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㊳夢なら醒めないで~突然舞い降りたラッキーカード~

総務部長から明日一日休むように言われ、私は定時前にアパートへ戻った。


すぐにお風呂に入って服を着替え、薬を飲むために何か食べようとするけど、全然食べたくない。好物のお菓子にも手が伸びない。今まで食欲がなかったことなんてないのに。私はスマホを手にベッドに入った。


久美子にはあれから何度かメッセージを送ったけど、1回しか返事は来ていない。また会いたいって送ったのに予定を聞いてくる雰囲気もないし、あまり連絡を取るのも気が引ける。卒業したら縁遠くなるって誰かが言ってたけどやっぱりそうなのかな。


寂しい。久美子と私は兄弟みたいに仲良しだったのに。


きっと今いる所で居場所を見つける方が優先だよね。私はスマホを置いて布団をかぶった。乗馬倶楽部は、スタッフが多すぎてまだ全員と話はしていない。同じ指導部の先輩は25人くらいいるけど女性は5人くらいで、シフト次第では女性は私一人の時もある。女性は入っても長続きしないと部長がこぼしていたけど、その原因は進藤チーフにあるって噂も聞いた。


「 あの人、女に厳しいんだよ。ちょっと異常だよね 」


若手の先輩がこっそり教えてくれたけど、確かに最初に会った時のチーフはすごかった。もうやめさせる気で食ってかかってきたもの。


今の優しさがどこから来るのかはわからない。でも少なくとも進藤チーフのお陰で私は助かっている。そうでなければ、私も倶楽部を途中でやめていたかもしれない。東京の生活も人間関係も、18の私には付いていけないルールが多い。久美子だってきっと苦しいんだ。


オペレッタ。先週加藤さんから連絡があって新しい馬主さんがついたと聞いた。これから地元競馬場の競走馬として調教が始まる。オペレッタなら、きっと成長してすごいスターホースになるだろう。良かった。デビューが楽しみだ。ああ、帰りたい。懐かしい我が家に。涙が頬を伝う。そのまま私はいつの間にか眠りに落ちてしまった。




 携帯が鳴る音で目が覚めた。午後8時半だ。もしかして久美子?慌てて画面を見る。倶楽部からだ。


「 はい。北岡です 」


「 もしもし、如月です。遅くにごめんね 」


心臓の鼓動がワントーン上がった。



「 具合はどう ?」


「 少し寝たらよくなりました 」


「 食事はもう済んだ?」


「 いえ… 食欲がなくて 」


「 よかったら、食べるものを持っていくけど、そっちに行っていい?」


「 は、はい 」


「 じゃあ 5分後に行くから」


 電話が切れた。思考回路が一瞬切れて呆然。今から如月チーフが来る?部屋に入るってこと?


マジやべえ。化粧してない、部屋掃除してない。絶対無理。



 慌てて衣装ケースをさぐって無難な服に着替える。ゴミと散らばった服と洗ってない食器をまとめて引き出しに押し込んで何とか普通の女子部屋の雰囲気だけ作る。鏡の前で髪をとかして、リップだけでも何とか…


ピンポーン


時間切れ。私はあきらめてドアを開けた。手に紙袋を持った王子様が笑って立っている。ここ、喜ぶシーンなんだけど、免疫力低下でテンションが追い付かない。


「 顔色、少し戻ったね。良かった 」


「 あ、あの、汚いですけそどうぞ 」


如月チーフは長袖のポロシャツにデニムのパンツのラフな格好だけど、モデルみたいな着こなしでハイスペックオーラがハンパない。


「 さっき、倶楽部のキッチンでおじやを作ったんだ。消化に良いものといったら、そんなのしか思いつかなくて。コンロを貸してくれる?」


紙袋の中から小さな土鍋をレンゲを出してチーフはキッチンへ行く。


そんな、私のために料理してくれるなんて… もう嬉しくて、わけわかんない状態。とりあえずお茶の準備をしようと冷蔵庫を開ける。


「 冷たい麦茶しかなくて、すいません 」


「 俺はいらないから。北岡さんは何か飲んだ方がいいよ 」


何かすごくいい匂いがする。出汁と卵の匂いだ。急にお腹が減ってきた。小さなテーブルにチーフが土鍋を置いた。卵とネギのシンプルなおじや。誰かの手作りなんて久しぶりだ。


