㉒天雅の募る想い~小悪魔が見せた真実の愛~
午後6時を回ると、帝国乗馬倶楽部はナイターレッスンの時間に入る。仕事終わりの勤め人や学生などがサークルいっぱいにひしめき合い、日中を思わせるような活気が漲る時間だ。
クラブハウスへ続く歩道を、鞍を抱えた雄太が歩いてきた。日焼けした顔には疲労の色もなく、瞳には戦いを挑むような強さを湛え、昼の熱気がまだ全身からほとばしるような逞しさに圧倒される。
雄太は視線を感じて傍らに目を向けた。私服を着た天雅が、道の端に立ち雄太を見ている。目が合うと、天雅は軽く頭を下げた。
「 仕事上がりか。お疲れ様 」
雄太は天雅に近づくと、天雅は緊張した面持ちで下を向いた。顔は化粧気がなく、棘のある目つきも消えていた。
「 今日、初めてお客様から個人レッスンの指名をいただきました」
「 そうか、よかったな」
「 進藤チーフから勧められたからって……」
「 俺のレッスンのキャンセル待ちだったけど当分回ってきそうにないから、お前を紹介した。駈歩の発進がうまくいかないらしいが、基本の騎乗姿勢ができていない。並歩から始めてゆっくり指導して差し上げろ。最後に褒めることを忘れないでくれ」
「 …… ありがとうございます 」
雄太は天雅の顎に指をかけ上を向かせた。天雅は驚いて雄太を見た。
「俺は、今の顔の方が、好きだな」
天雅の頬を軽く撫でると、雄太はクラブハウスの方へ歩いていく。
天雅は、雄太の後ろ姿を見ていた。目は幾分か寂しそうだが、白い頬がほのかに紅潮していた。
倶楽部の門を出て200メートルの辺りに小さなバス停がある。天雅がそこへ通りかかると、道の奥から白い高級外車が滑るように現れた。天雅はすばやく助手席に乗り込むと、ドアを閉めた。
運転席に座っているのは、かつて天雅との密会を雄太に見とがめられた大病院の跡取り息子だ。天雅を抱きしめると、派手にキスの雨を降らせる。
「ひどいよ、先生。黙ってやめちゃうんだもの」
「 ごめんよ、あの時は気が動転してゆとりがなくて… ああ、天雅、会えない間は寂しくて気が狂いそうだった、もっと顔を見せてくれ」
天雅はためらって顔をそむけた。
「 あのね、天雅、今日はお化粧してないの」
「 どうしたんだ? いつもあんなにお洒落だったのに」
「 あの後、チーフが僕と先生のことを会長に報告したの。会長、すごく怒って、クビにしないけどお給料を当分半分にするって… だからお金がなくって、お買い物をずっと我慢してる……」
上目使いに見つめる天雅の目は潤んでいた。
「 …… ひどい奴らだ!天雅、俺のせいですまない、許しておくれ」
「 先生、天雅を嫌いにならないで」
「 そんなこと、するもんか! 後でたっぷり小遣いをあげるから安心しなさい。すぐに昔の綺麗な天雅に戻れるさ。それよりもスイートを予約したんだ。今夜は…眠らせないよ」
「うれしい!先生…」
お人よしの青年に抱きしめられ、天雅はしたたかな笑いを浮かべた。しかし、ふと思い出したように遠くを見ると、頬に手を当てた。雄太が触れたその場所を愛おしむかのように、そっと天雅は目を閉じた。




