㉗青葉18歳、運命の出会い~ 神が仕組んだ瞬間が近づく。雄太の激しさに青葉は立ち向かえるか?~
案内された馬場には、もう障害競技のバーが設置されていた。柵の外にあるベンチには、リモート面接で見た社長、専務、人事部長、そして恐怖の女会長が揃って座っている。柵の通過ポイントごとにペンとボードを持ったインストラクターっぽい人が4,5人立っている。この人達が、採点係だ。馬場の真ん中に立っている男の人の前に連れていかれた。メガネをかけた背の高いおじさんだ。
「 指導部統括部長の相本です。今日は頑張ってくださいね 」
「 はい、お世話になります 」
相本さんはとても優しそうな顔で笑うけど、私は顔が強張って笑顔が出ない。グローブをはめた手の平は、汗でぬれている。
「 今日のテストで使う馬はあそこにいる子です。比較的大人しくて扱いやすい馬なので安心してください。障害を飛ぶのは久しぶりですか? 」
「 そうですね、3月に別の牧場で騎乗したのが最後です。」
「 ご存じと思いますが、採点は減点方式です。今回はタイムは採点に含まれませんので、飛越に集中していいですよ」
若いインストラクターが鞍をのせた馬をサークルに入れようとしていた。いよいよだ。私は手に持っていたヘルメットをかぶる。
「 ちょっと待て。馬はこっちを使ってもらう 」
その場にいた全員が、正確には会長以外が、さっと声の方を見た。
青鹿毛の馬を引いた、日に焼けた男の人が馬場に近づいてくる。相本さんの顔が一気に変わった。笑顔は完全に消えている。
「 進藤主任、採点係を辞退しておきながら、一体何の用でここへ来た?」
「 採点なんて必要ない。この馬を乗りこなせるかどうかでこの女の力は見極められる。養成コースを飛ばせるくらいの実力あるんなら余裕だろ 」
この人、私どこかで見たことがある。細くて面長で、ギラギラした目。その目が、まっすぐ私を見ている。
「 この馬は俺が競技大会に出る時の専用馬だ。名前はレインハート。俺以外にはなつかないからレッスンには出せない。お前がそれなりの腕前でなければ、乗った途端に振り落とされる。その時は、大人しく出ていけ、いいな 」
「 勝手に決めるな! この試験の責任者は俺だ! 上司の指示に従えない奴こそ出ていけ!」
「 あんたの雇ったバカ女たちのおかげで現場がどれだけ迷惑してるか分かってねえのか? 部長程度で威張ってんじゃねえよ。ババア会長のご機嫌取りが上手いだけだろ 」
「 貴様っ……!」
「 いいから、その男の言う通りにしなさい 」
ババア呼ばわりされた会長は涼しい顔で扇子を煽いでいる。
「 勝手にしろ、俺は責任取らないからな! 」
相本さんは、ギラ男を睨んで出て行ってしまった。 ギラ男は知らん顔で鐙を鞍から下ろした。誰だろう、どこで見たんだろう、ああ、もどかしい
「 鐙の長さは自分で合わせろ。 スタートは一番奥の右側からだ 」
「 ………… エンピツ !」
「 何い、エンピツがどうした? 」
「 いえ、あ、何でもありません 」
思い出した、乗馬クラブのパンフレットでジャンプを飛んでたエンピツみたいに細いおじさんだ!あの写真より若干筋肉ついてるからわからなかった。
あれだけの跳躍ができれば相当自信があるのもうなずけるけど、どうしてあんなにけんか腰で喋るのかな。会長以外はみんな親切でいい人なのに。
「 ボケっとするな!早く準備しろ !」
私は慌てて鐙皮を調整する。
あれ、なんかこの馬、様子が変だ。すごく落ち着かないし、耳が立ちっぱなしだ。首を撫でてもそわそわしている。エンピツに何か聞いても怒られそうだし、とりあえず乗って様子を見よう。私はまたがって騎座を調整する。
やっぱりおかしい。左右のバランスが微妙に狂っている。馬のバランスに合わせて重心をずらしてやると両耳の力が抜けた。やっぱり何かある。でも今それをどうのこうの言っている場合じゃない。相変わらず。エンピツは私の仕草ひとつひとつをジッと見ている。
私は深呼吸して馬にふくらはぎで合図を送ってみた。馬は、ゆっくり前に進んでいく。
もう、できることをやるしかない。私は、全神経を集中させて、馬の心と体に耳を傾けた。




