㉑その人の名は~運命の人が舞い降りる。そして、近づく別れの時~
場面は北海道へ戻って、いよいよ青葉の面接が始まります。
私は組合の本部にある応接室に座っている。紺のスーツを着て、背筋を伸ばしていると馴れないポーズでめちゃくちゃ疲れる。でも、今から大事な面接が始まる。あと3分で、目の前にあるタブレット越しに帝国乗馬倶楽部の偉い人から色々聞かれるんだ。
「青葉ちゃん、緊張しないでいつもの通りに話したほうがいいよ」
横で加藤さんが気を使って話しかける。ああ、喉が渇いた。
「加藤さん、お茶飲んでいいですか」
「もちろん!さ、遠慮しないで」
テーブルに置かれたお茶を一気に飲み干したら、突然画面から声が出てきた。
「 おはようございます。北岡さん、聞こえますか?」
「はい!聞こえます!」
思わず大声を出してしまった。タブレットの中に4人の人が写っている。かなり年を取ったおじいさんが二人、40代くらいのおじさんが一人、そして真ん中に、黒いワンピースを着た女の人がいる。
「 それではこれから面接を始めます。私は人事部長の川野です。向かって右奥から社長の山中、専務取締役の池田、そして中央が会長の三条です」
「北岡青葉と申します、よろしくお願いします!」
「 慌てないで、質問にはゆっくり答えてくださいね」
男の人たちはニコニコ笑って優しそう。でも会長の女の人は、私を全く見ないで書類をガン見してる。とにかく、明るくハキハキ、元気よくで通そう。頭が悪いのは調査書でバレてるし、飾っても仕方ないって担任の先生から言われたからなあ。
面接は意外と長くて、人事部長、専務、社長の順で40分くらい続いてる。事前に予想していた質問はあまりされなくて、アレルギーはあるかとか、厩舎での作業はできるかとか、障害ライセンスの1級を取った時の話とか、一人暮らしは平気かとか、小学生相手のレッスンはできるかとかもう雇うことを前提で聞かれてるみたいで、少し拍子抜けした。
「えー、では最後に会長からの質問ですが……」
「私は特にないわ。それよりも、いつこちらへ来てもらえるのか教えてほしいの」
三条会長は、初めて顔を上げて私を見た。綺麗にセットされた長い黒髪に、白い肌、年の割に若く見える。加藤さんが今年でちょうど50歳になると言っていたけど、40そこそこにしか見えないな。でも、やっぱり圧がハンパない、すごいオーラが伝わってくる。
「青葉ちゃん、会長が聞いているから、答えて!」
加藤さんが小声でささやいた。私ははっとして、
「 あ、あの、3日後に最後に残った馬が引き取られるので、それ以降であれば大丈夫です」
「じゃあ次の土曜日に倶楽部へいらっしゃい。航空券はこちらで手配するわ。羽田空港に迎えの者を出すから、引っ越しの荷物だけその前に本社あてに送ってちょうだい」
私はポカンとして会長を見た。これって、どういうこと?もう採用されるの?
「 採用するかどうかは、実際に騎乗するところを私が見て決めるわ。合格ならその場で手続きを取るし、ダメなら荷物と一緒に北海道へ戻ってもらうだけよ」
そう早口で言うと、会長は目の前にあるケースから煙草を取り出した。さっと横にいる社長が火をつける。グロスの利いた唇から煙が吐き出されると、長い髪をかき上げた。
「 喉が渇いたわ。何か飲み物を持ってきなさい」
人事部長のおじさんがばっと立ち上がってどっかへ出ていく音がした。おじいさん二人は気まずそうに下を向いている。
こわっ…… 、マジ怖いこのおばさん
「ええと、では航空券の手配が済みましたら、北岡さんの携帯に連絡しますのでお願いします」
「はい、お世話になります、お願いします」
専務のおじいさんがやたらと焦って色々話し始めた。みんなこの会長に頭が上がらないんだ… こんな怖いおばさんの前で騎乗するの?いや、無理だ、絶対に緊張して何かしくじる。私はプレッシャーと自信喪失でテンション下がりまくって下を向いた。今。顔にブルー入ってるの見られたくない…
「 それでは最後に、北岡さんから何か聞きたいことはありますか」
いや、もう何もありません。早く終わって家に帰りたいです、と心の中でつぶやいた。でも何か聞かないと感じ悪いかな…
「 以前そちらに弊社のパンフレットを送りましたが、ご覧になられましたか?それを見て何かあればお答えしますよ」
