第10話 その頃、キリアスの人達は
『魔熊の森』を訪れていた宮廷魔法士のサウザスが監視を続けているのは、この森の主だった魔熊と呼ばれる魔物である。
その巨体はマグマのように熱く、クチからは火山弾を発射するその魔物は、攻撃力に反して大人しい魔物であった。
だが、この森に潜んでいた『悪魔の欠片』と呼ばれる精神体の魔物に憑依され、一時は狂ったように暴れていたが現在は落ち着いている。
森は広範囲に渡り焼失したが、サウザスが持つ魔の杖『雨叢雲』が降らした雨によって鎮火し、被害は当初予想に比べればかなり抑えられたと言えるだろう。
もともと魔熊が雨を嫌う魔物であったことが幸いしたのだが、この魔杖で雨を降らせるには相当量の魔力と水を吸収させる必要がある。
再度使用するには一ヶ月のインターバルが必要である。
降雨によって冷静さを取り戻した魔熊は、体に降りしきる雨を蒸発させながら巣穴へと戻っていく。
何故さっきはあんなにも我を忘れる程暴れ回ったのか、本人にも分からないのだ。
だが、彼の中には『悪魔の欠片』が潜み、心に隙を見せればまた暴走を繰り返すこととなる。
この精神体の魔物もなり振り構わず魔熊に取り憑いたのだが、一時的に弱っていた心に付け込むまでは良かったものの、魔熊が冷静さを取り戻すと魔物の格と言う問題が立ち塞がった。
格上の魔物に憑依したせいで、体を好きなようにコントロール出来ないのである。
ソイツが魔熊を操れるのは、戦わずに負けを認めた時の事を思い出して心が弱くなった時だけなのだ。
もしそうでなければ、この森は数日の間に全焼してしまったことだろう。
それでもソイツは思う。
『滅びを免れただけでも儲け物』だと。決して、もう獣、ではないので悪しからず。
増援を頼むべきかと一度は判断したサウザスだが、落ち着きを取り戻した魔熊の様子を目にして対策を練り直すことにする。
ライエルなら悪魔の欠片が憑依した対象に魔力を流し込むことで、中に潜む欠片を退治することが可能だ。
だが、今回潜り込んだ相手は触れば大火傷では済まない、まさに『触るな危険!』の魔物なのだ。
魔熊を相手にするのはドラゴンを相手にするのと同じぐらいの覚悟が必要であろう。
「どうすりゃ良い?
人死に覚悟で最終決戦か?
まさか王女の予言の魔王って、実は魔熊のことじゃないだろうな?」
シャーリン王女の中途半端な予言に舌打ちしながら一度『魔熊の森』から退避し、リミエンに向かうことに決めたサウザスである。
◇
その森を挟んだ向こう側は、『腐ったエルフ』と揶揄されるエルフのバルムが支配するキリアス東部である。
キリアスの悲劇は四百年程前に偶然訪れた一人の青年に起因する。
当時は統一国家であったキリアス王国だが、その青年が絶対王制を公の場で批判したのだ。
その場に居合わせた貴族や衛兵達によって即座に連行されるだろうと思われたが、武器一つ持たぬ青年に衛兵どころか騎士ですら太刀打ち出来なかった。
「まさか俺ってチート持ち?」
その時にそんな謎の言葉を残した青年は、それから一時期キリアス王国から姿を消す。
だがそれが切っ掛けとなって国民の間に溜まっていた不満が爆発、キリアス王国の各地で反乱が発生し、次々と独立して行ったのだ。
数年後に妖精を連れてふらりと帰って来たあの青年は、元キリアスの地の惨状を見かねたのか今度は先頭に立って小国となった各地を武力制圧していったのだ。
彼の傍には常に数頭の魔物が控え、人間の攻撃などには怯むことなく、まさしく猛火の如く攻め込んでは簡単に撃破していった。
時には人質を取って脅すなどえげつない戦略も駆使したらしいが、やはり魔物を使役した戦闘が彼の代名詞となっている。
そして数年で再びキリアス王国として統一国家を建国し、自らが批判した王の座に座ることになった。
