第9話 走れビリー!
「予定では今日出発ですが、どうなったでしょうかね」
「クレスト様が何かやらかしてなければ良いのですが。
もし大事件があれば高速通信バットが飛んでくるんですよね?」
「そうですよ。
王都から一晩で手紙を届けられるプラチナバットが居ますからね。この事は内密に。
我が家にギルドから連絡が無いことを祈るばかりです。親方様が何もやらかしていないとは思えないのですが…」
リミエンにあるクレストの屋敷の中では家令のブリュナーとメイドのシエルが朝食の準備を行いながら、そんな話をしていた。
アルジェン丸焼き事件やアルジェンソロライブの模様は既にリミエンの一部の者には情報が届いているが、ブリュナー達一般市民には知らされていない。
王都から早馬を出してもリミエンに到着するのに通常なら三日掛かる。
緊急性のより高い情報の場合だと、馬を乗り替えて二日間で到着させることも物理的に可能だが、それは乗る者の体力次第。
ちなみに王宮が出す早馬は騎士の中でも特に乗馬に長けた者が騎手を務め、各ギルドは専門の高速通信要員を確保しようと躍起になっているらしい。
ドランさんと合体すると六倍の速度で移動出来るクレストも、商業ギルドの通信要員にノミネートされているとか、いないとか。
話が脱線したが、ブラックドラゴン襲撃未遂事件について書かれた手紙は今朝方リミエンに届いているが、まだそれを読むべき者達が目を覚ましていないだけである。
▽
王都に住む市民達は誤った実況中継によってクレストが黒龍を倒したのだと信じていたが、実際には戦闘すら行われていない。
黒龍の悪ふざけでクレストが倒したように演出したのである。
倒された筈の黒龍が白いオコジョとなって王都に現れ、クチから火を吐いたことでそれが黒龍の生まれ変わった姿なのだと市民は素直に受け入れる。
当然、市民は黒龍の攻撃を防ぎ、白オコジョに変えたクレストがドラゴンスレイヤー(仮)として表彰されると思っていた。
だがクレスト本人の都合により、本件に関わる式は一切行わないと王宮から通達が出てガッカリした。
何故なら公に馬鹿騒ぎする機会を失ったからである。
恐ろしい黒龍と対話することで王都を守ったクレストを英雄と讃える市民達は、王都の至る所で勝手に守護龍アーミンの誕生とクレストの偉業を肴に路上で大騒ぎを始めた。
これがクレスト達が王城で最期の夜を過ごすこととなった経緯である。
警備の問題、クレストを取り込もうとする輩の排除…これらを考えれば、下手に市民の目に届く場所にクレストとアルジェンを置けない。
『酔っ払いがアルジェンに燃やされることなどあってはイケません!』と、警備担当の副隊長は真面目な顔でそう言い切った。
心配すべきポイントがどこかズレているが、クレストに関わった者は必ずこうなるのだ。
まぁ、何はともあれ結果としてアーミンが王城に居座ることになったのだから結果オーライと言うべきか。
△
黒龍事件はその夜のうちに王都近隣の町村に伝書バットによって速達が送られた。
その主旨はクレストのご機嫌を決して損なうことの無いように、と言う意味が込められているのだが、現場を見ていない者達はクチを揃えて『そんな馬鹿な』と反応を示したらしい。
また王都の有する高速通信蝙蝠のプラチナバットも黒龍事件の報告の為、リミエンに向けて放たれた。
夜間飛行タイプのコウモリなので、到着したのは翌日の夜明け前のことである。
一晩に三百キロメトルも飛行可能なプラチナバットは王都の最高機密の一つとも呼べるのだが、ライエルは冒険者時代にこのコウモリを複数手に入れ、繁殖に成功している。
王都に住む『青嵐』のパーティーメンバーとの緊急連絡に使用するなど、ライエルの個人情報網として欠かせない存在なのである。
その一匹が伝えた黒龍事件をライエルが知るのは出勤前の七時。
ブリュナー達がエマの為に朝食の準備を始める頃だ。
暗号で書かれる為に詳細を省略された報告を読んだライエルは、
「ほぉ、戦わずしてドラゴンに勝った…か。戦士の鑑だな」
と素直にクレストを賞賛した。
彼にとって大切なのは、経緯ではなく今後の対応である。
形はどうであれ、アーミンを王国にもたらしたクレストの株は今まで以上に跳ね上がることは確実である。
リミエンではクレストの行動をコントロール出来る者しか勝たん…と、ズレたトランクスを引き上げるライエルだった。
◇
黒龍事件の翌朝、人目を避けるように王都を発ったクレスト達がその日の夜に魔法士ギルドの雇った刺客の襲撃に遭い、返り討ちにしたことはまだ知られていない。
アルジェンが街道まで六人を連行し、地面に穴を開けて移植する様子は幸い通行人に目撃されなかった。
国道とも呼べるこの街道沿いには、およそ四十キロメトル置きに宿泊の出来る場所がある。
だが、彼らが居るのはその中間地点。
朝に宿泊地を出発すると、ここを通過するのは正午頃だ。
勿論、経費節減等の為に宿泊地には泊まらず、その辺で野宿する者も少なからず存在する。
そんな一人がここを通過したのは、クレスト達が出発してから一時間も経っていない。
今までに見たことの無い、おかしな形の馬車二台と擦れ違った彼が、
「さっきの馬車は何だったんだろう?
