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⑧友情はいつまでも

馬たちに食事をさせて厩舎の掃除を終えたらもう午後7時を回っていた。家に戻ると、とりあえず作業服を脱いでお風呂に入った。少しは疲れが取れるかと思ったけど、相変わらず頭の芯が痺れてぼんやりする。スエットに着替えて髪を拭きながらスマホを取りに部屋へ戻ると、ベッドの上に脱ぎ散らかした制服が目に入った、見慣れた紺のジャケットと青いリボンを触る。もう、着ることもないのか…寂しくて、私は目をそらした。本当なら今頃おじいちゃんとお祝いのご馳走を囲んでいるはずなのに、私はひとりで暗い部屋にいる。しっかりしなければと思えば思うほど、胸が締め付けられるような苦しさを覚える。一番辛いのは、この気持ちを誰にも話せないことだ。今日別れた友達は、明日からそれぞれの場所へ散っていく。みんな自分の将来で精一杯。だから、私も自分のことは自分でやらないと……


 いいや、無理だ、もう無理。私ひとりじゃ、何も出来ない。


 ぺたりと床にへたり込むと、涙が頬を伝った。どうしたらいいの、明日からどっちに向かって歩いていけばいいの、燻っていた感情が、胸の扉をこじ開けて一気に流れ出す。スエットの裾で拭いても、涙は止まらずあふれ出る。明日なんか来ないで、このまま時間が止まってしまえばいい。誰か、誰か助けて……


 いきなり、スマホの着信音が鳴った。久美子だ。あわてて電話を取る


「もしもし、久美子?」


「ねえ、何度もライン送ってるのにどうして見てくれないのよ!」


「ごめん、いそがしくて…今帰ったばかりだから」


「今、青葉の家の前まで来てるの、早く玄関開けて!」


「うん、わかった、待ってて」


私は走って玄関の引き戸を開けた途端、白の四駆からコートを着た久美子が降りた。両手いっぱいの荷物を抱えて走ってくる。玄関をくぐって中に入ると、久美子は輝くような笑顔を向けた。


「おじいちゃん落ち着いたんだって…良かったね、クラスのみんなもすごく心配してたよ」


「久美子、明日一番の飛行機でしょ、大丈夫?」


「キャンセルしたわよ。親友の一大事に東京なんて行ってられないし。あ、今日私、泊まっていくからよろしく」


 久美子は靴を脱ぐと勝手に居間へ入っていく。私は思わず笑いだした。いつもマイペースで人の言うことを聞かないお嬢様。でも、今はそのおせっかいがすごくうれしい。ひとりぼっちにならなくて済む。そう思っただけで心が軽くじわりと温もりが広がっていく。玄関にカギをかけて私は久美子の後を追った。


久美子は私に卒業証書の筒、アルバム、花束を私に持たせてスマホを取り出した。


「写真撮るよ、はい、笑って!」


久美子と顔を寄せ合い、何度もシャッターを切る。そうだ、本当ならクラスのみんなと教室で写真を撮る約束をしていたんだ。JK最後の夜。やっと思い出作りができた。久美子が送信してくれた写真を見て加工したりメッセージを入れたりしてはしゃぐ。久美子は大きな手提げから重箱を出すとふたを開けた。唐揚げやポテトフライ、サラダにローストビーフ…別の容器から果物といちごのケーキ、ご馳走が次々に飛び出して私はおなかが空いていたのを思い出した、


「すごい、これどうしたの」


「ママが作ってくれたの。私も食べてないの。さ、一緒に食べよ」


お皿に取り分けた唐揚げにかぶりつく。おいしい。私は久美子と目を合わせて笑った。


「あ、そうだ、青葉のおじいちゃん、農協の保険に入ってるから手続きしないとだめよ。パパが連絡先教えてくれたの。うちにおじいちゃんが入院した時もお金結構もらえたって。明日一緒に証書探して持っていこう」


「保険…そんなの久美子がどうして知ってるの?」


「この辺の年寄りはみんな同じプランで集団加入してるんだって。特約がついてるから、お金のかかる治療も受けられるみたいだしさ」


お金…そうだ、入院したらお金が必要なんだ。突然現実を突き付けられて私は我に返る。


「青葉、大丈夫よ。めんどくさい手続きは担当の人にやってもらって、青葉はおじいちゃんについてあげてればいいから」


「でもどうしよう、入院が長引いたら費用もかさむし、手術になったらもっと大変なのよ」


「青葉!しっかりしなさいよ!」


久美子の大声。私はびっくりして黙り込む。


「あんた、私に牧場は自分が守るって言ったじゃない。北岡牧場の三代目なんでしょ。今は医学も進歩してるからおじいちゃんだって回復するわよ。とにかく、使えるものも人も総動員して前に進むしかないでしょ」


久美子の凛とした声に押されて私はうなづく。そうだ、私はここで牧場を守っていくと決めたんだ。ちぢこまった胸に少し勇気が湧いてくる。そうよ、私はこの牧場の三代目なんだ。


「ありがとう、久美子、私頑張る。久美子も東京でしっかり勉強してね」


「やだ…一生お別れみたいに言わないで」


久美子の目に涙が浮かんでいる。思わず私は久美子を抱きしめた。


「青葉… 離れても私のこと忘れないで」


「忘れないよ… ありがとう、久美子」


私たちは抱き合ったまま、泣いた。温かい涙。さっきのひとりぼっちの涙とは違う。神様、私に親友を与えてくれてありがとう。


真冬の張りつめた寒さはやわらぎ、夜空に輝く半月をくるむ雲はやさしさをまとう。春はまだ遠いけど、冬の終わりが近づいている甘い予感。


そして、私の長くて短かった、JK最後の日が終わろうとしている。




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