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85 神の祝福

賑やかな渋谷の街並みを抜けて1本路地に入るとそこは高い塀に囲まれた高級住宅が並ぶお屋敷通り。その一番奥まった一角にそびえるバカでかい門扉が片桐様の邸宅の検問所(失礼)らしい。スーツを着た目つきの鋭いおじさんが立って、車のナンバーや恭平さんの身分証明書、車の中やトランクまで開けて調べられる。


「 こんなにチェックが厳しいんですか… 」

「 この辺は住民以外立ち入らないし、よそ者には厳しい土地柄なんだよ。住んでいるのはお年寄りがほとんどみたいだから防犯には気を使っているんじゃない?」


涼しい顔で話す恭平さんの横顔はいつにも増して美しさが際立つ。前髪とサイドのほつれ毛が艶やかに光って白い肌にベストマッチ。黒いタキシードなんて初めて見たけど似合いすぎて外国人みたい。けっこう長いドライブだったけど、ずっと見とれてたから一瞬で着いてしまった。ああ、今から上流階級の皆様にご挨拶して歩くのね。私はもう緊張して背中に変な汗をかいている。


 重たい扉が開いて中に入ると車は広い駐車場に案内された。うわあ、石造りのお城みたいな建物が見える。あれが自宅?窓が一杯あってすごい。いくつ部屋があるの?誰かがドアを開いた。降りると若いお兄さんが頭を下げている。


「 玄関へお連れします。ようこそ片桐邸へ 」

 

お兄さんにエスコートされて恭平さんと私は舗装された道を歩いて開け放たれた玄関を抜けた。もうたくさんの人がいて、円形のホールはドレスアップしたおじさんおばさんがグラスを持ちお喋りに夢中だ。

「 青葉、俺の腕に手をかけて 」

恭平さんがささやき、肘をそっと私に向けた。慌てて両手でしがみつくとバランスを崩して思い切り恭平さんに寄りかかる。テンパった私は足がもつれて真っすぐ歩けない。もお、ここで緊張してどうする!


「 慌てないで、青葉、俺に合わせて歩いてごらん 」


にっこり笑う恭平さんと目が合った。ホールに入るとまばゆいシャンデリアの光の中に、大きな絵が飾られている。理由もなく怖くて、恭平さんの腕を握りしめた。


「 如月恭平様、北岡青葉様のお着きです 」


ざわめきが一瞬止まり、視線が一斉に恭平さんに集まる。見惚れている人、隣の人と興奮気味に話す人、色々だけど、みんな恭平さんのオーラに圧倒されている。そして… 私を見る冷めた目がマジっ、キツい… そりゃあ見た目も何も恭平さんとはレべチですけど、とりあえずカップルなんだからもすこし気を使ってくれていいんじゃない?右側でかたまってるおばさんグループなんて、私を指さしてヒソヒソ話。きっと馬鹿にしてるんでしょうね… 


「 やあ、ようこそ如月君、来てくれてありがとう」

「 お招きありがとうございます。片桐卿 」


恭平さんと同じ位背が高い髭のおじ様が笑いながら歩いてくる。この方今日のホストでこのお屋敷のご主人様。すごーい、外国のベテラン俳優みたいに濃いけど品のある顔立ち。私を見てにっこり笑って… やーん、素敵すぎてドキドキしちゃう。


「 こんな可愛いお嬢さんが一緒とは、如月君も隅におけないな 」


 可愛い… お嬢さん… う、うれしい…

 こんな場に慣れていない私にさりげなく声をかけてくれる心遣い、上流階級の紳士らしくてハンサムで、帯広の駅前じゃ絶対に会えない階級の人。でも恭平さんは全く動じず、爽やかな笑顔を浮かべて余裕の表情だ。いつも特別会員の方の相手をするから慣れているんだろうけど、もし雄太さんが一緒だったら、もっとゴージャスだろう。だって雄太さんは本物のセレブだもの。並んでタキシードを着こなしたお洒落なカップル。私はふと我に返る。


もう、雄太さんと恭平さんが並んでいるショットは見られないの?