御者の姿が見えなかったような…」
と考えながら歩いていて、六つのオブジェに気が付くのが遅れたようだ。
地面に植わった六人の首を見付けて『わっ!』と叫んで腰を抜かしたのは仕方の無いことだ。
最初にそれを見つけた時は、首を落としてわざと立てて置いてあるのだと思ったからだ。
だが近寄って見てみれば、六人とも頭だけ出して生き埋めになっているのだ。穴を掘る手間を考えれば、普通ならこんなのはあり得ない状況だ。
もし彼らが賞金首なら、わざわざ埋めずにそのまま町に連れて行けば良いのだから。
見れば首の横にあった立て看板が立ててある。
そこには『この六人は極悪人に付き、衛兵による取り調べを願う。byクレスト』と書かれており、これはタダゴトではないぞと彼は王都方面に向かって足を速めたのだ。
その彼が前方に二人の冒険者風の男性と、その後ろを進む第三騎士団の隊列を発見した。
「おーい! この先に人が植わってるぞ!」
その隊列の近くまで走った彼が、そう大声で騎士団に向かって叫んだ。
すると先頭の冒険者風の二人が予想よりもずっと速いスピードで彼に近寄った。
「人が植わってるって?
そりゃどう言うことだ?」
そう問い質したのは、クレストのコスプレ仲間のアーヒルだ。
自称シルバーエッジのアーヒル、モノアイのメジーロは金貨級冒険者であるが、何故かコスプレに嵌まっており、クレストを兄貴と慕っている。
ちなみにメジーロはモノモライで眼帯をしていただけらしい。人騒がせな。
だがそれが切っ掛けでコスプレに目覚めたのだから、人生何がどうなるのやらだ。
そんなモブの情報はポイッと捨てて、旅人から立て札の話を聞いたアーヒル、メジーロのコンビとスオーリー副団長が爆笑する。
「クレストかっ! そりゃ奴らなら生き埋めぐらい朝飯前だろうな」
とアルジェンの言動を副団長が的中させた。
「さすが兄貴達っす!
襲撃部隊を返り討ちにしやがったんすね!」
兄貴自身からは魔力のマの字も感じないが、彼にはアルジェンと言う秘密兵器が付いている。
秘密と言うには自己主張が激し過ぎる妖精擬きだが、気にしてはイケないのだ。
その三人が部隊から離れて現場に先行する。
金貨級冒険者だけあって、スオーリーも二人のことはそれなりに知っていたが、共通の友達が三人の仲を取り持ったのだ。
現場に到着して、一頻り笑った後でメジーロが土属性魔法で六人を掘り起こす。
彼の金貨級の地位は伊達ではなく、実力も備わっていたようだ。
六人を縛っている薔薇の蔦のようなロープに疑問を持つが、クレストのやったことに疑問を持っては生きてイケないと悟っているスオーリーは見てみぬふりをする。
「何だ、この蔦みたいなロープは?」
「トゲがあるから薔薇の蔦だと思うが…それにしてはトゲがプニュプニュしているようだ。
こんなの初めて見た」
まだ二人の冒険者は悟りを開くには修行が足りていないらしい。
願わくば、彼らにはこの純粋なままで居てもらいたいものだ…とスオーリーは心の中だけで思ったが。
そのスオーリーがラクーンをヒントにして思い付いた、組み立て式汎用台車のパーツをマジックバッグから出して組み立てを始めた。
言ってみれば、鉄パイプを井桁に組んで作るトレーラーをリアカーみたいに人の力で牽引出来るようにした物だ。
軍では馬が使えない状況でも大量の資材を運搬することがある為、このようなアイテムが役に立つ…ことがあるかも知れない。
車輪の緩衝材とコイルバネの入ったサスペンションはリミエンの工房に作らせている。
これに六人を乗せて王都の手前の町まで走らせようと言う訳だ。
台車の組立が終わる頃に全隊員が到着すると、
「スマンが誰か六人の被疑者をニバの町まで運んでくれんか。一人が引っ張り、一人が後ろから押す感じで二人欲しい」
スオーリーの言葉にスッとビリーをスカウトした騎士エベルが手を挙げる。
