ダメな俺の就職先
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小説家になろう初投稿作品名です
皆様の感想、レビュー、コメント等お待ちしております!
──ダメな俺の就職先・・・
暦は既に六月
同期たちの就活の波に見事に乗り遅れた俺は、これで何回目かの就職面接に向かっている
・・・が、只今遅刻寸前で渋滞に巻き込まれている
全く進まない車の大行列
車の時計と助手席の書類を交互に見ながら俺の焦りは募る一方
前に面接を受けた会社でもそうだった
渋滞に巻き込まれて十分遅刻した俺は見事に落ちた
「渋滞を見越して少し早めに出るのがイッパンテキな社会人」なんだとよ
・・・イッパンテキって何だよ?
確かに俺は昔から成績の良い方ではなかった
小学校の頃は宿題忘れの常習犯
体育のチーム分けは必ず一人取り残されて
中学の頃入った部活は廃部寸前の文芸部の幽霊部員
浮いた話の一つもなく、学園祭だって空き教室でボッチで読書
受験も失敗して志望の高校に落ち、ギリギリ受かったのは学力底辺の地元の高校
そこでも成績は赤点こそ無かったけど下から数えたほうが早い程だ
大学受験にも失敗して志望校を三回落ち
その後妥協して短大に入ったけどいまいちやる気が出ず
入学と同時に一人暮らしを始めた事も相まってサボり気味になった結果留年してしまい
続けるか辞めるかを悩みながらダラダラと通って卒業
せめて就職先はと高望みをした結果見事なまでに落ち続け
・・・そして今に至る、という訳だ
人生のどこからが悪かったかなんてのはキリがないから考えないようにしている
リュージュの選手なら世界記録間違い無しだな!
・・・笑えねえや
だけど何社か受けてきて感覚も掴んできた
書類選考で通る確率も五分五分だったけど、今日行く会社は手応えが違う
なんと通知の封筒に手書きの手紙まで添えてあったんだ!
五枚組の長文だったし、なんだか良く分からない言い回しが多かったから良く分からなかったけど
多分要約するとこんな感じだ
『履歴書を見た時点で私の中で貴方の採用は決まりましたが、重役がうるさいので型式だけでも面接に来てください』
これはもう、決まりだろ?
何がどうなったのかは良く分からないけど、とにかく人事担当の人が俺を気に入ったみたいだし
後は悪印象を付けないだけだ
・・・と、言いたいんだけど
俺が一人で脳内回想シーンをやってても渋滞は一向に解消されそうもない
前の反省を活かして五分前に出たんだけどなぁ
まあせめて会社概要だけでも今の内に見ておくとしよう
こういう空いた時間を有効に使うのが社会人だからな
スマホで簡単検索検索〜
・・・えーと?
『株式会社ヒュプノス・ドリーム』(以下、当社)はお客様により良い睡眠と、より濃密な愛の営みを支援する寝具メーカーです
その創業は魔族領で890年続いている寝台職人から始まり
現在ではテイパール家八代目の当主が代表取締役を務めています
当社が飛躍的に成長したのは二代目当主マローネの時で
当時の魔王様が当社の寝台を大変お気に召していただき
それ以来現在に至るまで魔王城にある寝台は全て当社の製品です
・・・おお、結構すげえ会社なんだな
マオウサマってのは、確か魔族領で一番偉い人だろ?
日本で言うところの総理大臣みたいなもんだろ?
アメリカの大統領の方かな?どっちがどう違うか知らんけど
・・・お、ちょっと進んだ
で、そのマオウサマってのがニンゲンでいうところの何に当たるんだ?
えーと、大統領 魔王 違いで検索・・・
・・・ん?
なんか前の車近くない?
えっ、ちょ、まっ・・・
──ゴリッ・・・
・
・・
・・・
頭の中が真っ白になった
免許センターの教習ビデオとかだと、もっと派手に
ゴンッ!
て音がしてたと思ったんだけどな
実際の音って結構地味なんだな
えーっ・・・と、まずどうしたら良いんだっけ?
警察?保険会社?
その前に安全確認?
──コンコン・・・
その前に会社に連絡?社員でもないのに?
──コンコン・・・
ていうか社員になってもないのに連絡するのか?
──大丈夫ですか?
ふぁっ!?誰!?
──意識はあるようですね?
