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㉞真昼の祈り~灼熱の都会に現れた美しい幻~

「 わあ、このスムージーのバナナめっちゃ甘いよ。久美子も飲んでみる?」


「 いいわよ、それよりさ、お店の中であんまり大きい声出さないでよ。恥ずかしいでしょ」


「 だって倶楽部でいつも大きい声出さないといけないからさあ 」


「 ここは新宿だから切り替えて。あんたがうるさいからこんな離れた公園まで来ちゃったのよ、ああ疲れた 」


私と久美子はやっと再会した。久美子のバイト休みと私の最初の休日の予定がマッチした時は本当にうれしかった。


「 ねえ、ここの公園広いね。駅にあんなに人がいるのに、誰もいないよ 」


「 今からお昼休みになるから人が増えるわよ。それにここはホームレスとかいるから、夜は治安が悪いしね」


ベンチで並んでテイクアウトしたドリンクを飲む。ああ、とっても気が楽。仕事が始まって毎日周りの様子をうかがって生活してるから本当に気を使って大変。今までそんな神経の使い方なんかしてないから、オンとオフを使い分けないと病んじゃいそう。


「 それで仕事はどうなのよ 」


「 うん、まだ大したことはしてないいんだけど、想像してたのとかなりギャップがあったっていうか 」


「 まあ馬の数が全く違うからね 」


「 馬はいいの。もう会有馬も専有馬もすぐに覚えたから。問題はさあ、会員さんの顔と名前が一致しないんだよね 」


「 何人いるの 」


「 400人ちょいかな 」


「 大したことないじゃない。私らの高校の全校生徒よりちょっと多いくらいでしょ 」


「 だってさ、似たような顔とか名前とかばっかで全然一致しないんだもん。里田さんとか里中さんとか、区別できないよ 」


「 顔と名前を覚えるのはマストアイテムだから仕方ないでしょ。私だって専門の同級生と先生の名前と顔、3日で覚えたわよ 」


「 フラワーアレンジメントの勉強してるんだよね。楽しい? 」


「 別に…… 女ばっかで、人間関係に気を遣うわ 」


 久美子はつまらなそうにストローを回す。少し痩せてお化粧が濃くなった。何となく、昔のお茶目で強気な久美子と雰囲気が違う。


「 そうそう、例のおでんの大根はどうなったの 」


いきなり振られて、私はぎゅっとストローを噛んだ。


「 うん、まあ忙しい人だからあまりお話はできていないけど… 」


「 あんなにはしゃいでたから、もうアドレスの交換くらいしとのかと思ったわよ」


「 そんなの出来ないよ。上司だし、個人レッスンの予約でずっと埋まってるから仕事場では基本ノータッチかな」


「 今度写真撮って送ってよ。パンフの写真は3年前なんでしょ 」


「 そーだね、チャンスあったら撮ってみる 」


 騎乗テストのいざこざや、深夜の初対面の話はとりあえずやめておこう。うまく伝える自信がないし、未だに最後の言葉がひっかかる。


「 僕は、別に君を守るために庇って怪我したわけじゃないから 」


進藤という人は、あれきり仕事場には来ていない。けっこうたくさんの会員さんが彼のことを訪ねてくるけど、スタッフの人達は「 東京で研修を受けている 」と返していた。もちろんあの出来事は外に漏れてはいけないんだろうけど、すごく気になる。戻ってくるのかな。来たら、少しやりづらいかもしれない…


「 ねえ、せっかくだからお買い物しよう。新しいトートバッグ買いたいの。青葉も一緒に選んでよ 」


「 オーケー。また戻るの?」


「 駅前のデパートがバーゲンやってるの。買ったらランチのお店探さないと 」


 公園を抜けて大きな道路に出ると、気の遠くなるような高いビルがあちこちに建っている。そしてとにかく暑い。行きかうサラリーマン風の人たちを久美子は器用によけながら歩く。ついていくのも一苦労だ。


「 ねえ久美子、あんなにたくさんビルがあるけど、中に何があるの?」


「 ほとんどがオフィスじゃないの。クリニックとか美容院もあるけどとっても高いわよ。カフェなんてコーヒー1杯で1000円取られるわ」


 国道の反対側にある高いビルを久美子は指さした。


「 あの中に有名なホテルがあるんだけど、スイートルームなんて1泊80万以上するんだって 」


80万… 布団に寝るだけでそんなお金を払うなんて、信じられない。自分なら、牧場とオペレッタを買い戻す貯金に回すだろう。東京は別世界。お金持ちとそうでない人がすれ違いながら生きる街。


自分は、ここで生き残ることができるだろうか。


眩しく光るビルを見上げて、私は慌てて久美子の背中を追いかけた。






48階のエレベーターの扉が開き、タオルを首にかけた雄太が降りてきた。


結局、2時間ジムで動きっぱなしで運動をした。スタッフからそろそろ休んだらと声をかけられ、初めて昼が近いことに気が付いた。部屋へ戻って軽食でも注文しようかと思ったが、食欲は全くなかった。それよりも眠りたい。ベッドメーキングは終わっている。自分の匂いのしないシーツに横たわって、無為な時間を消費するのが一番疲れなくてすむ。


今日倶楽部から連絡が来なかったら、明日ババア会長に電話をするつもりだ。「 クビにするなら早くやれ。しないならこっちから辞めてやる 」そう伝えて終わりにしよう。こんな退屈な生活はもうたくさんだ。


カードキーを差し込んでドアを開けた。窓の景色が目に入ったのとほぼ同時に、雄太は異変に気が付いた。


クセのある、でも清々しいペンハリガンの香り。リビングに駆け込んだ。テーブルの灰皿に1本の煙草の吸殻。黄色いラインの入った珍しい銘柄で、雄太が先月買って一箱分けてやったやつだ。見慣れた車のキーと財布もある。雄太は瞼の奥が熱くなった。奥のバスルームからシャワーの音が聞こえる。音の方へ近づいていくと、シャワーブースで滝のような水しぶきに打たれる人影が見えた。


白い長身。背中まで伸びた長い髪。10日会っていないだけなのに、恐ろしいほど懐かしい。雄太は服を脱ぎ捨て、シャワーブースの扉に手を当てた。


「 恭平 」


水音が止み、恭平は振り返った。湯気の切れ間からお互いの顔を見つめる間、雄太は心臓が止まるほど激しい恐怖を感じていた。喋らないでくれ。別れの言葉なら俺から言わせてくれ。崩れ落ちる無様な姿を、お前だけには見られたくない。


恭平はガラス越しにつぶやいた。それは聞こえなくても、雄太にははっきりと伝わった。これまで何度も何度も、同じ朝と昼と夜を過ごしながら口にした言葉だった。


愛している


雄太は中に入ると、恭平の腰に手を回した。恭平は微笑んで雄太の頬に手を当てた。


「 少しやせたね 」


返事の代わりに、雄太は思い切り恭平を抱きしめた。


「 来るなら連絡しろよ 」


「 携帯部屋に置いてたんでしょ? 俺のこと、もう待ってないのかと思って飛んできたんだ 」


雄太はシャワーのコックを全開にして恭平の唇を激しく吸った。泣いているところを見られたくなかった。恭平は応えながら、雄太の背を優しく撫でた。


このままひとつになり、永久に離れることがありませんように。


雄太の祈りはタイルを叩く水しぶきに乗って二人を包むように舞い上がる。









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