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元奴隷の少女と怪物男の血にまみれた日々  作者: 桐城シロウ
第一章 それは歪んだ執着から始まって
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8.好きの定義と花の香りがするお茶

暴力的なシーン、流血描写があります。ご注意下さい。

 





 もう駄目かもしれないと思う瞬間は多々ある。今がその時で、灰色のマントを握り締めてぐっとくちびるを噛み締める。



(祈るしかない、祈るしか。大丈夫大丈夫、大丈夫)



 彼も私も絶対に死なない。大丈夫大丈夫、大丈夫。そうやって何度も唱えて壁に背中を押し付けて、叫んでしまいそうになるから口元を塞ぐ。



(エリオットさん……!! やだ、力が欲しい。力が)



 私も彼の隣に立って戦うことが出来たら。今までの思い出が走馬灯のように蘇って胸が苦しくなる。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。あの優しい目も手も、どうか冷たくなってしまわないで。お願いだから死なないで。



 視線の先には刃物のように鋭い、植物の蔦を伸ばしてエリオットを殺そうとする一人の男がいた。黒いスーツを着た男が鋭い蔦を伸ばして、それを鞭のように振るって地面を叩き、エリオットの足を払おうとする。黒いニットを着た彼はそれをひょいっと飛んで避け、空中で二本のナイフを構えた。



「アイリス。今だ」

「はいはい、面倒なこって」

「っ卑怯だろうと言いたいところだが。関係無いよな、この世界でそんなことは!!」



 濡れたような黒髪に緑の瞳を持った女がぬうっと、白い壁から現れて腕を伸ばしてきた。ああ、まただ。この女の特殊能力なのか何なのか。よく分からないが、こうして壁からぬっと現れる。



「エリオットさん! 私なら大丈夫だから戦いに集中して!」

「出来るか、ソフィー!! 待て、すぐに助けに行くから!!」



 ああ、嫌だ嫌だ。自分の弱さが恨めしい。それでも彼の傍から離れて逃げ出すことは出来なくて、戦いの近くで逃げ惑う。全速力で追いかけてくる女に怯えて走って走って、ひたすらに走っていると転んだ。当然か。顎が痛い。打った。歯が折れてなきゃいいんだけどと、くだらないことを考えて地面の砂をぎゅっと握り締める。



 息を荒げた女が私の後ろに立ってぐっと髪を掴み、溜め息を吐いた。ちりりと燃えるような痛みが頭皮に走る。



「あーあ、早かった。意外と逃げ足」

「その手を離せ。アイリスといったか?」

「っぐ!!」



 彼がその女を蹴って吹っ飛ばし、私を見てほっとした顔をする。しかし、すぐさま気を引き締めてその倒れた女の髪を掴み、首の後ろにぐっとナイフを突き刺した。その女が「ぐぁっ」と断末魔を上げて、死んでゆく光景に血の気が引いて、後退ると誰かが私の後ろに立つ。振り返ってみると、浮浪者のようなぼろぼろの格好をした男が立っていた。そして、こちらを見てにたぁっと不気味に笑う。



「ほら……その男は信用しちゃいけない。お前もいずれ、ああやって殺されるんだ……」

「黙って!! 嘘を吐くな、そんな嘘を!!」

「嘘じゃない、本当だ。お前もああやって殺されるんだ……」



 血や何かで黒ずんだ両手を伸ばしたところで、彼がやって来た。素早い動きで男を蹴り飛ばし、どうっと倒れた男の髪を掴んで、ぶちぶちっと何十本か髪を引き抜く。男が「うあああっ!?」と悲鳴を上げ、地面に突っ伏した。だがエリオットは怒り狂っているらしく、腰からナイフを引き抜いて男の背中を勢い良く突き刺す。



「うああああっ!? やめ、やめて……」

「お前らがそんな嘘を吹き込むから、ソフィーが逃げていくんだろうが……!! 死ね! 死んで償え、消えろ!」

「エリオットさん、私は」

「分かっている。お前もどうせどこかに行く。俺を置いて一人にする!」



 強張った声で告げた後、またその男の背中をどっと突き刺す。胃が震える。吐き気がしてぐわんと視界が揺れた。貧血だ。いや、酸欠状態なのか。額がひんやりと冷たくなって、その感覚によろめいた。見ない方がいいだろう、この男は間もなく死ぬ。彼が殺すからだ。