「えっ、あ、はい・・・」
──よかった、ではハザードを点けて路肩に寄せてください
「は、はざーど?」
はざーどってなんだ?
──真ん中の方にある、三角マークの赤いボタンです
「あ、こ、これか・・・?」
──はい、それです。それからアクセルは踏まずにゆっくりと左側に寄せてください。
「こ、こう・・・かな?」
──はい、大丈夫です。ではエンジンを切ってお待ち下さい
「あ、いや!ちょっとまってアンタ誰!?」
どこかに行こうとするそいつを追おうと車から降りて、後ろ姿に声をかける
・・・よく見るとでっけえなコイツ
2メートルくらいあるんじゃないか?
「・・・どうしました?どこか痛むところでもありますか?」
ゆっくり振り返ったソイツをじっくり見る
服を着ててもわかる筋骨隆々の身体。それを包む漆黒のスーツ
頭を支えるぶっとい首の上にはグラサンを着けた厳つい顔
角刈り頭の額からはニンゲンには絶対に無い二本の角
・・・やっべえ、これ絶対ヤ●ザだ。鬼族ヤ●ザだよ絶対
チンピラみたいなやつじゃなくて本家の方だよ
よく見たら俺がぶつかった車すっげえ高そうなヤツじゃん
「どうしました?様子がおかしいですが」
「えっ、あの、その・・・」
ダメだ、とっさに言葉が出ない
鬼ヤ●ザが近付いて来るのに体が動かない
「おやめなさい」
突然聞こえてきた透き通るような女の人の声に、全身の神経がハッとなった
「・・・っ、はぁっ、はぁ」
どうやら俺は呼吸の仕方すらも忘れていたみたいだ
思い出したかのように肺が空気を求めて動き出した
俺がぶつかった車の助手席から別の黒服が出てきて、素早く後部座席の扉を開けた
そこから出てきたのは漆黒のハイヒールに包まれた細い足
続いてスラリとしたシルエットのロングドレスの女の人だった
上半身が黒、腰から下が白と変わったツートンカラーのロングドレスで
かなりギリギリの位置まで深く入ったスカートのスリットで目のやり場に困る
だけど上半身に目を向ければ胸の半分から上は肩紐以外に布地がなくて
こっちに向かって歩いてくる動きに合わせて子供の頭くらいありそうな大きさのおっぱいが
ユサリ、ユサリと迫ってくる
白く細い首に黒い蝶のチョーカー
「驚かせてしまいましたね?この方達は自分の姿の威圧感を自覚していないのです」
「そんな、八代目・・・」
女の人が俺の前まで来ると、すぐ目の前に重量感がありそうな肌色が突き出されるような形になった
女の人の陰からさっきの黒服のしょげるような声が聞こえてきたけどそれどころじゃない
女の人の胸を凝視してる訳にもいかないから顔を上げる
濃い色のルージュに彩られたぷっくりした唇は微笑みを作り
切れ長・・・だと思う目は開いてるのか疑うくらい細められていて、昔見た事がある慈母像みたいな印象だった
その頭の上には明らかにニンゲンのものではない動物のような耳があった
「お怪我はありませんか?」
女の人が俺に目線を合わせるように前かがみになりながら話しかけてくる
きれいな顔が急接近してくると同時にふわりと甘い香りが漂う
そしてその向こうで重力の方向が変わった山脈が
どっ・・・ぷん
と急激な地殻変動をしていた
「えっ、ええ・・・あの」
「大丈夫ですよ。焦らないで、貴方を責めるものなど誰一人此処にはいませんよ」
涼やかに透き通るような、だけど包み込むような温かみにあふれる声が耳を通して全身を駆け巡る
「ですが八代目・・・!」
「静かになさい」
後ろの黒服が何が言おうとしていたけどたった一言で押し黙った
「・・・貴方、お名前は?」
「えっ・・・あ、栖雲です」
「スクモ?」
俺の名前を聞いて女の人は首を傾げた。まあ、ちょっと難しい字を書くしな
「・・・それはファミリーネーム。日本で言うところの名字というものでしょう?貴方のお名前は?」
「えっ、バク、です。日本語で麦って書きます」
・・・実はあんまり自分の名前が好きじゃないんだよな
昔っからバカにされ続けてきたし
ガキの頃のあだ名はもちろん「ムギ」だし
「・・・なんと素晴らしいお名前でしょう!」
目の前の人は今までの奴らとは違う感想を持ったんだろうか?
