第12話 運び屋リタ
ウドルの町で薔薇のおばさん、ことロジエさんがクレスト被害者の会に仲間入りを果たす僅か前の頃。
クレストの屋敷に呼ばれていたのはルケイドだ。
相談があるからとブリュナーから呼ばれ、一緒に昼食をとった後に用途不明の輸入食品がズラリとテーブルに並べられたのだ。
「キャロブですね。これは粉末にすればお菓子の材料に最適で…」
見た目は少々不気味だが、大きな豆の鞘を乾燥させた物を手にしてルケイドがそう言った瞬間、
「お菓子っ! 俺がやる! ゴリゴリッやる!」
と興味深そうに見ていたロイが手の上から引ったくり、厨房へと駆けて行く。
イナゴ豆とも呼ばれるキャロブはチョコレートやココアの代用食品となる。
使い方さえ分かれば、スーパー料理人のブリュナーが美味しく調理しくてくれる。
「問題はこれでして」
イチジクのような形の実の表面に、ゴマみたいな粒々が沢山張り付いたものが出てくる。
ルケイドも初めて見た物だが、手に取って魔力を流せば『植物図鑑』スキルが発動する。
「これ…商業ギルドで作っているゼリーのライバルになるかも…」
「食べられますか?」
「これ自体は味が無くて食感だけです。ゼリーも同じですけど。
でも、この種みたいなのを水に入れて揉むだけでゼリーが出来ちゃう…らしいです」
これがあれば、苦労してゼラチン質を集めなくともゼリー擬きが出来る『アイギョクシ』と呼ばれる植物だ。
「ルーがやるの!モミモミ!」
と今度はルーチェがお手伝いを申し出る。
「リュウガンは好き嫌いが分かれましたね。
この緑色のはどうです?
甘い臭いがしますけど」
ブリュナーが手に取ったのは、緑色のマンゴーだ。熟れている色には見えないが確かに甘い香りが漂っている。
「土マンゴー、これで熟してます。色が黄色くなると熟しすぎの果物ですね。
マジックバッグが無いと輸入出来ませんよね。クレスト兄が帰って来たら食べましょう」
「そうですか。分かりました。
あと、最期にこれを…」
ブリュナーが出したのはドリアンを切った物だった。
「バッグに戻してっ!」
ルケイドもドリアンの臭いはダメな派だったらしい。
「親方様と同じですね」
としみじみ呟き、窓を開けて換気するブリュナーだった。
その日のオヤツはアイギョクシから作ったレモン風味のゼリーとキャロブの粉末入りパンケーキ擬きだ。
パンケーキもブリュナーの手によって色々アレンジが加えられていて、生地に少し水気を多くして薄く伸ばすと簡単に早く焼けるのだ。
これはクレープとも言うのだが、ブリュナーは知らずにクレープを生み出したのだ。
◇
それらの食材をクレスト家にもたらしたリタであるが。
今はまた船の上に立って風を吹かせている。
リミエンに居ても肩身が狭い思いをするだけだったが、船の男達はリタの過去など全く気にしない。
風を帆に当てて船を加速させるリタを、むしろ女神のように…は大袈裟であるが、一人前の人として扱うのだ。
船乗りに取って風を操る能力をを持つ者は絶対に敵に回してはならない存在だ。
機嫌を損ねればリタの気分一つで航海の途中で沈没なんてことに成りかねないからだ。
だが、今のところリタはこのような船の旅が気に入っている。
慣れないうちは船酔いもしたし、お腹を壊すこともあった。
だが、海の旅にも少しずつ慣れていき、今では白かった肌も日焼けして別人になったようで、心の中まで見た目と同じく変わったような気がするのだ。
風を上手く掴んだ船がリタの補助無く快調に進み出す。
船員達にもそれが分かってリタに休憩を勧める。
船長、副船長クラスなら船に乗る者の過去も知っている。
だがレイドルは『訳ありの女だが風を吹かせる』とだけ船長に教えている。
酒場に行ってもリタの噂は今ではすっかり聞かれなくなった。
冒険者ギルドの悪女として強いバッシングを受けていたのだが、人の噂も何十日って言うヤツだ。
それでも調べる気になって少しの金を握らせれば、面白おかしくリタのことを話す者も居るだろう。
だが船に女性が乗ると言う、それだけで贖罪の意味を込めているのだと船長達は気付いている。
少し離れた場所からそんなことを考えていた船長の気も知らず、船員達はデッキで相撲を取ったり釣りをしたりと好き勝手に時間を過ごす。
海には海の魔物も居るが、貿易船クラスの船を襲うような魔物は居ない。
手漕ぎボートなら沖合いでサメに襲われることもある。なので漁に出る船はサメ退治用の槍が欠かせない。
勿論この船『ゴーテン』号にも各種武装は配備されている。
サメ退治だけでなく海賊対策としてだ。
それに最近、キナ臭い噂が流れているのだ。
『リミエンでウィンスト家の娘を攫おうとしたのは海運界ギルドではないか』と。
何処のどんな組織も一枚岩ではないのは当たり前。十人十色、考え方も価値観も人それぞれ異なるのだ。