「うあっ、たす、たすけて……」

「助けてだと? っは、馬鹿馬鹿しい……あんな嘘を吹き込んでおいてよくもまぁ、そんなことが言えたもんだな!?」

「ああああああああっ!? 痛い痛い、痛いよぅ! 助けて! 助けて! 死ぬ! 助けて! お母ちゃん!」

「誰もお前のことなんか助けない。死ね、死んで俺に詫びろ。どれだけ俺が苦労しているかも知らないで……!!」



 彼が男の体を蹴って、丈夫な男が「やめて、やめて、ごめんなさい! ごめんなさい!!」と泣いて謝って体を丸める。それでもエリオットは怒りが収まらないらしく、何度も何度もその体を蹴り飛ばす。加減をしているのか、いつものように吹っ飛ばない。いたぶっているのだ。自分のストレス解消に利用している。



「死ね! 死ね! お前さえいなきゃ良かったんだ、死ね! 死ね! 俺の気持ちも知らないで!!」

「うああああっ!? 痛い、痛い、ごめんなさい、ごめんなさい……!! 誰か助けて、誰か助けて、ごめんなさい!!」

「ああ、鬱陶しい。もう死ね、死んじまえ」

「あぐっ」



 彼が男の髪を掴んだところで、目を背けた。何かが鋭く切れるような音がした後、どっと地面に倒れる音が響く。ああ、彼はある意味では病んでいる。この“終わった世界”で何とか正気を保って生きている。



(胸が苦しい。でも、これは)



 ぬっと彼が私の背後に立って、こちらへと両腕を伸ばす。その仕草には恐怖が滲んでいた。



「ソフィー……ごめん、怖がらせて。俺のことなんか嫌になったよな? な?」

「大丈夫よ、エリオットさん……貴方の方こそ、怖かったんでしょう? あれは怒りじゃなくて恐怖だった……貴方はパニック状態に陥っていた」

「ソフィー、お前だけだよ。俺のことを全部全部、分かってくれるのは……」



 歓喜に満ちた声で呟き、私をそっと優しく抱き締める。まるで恋人のような仕草なのに背中がひりつく。彼は残酷で純粋な獣で、まるで幼い子供のよう。それなのに、どうしてこんなにも愛おしいのか。よく分からない愛おしさが渦巻いて、息を吐く。



「私ね、きっと」

「……うん。どうした?」

「人を殺している貴方が一番好き。綺麗だなって思うの」

「頭がおかしいんじゃないのか……?」

「本気でぞっとされると、流石の私も傷付くんだけど?」

「悪い……でも」



 逞しい両腕を振りほどいて、振り返る。どこかで誰かが低い呻き声を上げた。まだ生きているのか、きっとあと数分ほどで死ぬんだろうけど。エリオットが私を見て、戸惑った顔をする。その整った顔には返り血が飛んでいた。ああ、まただ。またこんな感覚だ。何だろう、私も血の匂いに酔っているのかな。



「ねぇ、エリオットさん。お互い様じゃない? 私も貴方もどことなく歪んでいるから」

「離れていかないか? 俺から。ずっとずっと傍にいてくれるよな?」

「もちろん。父が迎えに来たその時は……まぁ、その時考えましょう。別に今考えることじゃないから……」

「それもそうだな、ソフィー……帰ろうか、俺達の家にさ」



 ぼすんといつものように抱き付くと、嬉しそうに笑って「お前だけなんだ、お前だけなんだよ。本当に……」と呟く。血に濡れた両手で、私のことを抱き締め返してくれた。辺りはしんと静まり返っている。もう誰の呻き声も断末魔も聞こえてこない。



「エリオットさん。気が付いていないのかもしれないけど」

「何だ? どうした?」

「私だってね、貴方だけなの。今までみんなみんな、怖がって離れていったから……」

「でも、お前には家族がいる。……父親がいる」

「その父親だって怖がっているもの。私のような子供が生まれたのは、何かの祟りなんじゃないのかなって。冗談めかして言ったこともあるわ。……私はすごく傷付いたんだけどね、その時」

