③命を計る仕事
心地よい朝だった。朝日は木や葉の狭間へ、木漏れ日は俺の顔へ優しく当たり、朝露はそれらをいっぱいに反射して、湿った木々は深く香っていた。美しく神秘的な森の中にいる。学校じゃ学べないこと、見れないこと、出来ないことの連続の中で俺たちは強かに冒険をしている。だからこの一瞬が、風景が、また呼吸を刻む緩やかな時が、妙に晴れ晴れしく感慨深い。そんなことを思っていると一匹の美しい毛並みを持つ黒猫が俺の横から歩いてきた。俺は空気をいっぱいに吸い込んで、幸せ気分のまま彼女に笑顔で挨拶した。
「おはよう、エルノア!!」
「死ね。」
「...クソが」
不快な猫め。
―――――――
「またタバーンかよ!」
「クエストハウスなんでしょ?仕方ないよ」
「酒樽怖えよ!違う、樽酒!?」
俺たちはアルクとプーカの三人で一緒にダンジョン入窟の申請をしにタバーンへ向かっている。通常は受付に隣接する形でダンジョンの入り口があり、裏口などから入窟できる防人型のクエストハウスが多い。しかし今回のダンジョンは大入道と呼ばれている入口1以外に、モンスターだけが出入りできる出入口2、3、4が存在し、警戒を怠らない為にクエストハウスは各出入口の真ん中に設置されている。ちなみにそこを中心円としてこの街の防壁は築かれた。つまるところ外敵対策ではなく、内敵対策の防壁である。
「着いたよ。」
アルクがタバーンの看板を見上げて言う。
「嫌だ~~」
「ミートボール食べたい。」
「嫌だぁ~~~~」
俺はアルクに腕を引っ張られタバーンへ入る。朝のタバーンは一転、居酒屋の様な雰囲気はなく。若干の騒がしさを残した劇場が舞台裏の如く、緊張感に包まれながら静寂が時折入り乱れる開演前の控室のようであった。木造の机の上には樽酒は無く。そこにはグローブや金具などの装備が並べられている。かなり幅を取ってはいるが1㎡辺り1人前くらいか。あれは俗に言う...
「日帰り装備。」
プーカが呟く。しかし奥の人間は要領が違った。恐らく個人では無く隊を組んでいる。装備もダンジョン内での1泊を考えている。恐らくそれは最悪のパターンなのだろうけど、日帰り装備改と言ったところで、費用もかさむ分、他よりも当然見返りを求められる。
「相当な玄人かな?」
「或いはド素人かもな」
ダンジョンで寝泊まりすることは基本、死を意味する。例えるならそこは治安の悪いスラム街の中心。俺たちは新鮮な人肉という高価な財産を持って挑む。それでもキャンプ装備を必須として挑まなくてはいけないダンジョンは前回の街で遭遇した。生還率は80%。選りすぐりの狂人たちが万全を期しても、いつも2割が死んでった。目の前にいる5人が1小隊なら確実に1人は死ぬ。
『よっしみんな~?アユレディ~!!?』
『Fu~~~~~!!!』
その五人は回りながら飛んで天井に拳を突きあげる。例えるならマリオ。
―死んだな。全滅だ。いや、全滅しろ。
「Fu~~...」
「―やめなさい...‼」
小声で真似したプーカを制止して、俺はカウンターの受付へと向かった。受付嬢は俺を見るや俯いて自身の作業に戻る。この人も中々に冷淡だ。しかしながらダンジョンの受付は何人もの人間を死地へ送り、人生を賭して挑まんとする人間をも拒絶する。故に仕事柄こういう人は多い気もする。しかし逆に考えればこの冷淡さは経験値の表れとも言えるのか、恐らくは俺の卓越した実力をも簡単に見抜かれてしまうのだろう。俺はそっと燃える闘志を抑え込み受付嬢に話しかける。
「すみません、ダンジ...」
「―ダメです。」
「早過ぎでしょ!!」
「ではライセンスは?」
冷たい声で受付嬢がそう言う。
「ほらよ。」
俺は自身のライセンスと魔法学校から送られた推薦状を渡した。推薦状は教師からの送り土産であったが、ライセンスは検定試験を通した能力値のステータスも割り振られている。魔法が使えない俺の数値は正直悲惨だ。終わってる。
「最低ランクの冒険者に最高ランクの推薦状ですか…。何処で盗まれましたか?」
「盗んでねぇよ。疑うなら連絡繋いで確認取れば?」
「そうさせていたただきます。」
「するのかよ!いいけど!節穴!」
「ふんっ」と振り返ると、受付嬢は初老の背の低いオジサンと番を代わり奥の部屋へと消えていった。
「お願いします。」
「あぁ。」
この初老もボケてそうな顔をしている。眉毛から耳毛から鼻毛から、全部真っ白でフッサフサだ。
「・・・なんじゃ?」
「なんでも…」
―――――
それから二時間が経った。
「確認しました。」
「じゃあ許可していただけ…」
「ダメです。」
「―嫌われてる!?」
頑なに許可を出さない受付嬢は俺など居なかったかのように黙々と手記作業に戻った。
「ね、ねぇお姉さん。…意地悪しないで欲しいんですけれども。」
「許可は出しません。話は終わりです。」
「じゃあ、何故ですか?―理由が知りたい。」
受付嬢は溜息を吐き、顔を上げて話始めた。
「私はここのクエストギルドで六代目の受付番です。そして先代と代わってからは入窟者の生還率を98%までに引き上げております。」
―意外と簡単なのか...?
