寄り道した場所は
彼女と一緒の帰り道、もう少し長く一緒にいたいので、寄り道したくなることありますよね。
それは、本当に何の気なしの提案だった。
いや、本当は前から考えていたけど勇気がなかった。だからしてこなかった提案だったのかもしれないけど。
いつも気になる同級生の、あの女の子。
教室では、クラスメートの女の子たちが作る壁に阻まれて、いつも声をかけられない。
でも、僕と彼女だけが学区外から通学してたので帰る方向が同じだった。だから、帰る時はお互いにそれとなく時間を調整して、小学校の校門を出る時には一緒に帰るのが、僕達のいつもの習慣だった。
二人だけの帰り道、いつも一緒に帰る道。いつの頃からか二人手をつないで、僕が先導するように、彼女は従うように歩いてた。でも、なぜかお互いに黙ったままだった。そうして最後の交差点に差しかかると、お互いに恥ずかしそうに顔を見合わせてから「さようなら」とだけ一言発してた。
僕は、もっと沢山彼女と一緒の時間を過ごしたかった。たとえ会話がなくてもいい。一緒に手をつないで歩くだけ、そんな時間がいつまでも続けばいいと思ってた。
そして今日、僕は勇気を出して、彼女に初めて「さようなら」以外の声をかけた。
「ねえ、今日は寄り道をしてみない?」
「……、うん。君となら」
彼女は僕の提案に一瞬驚いてから、少し赤くなったほほを隠すようにうなずいた。
僕たちはいつものように手をつないだまま、今まで通った事のない道を曲がった。
* * *
曲がり角を曲がって、僕はすぐに違和感に気が付いた。ここでは、さっきまで聞こえていた町の雑踏がなかった。表通りと同じで、この通りにも多くの大人が歩いていた。でも、ここを歩いている大人達は一言も声を出さなかった。それに、彼らの靴音やハイヒールがアスファルトを叩く時の、コツコツといった音も聞こえなかった。
彼らは、まるで何かを探すかのように、ふらふらと当てもなく歩いているように見えた。僕は近くにいる大人の顔を何気なく見上げて驚いた。その人の目は、生気の無い、まるで死んだ魚のような眼をしていたのだ。
僕は彼女の耳元に口を近づけて周りの大人に聞こえないような小さな声でささやいた。
「何かが変だ。声を出しちゃダメだよ。このまま静かに通りを抜けよう」
彼女も何かがおかしいのを感じたようだった。僕のささやきにに対して、少し青ざめた顔を同意の意味で小さく上下させた。
音をたてないように、声をださないように。僕たち二人は慎重に通りの出口に向かって歩いた。僕たちの回りにいる大人たちは、僕らが見えていないかのように、僕たちの回りを相変わらずふらふらと歩いていた。
よし、出口まであと少しだ。目の前にはいつも帰り道に通る大通りが見えていた。そう思って緊張感が途切れたのだろう、僕は重大な過ちをおかしてしまった。そう、心の焦りが現れたのだろう。握っている彼女の手を少し強くひいてしまったのだ。
「きゃっ!」
突然引っ張られた彼女は、道のわずかなくぼみに足を取られてよろけてしまったのだ。そして無意識のうちに大きな叫び声をあげてしまった。
彼女は直ぐに口元を押さえたが遅かった。周りにいた大人たちは、ぞろぞろと彼女を取り囲んで、ゾンビのように両手を伸ばして彼女にしがみついて来る。
僕はそれを見て、彼女の手を放してしまった。彼女は、僕に助けを求めるように必死に手を伸ばしてくるが、僕は彼女を捨てて走り出した。
大人たちは、僕が見えていないようで僕の方には向かってこなかった。だから僕は、必死になって大通りに向かって走った。
そして大通りに出た瞬間に、振り返ってその道の方を見ると、薄暗い道にはもう誰の姿も見えなかった。
* * *
僕は今日の出来事が夢であってほしいと思った。家に帰ると、食事もそこそこに自分の部屋のベッドの中で震えていた。
大人達に捕まった彼女は、あのあとどうしてしまったのだろう。
このまま行方不明になってしまったら、彼女のお父さんとお母さんは警察に失踪届をだすに違いない。そうすると刑事さんが学校に来て、彼女と最後まで一緒にいた人間を容疑者としてしらべるだろう。
僕はその時、寄り道した場所の不思議な出来事を話すとして……、刑事さん達は僕の話すことが本当だと信じてくれるだろうか。
僕は、あの時彼女の手を放してしまったという深い後悔と、あの不思議な出来事を信じてくれるかという不安で、一睡もできなかった。
「おはよう」
「おはよー」
僕が勇気を振り絞って学校にいくと、昨日僕が手を離した彼女が、いつもと同じようにほほ笑みながら友達どうしで朝の挨拶を交わしていた。
良かった、結局彼女はあの大人達から逃げられたんだ。今日の帰りに、彼女に心の底から謝ろう、そう思って僕は担任の先生の話に集中することにした。
* * *
そうして帰る時間がやって来た。
いつものように、僕が彼女と帰る時間を調整するために、ランドセルの中身を出したり入れたりしていると、突然彼女が後ろの席から僕の机の横にやって来た。
僕が、彼女の行動にびっくりしていると、彼女はいきなり僕の手を握りしめてから、僕の耳元に近づいてささやいた。
「今日もあの場所に、寄り道しようね……」
彼女の言葉にびっくりして、僕は彼女の顔を見た。
普段なら愛らしくクルクルしている彼女の目は、まるで死んだ魚のようだった。
(了)