第11話 お花畑は贅沢なのです
王都からの帰路はあれから何のトラブルも無く、驚く程スムーズに進んで行く。
二泊目はスオーリー副団長達と会った宿泊施設で一泊し、翌日の午後にカオリを受け取ったウドルの町に到着した。
あの薔薇を栽培しているおばさんに会いに行くと、空の鉢植えや土が大量に用意されていて、おばさんがヨッコイショと鉢植えを用意していた。
「こんにちは。また来たよ」
とおばさんにクレストが声を掛ける。
「あら、あの時のお兄さんじゃない。どうしたの? あの魔物が悪さしてるの?」
「カオリは良い子にしてるよ。
今日はまたあのローズヒップを飲ませて欲しくてね。商売相手の人を連れて来たんだ」
商売相手とはケルンさんと王妃様のことだ。
カオリとアルジェンはバッグの中でお休み中。
「あらまぁ、そんなに気に入ってくれたのね。
うちの人は飲まなくて、私一人だと持て余してたのよ。
用意するから座って待っててね」
パタパタと家の中に入って言ったおばさんが、暫くしてお茶のセットを運んで来る。
俺達は言われた通り、前回も使った東屋の椅子に座ってスタンバイオッケーだ。
おばさんが手際良く淹れてくれたローズヒップティーが華やかで微かに甘い香りを漂わせると、
「これは良い香りじゃな。
紅茶のような気取ったものではなく、花の中に飛び込んだみたいで、甘酸っぱい香りが食欲を刺激しそうじゃ。
味の方が気になるわぃ」
と王妃様が言葉遣いの訓練の成果を発揮することなく香りの感想を述べる。
「お好みで蜂蜜をどうぞ」
とティーカップと小さなシロップ入れに入った蜂蜜とスプーンが各自の前にそっと置かれる。
まずはひとくち、そのままで飲む。
それから蜂蜜を少しずつ入れて味を調整。
「旨い…まさか薔薇からこんな旨い物が採れるとは驚いた」
王妃様が蜂蜜を足しながら味の変化を楽しむ。ケルンさんはあまり蜂蜜を入れない派のようだ。
「やはりこれは売れると思いますよ。
こんな華やかな香りの飲み物はそうありませんからね。
王都で売ればかなり儲かるでしょう」
とニコニコ顔でケルンさんが太鼓判を押す。
まさかアンテナショップに出すつもり?
どれだけ収穫出来るか分からないから、あまり王都には出したくないな。
「最初はキャプテンクッシュで試験導入させてもらいますよ。
売れ行きが良ければ温泉旅館でも出したいな」
「それはズルイ。王都にも降ろして欲しいのじゃ」
「じゃあ、サリーさんの分だけ家に送りますよ。まだ王都での販売は無しにしましょう。
その方が優越感が味わえるでしょ」
自分が飲む分だけが確保出来る…王妃は悔しそうな貴族家の女性達の顔を想像してニヤリとする。
「それもそうじゃな。して、これをクレストのは一杯幾らで売るつもりじゃ?」
値段のことなんて全然考えてなかったわ。
量産体制が取れていないのだからプレミアム価格を付けるべきだが、お店でも提供したい。
「一杯大銅貨三枚…キャプテンクッシュで出すのはこれが限度ですかね。
それで提供出来ないなら、販売は見送って我が家専用にします」
客単価の高い高級店に卸しても良いが、自分があまり寄り付かないお店より気軽に入れるお店で飲みたいものだ。
「それなら高級レストランに卸すのが普通だと思いますが。一杯で銀貨一枚でも頼む人は出ると思いますよ」
やっぱり生粋の商売人のケルンさんならそうするのか。
「生産者が掛ける手間暇と資材費に見合う取引価格を先に決めるべきであるな。
其方の名前は…?」
と王妃様が薔薇おばさんに聞く。
そう言えば、ずっと薔薇のおばさん呼びしてて名前は聞いてなかったな。
「ロジエと申します。
貴方様は?」
「サリーじゃ。王都のしがない商会の放蕩娘とでも思ってくれぬか」
「…分かりました。そちらはクレスト様とケルン様ですね」
「ご存知とは光栄です」
どうやらケルンさんは名のある行商人だったらしい。
「ロジエさんの卸値は商業ギルドに判定してもらいましょう。
さすがに農業未経験の我々には適正価格の算出が出来かねますからね」
へぇ、そう言う決め方もあるんだね。
ロジエさんもそれで良いと頷いてくれたし。
「折角じゃ。王都の茶菓子をロジエ殿にも」
と俺に王妃様が指示するので、マジックバッグに手を伸ばす。
アルジェンが起きている時はアイテムボックスから出して貰えるけど、寝ている時はアルジェン達の入った普通のバッグとマジックバッグの二つ持ちになる。
マジックバッグに手を突っこんで『王都クッキー』を取り出すと、何故かドランさんも付いてきた。
『クレストさん達だけズルイです!』
念話でそう叫ぶものだから、寝ていたアルジェンがモソリと起き出し、カオリも後に続く。
「ダメドラン、うるさいのです!」
とテーブルに飛び乗ってから俺の手の上のドランさんを指さす。
アルジェンとドランさんを初めて見たロジエさんが目を見開いてビックリした後、木製のマネキンボディーに変化したカオリに更にビックリだ。
「あの薔薇の魔物がこの子よね?」
「はい、カオリと名付けました。カオリ、ロジエさんに挨拶して」
恐らくこの世界で唯一、人の言葉を理解する薔薇の魔物のカオリがロジエさんに向かってペコリとお辞儀する。
「まぁ、賢いわね!