彼が絶対権力者となった後、『魔界の王』を自称する者がキリアス王国に宣戦布告をしてくる。
そこで一度キリアス王国の歴史が百年程闇に閉ざされる。
再び歴史の表舞台に現れた時には統一されたキリアス王国の姿はなく、幾つかの勢力に別れて争いの続く戦乱の舞台へと化していた。
魔界からの侵攻を食い止めることには成功したものの、魔界とキリアスを結ぶゲートは残ったままになっている。
その頃の記録によれば、異世界からの勇者召喚の手法は確立しており、少しでも強力な力を持つ勇者を呼び寄せようと各勢力が積極的に行っていたらしい。
そうして召喚された勇者の中でも特に有名な『剣の勇者』と『魔法の勇者』が同時代に召喚されたのだ。
それが約二百六十年程前のこと。
当時は各勢力が自分達こそキリアス王国の本流であると主張したり、開き直って強力な力を持つ魔族をトップに据えたりと、混沌として収拾の付かない状態となっていた。
それでも東西南北と中央に強力な守護者が現れたことで、現在の五分割されたキリアスを形作るようになる。
運が良いのか悪いのか、キリアスは金、銀、鉄鋼が豊富であり、またダンジョンから様々な物資が産出できるとあって、その資源とダンジョンを手に入れた五つの勢力が勝ち残ったのだ。
ダンジョンのお陰で五大勢力は他の勢力と積極的な交易を行わずともそれなりに暮らしていける環境にあるが、北、南、西は他の勢力の財産を虎視眈々と狙い戦闘が繰り返しながら現在に至る。
東のバルム三百歳を越えるエルフであり、中央のデュークアードは二百八十歳を越える長命種の魔族である。
その二人は長い年月を戦いに費やしたことで、いつの頃からかキリアスの統一には興味を無くし、今ある領土を堅守する方針を取り始める。
その片割れの一人、バルムが突然中央のデュークアードと不戦協定を結ぶと決めたことを発表し、配下の者達は大いに混乱することとなった。
デュークアードの方針は堅守と堅実であり、他の勢力と手を結ばれると厄介極まりない相手であるが、味方となるならこの上なく頼りになるのは間違いない。
だが本当に融和を図る事が可能かどうか、その方法は、また誰が使者を勤める等、配下達は失敗の出来ないこの計画をどう進めるかと考えこんだ。
そんな彼らを見てバルムが一言、
「そんなの我が行くのが当然ぞ」
と事も無げに言い放った。
政治に興味を持たず、日々何か怪しげな開発に没頭していたバルムがそんな事を言うものだから、まさか偽物か!と疑う者も居たとか。
バルムは身替わり君シリーズを作り出す程の魔道具作りの第一人者でもあるのだから、そう疑われても仕方ない。
そんな事があったのち、供を連れることなくバルム一人が境界線を越えて中央のデュークアードの支配する地へと足を踏み入れた。
そこで彼女を待ち受けていたのは、クレストからソープランド好きの残念な子扱いのトータスだ。
「我はトータス!
鋼鉄王の何番目かの息子だ!
ここから先は鋼鉄王デュークアードの支配する土地である。無断で侵入することは出来ないぞ」
「無断侵入などせぬ。
それよりお主、何番目か分からぬのか?」
どうやっ!と言う顔で名乗りを上げたヒョロット背の高いトータスに、エルフだけあって美人のバルムが真顔で返す。
「永ーく生きてると、嫁もたくさん居てもそうなるんだってさ」
「なるほど、魔族は子供が産まれにくいと聞くが、数撃ちゃ其れなりに当たるのか。
それは何よりじゃのぉ。
儂はバルム。東の代表じゃ。よろしくの」
バルムはトータスなどに用事は無く、早いところデュークアードと会って和平交渉を終わらせ、開発中三昧の生活を送りたいのである。
「三百歳を越える婆さんらしいけど、一人で何しに来たの?