「 大丈夫? 気を使って無理して食べなくてもいいんだよ 」


「 あ、あの、そこまで食欲ないんですけど少しなら…」


レンゲを持って一口、食べてみる。


「 何これ!めっちゃ美味しい!」


どこかの高級料亭(行ったことない)で出てくるみたいな上品で深みのある味。もう手が止まらない。


「 …… 北岡さん、そんなに急いで食べなくっていいんだよ 」


「 すっごいおいしいです!サイコー! うれしい!」


あっという間に完食。お米ってこんなに美味しいものだったのね…


「 気に入ってくれたなら、よかった 」


チーフは笑って土鍋とレンゲを手に取った。


「 洗っている間に歯を磨いておいで 」


「 あ、そんな、洗うなんて、私がやります」


「 病人はこういう時には甘えるのが仕事だよ」


何て、優しいの。私はチーフの背中を心で拝む。夜にアパートで二人きり。しかも心配して様子を見に来てくれたのは、チーフの方。


これ、もしかしてチャンスなんじゃない?



私は薬を麦茶で流し込み、念入りに歯を磨いた。鼻のアタマが日に焼けてるけど、暗くしたら大丈夫。


「 すいません、横になっていいですか?」


「 どうぞ。俺はすぐ帰るから 」


「 あの、もう少しいてくださいませんか 」


チーフは手を止めて私を見た。


「 寂しいんです。誰かと話をしたいけど、誰もいなくて 」


「 俺でいいの?」


貴方がいいんですっ、


という心の声を押さえて微笑んでしずしずとベッドに横になる。ハンカチで手を拭きながら、チーフはベッドのすぐ横であぐらをかいた。


「 明日、お仕事ですよね 」


「 いや、偶然だけど休みを取ってる 」


ラッキー、あと2時間は引っ張れる。


「 今日は迷惑かけてすいません」


「 途中で病人を置いて帰るなんて岸谷もいい加減な奴だよ 」


「 岸谷先輩は私のこと、嫌ってるんです 」


「 どうして ?」


「 私が田舎っぽくて気が利かないから… 」


「 乗馬のテクニックは比べ物にならない位君が上手い。今度部内戦で差を見せてやるといいよ」


チーフは軽く俯いたまま喋る。顔に影がかかっていつもと雰囲気が違う。夜のムードもピッタリはまって、本当に絵になります。ビバ体調不良。ありがとう、私幸せです。


「 お料理うまいんですね 」


「 俺、調理師免許持ってるんだ 」


「 ホントですか? どうしてインストラクターに… 」


「 それは少し長い話だから、また今度ね」


「 あの、質問していいですか?」


「 いいけど、内容によるかな 」


照れたように笑うチーフ。今聞かないと、多分私は一生後悔する。


「 か、彼女いますか?」


「 いないよ 」

頭の中で、白い花吹雪が舞い飛び勝利を告げる鐘がバンバン鳴り響く。


「 チーフの事、会員の女性がいつも噂しています 」


「 俺は、彼女は一生作らない。面倒くさいから 」


めんどくさくなかったらいいのか。めんどくさくない女、後でググって調べよう。


「 北岡さんは彼氏とかいないの 」


「 いません 」((大声)


「 大分元気になったみたいだね。声も普通に出るようになったよ 」


チーフは笑った。私も笑う。嘘みたいに体が温かくて軽い。薬は明日、ゴミと一緒に捨てよう。




そのまま、私はチーフと他愛ない話をつづけた。2時間くらい話して、サヨナラしようと思っていた。でも、途中で記憶が途切れた。どこかの時点で、私は寝落ちたに違いない。チーフは私を起こさないようにそっとアパートを出たはずだ。幸せ。東京に来て一番幸せな夜だった。




 


 目覚めたら部屋は暗かった。まだ夜明け前だ。もう熱はない。私はゆっくり目を開けた。アパートの壁が顔のすぐ前にある。いつもと寝てるポジション違うなあ、ま、いいか。それより喉が渇いた。お茶を飲んでもうひと眠りしよう。私は寝返りをうった。あれ、ここにも別の壁がある。なんで?


壁から寝息らしきものが聞こえる。顔を上げたら、目を閉じて爆睡してる如月チーフの顔が私の鼻先まで迫っている。


はい? 何の事でしょうか?どうしましたか?

じっと目を凝らすとチーフがこちらを向いたままベッドの中にいる。


しかも、上半身、裸。服を着ていない。乳首、丸見え。


寝起きにニシキヘビが隣にいてもここまでショックを受けないだろう。


どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう   


私は布団を握りしめて、王子様の寝顔を見つめ続けた。


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