どうしても馬の合わない者も居る。
そこに利害関係が結び付けば、強制排除に出てくる者が現れてもおかしくない。
悪事を手助けする裏の世界のギルドが存在する、そう真しやかに囁かれるぐらいだし、実際奴隷を斡旋するギルドも存在するのだ。
海の男達の戦場は海の上だけだと思われがちだが、むしろ丘の上での情報戦の方が重要なこともある。
乗組員はどうか分からないが、船長クラスは立派な商人であり、経営者なのだ。
貿易はハイリスクハイリターンのギャンブルであり、少しでもリスクを減らす努力を怠れば、リターンを得られないどころか、冷たい海の中に御案内されてしまうかも知れないのだ。
「警戒を怠るなよ!」
船体中央のメインマストにある見張り台で望遠鏡を覗く船員に下から船長が怒鳴る。
船が快調な時は気が緩みやすくなる。
海の上はずっと同じ景色が続くのだから、これは仕方の無いことだ。
それでも時には小さな島々の横を通過することもあり、そう言う時は浅瀬に乗り上げたりしないよう注意が必要なのだ。
今リタが乗っているゴーテン号はコンラッド王国から東に向かって進路を取っている。
往復一ヶ月半から二ヶ月とそこそこ長期間の船旅だ。
船を使う貿易で一番気を付けなければならないのは、食糧、水、そして健康管理だ。
幸いにして、船主であるウィンスト氏からマジックバッグを三つも貸与されており、水や食料品などを大量に運ぶことが可能となった。
その分だけ余分に商品を乗せることが可能になったのだから、一度の交易に於ける収益が五割近く増しただけでなく、船員達も食事に遠慮する必要が無くなってヤル気が五割増しとなった。
後は馬鹿な船員がリタに手を出さないかだけが心配の種だ。
ナニをやるにしても、本人の同意があれば問題は無い。
陸に上がるまで、過酷な労働に耐える男達の欲求がリタに向かわないように見張るのが、今の船長にとって最も重要なミッションである。
数時間後、見張り台から声が掛かってくる。
「一時の方向! 寄港地! 見えてきた!」
航路には幾つか停泊の出来る島があり、気分転換に上陸することがある。
本来は物資の補給が目的なのだが、今はマジックバッグのお陰で補給よりレクレーションが主目的に変わっているのだ。
船の上では釣りは出来ても狩猟は出来ない…海の男なのに、野山を駆けての狩猟も大好きなのだ。
釣りは糸を垂らしてジッと待つ。
狩猟だって藪に隠れてジッと待つ。
やることはそう変わらない?
良くは分からないが、とにかく魚でも鳥でも猪でも、獲物を仕留める行為に快感を覚えるものらしい。
そんな訳で長年掛けて少しずつ整備した崖ぶちの停泊所に船を停める。
そこは波の穏やかな入り江になっている場所で、デッキの上からフックの付いたロープをグルグル回して勢いを付けて崖に投げ、引っ掛けたロープを引っ張り船を寄せる。
とんでもない荒技である。
それから船が崖にぶつかっても損傷しないように浮き輪のような緩衝材を側面に垂らし、ロープに沿ってタラップを少しずつ送り出す。
崖側には人の手で乗船場が作られており、そこに係留するロープを掛けるビットが植わっている。
タラップの先端も外れないように引っ掛けられる構造になっていて、ここが彼らが普段から使っている大事な施設であることがそれらからも良く分かる。
「リタが居るお陰で停泊もラクに出来る。
大したもんだ」
繊細な操作が求められる着岸だが、リタが帆に吹く風をコントロールしているのでいつもよりスムーズに着岸出来たことに船長が大いに喜んだ。
もしリタが男だったら、肩をバンバン叩いていただろう。
潮位で船のデッキと乗船場の高さが大きく変わるので、タラップは階段ではなく滑り止めの付いた板である。
左右に柵が無いので、この上を歩くのはかなり怖い。
高所恐怖症の人なら確実に回れ右で逃げ出すのだが、リタは幸い高い所もへっちゃらなスーパーウーマンだった。
少し揺れるタラップを鼻歌混じりに渡っていくリタに、乗組員も大した女だとリタの評価を一段階上げたようだ。
タラップを降りた先は土属性魔法で工事をしているので、表面は凸凹もなく普通に歩ける。
岩をくり抜いたような洞門を抜けると、緑の絨毯と言える平らな緑地が広がっている。
ここをキャンプ地にするらしく、先に下船した船員がテントを張り始めていた。
こんな場所で暮らすのも悪くないかな。
そう思ったリタだが、よく考えてみるとアレも無いコレも無い、不便な生活を強いられるのだからすぐにその考えを投げ捨てる。
家を追い出され、帰る場所も無いとは言え、せめて人間らしい生活を送らせて欲しい。
その為にはレイドルから与えられたこのチャンスを決して逃さず、コンラッド王国一の女船乗りとして名前を馳せてやる!