黒いロングの手袋に包まれた手のひらを合わせて
満面の笑みを俺に向けながらテンション高めに続けた
「豊穣の象徴をお名前につけて頂いたなんて、御両親に感謝しなくてはなりませんね!」
・・・いや俺は一時期親を恨んですらいた時期があったけど?
「・・・ところで、貴方はこれからどちらへ向かわれる所だったのですか?」
あっ・・・忘れてた
「いや、あの・・・これから会社の面接に・・・」
・・・いやもうダメだろうけどな
完全に遅刻だろうし、事故ってるし
「あらまあ大変です!」
さすがに驚いたような表情を見せたけど相変わらず細い目は開かない
多分こういう人なんだろうな
「・・・でも、もういいんです」
「どうしてですか?」
諦めた俺の言葉に心底不思議そうに訪ねてきた
・・・この、生まれついてのお嬢様っぽい人には一般庶民の・・・
特に俺みたいな落ちこぼれの気持ちなんてわからないんだろうな
「予定の時間にはもう間に合わないし、行く途中で事故なんて起こしてるような奴誰が雇うんですか」
「そういえばそうでしたね」
今の今まで忘れてたとでも言いたいんだろうか?
流石に無理があると思うが
道路の方を見ると、黒服が数人交通整理をしているのが見えた
「事故の方は心配なさらないでくださいね?こちらで片付けておきますから」
・・・それって大丈夫なのか?
「ところで、本日面接に向かう予定だった会社というのは?何という所だったのですか?」
えっ、いやさすがに・・・
まあ、いいか。どうせもう顔も出せないだろうし
「えっと・・・ヒュプノス・ドリームって所です」
「・・・あら、そうでしたか」
変な間が空いてから女の人は深く頷きながら言った
「そういえば、貴方の名前を伺ったのに私はまだ名乗っておりませんでしたね?」
そう言うと女の人は前かがみの状態から背筋を正した
再び重力の方向が変わった山脈が地殻変動をする
あれにぶつかったら脳震盪くらいは起きそうだ
「私はリネンと申します、見ての通りニンゲンではございません」
改めて見るとこの人・・・リネンさんもかなりデカい
いや、おっぱいの話だけじゃなくて
直立すると俺の目の前に巨大なおっぱいが揺れるので、結果頭はその上になる
距離が近いとおっぱいの影になって顔が見えなくなるくらいだ
黒服鬼ヤ●ザもデカかったけど、それを超えてさらにデカいよなぁ・・・
「では、貴方のこれからなのですけど・・・」
余計な事を考えていたけどリネンさんの声で現実に引き戻された
「ひとまず私と一緒に来てもらいますね?」
「えっ・・・」
一緒に?つまり、どこかに連れて行かれるって事か?
鬼ヤ●ザ、八代目・・・
俺の人生、ここまでなんじゃないか?
普通に考えて、ヤ●ザの車にやらかした俺は始末されるに決まってる
まあでも、今までダメだった俺の最後にしては面白そうじゃないかなぁ・・・
「さあ、参りましょう」
呆然と立つ俺の手をリネンさんに取られて、俺の車を置き去りに歩き出した
「あ、いや、俺の車!」
「あら?そうでしたね」
リネンさんは歩きながら、交通整理をしている黒服の背中に向かって
「麦さんの車を処分しておきなさい」
とだけ投げかけていた
「いや待って処分て!?」
ちょっとヘコんだだけだろうからまだ使えると思うけど!?
いくら中古で買ったとはいえ俺の愛車ではあるわけだし!!