「ソフィー」



 彼がこちらから離れて、痛みに耐えるように真っ赤な瞳を細める。ああ、欲しい。貴方の同情なら欲しい。



「エリオットさん。だから私のこと、甘やかしてくれる? 怖くないんでしょう? 私のこと」

「ああ、怖くない。怖くないよ、ソフィー……傍にいて欲しい。俺の傍に」



 またもう一度、恋人同士のように抱き締め合う。でも、恋心じゃない。では何だ? とどこかで私が冷静に問いかけてくる。傷の舐め合い、もしくは。



「……行きましょうか。疲れた……」

「抱き上げようか? それともおんぶか?」

「真顔でおんぶとか言われても……笑っちゃいそうになるんだけど?」

「なら笑えばいい。お前の笑顔は可愛いからな」

「だから、真顔で言うのやめてってば……余計に恥ずかしくなるから」

「お前が可愛いのは事実だからな、仕方が無い」

「……もういいわ。敵わないわね、本当」


















 どうしたらいいんだろう、彼女のことを。白い湯気がふわりと立ち昇って、出された茶を口に含むと花のような香りがした。その瑞々しい香りの液体を飲み込み、溜め息を吐く。



「なぁ、どうしたらいいと思う? 好きか嫌いかもよく分からないんだ……」

「少なくとも嫌いではない。そうだろう?」

「でも、たまに犯して殺したくなる……」

「じゃあ、愛情の裏返しだ。それは。どうでもいい女を犯して殺したいとは思わない」

「的を得ているな、ザイール」



 淡い青と翡翠色が混じったような瞳を細めて笑い、こちらに茶菓子を出してくれる。ザイールとだけ名乗っているが偽名だろう。それか元々、自分の名前なんて持っていないのか。とにかくもザイールは黒髪だったが、その毛先は銀に浸したかのように眩く輝いている。優雅な所作で動き、白と色とりどりの鮮やかな衣を揺らした。



 日が沈んでゆく空の色と明け方の活力溢れるオレンジ、滲むような紺碧色に群青色、青紫色に大地の色。深い薔薇色にまっさらな白。見ていると目がちかちかとしてくる。一応、美しい顔立ちをしているが印象には残らない。会って離れた後、薄い耳たぶに付けていた銀色の房飾りだけが頭の片隅に残る。そんな男だった。会えば回復する、不思議な男。



 飴色の床板に薬の匂いが漂う茶房(さぼう)にて、溜め息を吐いて饅頭を齧り取った。この薄暗さが丁度いい。落ち着く。



「俺の妹に預けていいのか? 滅茶苦茶にされるぞ?」

「大丈夫。あの子は弱くない……返り討ちにされているだろうな、今頃は」

「おいおい、勘弁してくれよ……あの子の涙を拭うのも、宥めるのも俺の仕事だってのに」

「知らない。どうでもいい……」

「やれやれ。今日はまた……荒れているというか、不貞腐れているというか。もう一杯いるか? 二煎目はまた、花の香りがいっそう際立つ」

「貰おう。有難い……」



 これで発作が治まるといいが。こちらの考えを見透かしたかのようにザイールが笑い、「これは薬じゃない。微々たるものだから、ちゃんとあいつに診てもらえ」と言う。舌打ちをして、カウンターの向こうからやって来る茶を受け取った。大丈夫だろうか、ソフィーは。エルに滅茶苦茶にされていないだろうか。



「なぁ、どうしたらいいと思う? 今までとはまるで違うんだ……」

「ん~、そうだなぁ。好きと言うよりは、惹かれているよな? まるで魅了されてるみたいだ、お前は。やっと見つけたのか? (つがい)をさ」

「馬鹿馬鹿しい……御伽話だろう? そんなの」

「でも、そんなのに縋ってなきゃ生きていけない。そうじゃないか? 俺とお前も」

「そうだな……そうかもしれないな」

「この世界は終わっているからな。いいじゃないか、夢を見て踊ったって」



 カウンターの向こうに立つザイールも茶を飲み、少しだけ顔を顰めてから「失敗したかも。お湯が冷めてたか」と呟く。しかし、これはこれでうまい。この茶葉は繊細で、注ぐ湯が一度でも下がれば味が変わる。それにしても、ここにいると時間の流れが分からない。まるで時が止まっているかのようだ。



「なぁ、ザイール。お前ならどうする? 彼女を」

「父親の下に返す。俺がお前の立場なら、これまで通り守るべきものを死なせる道を選ぶ」

「それはまた、一体どうしてだ? 苦しいだろう、それも」

「苦しいな、でも。頭を滅茶苦茶にされるよりはマシだ。よく考えてもみろよ、エリオット君。彼女が一日、三日、一週間。生き延びるごとに苦しさも愛情も増してゆく。一年後に彼女が死ねばどうなる? いや、三年後でもいい。失った時が苦しい。苦しすぎる」