カオリちゃんは私の事を覚えてるかしら?」
両手を腰に当てて頭をコクコクと下げるのは、ロジエさんの事を覚えてるってことか。
毎日お世話してもらってたから、お母さんみたいな存在なのかな?
「この場所はカオリと同じ匂いがするのです!
とても良い気持ちなのです!
それにちょうどオヤツ時間なのです!」
アルジェンはちゃっかり王都クッキーに狙いを定めていたようで、アルジェン、ドランさん、カオリが並んでオヤツっ!オヤツっ!オヤツが欲しいっ♪!と合唱を始める。
三人とも小さい成りなのに食い意地は一人前以上だな。
ドランさんとカオリ用に追加で作ったティーカップを出してローズヒップティーを注いでもらう。三人には最初から蜂蜜多めで。
「王都にはここのと同じ薔薇が咲いておらんのかな?」
「王都には行ったことがないので存じませんが、必要なら苗をお分けします。
種から育てるのは少々手間ですからね。
同じ種類の薔薇は、山に入ればあるかも知れませんね。
でも主人は食べれない花を植えるより、野菜を植えろとうるさくてねぇ」
子供達がオヤツを手に取って食べ始めたところで、大人達は話を進める。
「普通に考えればそうかも知れんな。
じゃが見事な薔薇の生け垣とアーチを作ったものじゃ。我が家にも作りたいものじゃ」
お城に薔薇園…ベルばら宮殿か。でも薔薇の管理って大変なんじゃないかな。
宮廷の庭師の給料は税金から出るんだけど、日本の偉い人達はそこんとこどう思ってんだろね?
「クレストよ、ローズヒップティーの増産、お主に任せたぞ」
「俺がですか? 無茶ですよ」
「元はお主が欲しくて広めようとしたんじゃろ? 油ばっかり絞ってないで、花の栽培に少し手を広げるだけで構わんよ」
随分と簡単に言ってくれますね。
それに油は売る物だし。
「戻ったら商業ギルドに寄りますから、その時に相談してみます。
土地の問題もあるし…あ、温泉旅館の回りに薔薇園はどうかな…バラの花びらを浮かべたお湯とか…」
「それじゃっ!」
王妃様がガバッと立ち上がり、ガバッと俺の手を掴む。
「城でやれば怒られるじゃろうが、温泉旅館ならそれも可能じゃろ!」
「おう…サリー…さん、手離して! マジ指、折れたっ!」
俺の人差し指が普段向かない方向を向いて痛い…なんちゅう馬鹿力…
アルジェンに治して貰えたから良かったけど、ウドルの町には治癒魔法の使い手が居ないんだから!
町に一人か二人は治癒魔法の使い手が配置出来るようにならないと、安心して物も言えなくなるじゃないか。
治癒魔法と言えば、王都で解剖やってんのかな?
もうボチボチ結果が出てても良い頃だよな。
医療の発展は絶対必要だし。そうなると次は顕微鏡が必要か?
