5.頼むからお前が今すぐ死んでくれ
彼のところに来て一週間ほどが経った。朝起きて朝食を食べ、着替えて出かける。仕事はその日によって違う。怖々と近付いてきて「この手紙をあいつに渡して欲しい」だの「護衛を頼みたいんだが」だの、様々だがエリオットに依頼してくる人達は全員、彼のことを信用している。
(うーん、変ね……家にいた方が絶対安全だと思うんだけど)
それとも自分の正気を保つためなのか。外は危険でいっぱいなのに彼は今日も私を連れて出かける。ソフィーはいつものマントを被り、木箱の上に膝を抱えて座っていた。淡々と敵を殺してゆく彼を見つめていると、ふと振り返る。
「ソフィー……大丈夫か? 怪我はないか? すぐに終わらせるからちょっと待っててくれ」
「大丈夫。そいつ、銃を掴んでるわよ。まだ生きてる」
「ああ、本当だ。気がつかなかった……意外としぶといな、人間ってのは」
足元に転がっていた男の手を踏み潰し、どっと首の後ろへとナイフを突き刺す。彼はまるで虫を殺すかのように人を殺す。思わず目を背けた。すっかり慣れてしまったが、あまり気分のいいものじゃない。見ないに限る、ああいうのは。
「今日の夕飯はどうするか……そろそろ買い出しに行かなきゃな」
「死体を見ながら言うの、やめてくれない? 今日の仕事はそれで終わり?」
「終わりだ。耳を削いで持っていく……いや、腕の方がいいか。タトゥーで本人確認が出来る」
「お任せするわ、エリオットさん。そういうの、あんまり言わないで欲しいんだけど?」
「悪い。すまなかった」
口元にほんの僅かな笑みを浮かべて、ジャックナイフを取り出す。今日の彼は黒いコートを着ていた。真っ赤な瞳とよく合っている。私が流石に寒そうだから嫌だ、何か着てくれと頼むと渋々着てくれたのだ。黒いショートコートに黒いズボンを履いた彼は美しく、どことなく品が漂っている。初めて見た時の粗野な雰囲気はすっかり鳴りを潜め、冬の静けさを纏っていた。
「あまりこちらを見ない方がいいぞ、ソフィー。今からこいつらの腕を切り落とすから」
「……目をつむって、耳を塞いでるから。終わったら教えて」
「ああ、分かった。すまないな、無理をさせて」
その優しくて低い声を聞いた後、両目を閉じて耳も塞ぐ。じっと真っ暗闇の中で耐えていると、不意に誰かがこちらに腕を伸ばした。おそるおそる目を開けてみると、そこに立っていたのはエリオットだった。真っ赤な瞳を細め、口を開く。
「悪かったな、終わった。抱き上げようか? 歩けるか?」
「別に、歩けるけど……」
「……そうか」
「じゃあお願いするわ、もう。すぐそうやって拗ねるんだから……」
両腕を伸ばすと、血に濡れた手で私を抱き上げる。そのまま彼の肩に手を置いて、辺りの惨状を見下ろしているとエリオットがくるりと回って歩き出した。背負っているリュックサックから、血の匂いがぷんと漂う。
「あまり見ない方がいい……ちょっと太ったな。良かった」
「それを言われると、ちょっとだけ複雑なんだけど……? まぁ、ごつごつしなくなってきたわね。骨感が消えたかも」
「早くゲートが開くといいんだが……いくつか欲しいだろう、コスメも。こちらの世界では思うように手に入らない……」
あまりそういったものに興味は無いのだが。彼をがっかりさせたくないのでにっこりと笑い「ありがとう! エリオットさん!」と言って首にしがみつく。するとびくりと体を揺らしていた。分かりやすい。
(でも、ちゃんと守って貰わないと……彼がいないと生きていけないのに)
食費も住む場所も何もかも、彼が提供してくれているから。私はそれにしがみついて生きていく、いつか父親が迎えに来てくれるその時まで。
(早く会いたいな、お父さんにも……)