「俺もお前も失う前提なのか」

「当たり前だ。ここでどんだけ毎日、人が死んでいくと思う? 殺されなくても、階段から落ちて死ぬやつもいる……俺の娘がそうだった。どれだけ大事に慈しんだって、後が苦しくなるだけ。何も残らない、後には骨しか残らない……」



 そう呟きながら、また湯をガラスのポットに注いでゆく。中でくるくると真っ赤な花が舞い踊って、湯が淡いピンク色に染まってゆく。まるで血を一滴垂らしたかのようだ。薄暗い茶房にて、肘を突いてそれをぼんやり眺める。



「お代わりいるか? 茶菓子の。それとも煎餅でも食うか?」

「貰おう……この間、食べたものを」

「この間ぁ? ああ、芋を揚げたやつか……えーっと、待てよ。どこにしまったかな……」



 器用な男だなと思う。飄々としてはいるが、娘の葬式では号泣していた。一週間ほど店を閉めて、それでもまた、何食わぬ顔でカウンターの向こうに立って茶を注いでいた。でも、その目元にクマが浮かんでいるのを見て、安心したことを思い出す。この世界の住人もザイールには手を出さない。兄のような、父のような存在だからだろう。



「ほい、これだよ。うまいよな~、砂糖がかかってないのは売ってなかったから。俺が作った」

「お前の……故郷の菓子だったか」

「そうだな、もうそこには死ぬまで行けないけど。記憶を頼りに再現しているんだ、飯もおやつもな」

「そっか……いいな。ありがとう」

「ん。お代わり、飲むか?」

「貰おう。すぐに無くなるな……」



 杯を差し出すと、笑って受け取って「何よりの褒め言葉だよ、それは」と呟く。低くて耳に心地良かった。疲れた女が寄ってくるのも納得の、そんな穏やかさに満ちている。



「エルは……二階が静かだな」

「そうだな。お前のお嬢ちゃんがさぞかし、俺の妹をいたぶっているんだろうよ」

「そんなことは……するかもしれないな」

「おいおい、否定しろよ。そこは……あーあ、酷い顔をして。可哀想にな」

「……そんな顔をしているか、俺は」



 腕を伸ばして、俺の黒髪頭をわしゃわしゃと撫でてゆく。何故かこの男に同情されても嫌じゃなかった。触れられても嫌悪感は湧き出てこない。ソフィーもだろうか。ソフィーがもしも、俺じゃなくてこの男の傍にいたいと言ったら。そんな、考えてもどうしようもないことを考える。



 ずっと怯えている、彼女が死ぬことよりも彼女に嫌われることが恐ろしい。



「……俺は何も持っていない」

「うん」

「でも、あいつには家族がいて……父親が、ソフィーの父親が探しているんだ。あいつのことを」

「うん。それで?」

「だから殺そうと思って。知らないか? ジャスパーによると名前はカイルで……薄い金髪に青い目をした、マフィアのような風体で一等級国家魔術師」

「知らないな。いや、知っていても教えはしないが」

「どうしてだ? 見知らぬ男の肩を持つのか?」

「俺も父親だったからな……俺がもし、その男の立場だったらお前は敵だ。大事な大事な、可愛い娘を縛る敵だ」



 この男が殺されない理由。まともだからなのかもしれない。情に厚く、こう見えて女遊びもしない。浮気もしない。ごくごく真っ当に誰かを大事にできる人間だ。羨ましい。が、何を羨ましがっているんだろう。俺は。この男の一体どこが羨ましいんだろう。ザイールが溜め息を吐いて、とぽとぽと茶を注ぐ。



「殺す以外に何かあるだろう。嫌なら引き止めろ、彼女を。父親よりも貴方がいいと、そう言って貰えたら勝ちだ。一番のライバルだからな、父親は」

「どうやって? 俺には何も無い……人を殺すしか能が無い人間だ」

「最高のアピールポイントじゃないか、お前。エリオット君。そこにまた長所を足していけばいい。何も絶世の美女の心を射止めろと言っているんじゃない。大勢の女を落とさなくてもいい。たった一人、目の前の女に好かれるように誠心誠意努力していけばいい。だろ?」



 不貞腐れてふんと鼻を鳴らすと、また笑って「ほい。今度はちゃんとうまいはずだ」と言って茶を差し出してくる。それを受け取って一気に飲み干すと、濃厚な花の香りが漂った。舌も喉も熱い。火傷したみたいだ。