パンフレット。私はとっさに顔を上げた。頭に焼き付いて離れない、あのセクシー王子の笑顔。
「あの、パンフレットの最後のページに馬曳きをしている男の人の写真がありましたが、あれはどなたですか?」
おじいさん二人はぎょっとして顔を見合わせた。
「 青葉ちゃん、それ今聞かなくても……!」
加藤さんが横であたふたしている。でも私は構わなかった。知りたい。どうしても彼のことが知りたい。
「ええと、今手元にパンフレットがないんだけど、そんな写真がありましたっけ…」
社長が専務を見るけど、お互いに首をかしげている。私はかばんをさぐってパンフレットを取り出して最後のページを開いた。
「これです、この人です」
私はタブレットに向かって写真を見せようとした。
「 恭平 」
凛とした会長の声が響いた。煙草をくゆらせながらこちらを見ている。私は、パンフレットを置いて会長を見た。
「如月恭平。うちのインストラクターよ。ドレッサージ部門の主任をしているわ」
指導員。ということは、もし入社出来たら、私はこの人と仕事ができるんだ。会いたい…… 眠気も疲れも吹き飛んで、胸の鼓動が一気に高鳴る。
「この男がどうかしたの」
「いえ、…… 素敵な人だな、と思ったので…… 」
喋ってからしまった、と思ったけど、もう遅かった。一瞬沈黙した後、会長は大声で笑いだした。
「 おもしろいわね。入社できたら、話しかけてごらんなさい。如月の他にも素敵な先輩がいるわよ。せいぜい仲良くして頂戴ね」
「はい、ありがとうございます!」
私はうれしくなって大声をまた出してしまった。社長と専務の顔がなんか微妙に変だけど、そんなの気にならないくらい舞い上がっている。面接はそこでやっと終わった。
西日が照り付ける厩舎で、私はオペレッタの体をブラッシングする。昔は嫌がってごねたけど、最近は大人しくて、動かずにじっとしていてくれる。こうやって一緒に夜を迎えるのも、あと3回。もう覚悟は決めているから心は落ち着いている。
「それでね、女の会長さんが真ん中で一番威張ってたの。足組んで、煙草の煙を吐き散らしてさ、びっくりした。都会にはあんな女の人がいるんだね」
オペレッタは私を見て笑う。私は手を止めて顔を撫でた。喜んで目を細める顔をスマホで写真に撮る。もう何百枚撮ったかな…初めてうちに来た日、生きていたおじいちゃんと並んで撮ったのもある。
「 最後に二人で写真撮ろうね」
私はオペレッタにガウンを着せると厩舎を出た。外は夕焼けが空いっぱいに広がっているけど、風は涼しい。濃い緑の匂いが漂って、今が一番いい季節だ。でも北岡牧場は一度看板を下ろす。ここに帰ってこれるのは、いったいいつになるんだろう。空の青はもう霞んでいる。すぐそこに夏の夜が近づいている。ふと雲の切れ間に、彼の顔が浮かんだ。
「 如月、恭平 」
声に出すと、全身が熱くなる。もし採用されなかったらと思う不安よりも彼に会えるかもしれない期待に気持ちが浮き立つ。会ったこともない人に、こんなにまで心が惹かれるなんて私はおかしいのかしら。それとも、これが恋というものなのかな…
問いかけても、誰も答えてはくれない。私は急に不安になった。もし不採用になり北海道へ戻っても、もう帰る場所はない。アパートを借りる時は加藤さんが保証人になってくれると言ったけど、ずっと頼るわけにはいかない。私なんて世間のことは何も知らない、高校を出たばかりの女の子なんだ、クソ親父が言った通り、何も出来ない女なんだ。
オペレッタの高い嘶きが響いた。はっとして辺りを見回すと、山の稜線に夕日が映えて光っている。綺麗だ。絶対にこの景色は忘れない。またここへ戻ってオペレッタと暮らす、そうだ、私は馬と共に生きることしか出来ない。頑張ろう。父さんとおじいちゃんが残してくれた18年の人生に自信を持とう。神様、どうか見守って下さい。
厩舎の入り口にカギをかけて、私は居間に戻った。もう室内はあらかた片付いて、ちゃぶ台の横に大きな段ボールが3つとキャリーバッグが1つあるだけであとは何もない。ちゃぶ台の上にあるパンフレット。最後のページを開いて如月という人の顔を見る。今、この瞬間だけは、私の方だけ見て笑ってくれている。そんなのただの錯覚だけど、ひどくうれしく感じる。
「 如月さん 」
写真に向かって声をかけると、私はパンフレットを胸に抱きしめた。