今頃どうしているだろうか。カップラーメンとかで晩ご飯を済ませていないだろうか。心配しても無駄なのでやめる。どうしようもない。
「ソフィー? どうした? あの……」
「ああ、ごめんなさい。何だっけ? 聞き取れなかったわ、今の」
「なら別にいい……大したことじゃないから」
「拗ねてないでちゃんと話しなさい。分かった?」
「……分かった。そうする」
そう言ったくせにむっつりと黙り込んで歩き、深い溜め息を吐く。白い息が立ち昇って、ゴミが積み重ねられた世界を少しだけ彩った。曇天の空を見上げてみると、ちらほらと白い雪が舞い降りてくる。
「ああ、道理で……寒いと思ったら。雪よ、エリオットさん。ほら」
「だな……綺麗だ」
「そうね、綺麗ね」
そんな言葉が出てくるとは思わず、静かに同意する。彼は思ったよりも繊細で脆い。私が支えなくては、いつかいなくなるその時まで。
「あとどれくらいかな、一緒にいられるの……」
「ずっとがいいけどな、俺は……好きなだけここにいたらいい。食事でも服でも何でも俺が揃える。だからここにいたらいい、ずっとずっと」
「エリオットさん? でも私はいつか迎えが……」
「絶対に来ない。この“終わった世界”は広いんだ。お前の父親だって迎えに来ない。いくらどんなに強くてもだ」
私が父の話をすると、あからさまに不機嫌な顔となる。そんなに私から離れたくないのだろうか。
(執着。しまったな、加減を忘れていた……)
相手の欲しい言葉を吐き、相手が望むような行動を取る。すると相手はあっという間に私に執着する。他の人間では得られないから、甘い甘い慰めもその言葉も。
「大丈夫よ、エリオットさん。いつかきっと私よりも素敵な女の子が、」
「皆、俺を裏切って死んでゆく。例外はない……ソフィー。お前以外は。お前だけなんだ、俺には」
それなのに一体どうして、その執着を煽ってしまうのか。執着されることを望んでいるのか。どうしてかはよく分からない。不思議な愛おしさが渦を巻いて、この胸を支配する。守りたいのか、嬲りたいのか。一体どっちなんだろう、私は。彼の黒髪頭にもたれると、嬉しそうに笑った。ような気がした。
「今日の夕食はお前が好きなシチューにでもするか……後は何がいい? 何が食べたい?」
「お任せするわ、エリオットさん。貴方が作ったものは何でも美味しいから……」
「そうか。なら、林檎入りのポテトサラダでも作るか。気に入ってただろう? あれ」
「うん。覚えていてくれてありがとう。私、エリオットさんのそういうところが大好き。好き」
彼に寄り添って話しかけると、ぴたりとその足を止める。白い雪がちらほらと舞って、無数に積み重なった自転車の残骸や衣服の上に積もってゆく。
「ソフィー……軽々しく言うんじゃない、そういうことは」
「ごめんなさい、嬉しかったから。いつも本当に優しくしてくれるし、私の好きなものばかり作ってくれるから。私ばっかり嬉しくて申し訳ないなと思って」
思ってもいないくせに、彼が喜ぶ言葉を吐いてゆく。でも、喜んで欲しいと思っているのは本当だ。いつもお世話になっているから。彼が少しだけ黙って、またゴミの上を歩いてゆく。ここは特に治安が悪くて怖い。住んでいる辺りはもう少しだけ治安が良くて、いきなり人が殺されたりしないのだが。
(ん? ああ、そうか……)
何となく考え込んでいると、ふと気が付いた。彼は私に好きだと言って欲しいんだ。日頃の感謝ではなく、恋愛感情からの「好き」が欲しい。でも、どうしてだろう? きっと私のことが好きな訳じゃない。執着しているだけだ、ただ単に。
「来るぞ、多分。走るから掴まってろ。適当なところで下ろす」
「分かった。信じるから大丈夫。戦ってきて」
「ありがとう、ソフィー。心置きなく戦える、お前がそう言ってくれると」
