㉜ただならぬ二人~初恋の人と二人きりの夜。もしかして…~
「 今日のジャンプはすごかったね。予想を遥かに超えるテクニックで驚いた。あの腕前なら、競技選手としてやっていけるよ」
「 いえ、私は人前で騎乗するのは苦手なんです。調教とか、そっちの方が興味あるから… 」
リモート面接で答えたことと同じセリフしか浮かばない。だって、憧れの人といきなりツーショットで話すなんて、今月の予定にも入れてなかった。
「 こんな目に合わせて言うのも気が引けるけど、彼を許してやってほしいんだ」
「 彼 ?」
「 進藤雄太。君に手を上げようとした男だよ」
「 許すとか… 私が悪いんです。初対面で上司なのに、あんな失礼なことを言って、怒るのは当たり前です。…… ただ、まあ導火線は結構短い方とは思いましたけど 」
「 おそらく、彼は一番言われたくないことを君に言われたんだ」
本当に人を愛したことが一度もない。 あの言葉だ。
「 進藤主任は、これからどうなるのですか 」
「 僕にはわからない。決めるのは会長だろうけど、彼から謝罪の意思を示さない限りは戻れないだろうね」
「 謝罪なんて、私は希望しません 」
「 そういう問題じゃないんだよ。それに、こんな事例は今回が初めてじゃないから。君が責任を感じる必要はないよ。それが言いたかったんだ 」
「 如月主任は進藤主任と仲がいいのですか 」
「 ただの同僚だよ。歳は同じだけど」
答えるまでに少し間があった。何かを隠してる雰囲気がある。
「 いただいたパンフレットにお二人とも写真が出ていました 」
「 ああ、あの写真ね。困るんだよ。3年前に撮ったやつをまだ載せていて恥ずかしいんだ。もうやめてくれって広報に文句を言ったんだけどね 」
いいえいいえいいえ、あの写真のお陰で、私はここにいるんです。しかも、3年越しのリアルの方がずっとずっとずっと素敵です。ようやく顔をあげて、お顔を拝んでみる。
ああ… 生顔も生声も、カッコよすぎてどうにかなりそう…
「 遅い時間に申し訳ない。明日から頑張ってね 」
ドアノブに手をかけて横を向いた。左の耳から顎にかけて大きなテーピングが貼ってある。ハッと思い出して、
「 あの、怪我は大丈夫ですか?」
「 あんなの大したことないよ。傷が残らないようにテープで固定しただけだから」
「 でも、血が…… 」
「 怪我には慣れてるから気にしないで。じゃあおやすみ 」
「 主任は、東京の方ですか ?」
「 そうだね。実家は大田区。一人暮らしが長いから当分あっちには帰ってないけどね」
「 香水つけてらっしゃるけど、ブランド品ですか ? 」
「 ジパンシーかペンハリガンのトワレを使ってる 」
「 身長どれくらいですか ?」
「 多分、182センチ。縮んでなければ 」
「け、結婚してらっしゃいますか?」
「 ……その個人情報って、今必要なの ?」
ヤバい、調子に乗り過ぎた。どうしよう。ここで変な女と思われたくない。
「 会員の皆さんから色々聞かれたら、答えないといけないと思って… 」
「 少なくとも、君よりお客様の方が僕のことを知っていると思うけど 」
「 お話できる機会がこんなに早くくるなんて思ってませんでしたし、仕事中は話しかけられないじゃないですか 」
「 別に、仕事中でもわからないことがあったら聞いてくれていいんだよ」
「 さっき、マジであと5センチくらいだったのに 」
「 5センチ? 何が?」
あ、ダメ、心の声が出てしまった。
「すいません、5センチじゃなくて、14センチくらいでした!背伸びしてもギリ届かないからセーフです!」
「 …………………… ?」
収拾がつかなくなって、私はフリーズする。理解不能なイタイ女。もうアウトだ…
「 結婚はしてないよ。する予定もなし。それでいい?」
彼は笑った。つられて私も笑う。一番聞きたかった「彼女いますか」は、口が裂けても言ってはならない、ならない、ならない。
「 ありがとうございました。おやすみなさい 」
最後は元気よく締めてこの場は終わりたい。私はペコリと頭を下げた。彼はドアを開けて足を踏み出しかけ、振り返った。
「 ああ、最後にもうひとつ、僕は、別に君を守るために庇って怪我したわけじゃないから 」
「 え?」
「 だから、僕に対しての気づかいは無用だよ。今度こそ、おやすみ 」
ドアが閉まった。カギをかけて私は部屋に戻り、歯を磨いてベットに入った。電気を消して、暗い天井を見る。最後のセリフが頭をグルグル待っている。
「 君を守るために庇って怪我したわけじゃないから 」
じゃあ何のために?誰のために?そもそも、一体何しに夜中にここへきたの?
「彼を許してやってほしいんだ」
「ただの同僚だよ」
そうだ、あの二人はただの同僚なんかじゃない。何かあるんだ。なんだろう。ああ、疲れた。もう眠たい。夢を見たら答えが出てくるかも。
今までの人生で一番色々あった一日が終わる。進藤主任と、如月主任の顔が現れては消えて、私はすぐに深い眠りに落ちていった。