「貴方が気にする必要はありません・・・いいえ。もう気にする事は無くなったのですよ」
・・・あぁ、俺やっぱ消されるんだ
昔何かで話題に上がってたことがあったよな
『黒塗りのベンツに追突したら〜〜』みたいなやつ
まさか現実にあったなんて・・・
「さあさあ、こちらへ」
リネンさんに促されるまま、彼女が乗っていた車の後部座席に詰め込まれる
外側からの見た目に比べて内装はかなり広く、座ったらケツがほとんどシートに沈み込んでしまった
前を見ると運転席にも黒服の角刈りが乗っていた。コイツは耳が横長に尖っていた
「さあ、参りましょう。車を出しなさい」
俺の左側に膨大な存在感のものがやってきた。言うまでもなくリネンさんなんだけどな
リネンさんがシートに腰をおろした後、少ししてから車の助手席に黒服が座る
・・・が、車が発進しない
「少し失礼しますね」
俺の返事を聞かずにリネンさんは俺の胸辺りに、その巨大なおっぱいを押し当ててきた
「えっ!?ちょ!?」
突然の未体験な感触に俺は変な声が出た
リネンさんはお構いなしに俺のケツの右側あたりに手を這わせ始める
えっ、待って、せめて初体験は静かな所で俺がリードする感じがよかった!
あ、でもこんな超美人のお姉さんに奪われる感じでもイイっちゃイイか・・・
──カチャッ・・・
とかなんとか考えてると、小さな金属音で現実に引き戻された
腰辺りに違和感を感じたので見てみると、俺の腰にしっかりとシートベルトが掛けられていた
・・・は?俺、食われるんじゃないの?
「さて、行きましょうね」
リネンさんもしっかりとシートベルトを掛けていた
俺のと違って左肩から斜めに掛けるタイプで、ベルトがおっぱいの間に挟まれて途中で見えなくなってしまっていた
それから程なく俺たちの乗った車は静かに発進した
いつの間にか道路は合流の待ち時間が必要無いくらいには空いていた
・・・最初から渋滞なんて無かったかのように
・
・・
・・・
・・・で、連れてこられたのが
街の中心街にあるそれなりに高さのあるビルの上層の方の応接室みたいな所
地下駐車場に車を入れて、そこからここに来るまでリネンさんに手を引かれ、後ろにはずっと黒服が着いてきていた
極めつけはこの部屋に入る時だった
両開きの扉の前に数人のゴツい黒服が並んでいて
『お帰りなさいませ、八代目!』
と一斉に頭を深々と下げる
一方のリネンさんは「ご苦労様です」と一言かけて終わり
「さあ、座ってください」
やたらと広い応接室のぱっと見で分かる高級なソファー
座ればケツどころか腰まで埋まるくらいだった
俺がソファーに腰掛けるとリネンさんは向かいの椅子に腰を下ろした
「それでは貴方・・・栖雲 麦さんの今後についてですが」
ああ、ついに俺の人生に幕引きの時間が来たか
「ひとまずは私の秘書という形になってもらいますね」
リネンさんは両方の手のひらを胸の前で合わせながらにっこりと笑った
両ひじが寄せられた事によっておっぱいの谷間がそりゃもう大変な事になっているが、そんな事よりも重要な事をサラリと言われた気がする
「あ、秘書と言ってもスケジュール管理や雑務は他の方が担当しますから、麦さんは気にしなくてもいいのですよ?」
「い、いやいやいや!ちょっと待って下さいよ」
人生の幕引きかと思ってたら、なんか突然ヤ●ザの秘書にされそうになってる!?
「いくらなんでもヤ●ザの秘書なんて嫌だよ!おちこぼれだって今まで真っ当に生きて来たんだから!!」
「・・・?ヤ●ザ?」
俺の言葉にリネンさんは不思議そうに首を傾げる
「どう考えてもヤ●ザだろ!?」
さらに続ける俺にリネンさんは本気で考え込んでいる様子だ
「・・・どうして、ヤ●ザだと?」
「鬼!黒服!八代目!」
俺はもう言葉が思いつかなくなって、ただ思いついた単語を叫んだ
「・・・ああ!!」
リネンさんは何かを思いついたようにポンと両手を打った
「そうですね、誤解させてしまうような事をしてしまったかもしれませんね」
リネンさんはうんうんと頷きながら一人で納得しているようだ
「では、一つずつ説明していきますね?」
リネンさんは俺の返事を待たずに言葉を続けた
「まず鬼の方は我が社の社員です。労働に種族は無関係ですからね?