ウイルスを観察するには電子顕微鏡が必要だけど、今はとりあえず光学顕微鏡で我慢だな。
町の外での俺とアーミンのドタバタを望遠鏡で見てたらしいから、レンズは作れるって分かってるし。
「何を考えておった?」
「この町にも治癒魔法士が必要だってことと、サリーさんが思ったより力持ちだったってこと」
「馬鹿力じゃなくて、お主がひ弱なだけじゃ。少しは鍛えい」
「今の俺はカナブンが当たっても怪我するんですから」
「カナブンどころかテントウ虫にも気を付けんとな」
この世界の昆虫ってどんなんだよ…まさかゲラーナのサイズは普通だったのか?
「軍の囲っておった治癒魔法士は三分の一は田舎に帰ったらしいのぉ。
元が少ないんじゃし、国境警備の連中にも融通してやらんといかんじゃろうから、地方に回そうにも回せんじゃろうな」
「パパは天地無用の割れ物注意なのです!」
やっぱり早いとこ治癒魔法士倍増計画を実行してもらわねば…そんなのあるのか知らんけど。
「そう言えば、ロジエさんはギルドカードはお持ちですか?」
「農業ギルドの大銅貨級ですわ」
「それなら御礼の気持ちに少しだけ振り込んでおきます」
「そうじゃな。流通してない品を回してもらうのじゃ。こちらも少し」
「サリーさんのは俺持ちで大丈夫ですよ」
だって王妃様のお小遣いって税金なんだから。それに金銭感覚も違うだろうから、素で桁を間違えそうで怖い。
「そうか? 済まぬな。それなら王都に送る分はエリックのお強請りのと併せて請求してくれんか」
「はい、適正な価格の請求書を回しますよ」
ドラ猫便で王都に送るのって、利益率何パーセントが適正なんだろ?
それとも一回幾らにした方が良いのかな?
真剣に悩むクレストだが、エリック皇太子に海産物を頼む場合の事を忘れているのだ。
王宮を利用するのだから、手数料を払うとすればVIP価格になる筈。それを考えると素直に原価で取引する方がよっぽどストレスにならないのだが、いつそれに気が付くのやら。
カンファー家のハゲ山に薔薇を植えたらどうなるかな?と呑気に考えるクレストに、他の者達がこの人はそっとしておこうと優しい気持ちになったとか。
ついでにサリアス王妃は王城の何処に薔薇園を作るか、ケルンは何処の村が薔薇栽培に適しているかを考えていた。
貯水池の温泉旅館近くに畑が作られる予定なのは既にリミエン周辺地域には周知されていて、アイデア募集の段階である。
野菜だと華やかさに欠けるので果樹園になる可能性が高いと踏んでいるロジエが、それなら薔薇園は見た目も香りも良くて実も採れる、花びらを浮かべたお風呂にも入れて最高の選択ね、と思うようになっていた。
薔薇園を作るのはそう簡単ではないが、長年自宅の庭に趣味で薔薇を増やしてきたノウハウは誰にも負けないわよ、と言う自負もある。
折角クレストさんと知り合えたのだし、彼も薔薇風呂で奥さんと楽しむつもりみたいだし、誰の迷惑にもならないわ!と決意する。
「温泉旅館の回りに薔薇園を作る計画、立ててみませんか?」
「大賛成なのです! カオリのお茶が飲めるのです!」
「・・・!」
ロジエさんの言葉に真っ先に反応したのはアルジェンとカオリだ。
「リミエン伯爵がどのあたりまで煮詰めているかだね。
まだノープランなら、採用されるかも」
「それならクレストがこの薔薇茶を伯爵に飲ませてやれば良い。これが飲めるなら伯爵もノーとは言うまい」
自分の作った物を伯爵に?
ロジエは改めてそうなる可能性を認識し、思った以上に重大な決断なのではないかと不安になってきた。
「ロジエ殿、済まぬが薔薇茶の素を少し分けてくれぬか」
王都の商会の放蕩娘…よね?
ひょっとして、この女性は王城の関係者ではないかと思うに至り、記憶を紐解いて行ったロジエが行き着いた答えが一つ。
「あの…まさか王妃様では?」
恐る恐るサリーにそう質問する。
「私はサリーじゃ。名前は偶々王妃と同じかも知れぬが。それで問題ないじゃろ」
「…やっぱり…まさか連れて来るなんて」
答え合わせで二重丸を貰い、クレストの非常識さに頭を押さえる仲間が一人、ウドルの町に誕生したのだった。
だが、この出逢いが薔薇の都リミエンと呼ばれる第一歩となったのも事実である。