エリオットがこちらを抱え直して走り、大きな自動車の残骸を乗り越えてはっと白い息を吐き出す。必死でしがみついて両目を閉じていると、銃声が鳴り響いた。でも彼には効かない。どうしてかはよく分からない。聞いても黙ってるか、はぐらかされるのどちらかだった。
「投げるぞ、拾うから安心しろ」
「はい!? えっ!?」
いきなりぽんと投げ出されて、視界がぐるりと回る。何が何だかよく分からずに腕を伸ばし、着地しようと思って足に力を入れた。すると直後にずどんと衝撃がやってきて、足の下で誰かが「ぐっ!?」と呻き声を上げる。まさかとは思うが、誰かの上に着地したんだろうか。一体どうなってるんだろう。
「悪いな、投げて。来い」
「わっ!? ちょっ」
目にも止まらぬ速さで私を抱き上げ、そのまま全力疾走する。走って走って瓦礫や誰かの死体を乗り越えて、息を荒げて私を下ろした。そしてぐいっと力任せにナイフを押し付け、瓦礫の隙間に捻じ込む。
「いいか、ここで待ってろ。閉じておくから。迎えに来る。絶対に」
「はっ、はい……待ってる。気をつけて」
一瞬だけ笑ったような気がした。瓦礫を動かして塞ぎ、彼がばたばたと去ってゆく。途端に暗闇に包まれ、深く息を吐く。何が起きたのかよく理解できなくて、息を吸って吐いてとする。渡されたナイフを大事に抱え直して、靴底でざりっと地面を擦った。
(大丈夫大丈夫……生きて帰ってくるから大丈夫)
でも、珍しい。普段は絶対に私から離れようとしないのに。
(大丈夫? エリオットさん……厄介な敵じゃない? 怪我しない?)
不安に思ってナイフを握り締める。どうしよう、彼が死んでしまったら。あの淋しくて悲しい、弱った怪物男が殺されでもしたら。その時は全員殺そう、そうしよう。物騒な考えで自分の心を慰め、両目を閉じる。大丈夫、大丈夫。きっと大丈夫、彼は生きて帰ってくるから。
一体何度目だろう、こうして膝をつくのも。ずっとずっと付き纏って離れてはくれない。屈辱と恐怖と怯えと、不快感と。色んなものが混ざって吐きそうになる。
「戻ってくる気はないのか、エリオット? ……あんな少女を捕まえて縛って」
「うるさい……好きで縛っている訳じゃない。丁重に扱っている……」
「そういう問題じゃないだろう。可哀想に、あんな風に連れ回されて……」
殺そうとしたくせによく言うな。ガムの包み紙や腐ったバナナの皮を握り締め、歯を食い縛る。どうにもこの男には敵わない。この汚れた場所に不似合いな黒いシルクハットを被り、黒いフロックコートを着た男が溜め息を吐く。その煌くような金髪も青い瞳も、何もかもが気持ち悪い。吐きそうだ。今すぐ殺してやりたい。それなのに、いざその首を折るとなったら躊躇してしまう。
「エリオット……いつでも戻ってこい、歓迎しよう。あのソフィーとやらもまぁ、すぐにでも死ぬだろうから、」
「っ死なない! 殺されない、絶対にだ……!!」
がっと白いシルクのジャボを掴んで、締め上げる。こちらの激情をものともせずに、哀れむような笑みを浮かべて俺の手に手をそっと重ねた。
「エリオット……俺を殺さないのが全ての答えだろう?」
「やめろ、やめろ……!! 今すぐにやめろ、頼むからそれ以上何も言わないでくれ。吐きそうだ……」
「可哀想に。大丈夫、可愛いお前をいじめたりなんかしないよ……ほら」
「やめろ、気持ち悪い。吐きそうだ……」
その手を振り払い、吐き気を感じて蹲る。震えて酸っぱい唾を飲み込んでいると、男が俺の背中を擦った。余計に吐き気を感じてまた震える。
「大丈夫、俺はいつでも待ってるから……数年前もそうだったな、エリオット。最近、体の調子はどうだ? また発作を抑える薬でも、」
「いい、いらない……気にするな、頼むからどっかに行ってくれ……俺に関わらないでくれ」