次に黒服についてなんですが。・・・前置きとして、本日我が社では新入社員の面接が予定されていました」
俺と同じようなやつがいたのか・・・
「支社の方では毎年数人ずつ採用しているのですが、本社への直雇用は今まで全く無く、前例が無かったのです」
そんな凄いやつなのか・・・
「当初は当代である私が一人で面接を担当しようかと考えていたのですが、重役たちがどうしてもと聞かず」
まあ、前代未聞ともなればそうなるだろうな・・・
「しかし、お恥ずかしながら重役たちは誰一人仕事着と普段着以外を持っておらず・・・」
・・・ある意味すげえ一致だな
「折角なので私が重役の皆さんに日頃の感謝も込めてオーダーメイドでスーツをお送りしまして。ちょっとカッコいいかなと思ってお揃いのサングラスなんかもプレゼント致しまして」
どうしてサングラスまでお揃いにしちゃったんだ・・・
「あ、それで八代目というのは私の肩書になります」
ヤ●ザ以外の何に○代目なんて肩書が付くんだよ
「私は家具大工の家系なんです」
・・・大工?あの家とか建てたりするあの大工?
「家屋を建てる方ではなく、家具専門の大工です。私はその八代目になるのですよ」
大工ねぇ・・・あのイカツイ黒服たちが大工なんていう仕事してても違和感無いけど
正直リネンさんが大工っていう印象は絶対にないわ
「・・・それで、誤解は解けました?」
リネンさんは満面の笑みを俺に向けながら聞いてきた
「・・・まぁその、ヤ●ザだなんて言ってスミマセンでした」
「いえいえ、わかっていただければそれで充分ですよ」
リネンさんは心底嬉しそうな様子だ
頭の楕円型の耳がピョコピョコ動いてとてもかわいい
「よかったぁ、これで円満に入社してもらえますね!」
「いやちょっと待って!?」
それとこれとは話が別だと思うんだが!?
「・・・?」
いつの間に部屋に入って来ていたのか、秘書っぽい女の人がテーブルの上に書類を並べていた
向かい側ではとても不思議なものを見ているような顔のリネンさんがいる
「・・・お給料、結構良いですよ?」
魅力的ではあるけど違う!
「完全週休二日制ですよ?」
それも魅力的だなぁ!
「賞与も毎年2回出しますよ?今年の夏の分も出しますし」
すっげえ待遇いいのはわかるけど!
「社宅もありますよ?」
ぐっ・・・っ!いや、でも!
「冷暖房完備に家具家電付きでお家賃も格安ですよ?」
お、おぉぅ・・・
正直バイト生活で安アパートですら家賃が苦しかったし
親からはそろそろ仕送り止めるぞとか脅されてたし・・・
「社長、もうひと押しです。住居関係で何か」
秘書がリネンさんに何か耳打ちしてやがる・・・!
ただ、エルフっぽい秘書とは身長差がありすぎてリネンさんがすっごい傾いてる
「うーん、そうですねぇ」
リネンさんは少し考えてからポンと手のひらを胸の前で合わせながら言った
「麦さんのご実家の方に我が社の製品をお送りしましょう!」
・・・お、おぉう?
「・・・社長、少々ズレております」
「あら、そうですか?」
さすがは重役全員をター●ネーターに仕立て上げる人だ
スケールがデカい分ズレると凄いことになる
「そうなりますと・・・あとは処分してしまった麦さんのお車を新しくして差し上げるしかないですねぇ」
いや、だからスケールがおかしいって!!
「あ、ご心配なく!ちゃんと社宅には駐車場完備ですよ」
「問題はソコじゃねえんだよおぉぉぉ!!」
・・・思わず大声を出してしまった
「・・・」
「・・・」
ふたりとも目を見開いて驚いて・・・リネンさんは目が開いてるかすら分からなかったけど
「違うんだよ!俺は、今日行くべき面接があったんだよ!」
とりあえず勢いを続けないと向こうのペースに飲まれてしまいそうな気がして俺は続けた
「確かに事故ったのは俺のせいたけど!でも!それで車まで処分される事は無いだろ!?」
そこまで捲し立てて俺は一息ついた。言いたい事は全部言った
「・・・まさか、社長?」
「・・・・・・テヘペロ」
「・・・はぁ」
リネンさんの若干古いリアクションを見て、秘書さんは小さくため息をついた
「栖雲様、まずは此処が何処なのかという事から説明をさせていただきます」
秘書さんはそう言うと部屋の奥にある豪華そうなデスクから何か持ってきた
A4サイズのハードカバーのファイルで、黒い革張りの表面には箔押しで社名が刻まれているみたいだ
《Hypnos・Dream》
・・・英語だったけど・・・
「は、はぃぷのず・・・」
「ヒュプノス・ドリーム、『眠神の夢』という意味です」
なんとか読もうとしていた俺を秘書さんが鋭く遮ってきた
・・・まあ、今のは読めなかった俺が悪いと思う
っておい!ちょっと待て!
