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㉙諍いの後の奇跡~雄太の鉄拳が青葉を襲う。逃げらない青葉はどうする?~

「 60点だ。ハートを乗りこなしたのは褒めてやる。だけどバーの半分しか飛べなかったのは臆病すぎたな。まあ実力を考えて無難な方を選んだのは賢明だっただろう。 」


この男は何もわかっていない。自分の考えが全てで、馬を心の底から尊敬し、愛することがどんなに大切か、説明したところでわかってはくれないだろう。


「 乗馬の実力があったとしても、ここの仕事はそれだけじゃ長続きしない。馬が大好きだけじゃ通用しない世界もある。俺は若い女だからって特別扱いはしない。今ならまだ間に合う。田舎に帰って気楽に生活した方が身の丈に合ってるだろう。飛行機代くらい俺がだしてやるから最終便に乗って…」


「 何もわかってないくせに、偉そうなこと言わないで 」


エンピツは眉を吊り上げた。


「 ああ? なんだって?」


「 この子は足を怪我しているのよ! 全部の障害を飛越させたら、どうなるかわかってるの? それとも怪我してることも気づいてなかったの?あんたなんか、馬に乗る資格はないわ!」


エンピツの顔色が一瞬で変わった。


「 貴様、誰に向かって口聞いてんだ! 高校出たばっかりのガキが、偉そうにでしゃばるんじゃない!」


もう止めることは出来ない。オペレッタ、会いたい、今どうしているの?こんな嫌な男のそばで働きたくない、神様、お願い、時間を返して。幸せだったあの頃に私を戻して。


「 私はあんたの部下じゃないわ、あんたが誰だろうと、知ったことではないわよ!」


 目で人が殺せるなら、私はとうの昔に死んでいるだろう。それ位凄まじい怒りのオーラがこの男の全身から立ち上っている。私はまっすぐ目を見据えた。顔を逸らしたら、負けだ。もう北海道に帰る覚悟はできている。札幌で風俗でも何でもやって、オペレッタを連れて帰る。こんなところには、もういたくない。


「 乗馬経験者だからって気を使ってやったのに、中身がこんなひどい奴とは思わなかったな! 貴様みたいなバカ女に払う給料はない!とっとと失せろ!」


バカ女。 私を土下座させて手を踏みにじったクソ親父も同じことを言った。父さん、母さん、おじいちゃん、大切に育ててくれたのにこんなひどい娘でごめんね。私は何を言われても構わない、でも、大事な家族まで傷つけることは許せない。例え、もうこの世にいなくても。


「 あんたのことが好きな人なんて誰もいないわ 」


一瞬、男の表情が揺れた。 私はたぶん今泣いている。


「 俺に説教する気か? 貴様は…… 」


「 あんたなんか、本当に人を愛したことなんて1回もないのよ! 最低 !」


男の顔から表情がなくなった。今にも泣き出しそうな子供みたいな目をして下を向いた。私の言葉が胸に刺さったのならいい気味だ。


でも、それはほんの一瞬だった。怒りで据わった目に変わった途端、地面に落ちていた短鞭を拾った。


殴られる、私の体は固まった。鬼のような形相で私の顔に向かい鞭を振りかざした男の顔が最後に見た景色だった。恐怖が全身を走り抜ける。


私は目を閉じて叫び声をあげた。




何かが切れるような鈍い音が聞こえた。同時に、2つの香りが私を包んだ。透き通る薄荷のような煙草の匂いと、ウッディと少しスパイシーなコロンの香り。そして柔らかく、濡れたように冷たい髪の毛が額に触れる。私は、ゆっくり目を開けた。


大きくて広い胸に私は抱きしめられていた。丁度私の目線に左胸の名札が見える。


如月 恭平


目を上げると、その顔は間近にあった。閉じた切れ長の目を縁取る長い睫毛。白い頬に挟まれた形のいい鼻、唇を噛んで、私の体に回した両手にぐっと力を込める。


これって、もしかして、夢?


私の左肩に何かが落ちた。   血だ。


彼の左耳の下、あごにかけてのラインにざっくり切れた傷がある。「恭平」と絶叫する声が聞こえた。あの男の声だ。


辺りが急に騒々しくなった。私は茫然として、閉じた彼の目を見つめていた。

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