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③ 未来にkiss me

年明けから降り続いた雪はいつもよりひどく、3年生が家庭学習になっても私は毎日厩舎や国道へ続く道の除雪で早くから起きて外へ出る。小学生の時から父さんに教えられて、朝夕と手際よく雪をショベルでかきのけるのはお手のものだ。1時間もすれば厩舎の周りはあらかたきれいになった。


先に馬たちにご飯をあげなきゃ。


厩舎の飼葉を一輪車に積んで餌かごに入れていく。良かった。どの馬も元気だ。馬にとってはこの程度の雪なんて何ともない。むしろ喜んで走り回るだろう。もうすぐ、時間を気にせず一日中この子たちと向き合える。私は1週間後に、高校を卒業するんだ。やっと北岡牧場を継ぐスタートラインに立てる。それが今はとても嬉しい。同級生たちは道外や都会に出て行ってしまうけど、私は生まれたこの町で家族と暮らしていく。死んだ父さんが生きていたら、調教やもっと高い技術の馬術を教えてもらえた。すごく悔しいけど私にはおじいちゃんがいる。早くおじいちゃんを楽にさせてあげないと。私は飼葉を桶に振り分けると、毛糸の帽子をかぶって吹雪の中を母屋へ向けて走った。


 勝手口から中に入ると、おじいちゃんの声が聞こえた。誰かと電話で話しているみたい。まだ8時前なのに誰だろう。


「そんな冷たい言い方ないでしょう…昔お宅が困っていた時、息子に内緒で融通してあげたのを忘れたんですか?」


 襖を開けて私が入った途端、おじいちゃんは電話を切った。


「餌やりは終わったよ、調馬はどうする?」


「ああ…雪がひどいから今日はやめとこうか」


「今の電話、誰?」


「岡田牧場の2代目だけど、最近の若いやつは口の利き方を知らなくて困る」


 おじいちゃんは最近顔色が良くない。私は朝ごはんを出すと、コップに入った水と薬を差し出す。


「必ず飲んでね。それと明日は病院だよ」


「すまん、青葉、卒業なのに、祝いの席も作ってやれないなんて」


「そんなのいらないよ!今日久美子の家に行ってお別れ会するからそれで充分よ」


「久美ちゃんはどうするんだ、学校でもいくのか」


「東京の専門学校へ行くんだって。じゃがいも農家はお兄ちゃんが継いでるから気楽よ」


「青葉も若くてこれからなのに、こんな山奥の牧場で馬の世話なんて情けない…」


「私はここ以外住みたくないし家族といるのが一番幸せなんだから!」


私は笑ってテレビのスイッチを入れる。気楽な情報番組の音に、沈んだ部屋の空気を少し和ませてもらいたかった。吹雪はまだ続く、早くお日様の見える日が来ればいいな。




「うわあ、これ久美子の新しい彼氏?めっちゃイケメンじゃない!」


 広くて明るい部屋で、私は久美子と並んでスマホをのぞき込む。札幌の大学生という男の子は今時っぽい茶髪とロン毛で、横に写りこむ久美子を優しく抱きしめている。


「別に…こんなの普通よ。それに東京行くから別れるし」


私に紅茶の入ったカップを渡すと、久美子は冷めた顔で写真を次々とスワイプしていく。


「え、何よこれ、もしかして、キスしてんの?」


「やだ、キス程度でそんなに大声だす?」


「だって、やばいよ、まだ高校生なのに」


「は?何言ってんの…それじゃここでお話は終わりにしなきゃいけないなあ。刺激が強すぎ」


「ねえ、もしかして…」


真顔でのぞき込む私に久美子はしれっとほほ笑む。


「もう周りの子はみんな経験済よ」


「えええええ! そんなのヤバくない?子供できたら大変じゃん」


「そんなドジ踏まないって。それにバージンのまま卒業ってなんだかダサいのよね」


「結婚するの?」


「まさか…東京行ってもっと毛並みのいい彼氏探さないと損するわ。ああ、忙しいな。青葉も上京するなら早めに連絡してね。良さげな男の子用意しとくわ」


「私はノーサンキュー。馬の面倒で忙しいからそういうのは興味なし」


「ねえ青葉、その考えって良くないと思うよ」


久美子はテーブルに盛られた大量のお菓子からクッキーを一枚つまんで上品にかじる。お金持ちの家で育った仕草がとてもハマって、私は思わず首をすくめた。


「青葉こそ、早めに結婚相手を探さないと将来困るでしょ」


「別に、おじいちゃんがいるから平気よ」


「おじいちゃんだってずっと生きてるわけじゃないし、青葉はパパが早くに亡くなってるから一緒に牧場経営してくれる人がいるでしょ」


「私一人でも馬の世話は出来るわ」


「自営はね、いろいろ面倒なことが多いの。女一人だと舐められるし、役所とか銀行とかの相手はやっぱり男じゃないと。うちのママもそう言ってるわ」


 私と同じ年なのに、知ったかぶりな口を聞く久美子はもう化粧も大人顔負けで、胸は私のふた回りくらい大きい。少し恥ずかしくなって、そっと私は胸を両手で隠す。


「結婚なんて、先でどうにかなるわよ」


「こんな山奥の村に来てくれる男なんて、そんなにいないわよ。青葉もいっそ東京に出て私と楽しく暮らせばいいわ」


「ここから離れる気なんて、ないの」


 久美子は笑ってクッキーを口に放り込む。


「ほんと、青葉は変わってるわね」




 夜中になっても雪は収まらない。部屋の電気を消して布団に潜り込むと、全ての音が消え失せて黒い闇に包み込まれていく。


 私の頭の中で、久美子のキスシーンがグルグル回って眠れない。久美子の閉じた目と赤く上気した頬がちらつく。どうしてそう簡単にキスなんてできるんだろう?ああいうのは、本当に好きな人のためにとっておくべきだ。バージンがカッコ悪い?理解できない。そもそも、あんなことをするとか、今の自分には想像もできない。


でも、少しうらやましい。私も久美子みたいに華やかでグラマーだったら、男の子とデートしたり、キスしたりしたかもしれない。Aカップしか使えない小さな胸じゃ、相手にしてくれる男の人なんていないだろうな。


ううん。そんなの私には必要ない。私はここで家族と牧場を立て直すことが一番の夢で幸せなんだ。父さん、見ていてね。私は絶対後悔なんかしないから。私は布団を頭まで引っ張り上げて、目を閉じた。


明日になれば、きっといいことがある。おやすみ、神様、私の大事な家族たち。




 しかしこの1週間後、JKを卒業した私に神様が与えたものは、身を引き裂かれるような辛い試練だった。















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