「はい。そろそろお察しの通り、此方は本日栖雲様が入社面接を受けに来られるはずだった会社です」
秘書さんは一切表情を変えずに淡々と言葉を続けていく
「そしてこちらに居られますのが当社の八代目社長にして、二代目様の代で魔王様より貴族階級を賜りましたテイパール家の第八代目当主、リネン・テイパール様になります」
「・・・ムフンッ」
視線を秘書さんからずらすと、腰に手を当て胸をそらしてドヤ顔するリネンさんがそこにいた
・・・なんか、逐一リアクションが一世代前というか
微妙にかわいいのが腹立つんだよな・・・
御大層な肩書を持ってるのにそれを鼻にかけないどころか、天然入ってる感じが憎めないというか
「・・・現在社長はOFFモードに入っております。カッコいい女社長モードは休憩中になります」
モードがあるのかよ・・・
「大きすぎる肩書は重荷になりますから」
「結構肩が凝るんですよ〜」
・・・リネンさんの肩こりは絶対理由が違う気がする
「さて、社長も栖雲様も緊張がほぐれた事でしょう。そろそろ本題に戻りましょうか」
「あ、そうです!入社してくれますよね?」
改めて本題だったものに戻ってきて言葉が出てこなかった
えーと、つまり・・・
ヤ●ザの事務所だと思ってた場所が、本当は今日(たぶん勝確の)面接に来る予定の会社だった
・・・って事で、なおかつ
俺が後からぶつけた車は、その会社の社長と重役数人が乗っていた車だった
よし、だいぶまとまってきたぞ。それから・・・
一言だけで重役達を黙らせられるような社長が、何故か俺をめっちゃ気に入ってる
・・・だな?あってるよな?
「だめですか?強引すぎましたぁ?」
俺の長考を見てリネンさんは心配そうな顔をしていた
心なしか頭上の耳もシュンとなっている
リネンさんの隣では秘書さんがスマホで何かを確認しているみたいだった
「・・・わかりました、後はこちらにお任せください」
どこかと通話していたみたいで、それが終わるとスマホをポケットにしまった
「栖雲様、少々失礼します」
秘書さんは返事を待たずに直ぐ側、耳に息が当たるくらいの所まで来た
(社長に聞こえないように失礼します)
秘書さんは俺と身長が近いから変な体制にはならないけど、耳に女性のささやき声が直接当てられるのはくすぐったくて顔が熱くなっていく
(今回の事故、栖雲様の不注意が原因による事故だそうですね)
聞かされた内容に、頭に登った血の気が一気に引いた
(前方不注意、スマホ運転による脇見運転、シートベルト未装着。我が社の車のドライブレコーダーで確認されています)
えっ・・・そんなだった?
(事後承諾になり申し訳ないですが、お車に残されていた栖雲様のお荷物を確認させて貰いました)
あっ、そういえば俺の車に荷物全部忘れてきたんだった
(免許証がどこにも無かったそうなのですが、今持ってますか?)
免許証は財布の中にあるから・・・財布、家のジャケットに入ってるわ
(・・・免許不携帯も追加ですね)
えっえっ、つまり、どゆ事?
(あまりこの手は使いたくありませんが、今回は社長の為ですので致し方ありません)
俺の頭は混乱していて、もう何がなんだか分からなくなってきている
(例えばの話ですが、栖雲様が当社の社員であったならば今回の事故は社長及び重役達の『温情』で内々に処理できますよ?もし違うのなら・・・分かりますね?)
ゔっ・・・!
弱みを握られて脅されているってのは分かるけど・・・!
(まあ、社長はお優しい方ですから栖雲様がここで断られたとしてもお許しになるでしょうが)
・・・聖人かこの人!?