「従者ビリー・ファロスを牽引役に推挙致します」
「うむ、ビリー、牽引を頼めるか?」
突然スオーリーに頼まれて一瞬呆けたビリーだが、
「はい! 六名をニバの町まで牽引致します!」
と敬礼して返事する。
新型の台車をいち早く牽引出来るなんてラッキー!と思っているビリーだが、他の者は体力的にかなりキツいだろう、力だけならナンバーワンのビリーで良かったとホッと胸を撫で降ろしていた。
後ろから押す係は実質交代要員で、ビリーの次に力持ちのロンゼルと言う従者に決まる。
ビリーが入隊する前までは力持ちと言えばロンゼルの名が一番に出ていたのに、今では二番手なのがロンゼルは面白くない。
ニバまでは約二十キロメトル、半分通過したところで交代するようにと命令を受けていたのだが、ロンゼルがそれより少し手前でビリーに交代を要求した。
ロンゼルのプライドのことなど僅かにも考えたことのないビリーは、ロンゼルさんは優しいなぁと呑気な思いながら交代する。
そして約五キロメトル程進んだところでロンゼルの足が止まった。
「どうしたの?」
「…すまない、交代して欲しい」
六人の体重だけで約四百キロ、台車を合わせると四百五十キロ近い重さのリアカーである。休まず十キロも引き続けたビリーに対し、『コイツは本物の化け物だ』とロンゼルが心底思ったのはこの時だった。
こうしてビリーは名実共に第三騎士団の腕力自慢ナンバーワンの座を得たのだが、当の本人は全くその事に気が付いていない。
顔はまずいぜ~♪と歌いながら、ニバの町に到着する。
この町には第三騎士団の兵舎や他の施設もあり、容疑者の身柄を王都に送るように手配して二人はニバで一泊し、翌日スオーリー達を追い掛ける。
その二人の道中記は一切語られることは無いが、以前より仲良くなったとだけ述べておこう。
王都では冒険者ギルド、海運業ギルドに続き、魔法士ギルドでの不祥事が発覚し、市民から各ギルドに対し厳しい視線が向けられるようになる中、商業ギルドには全く別の視線が向けられていた。
それもそのはず。
『近日オープン! アンテナショップ リミエーナ。 リミエン有名店のスイーツが一同に揃います!』
そんな看板が改装中の店舗の前に立てられ、美味しそうなパンケーキやワッフルを手にするベルの絵が書かれたポスターが貼られているのだから。
一体いつの間にそんな絵を?と疑問に思われるだろうが、商業ギルドでクレストがギルドマスターと面談中に担当者がベルにオファーを出し、戦女神がクレストの護衛に付いている間に合間を見てモデルになっていたのだ。
王都の中で一番のリミエン通と言えるベルとスオーリー副団長だが、副団長の怖い顔はポスターにするには不向きである…そう判断した担当者は褒めて良いだろう。
まだこの世界には人を漫画化したり、ピカソ化して書く技法が広まっていない。
抽象化されているのは子供向けの人形ぐらいだろう。
それとアンテナショップと言う言葉をこの世界で最初に使ったのは、クレストである。
地方の情報を受発信する、と言う意味でアンテナの文字が使われているのだが、そもそもアンテナと言う物がまだ認知されていないのだ。
リミエンの商品を販売する店舗の計画をクレストが聞いて、『あ、アンテナショップ出すんだ』と呟いたのを聞き漏らさなかった担当者が、意味も知らずにアンテナショップと言い始めた。
その後に開発された通信用魔道具のアンテナは、このアンテナショップから取って付けられた名前である…見事な親子の逆転現象である。
異世界に移住した際は、地球の言葉を迂闊に使わないことをお薦めします。
そうそう、六人が植えられいたあの場所には地名がなかったのだが、駐屯地を置くのに地名が必要なため、『六つ首丘』とホラーな地名が付けられることとなったとか。