「 青葉、どうしたの 」


恭平さんが耳元で囁き私は俯いた顔を上げた。


「 片桐卿が別室へ案内して下さるそうだよ 」


片桐様について私たちは2階へあがった。人気がない廊下を歩いて突き当りの部屋のドアを開けると、片桐様は私たちを招き入れた。中へ入ると正面の奥にある大きな絵が目に入った。薄暗い中、小さな間接照明だけがその絵を照らす。ベッドに横たわる恭平さんの裸が暗い中で浮かび上がり、圧倒的な存在感を放っている。


 絵の中で、裸の恭平さんが私をじっと見ていた。一瞬本物と見間違えて私は声をあげそうになる。白い肌に黒い髪。あの不思議な色の瞳は切ない表情で私を見つめる。それは綺麗とか上手とかそんな分かりやすい表現を超えて、この世に存在してはいけない何かとしか思えない。今にもキャンバスから歩いてこちらに来そうなリアル感に私は怯えて、本物の恭平さんの背にもたれかかる。彼は何も言わずに、絵を見ている。


「 この絵は、君たち以外に見せるつもりはない。出来上がった時に知ってしまったよ。私は描いてはいけない物を作ってしまった 」


片桐様の落ち着いた声が暗い部屋で響く。そうだ、この絵の中には何かがある。絵心なんかない私でもさっきから震えが止まらない。心が打たれるってこんな瞬間なんだ。


「 ありがとうございます。こんなに上品に描いて下さって恐縮です 」

「 魂とでも言うのかね… 何かが降臨して、気づいたらこの姿が浮かび上がっていた。いずれにしても私が描いたとは思えないよ。他の古参会員が君の事を神の造形物と言っていたがその意味が今よくわかったさ 」


 片桐様の声は少し寂しそうだ。気付いたら恭平さんが私の手を握っている。いつもと変わらない温かさにホッとした。


「 しばらくここにいてもいいですか 」

「 勿論だ。私は降りてお客の相手をしてくる。二人でゆっくり話すといい 」

 

片桐様が出ていくと、もう一度私は絵の中の恭平さんを見た。不思議。さっきと顔が違う。少し俯き加減で、何か言いたそうな感じだ。


「 声が聞こえる 」

「 私には聞こえません。でも何か言いたげな雰囲気で 」

「 君を愛している、と 」

「えっ … 」

「 青葉を愛していると俺が言っている 」


 二人の恭平さんは見つめ合っている。多分声のない声で会話をしているんだ。何だろう、おへその辺りが熱い。彼の手から伝わる熱がどんどん体を駈けていく。さっきまで肌寒かった薄手のドレスが今では熱風みたいだ。


「 青葉の20歳の誕生日に幣原卿から処女を取り戻したら、俺と結婚してほしい 」

「 待って、雄太さんは… 」

「 もうユウの名前は出さなくていい。俺は青葉を選んだんだ 」

 

これはきっとプロポーズなんだ。でも私は驚きすぎて何も感じられない。

 いつのまにか恭平さんは私を見ていた。目が少し赤い。私は頷いた。神様、お願い、この瞬間を消さないで。これは夢でないと叫んで。


「 でももし幣原様が認めてくださらなかったら、私は… 」


 頭の中であの忌まわしい瞬間がフラッシュバックした。手にかかった手錠の冷たい感触が私の心臓を凍らせる。

 

 今度こそ、目の前で犯される… 


「 大丈夫。もう青葉を苦しめる奴はいないよ 」


恭平さんは笑うと私を強く抱きしめた。


「 その時は幣原卿を殺して、俺も死ぬ  」


 恭平さんの背中越しに見えたもう一つの強い光を込めた目は、私を捉えて離さない。






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