⑨ 愛しい人
雄太のマンションは郊外の住宅地の一角にあった。
殺風景な寝室の中央に置かれたキングサイズのベッドに仰向けのまま、雄太はタバコをくわえ火をつけた。傍らには、裸のまま荒い息で横たわる恭平の白い背中が見える。紫煙が雄太の薄い唇から吐き出される。恭平は寝返りを打ち汗ばんだ顔を雄太に向けた。余韻の濃く残る目元に、名状し難い色気を漂わせている。雄太は恭平を抱き寄せ、髪をかき上げると額に唇を這わせる。
「今日はどうした… 派手に甘えて」
「ごめん、ちょっと色々あって」
「調子に乗って、少し乱暴にして悪かったな」
「ううん… ありがとう」
恭平は雄太のタバコを取って口にはさむと勢いよく煙を吐いた。
「明日の休みは家にいてもいい?」
「構わないけど、買い物に行きたいって言ってなかったか?」
「頭が痛い」
「また、客のおばさんに迫られたんだろ」
「やめてよ」
恭平はタバコを雄太の口に差し込みその胸に顔を埋めた。
「割り切って付き合えよ。適当にあしらって、しつこけりゃ別の若いのに回せばいいんだよ。結局欲求不満を解消してくれれば誰でもいいんだ、あの手の奥様達は」
「……足に、しがみつかれた」
雄太は言葉を切って恭平の顔を見た。目は先ほどの色香が嘘のように消え失せ、冷たい光を湛えている。
「吐き気がする」
「忘れろ」
「今度やったら。殺してやる」
雄太はタバコをもみ消し、激しく恭平の唇を貪った。
「忘れさせてやるよ」
「この世の女は、みんなクズだ」
恭平は雄太の背中に手をまわして思い切り爪を立てた。新たな欲情が二人の全身からほとばしり、一気に燃え上がる。すべて投げ捨て、熱い塊と化して溶け合う二人を、灰皿に燻る煙が一筋、静かに見守っている。
東京の空は、早くも春の気配を乗せて夜の明ける瞬間をひたすら待ち続けていた。
続