アーネストが深い溜め息を吐いて、魔術仕掛けの黒いステッキを持ち直す。早くどっかに行ってくれと念じていると、俺の頭を撫でてきた。丁寧に黒髪を梳かし、じっとりと頭皮を撫でてくる。
「エリオット……まさか、あの少女がお前を裏切らないとでも? 可哀想に、お前はいつか絶対に」
「俺に呪詛を吐くな、アーネスト。今すぐ殺されたいのか?」
「そうやって震えているくせによく言うよ……なぁ? エリオット。俺がお前にしていたことと、あの少女にお前がしていること。何も変わらないだろ……?」
「変わる。少なくとも俺はソフィーに、あの子にそんなことはしていない……!!」
立ち上がってその胸倉を掴み、睨みつけてやると頬を赤く染めて嬉しそうに笑った。端正な口元が歪み、かつての記憶が蘇る。
「本当にか? お前だってあの子に触れたいと……」
「本当にだ。虫唾が走る。今すぐにやめろ、殺すぞ。本気で」
「やめろ……心配しなくていい。この子は絶対に俺のことを殺せないから」
背後で殺気だった部下達を制し、愉快そうに笑う。その胸倉を握り締め、強く睨みつけた。ああ、でも分かっている。殺せないんだろうな、俺は。この男を。ほんの僅かな楽しい記憶が邪魔をして、こちらの喉を絞め上げる。アーネストが低く笑って、俺の手首を掴んだ。
「エリオット……愛しているよ、気が変わったらいつでも来るといい。俺は待っているから、ずっとずっと」
「今すぐに死ね。死んでくれ。それが無理なら消えてくれ。吐き気がする。悍ましい」
「悍ましいなんて言葉、一体どこで覚えたんだ? 悲しいな、エリオット」
そのまま俺の手首を捻って、暴れようとする体を押さえる。そしてこちらの黒髪頭をぐっと掴んで引き寄せ、嗜虐的な声を出して笑った。
「エリオット……金の無心でもいい。来てくれ、また。俺の屋敷に」
「誰が行くものか……死ね。お前の葬式になら行ってやるよ、俺もな」
「ん~、また減らず口を叩く。やれやれ、調教し直さないとな」
「ぐっ……!!」
後ろから羽交い絞めにして、俺の耳元に顔を寄せる。がくんと力が抜け落ちたのを見計らってズボンのベルトを緩め、下着の中に手を突っ込んできた。かっと首筋が熱くなって叫ぶ。
「っやめろ! この異常者の変態め!! 俺の他にいくらでもいるだろう、そいつに、」
「エリオット。謝るんだ。今すぐ俺に。さもなきゃここで服を剥いで犯すぞ。あの瓦礫の向こうにいるソフィーとやらに、お前の喘ぎ声を聞かせたいのなら別に構わんが」
一気に血の気が引いた。トラウマが刺激されて心臓がどくどくと震える。息を吸って吐いてとしていると、思考が真っ白になった。何も考えられない、何も言えない。胃と手足を震わせていると、下着の中に手を入れてそれを遠慮なくしごく。
「おい。返事は? 本当にいいのか、今ここで犯しても」
「すみっ、すみませんでした……」
「違うだろ、ごめんなさいだろ。まったく。聞き分けの無い。いつも言ってるのに、そう……」
ごくりと唾を飲み込んで、色んなものを天秤にかける。頭の中にソフィーの笑顔が浮かんだ。あどけない笑顔。どくどくと心臓が嫌な音を立てている、首筋が冷えてゆく。まるで火傷をしているみたいだ。俺の耳元でアーネストが深く溜め息を吐き、「いいのか? エリオット。服を剥いで犯すぞ」と脅してくる。またもう一度唾を飲み込むと、心臓が嫌な音を立てた。両手両足に力が入らない。
「ごめ、ごめんなさい……アーネストさん」
「そうだ、お利口だな。エリオット……いつでも来るといい、待っているから。ああ、あの女が早く死ねばいいのになぁ~……」
「死なない。ソフィーは死なない。絶対に死なせない……」
「まぁいい。お小遣いでもあげよう。はい」