「では先代の時代。このダンジョンからの生還者は何割であったかご存じですか?」
俺は気圧されるように答える。
「いや。知らないです…。」
「―6割です。4割は帰ってこないのです。では先代は無能であったとお思いですか?」
「まぁ。無能だったの、…かなぁ~?」
聞かれたからそう答えると、ビシィッ!!と俺の頬に彼女の平手が飛んできた。
『え”え”、痛いッ!?』
『痛くない!!』
「…えぇ...?」
―こだまでしょうか、いいえ、パワハラ。
「先代を侮辱しないで下さい。答えはもちろん否なのです。先代は私よりも遥かに優秀なお方でした。しかし最後に当たったパーティーの応対で100人程の大規模遠征隊に入窟許可を出し全滅させたのです。それから先代はこの職を辞任し、どうなったのかはプライバシー保護の為に申しあげませんが、つまり今、一番弟子であった私へと職が受け継がれましたしだい…」
「はぁ...」
「まだ分かりませんか?ダンジョンは生き物なのです。特にここのダンジョンは未だ深層まで解明されておらずイレギュラーな事態と状況が続いております。」
その言葉にアルクが少し頷いた。プーカは口を開けて聞いているが、立ち尽くしたアホみたいな姿は馬耳東風の様相を呈している。―ヨダレを垂らすな、ヨダレを
「そして、最近出発した小隊と地元のベテラン一人がまだ帰還しておりません。これは明らかに何らかの異常が発生しています。しかし、そこへ新たに貴方のような、魔法も使えず酒すら飲めず根性も無く樽酒に殴られて逃げるだけの役立た...、―入窟条件だけは満たしているイレギュラーな存在がダンジョンへ入れば、私の生還予測はもはや追い付きません。」
「え、役立た...? ―えぇ?」
―というか見ていたのか...。
「ですから。私はもう二度と。いえ、私の責任下で貴方に許可を下すことは出来ない。」
「ほぉ...、―なるほどにゃんキャッツ。。。」
俺は一歩身を引いて、考えるふりをして、こう聞いた。
「そんなに危ないの?」
「分かりませんが、許可は出せません。クランクラスも最底辺じゃないですか。信用成りません。」
―真っ当な意見だぁ…。と、ただ彼女は冷淡なだけの女では無く芯のある仕事人。それ故にしっかりと型にはハマっていて、俺の渡したライセンスの数字を元にした分析から導く“固定観念的選択”には一切の迷いが無くて、こちらが返す言葉も見つからないほどに真っ当な判断をしてくる。非常に厄介、でも、ここの受付嬢には誇りのようなものが受け継がれている気がする。ただの片田舎ダンジョンの受付ではない。そこには微かに伝統のように大切にされてきたような、何と言えばいいか、信念みたいなものを感じる。
「じゃあー明後日また来ます。その時にまだ危険だと判断されるのなら、諦めます。きっぱりと。」
「そうですか。」
俺はアルクの顔をチラリと見て、タバーンの出口へ踵を返す。しかしその時、事件は起きた。