(ただ・・・ダメ押しになると思いますが、最後に一つこちらをご覧ください)
そう言いながら秘書さんはスマホの画面を見せてきた
・
・・
・・・
そこには見るも無惨なスクラップにされ、コンパクトに『折り畳まれた軽自動車』の写真が写っていた
写真の中の黒服は軽自動車だった物を担ぎながらカメラに向かって指さしている
俺にはなんとなく『次はお前がこうなる番だ』と言ってるように思えた
(さて、どうしましょう?)
俺は書類がきれいに並べられたテーブルに両手を付き、深々と頭を下げた
「・・・若輩者ですが、これからお世話になりますのでよろしくお願いします」
俺のちっぽけな意地があまりにも巨大な存在に敗北した瞬間だった・・・
「はい、それではこちらの書類のここと、ここにサインをお願いします」
秘書さんはいつの間にかリネンさんの隣に戻っていて、ひたすら淡々と書類の説明をしていた
そしてリネンさんはというと・・・
「・・・っ!」
満面の笑みで両手を突き出しながら俺の方に身を乗り出していた
ただし、秘書さんがリネンさんの前を遮るように伸ばした腕によって動きが封じられていて
その腕がリネンさんのおっぱいへのめり込み具合から見てかなりの力で抑え込まれているものだと思う
リネンさんの腕はギリギリの所で俺に届いてない
「栖雲様の住所は履歴書のものを既に記入してあります、一度ご確認ください」
リネンさんの巨体を片手で抑え込みつつ、涼しい顔して説明を続けている
「ペンはこちらをどうぞ。ハンコは・・・後程栖雲様のお荷物が届き次第押印をお願いします」
秘書さんは片手でリネンさんを抑え込みつつ空いた手で自分の胸ポケットからボールペンを取り出して俺の前に置く
その間もリネンさんの両腕は俺の前でパタパタと振られている
しかしリネンさんに比べて小柄な秘書さんの体はびくともしなかった
俺だったら秒で押しつぶされそうな気がするんだけどなぁ
「お給料や保険、その他の事は後ほど社長が落ち着いてからお話しましょう。まずはなるべく手早く記入をお願いします」
秘書さんがついに両手でリネンさんを抑え込み始めた
・・・いや、よく見たら抑え込む事自体は片手で充分なんだと思うが
もう片方の手はリネンさんのドレスの胸元を引っ張り上げているように見えた
・・・まあ、そんなにデカいんだからこぼれそうになる事もあるよな・・・
「早く・・・っ!」
俺は秘書さんがそろそろ限界なのかもしれない事を察した
手早く書類を見て、間違いがないことを確認してから名前を書く所にサインをした
「ご心配なく。その書類は魔族が好んで使う契約書ではなく、一般の紙とインクで出来てますので」
遂に俺に背を向けて体全体でリネンさんを抑えている秘書さんの説明を聞きながら、サイン漏れが無いかチェックした
「はい、書きました。大丈夫です」
「わかりました・・・っ!それでは書類を纏めてテーブルの隅に置いてください・・・っ!!」
秘書さんの体がプルプルしてきていた
・・・これ、逃げたほうがいいやつ?
「ご心配、無くっ!!」
気合一閃、秘書さんの声と同時にリネンさんの体が宙で一回転した
まるで鉄棒の前回りをしたようなきれいな姿勢で縦回転して、リネンさんの長身はすっぽりと元のソファーに座る形で収まった
着地の衝撃でリネンさんのおっぱいはどっぷんと大揺れしていた
・・・ショックアブソーバーって、ああいう原理なのかなぁ・・・
秘書さんはゼエゼエと肩で息をしていた
「リーネ。はしゃいでるのはいいけど、そろそろ宿題の時間よ?」
「いやぁ!?」
秘書さんがドスの利いた声でなにか言うと、リネンさんは体をビクッとさせて涙目になった
言うことを聞かせる魔法の言葉か何かなのかな?