コホン…少し妄想が過ぎたらしいと反省し、警戒心を見せない小鳥達をそっと捕まえ…
「痛い痛いっ! つつくのなし!」
掌サイズのカナリアみたいな小鳥なのに、予想外のハイパワーで突かれて涙目になる。
そりゃコレだけの攻撃能力があったら、逃げる必要無いわね…今後知らない動物は手に乗せまいと誓うリタだった。
◇
その日の深夜だ。
海の上を小舟が進む。目指す先は停泊する交易船だ。
交易船に横付けとなった小舟の上で、ヒュンヒュンヒュンとロープを回してシュッと離すと、シュルルルと飛んだ鉤爪付きのロープがデッキ縁の手摺りにコツンと音を立てて引っ掛ける。
それを引っ張り外れないことを確かめると、小舟に乗っていた人物達がロープを登って交易船に乗り込んだ。
その数は三人。後ろ腰に挿していた刃渡りの短い剣を抜き、足音を忍ばせて船室に入るドアをそっと開ける。
グサッ!
船室から躊躇うことなく突き出された一本の槍が男の腹に突き刺さる。
「無賃乗船はお断りだぜ」
腹に槍…ではなく銛を生やして藻掻く男の顔面に渾身のパンチを叩き込んだ船員が格好付けてそう言ったのは、後ろにこの船唯一の女性に良い所を見せようとの下心か。
夕食を陸で食べたものの、水回りの事情は島より船の方が良い為、リタと護衛役が船に戻っていたのだ。
船室から勢いよく飛び出した船員が、斬り掛かって来た剣を殴ったばかりの男を盾にして防ぐ。
「清掃員に怒られるな」
そうボヤキながら、腰から剣を抜いてまだ戦意を失っていない二人と向かい合う。
「もう一人連れて来りゃ良かったか」
船員の中では剣の腕は一、二を争う彼だが、二対一で無傷で勝てる自信は無い。
「嬢ちゃん、もし俺が死んだらメリーにルッソは勇敢に戦ったと伝えてくれよな」
リタの返事を待たずに二人に斬り掛かろうとしたルッソの耳に、突風が奔る音が聞こえた。
僅かな余波を受けただけのルッソに対し、まともに突風を食らった一人がバランスを崩して転倒する。
「ナイスっだ!」
驚き立ち竦んでいた一人と数合打ち合い、剣を弾き飛ばす。
倒れていた男が立ち上がろうとすると、続けてリタが突風を当てて転がした。さすが性悪リタと呼ばれた女だ。
そう言うところは抜け目がない。
リタのお陰で掠り傷程度で済んだルッソが二人をロープで縛りあげ、逃げられないようマストにグルグル巻きにする。
一人は亡くなったが、二人はルッソに斬られたもののリタが魔法で治療したのだ。
「誰に頼まれたのか、洗い浚い吐いて貰おうか」
剣をナイフに持ち替え、尋問を始めたルッソは少し楽しそうだが、リタには人を甚振る様子を見る気はない。
だがリタが一人で船に居れば、殺されたか船を燃やされたのだから二人に同情するつもりはない。
恐怖を体験して眠れぬ夜を迎えることになったが、自分を守ってくれたルッソの戦う姿は格好良かったと思う気持ちで相殺され、グッスリ眠ることが出来た。
そして迎えた翌朝。
目を覚ましたリタをに、
「眠れたか?」
と優しく問い掛けるルッソ。
「うん…あの昨日はありがとう。
ルッソさんって結婚してたんだね」
「俺か? 独身だし、子供も居ねぇぞ」
「え? だって昨日メリーによろしく伝えてくれって」
「あぁ、メリーは実家に預けてるヤギだ。
メッチャ可愛いぞ」
「うそ! 羊じゃなくてヤギっ!?」
全力で突っこむリタを温かい目で見守るルッソであった。
その事件があってから、リタとルッソの仲が急接近していくのだが、今後も詳しく語られることは無いだろう。