「……父親を殺す方が手っ取り早くて、簡単だな」

「俺の友人もそう言っていた。結婚を反対された時にな」

「好きかどうかもよく分からないんだ、俺」

「犯したいと思うのなら好きなんだろ。まぁ、真っ当な恋心じゃないのかもしれないが。そうだな、こうしよう。お前にはこっちの方が分かりやすいだろ」

「何だ? ザイール」



 指をぱちんと鳴らしてから、ひょいっと杯を持ち上げて一気に飲み干す。銀色の房飾りが揺れて、その煌きが目の奥に残った。どうしてだろう、どうしてこの男の傍はこんなにも落ち着くんだろう。記憶に残らない、淡い青と翡翠色の瞳を細めて笑う。



「幸せにしたいと思うか? 彼女を。自分の手で。他の男の手じゃなくて、自分の手で」

「思うかもしれないな。多分」

「うん、まぁ、それでいい。何の恋心も無かったらそんなこと、ちらりとも思わないからな」

「そうか、それもそうだな……」

「そんで、傍にいたいと思う。一ヶ月も離れていたくないなと思う」

「死ぬからな。思う」

「じゃあ、安全な場所に監禁しよう。一ヶ月、声も聞けないとしたら?」

「淋しいな……」

「だろ。犯したいと思う。他の男に笑いかけているのを見ると腹が立つ。大事にしたいと思う。じゃあ好きなんだよ、好きには憎しみも混じっているからそれでいいんだ」

「憎しみも、混じっている……」

「お前にしてはよく喋った方だな、ほい」



 まだ手をつけていない菓子の皿を、改めて持ち上げて差し出してくる。揚げた芋を摘まんで噛み砕くと、心地良い音がした。そのままぱりぱりと噛んで、芋の甘さを楽しむ。



「俺、ソフィーの前でだと」

「うん」

饒舌(じょうぜつ)になるんだ」

「っふ、いいじゃないか。最高だ。相性が良いんだな、じゃあ。その女の子と」

「そうか、そうかもしれないな……」



 好きなのかと自覚したところで、とんとんとんと誰かが二階から降りてきた。慌てて立ち上がると、転びそうになった。口元を押さえて笑っているザイールを無視して、彼女の下へ行く。



「ソフィー! 大丈夫か?」

「ん? ええ、勿論。色々値引いて貰ったわ。ほらっ! 服もカチューシャも」

「エリオット、とんだ女の子を飼っているのね……?」

「やっぱりお前が負けたか、エル。だから言っただろう?」

「ん~ん、誇らしげなのが腹が立つ……兄さぁ~ん。私にもお茶~」

「はいはい、お疲れ様~」



 嬉しそうな笑顔のソフィーと一緒に、カウンター席に座る。お目当てのお茶も服も手に入ったらしい。彼女がお菓子の箱を振って、「これ。エリオットさんが好きだって言ってたやつ。買ってきたよ~」と言って笑う。



「……ありがとう」

「どういたしまして! ザイールさん、どうでした? 彼、ちゃんとお留守番出来てた? 淋しがってなかった?」

「出来てたよ~、ソフィーちゃん。ちょっとだけ淋しがっていたかな? お茶でも飲む?」

「飲む~。くださーいっ」

「ん、ちょっと待っててね~」



 にこにこと愛想良く対応している。そうか、ソフィーとそう変わらない年だったか。死んだ娘が。そんなことを考えてじっと、ソフィーの横顔を見つめていると、エルがこれみよがしに深い溜め息を吐く。振り返ってみると、不思議な青い瞳を細めてこちらを睨みつけてきた。黒に銀が混じった髪を、ツインテールにして黒いフリルのワンピースを着ている。



「これみよがしにイチャつくの、やめてくれない?」

「イチャついてない。ソフィーの可愛い横顔を見つめていただけだ」

「ごめんなさい、ザイールさん。エルさん。いっつも彼、こんな調子で……」

「っははは! あ~あ、おかしい。どうぞ、お茶。大丈夫そうだけどなぁ~、エリオット君?」

「知るか、そんなの」

「失敗しろ~、失敗しろ~」

「殴るぞ、エル。引き千切ってやろうか、その髪を」

「えっ? 何の話? 私がいない間、一体何の話をしていたの? ねぇ?」






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