって居る。臆病者のお主には勿体ないぐらいにな。
その者達の能力を活かすも殺すもお主次第よ。
エマ殿もオリビアの嫁入りについて反対しておらぬのじゃろ?」
エマさんが少し躊躇うような様子を見せる。
「はい…シャーリン王女を娶ることと比べると言うのはおかしな話ですが、気の知れた女性ですから私としてもオリビアさんに幸せになって欲しいと思います。
今は私がクレストさんを独占していますが、彼女もクレストさんの隣に立つに相応しいと」
マジですか…エマさんまでそんな風に思っていたとは予想外だ。
根本的に結婚観の違いが在るとは言え、そう割り切るのって並大抵のことじゃないよね?
「ブリュナーさんが対応していますが、他にも色々な貴族家等から嫁の押し売りに来られていますし、正式にクレストさんにはオリビアさんとの婚姻を考えて欲しいです。
シャーリン王女より格上の相手は居ないと思いますが、敵もあの手この手で捻じ込もうとしてきますし、クレストさんは優しいですから…その癖、脇の甘いところもあるので、このままだと私の認められない女性を迎えることになると思います」
王都ではずっとベルさんと戦女神がボディガードしてくれてたから、外部からの接触が無かったと聞かされている。
王城側も最初からあの四人を付けるつもりだった節があるから、マーメイドの四人は余計な被弾をしたに過ぎないんだよね。
「そう言えば夕食後からアール達が静かじゃが、何をしておる?」
と王妃様が急に話題を変えるのは、多分俺に考える時間を与えようと言う気遣いだろう。
「あの子達なら、マローネ部屋に集まって楽しく遊んでますよ」
「猫の部屋に? 二階のか?」
「はい。王都に行っている間はドランちゃんとラビィとマローネが遊んでいました。
マローネもサイズの近いあの子達が良い遊び相手になっているのでご機嫌です。
前は私にべったりだったのに嫉妬しますね」
どんな様子か見に行きたいけど、今は王妃様に言われたことの消化が先かな。
「少しマローネ部屋に行ってみようかの。エマ殿、シエル殿、フィリーも付いて参れ」
俺とブリュナーさんの二人で話し合えってことか。どちらか言うとブリュナーさんに説得を任したって雰囲気だけど。
「嫁の押し売りってそんなに凄いの?」
女性陣がリビングから出て行き、ブリュナーさんと二人なので気兼ねは無い。
それに一番苦労している人だし、言いたいこともあるだろう。
「えぇ、王都行きが決まってから加速しましたね。
それに王都での件が知れれば更に増えるでしょう。今でもエマさんがキレるぐらいですから、この先を考えるとエマさんの精神と私の業務に支障が出るのは確実です」
「そんなにか…でもそれって俺の知らない人ばっかりだよね?」
「えぇ、そうなります。
親方様にとっては不本意でしょうが、やり過ぎたのは親方様ですし…税金の納め時かと」
この世界の言い回しは、年貢じゃないんだよ。脱税してるみたいで凄い違和感。
「何か抜け道は無い?」
「コチラが策を弄せば相手もそれに合わせて動くだけですよ。そう言うところだけは抜け目が無い連中ですから」
「八方ふさがりな感じ?」
「はい、チェックメイトですね。
現在の盤面からの強行突破はお子様達、工房他関係者に良くない影響を与えるのでお薦め出来ません。
良い具合に親方様がご自身の首を絞めている形なので、敵も非常に喜んでおります」
まさか俺のやってきたことって…敵の攻撃対象を増やしただけなのか。
誰が敵なのか一切俺は知らないけど、お見合い写真が山のように詰まれていて、回避するには四人の枠を俺の信用している味方で埋めて固めるしかないってことか。
「明日は間違いなく伯爵様からお呼び出しがあるでしょう。
あちらにも貴族家から何とかしてくれと話が来ている模様ですし。
親方様はモテモテで羨ましいですよ」
俺は嬉しく無いし、ブリュナーさんも本気ではないと思うけど。
王妃様がリミエンに強行したのは、お忍び旅行なんて名目だけで、そっちの件を片付ける為だったんじゃ…?