「いらない……やめろ、もう触るな。俺の体に」
「何を言ってるんだ、エリオット。力がすっかり抜けていて立てないくせに?」
ああ、その通りだ。トラウマは根深く、何も抗えない。無残にプライドだけが剥ぎ取られて、楽しかった記憶だけがくるくるとメリーゴーランドのように回ってゆく。ああ、確かにあったのに。この男と過ごして、楽しいと思った時も確かにあった筈なのに。その記憶が邪魔するのか、何なのか。よく分からないが殺せなかった。
アーネストが地面に突っ伏した俺を見て笑う。魔術仕掛けの黒いステッキを持ち上げ、よく通る低い声で告げた。
「それじゃあな。愛しているよ、エリオット。またお前とソフィーに会いに来よう……」
がらりと瓦礫がのけられ、ばっと顔を上げる。眩い光が射し込む中で、本人だと信じて腕を伸ばした。
「エリオットさん!? エリオットさんよね……!?」
「ああ、ソフィー……待たせたな。怖かっただろう、悪い」
「大丈夫……謝らなくても。怪我は無い? 大丈夫?」
瓦礫の隙間から私を引っ張り出して、ぎゅっと強く抱き締める。背中が弱々しく震えていた。何が起きたのかよく分からないが、少なくとも怪我はしていない。多分。酷くほっとして抱き締め返す。
「良かった……エリオットさんが生きていて。良かった……」
「俺は絶対に死なない……死ぬとしたらお前だよ、ソフィー」
「大丈夫。私も絶対に死なないから。ほら? 顔を見せてよ、エリオットさん……無事を確認させてよ」
「見なくていい。今、ちょっと見られたくないんだ……顔を」
「そう。なら無理に見ないけど。ありがとう、私のために戦ってくれて」
何故、こんな言葉を欲しがっているんだろう。よく分からないが、他愛も無い話をした方がいいらしい。
「さ、帰りましょ。エリオットさん。この間食べたチョコとストロベリーのアイスが食べたいんだけど。どこで売ってるかな……」
「買いに行くか。買って帰ろうか、ソフィー……後は何が欲しい?」
「別に何も……ああ、手を繋いで帰りたいんだけど。いい? エリオットさん」
「ああ、勿論。はい」
もう顔を見られても平気なのか、私から離れて力なく笑う。手が小刻みに震えていたが、気付かない振りをした。私を何故置いていったのかとか、そんなことも聞かないようにする。聞いたら彼が崩れ落ちてしまいそうだから。また白い雪がちらほらと舞い落ちる中で、ゴミの上を歩いて帰路につく。
「ねぇ、エリオットさん」
「何だ? どうした?」
「いつもありがとう……エリオットさんのお陰でのびのびと落ち着いて暮らせるの。本当に貴方がいてくれて良かった……出会えて幸運だった」
これは彼が求めている言葉であり、私が言ってあげたい言葉。前の、私を買った女からの虐待を思い出して震える。口の中に血の味が蘇ってきた。
「何も怖いことしないから、エリオットさんは私に。前の人はしてきたから……」
「良かった。……せめてお前がそう言ってくれて。俺も救われるよ、ありがとう……」
ぐっと私の手を握り締めて震える。彼も私も何かを抱えている。その痛みに共感して思いを馳せ、上を見上げてみた。灰色の雲が空を覆い尽くして、真っ白な雪をこちらへと落とす。
「……うん。何があったのかは聞かないけど。私は貴方の味方だから。それを覚えていて、エリオットさん。愛してる」
「ソフィー……お前は本当に毒のような少女だな」
弱々しく呟いて黙り込んだ。流石の私だって「愛している」というのは気が引けたけど。でも、何よりも彼が望んでいる言葉だから伝える。
「私にとって、エリオットさんは薬のような存在だけどね……さ、アイスを買って帰りましょ。次はどっち? 右に行くの? 左に行くの?」
「左だな……まぁ、お前が落ち着いて暮らせてるのなら。それでいいよ、もう。全部……」