魔族ってそんなのが使えるらしいしな
「・・・コホン。社長?社長に目を通していただかなければならない書類が溜まっております。お席へどうぞ」
「・・・はぁい・・・」
秘書さんの言葉に、リネンさんは渋々といった様子でソファーから立ち上がり、トボトボと部屋の奥の豪華なデスクに向かって行った
ションボリと丸まった背中に、リネンさんの長身が小さく見えた
「・・・少々お待ち下さい、もうじきONモードに入りますので」
息を整えた秘書さんがリネンさんの方を見ながら言った
言われてリネンさんを観察していると、シュンとたれた耳がみるみる内にピンと立ち上がり
心なしか表情もキリッとした気がする
・・・目だけは開いてるのか分からないけど
次第にデスクでの作業スピードも速さを増していき、最終的には見てるのかどうか判別できないような速さで書類の選別をしていた
「・・・っふう、終わりました」
「はい、お疲れ様です」
秘書さんはリネンさんから書類を選別したトレイを2つ受け取り、部屋の外に持って出て行ってしまった
「さて、麦さん」
リネンさんはデスクについたままの状態で俺に声をかけてきた
「あっ、はい・・・なん、ですか?」
契約書にサインしたのだから俺はもうこの会社の社員だよな?
だったら、さっきまでの態度は取れないと思うんだ
「貴方に初仕事のお話です」
おお、早速来たか!
サインしていきなりだとは思わなかったけど俺としては大歓迎だ!
秘書とか言ってたしどんな仕事だろうな?お茶汲みとか?
「麦さんの車を買いに行きましょう!」
・・・はぁ?
(多分)キリッとした顔で
両肘をデスクについて顔の前で指を組み
おっぱいがどっしりとデスクに乗っかってる状態で
仕事と言いながら仕事じゃない事を言い出したが?
「ほら、麦さんの車は処分してしまったではないですか」
うん、されちゃったね?小さく折り畳まれちゃったね?
「ですので、買いに行きましょう!実際に見に行ったほうが良いものを買えますので行きましょう!!」
「いやいや!いきなりすぎでしょ!?」
「・・・?だって、麦さん車無いですよ?」
心の底から不思議そうな表情でリネンさんが首を傾げた
「それに、そのどこが仕事になるんだよ!?」
「うーん・・・麦さんのお仕事といえば・・・」
リネンさんが何か言おうとしたタイミングで秘書さんが見覚えのあるカバンを持って戻ってきた
「栖雲様の業務は毎朝社長のお宅にお迎えに上がり、仕事中は必ず同伴し、お宅にお送りする事です」
「そうそう、それです。上手く説明できなくて〜」
・・・えぇ、それって・・・
秘書ってより付き人とか言わない?
「ですので栖雲様にとっては自動車は立派な仕事道具。ひいてはその購入は業務にあたるという事です」
俺にカバンを手渡してから秘書さんは別の書類をテーブルに並べ始めた
・・・乗用車のカタログだ。日本以外の物もある
「もちろん我が社の社長がお乗りになる、ひいては魔族の貴族階級の方がお乗りになるのですから、中古や安物は認めませんよ?」
「私としては麦さんと二人っきりで小さな車でも良いんですが」
「ダメです」
リネンさんが何か言っていたが、秘書さんが間髪入れずにたしなめたので俺はツッコめなかった
「栖雲様はパスポートを持っていますか?」
「い、いや。持ってないけど・・・」
「ではパスポートの取得から始めましょう。社長の業務は日本国内だけではありませんからね」
え、えぇ・・・外国まで連れ回されるのかよ
「国際免許のみならず、魔族領免許も取得の必要がありますね」
「い、いや、さすがに外国とかは別の人に運転してもらった方がいいんじゃないのか?」
助けを求めようとリネンさんの方に視線を向けたが
「イヤです!麦さんが良いです!」
あっさりと断られてしまった
「それでは始めましょうか。パスポートの取得にはおおよそ一週間かかりますので」
どうやら俺に拒否権なんて存在しなかったようだ
「まずは国内の車から見に行きましょう!愛知から!」
車を買いに本社に乗り込もうとするな!
「パスポート取れたらどこから行きましょうか?」
「候補地としてはドイツ、イタリア、イギリス等ありますよ。ドワーフ製も検討しましょう」
俺を置き去りに俺の話が進んでいるみたいだ
もう進むだけ進んでもらってから、後でまとめてもらった方が分かりやすそうだ
・・・とりあえず
今までダメだった俺の人生だけど
ここなら何か変わるかも
・・・いやすでにおかしくなってるけど
「あ、そうだ麦さん」
「・・・はい社長、なんですか?」
「次の車はぶつけないでくださいね?」
「やかましいわっ!!」
END
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作中の道交法違反は実際にやらかしたら一発で免停になりますので、絶対にしないでください
何よりもあなたの命を守るために