㉓ 家族との別れ~そして青葉は天涯孤独に~
私はオペレッタを連れて馬場の真ん中で日向ぼっこをしている。少し暑いけど風は爽やかで、雲ひとつない空は青く高い。オペレッタは砂浴びに飽きて、ゆっくり地面を踏みしめて山を見ている。風が吹く度、オペレッタのたてがみがさわさわと揺れる。
この光景が、きょうこれで最後になる。私はオペレッタの首を撫でた。
「 いい、加藤さんの馬運車が来たら、大人しく乗るんだよ」
オペレッタの耳がピクっと反り返った。この子もわかっている。私とこの牧場に別れを告げて、新しい牧場へ移送される時間がもうそこまで迫っていることを。
「大丈夫よ、オペレッタなら新しいおうちにすぐ慣れるわ。他の馬たちと仲良くなって、トレーニングを頑張って!」
オペレッタがじっと私を見る。こげ茶色の大きな目が、何か言いたげに揺れている。
「約束するわ。必ず迎えにいくから。」
オペレッタは私の顔に静かに鼻を押し付けた。温かい。涼やかな風が私とオペレッタの間を何度もすり抜ける。
忘れないよ、この瞬間も今まで過ごした時間も。私たちは家族だから。離れても、心はいつも一つにつながっている。そう信じれば、どこへいても生きていける。
クラクションの音がして振り返ると、加藤さんの運転する白い馬運車が柵の外に入って来るところだった。
「行くよ」
私とオペレッタは、並んで歩き出した。
加藤さんの馬運車に使い込まれた鞍を二つ積み込んだ。黒が父さん、茶色がおじいちゃんの鞍だ。
「 すいません、預かってくれて助かります 」
「 いいよ、ちゃんと手入れしておくから安心しなさい。じゃあ、オペレッタを… 」
「 私が誘導します 」
馬運車にかかった金属の傾斜版を歩いて上がり、私はオペレッタを見た。
「 おいで、オペレッタ号 」
下を向いていたオペレッタの首が上がり私を見た。そのまま私に向かって傾斜版を上がっていく。ポケットの中から人参を出して口元に持っていくけどオペレッタは無視して私の頬に顔を摺り寄せる。私はオペレッタの首をぎゅっと抱きしめて足早に馬運車を降りた。
「 青葉ちゃんはいつあっちへ行くんだい 」
「 今日の1時の便です。夕方レッスンが終わって、最後の試験をすると言われました 」
「 頑張っておいで。結果が分かれば連絡して 」
大きな音がして馬運車の扉が閉まった。加藤さんが乗り込みエンジンがかかる。頭の中が、一瞬真っ白になる。
行かないで…
車が走り出した。緩やかに右へカーブを切ると、車は徐々にスピードを上げる。弾かれたように私はその後を追った。
「 いかないで! いかないで! オペレッタ!」
国道へ向けて坂道を下るトラックを私は全力で追いかける。トラックはどんどん遠くなる。あのカーブを曲がったら、もう見えなくなる…
「 オペレッタ! 」
トラックの姿が視界から消えた。呆然としてしゃがみ込む私の耳に、高くよく透る、嘶きが響いた。あれは、間違いなくオペレッタの声だ。涙がとめどなく溢れて、私は震える指で砂利を掴んだ。
もう何の音も聞こえない。私の心は空っぽになった。
父さん、おじいちゃん、オペレッタ、たくさんの馬たち。
思い出を沢山積んだ大きな船が、ゆっくりと遠ざかっていく。
そして、私は本当にひとりになってしまった。