ケンカなら買わないよ」
「儂もケンカは好きではないわぃ。
中央と東、統一してデュークと仲良くしたいと思うて来たのじゃ」
そんな事を言われて、ハイ、そうですかと答える者はただの馬鹿だろう。
トータスもそこまで馬鹿ではなかったらしい。
「長生きしすぎてボケたのか。
老人ホームを紹介しようか?」
「世話になるなら、リミエンの施設を希望するんじゃが。アソコなら美味い食いもんも面白い物もありそうじゃ」
リミエンと言えば、最近そこから来たって、言う面白い人が居たよな、とトータスがある人物を思い出そうとする。
「えーと…クレンジングじゃなくて、クレよんじゃなくて、クレーンストップだっけ?」
「お主が言いたいのはクレストじゃろ?」
「あっ、それそれ! あの人、どうなった?」
「儂にキスして胸を揉みしだいて出ていきおったぞ」
トータスがバルムの胸を見て…疑いの目になった。
「顔はともかく、あの人、マニア?
超、引くわーっ!」
「エルフは皆ヒンニューじゃ。それでも乳は出るぞ。何なら飲ませてやろうか?」
「エフ以上じゃないと、僕のは機能しないからノーサンキュー。エル、フなのにエーとか詐欺だよね?」
「胸に拘るとはお子様じゃな。奴みたいな太腿派も困ったもんじゃが」
「あの人、どこでもイケるらしいからねー。
リミエンに婚約者残してるのに、うちのネーチャンと…あれはセラドリック様だからノーカンか」
「その話! 詳しく教えろっ!」
「じゃあ、走りながら話すよ」
自分の足の速さが異常だと言うことに自覚のないトータスが、あっという間にバルムを置き去りしていった…。
「アイツが息子で大丈夫か?」
真剣に悩むバルムに、回りに居た警備兵達も激しく頷く。
そんなこんながあった後、何とか中央と東の境界線を挟むようにして高官同士が向かい合う日が訪れたのだ。
いずれ劣らずキリアスの中では其れなりに名の知れた者達なのだが、モブなので名前は伏せておく。
デュークアードはクレストの子供が産まれればリミエンに向かうつもりでいる。
その為にはキリアス南北と西をどうにかしなければと思っていたし、バルムも北と南の脅威を排除出来れば大手を振ってリミエンに遊びにイケると思っていた。
その為に魔道小砲や身替わり君シリーズを開発し、配備を進めていたのだ。
だが中央と東のそんな動きを黙って見ているだけではない勢力があった。
東と中央が手を結ぶのなら、北は西と、南も西と手を結ぶ事を考えて…そこでふと立ち止まる。
「赤熱の野郎、絶対俺らを捨て駒にしやがるよな」
「あのエロきちがいがマトモな同盟を組む訳がねぇな。アイツだけはダメだ」
北と南の勢力から散々な評価をされているセキネさんだが、彼はそんなことはお構いなし。
今日も執務室で女の子相手にセッセと腰を振る通常運転だ。
西にはまだバルムとデュークアードとの同盟の情報は届いておらず、失ったテツタローさんの代わりとなる新しい兵器は無いものかと、ダンジョンの奥を目指して騎士団を派遣する。
騎士団とは名ばかり、どこからどう見てもゴロつきのようなヤバそうな連中ばかり。実はダンジョン探索をやりたがる正規の騎士は既に居なくなっているのだ。
テツタローさんを見付けた時でも多くの仲間を失い、制御出来るようになるまでに更に犠牲を増やし…挙げ句にテツタローさんはルーファス軍に破壊されたのだ。
確かに失った仲間の数とテツタローさんの挙げた戦果を比べれば…と無理やり自分達を納得させようとする騎士達だが、アレに殺される事が名誉ある死と言えるかどうかと悩むのだ。
◇
北の暴風王ボレアは名前が表すようにかなり気性の激しい人物である。
風属性の魔法の適性持ちであり、恐らく『フライト』の魔法を使わせれば彼より上手く扱える人間種は居ないだろう。
戦闘に於いては特大のハリケーンを敵にぶち込み、何もかも空中に巻き上げ落下させて破壊する大技を好んで用いる。
だが、中央のデュークアード軍は何故かこの攻撃の効きが悪い。
それどころか、デュークアードの鋼の体は一切の攻撃を受け付けぬだけでなく、自らを鋼のの弾丸としてボレアに発射、腹に穴を開けた事がある。
それ以来、ボレアはデュークアードには手をださなくなった。
やるなら東のエルフの方が…だが奴の領地を攻めると部下が一人、また一人と消えて行くのだ。
何があるのか今一つ見えない恐ろしさがあり、こちらにも最近は手を出さないようになりつつある。
◇
南の激流王ズワールも北と似たり寄ったりだ。
彼も気性が荒く、水属性の魔法の適性持ちであり、『メイルシュトローム』の魔法を使わせれば彼は人間種として最大級の渦を作りあげるだろう。
だが悲しいかな、彼の支配する場所は川はあれど海がない。
攻撃魔法としてボレアのハリケーンのように敵の大軍に向けて使えば大量の溺死者を出すはずの大きな渦にも、デュークアードの軍は殆ど流されない。
それどころか鋼の弾丸と化したデュークアードによって肋骨をバキバキに折られたのだ。
それ以来、中央にはなるべく手を出さないようにしている。
やるなら東のエルフだと思い、攻めこんでみれば霧の中を延々と歩き続けて元の位置へ戻って来る。
あの怪しげな術を攻略しない限り、東への侵攻は難しいだろうと諦めているのだ。
だが、北も南も完全に諦めたかと言えばそうではない。
デュークアードやバルムの居ない現場を狙って侵攻するぐらいのことはやっている。
だがどちらも戦巧者なのか、単に防御側の優位と言うやつか、目立った戦果は挙げられていない。
こうやって数年間の膠着状態が続いていたのだ。
だがそれはあくまでボレアとズワールの主観であり、デュークアードもバルムも薄氷を踏むような思いをしながら耐えているのだ。
決してラクに侵攻軍を撤退させているのではない。
いずれも攻撃に備えて訓練を続けた賜物なのである。
だが侵攻があれば少なからず兵を失うので、出来ればそのような真似は辞めてもらいたいと言うのがバルムとデュークアードの本音である。
その二人がクレストと言う鎹を通して偶然繋がったのだ。
もしエマがあの時クレストを、そして神を止めていなければ。
クレストの中にセラドリックが居なければ、デュークアードが動くことは無かっただろう。
もしデュークアードとクレストの戦いとなっていれば、アルジェンと合体することで発動可能なクレストの奥の手KOSに変身し、光剣でデュークアードを切り裂いたかも知れないし、鋼の拳を受けて胸に穴を開けられたかも知れない。
仮にデュークアードに勝てたとしても、配下の腕利きの武将達を敵に回してタイムリミットのあるKOSで乗り切れたとは思えない。
その時の話を聞かされて、デュークアードがセラドリック大好きっ子で本当に良かったとバルムも思っている。
その結果、中央にはクレストの子種が残る事になったのだが、バルムの知ったことではない。
むしろクレストがキリアスの王になったほうが面白いのではないかとバルムは思っているし、デュークアードもセラドリックを宿すクレストを間近に置いて置きたいのが本音である。
そんな二人の思いがクレストに届く訳も無いのだが、そう願いを込めながらバルムとデュークアードは握手を躱し、キリアス統一に向かって進み始めたのだ。




