②野外キャンプ
「――怖ぇえええええええ!!」
「ナナ弱い。あと臭い。」
「――怖すぎるだろアレ!!」
俺はビールでヒタヒタに濡れた頭をローブで拭きながら、先程の衝撃的な体験を思い出す。
「死んでもおかしく無かったぞ…」
興奮冷めやらぬ俺の背中をプーカがゲップをしながら擦った。
「うっぷ…、良い小物っぷりだった。ブラボー。」
「いや、うるせぇよ。」
――小物とか言うな。
『えへへ、スミマセン。えぇ全く...』
プーカは俺の口調を真似したように低い声で、頭を垂らしそう言った。
「……黙らっしゃい。取り合えずキャラバンに戻るぞ。」
プーカは黙って頷き俺の後に続く。
「飯は獲らなきゃなー」
「プーカ。牛が良い。牛。」
今夜はキャンプになる。自給自足だ。
「野生は珍しいんだよ。多分さっきのも家畜の肉なはず。」
「…そっか。」
キャラバンは壁外の駐車場に停まっていた。入国時や荷車駐車時の料金対策だろう。真意の程は運転手に聞いてみないと分からないが…。しかし、この街が相当に頑丈な壁を築いているところを見るに、ここのダンジョンの手強さが伺える。若干高鳴る鼓動は恐怖の為か、待ち遠しさの為か。はたまた、ぶん殴られた恐怖の為か。或いは、ぶん殴られた恐怖の為か。それとも……、ぶん殴られた
―――――――
「たでぇ~ま~」
「でぇーま~」
プーカの調子に合わせて喋る。
「ナナシ。もう出発するぞ!」
一転、長髪の赤髪を後ろで結びグローブを嵌めた筋肉質な機械技師が、4匹の馬の手綱を運転装置で操り、慌てた様子で俺たちが乗るや否やキャラバンを前進させた。
「――リザ、どっか行くのか?」
「キャンプ地を変えるだけだ。」
「――あそこじゃダメだった?」
「いいや。ただ、金が掛かると門番に言われた。そしたらアルクが金は無いと。」
一同、強い揺れに揺られながら、俺は何食わぬ顔で目線を上げたアルクを見て、少し可笑しくなって笑って言った。
「貧乏だな。」
「――うん、全くだよ。」
アルクがそう言うと、それを聞いて鼻で笑ったリザが、木製のシフトレバーを迷路の様に複雑な構造を持つ溝の中で四回ほど切り返しながら倒した。馬はフェイクだ。タイヤで走っている。
「で、場所は?」
そして、このキャラバンの細かい動作は黒猫と機械師にしかできない。毎度この操作を見る時、その事実を痛感している。
「あそこに見える森の中。」
「ほぉえー、分かった。」
俺は操舵席の飛び出たフロントデッキから戻り、小さなダイニングテーブルの、アルクが座っているところの対面の席に座った。
「ふぅー疲れた。」
「それで、お金は?」
――言いづらい。飯で消えました、とは。
「あ…、いや。」
「まぁ、良いですけど。」
アルクは見越したかのように頬杖を付き溜息を吐いた。
「えへへ、それで売れそうな生物は?」
俺は話題を逸らす。
「鳥と豚だよ。ここでは牛肉より高価な家畜として売られていたんだ。だから次の街ではこの街で買った牛を売り捌いている隊が多いらしい。とにかく肉の種類が少ないんだ。だから牛肉以外ならなんでも良く売れる。ただし、魚は普通だった。」
「じゃあ余分に取れたら…。」
「うん、あるだけ有難い。」
俺はさっそく立ち上がり狩猟の準備を始める。街々、時々の相場理解、市場理解の情報戦。売るものは売って、残すものは残す。買取手のニーズに合わせた狩りと採集。これもある種、俺たちの戦いだ。
「それで、取引はどうだった?」
アルクはニヤリと笑うと、よくぞ聞いたと腕を組んだ。
「ギリギリ黒字。」
「えぇ?スゴッ!!」
――流石、詐欺師だ。
と、俺は心の中で呟いた。アルクの話術は物の価値を高めてしまう。かつて俺は田舎町で買った、ただの白胡椒が、彼の言葉で丸真珠に化したのを見てきた。しかし今回は、長旅で腐らせた肉を売って黒字にしてみせた。どう見てもアレは食えなかったけど、ここまでいけばもはや魔法だ。末恐ろしい子。いっそ砂でも売ってみようぞ。そしたら笑顔で「食えますね、コレハ。」とでも言うのだろうか。
―――――――
{ジマリ街・近郊の森」
キャラバンは森の中で少し開けた場所に停まった。
「まぁ、ここでいいだろう。」
リザはそう呟くとレバーを引きボタンを押し、幾つかの手順を踏んで再度レバーを握って引いた。ガチャガチャガチャと、慣れた手つきで高速に。
「広げるぞー!」
そう言って、とどめのレバーを引き、キャラバンは深い息を吐くかのように、収納されていたスペースを横へと広げた。
「テツー!テント頼むー!」
リザが屋上のテツへ指示を出す。
「分かったー。」
耐水性の布は欄干の四つ角に隠された木製のポールを伸ばしたところへ張っていく。このキャラバンには二階と呼べそうな場所がロフトの様な裏部屋にしか無いが、テントを張ることにより、屋上としてのスペースが立派な二階へと変貌する。操舵席の突出した狭いデッキも同様にテントを張り、ランタンをぶら下げれば立派な一室だ。無論テントで作る即席の部屋は冬場には堪える寒さになるのだが…。熱帯夜なんかではむしろ涼しくて快適になる。横幅に至ってはプーカの部屋(薬品室兼、調理室兼、彼女の寝室)二つ分が左右に展開し広々とした空間が出来る。露店が出ているような日は、屋台として彼女の部屋から直接物品をトレードしたりも可能だ。しかし、ここまですればもはや移動中の閉所感、圧迫感は払拭され、何だろう……。もう、要塞と言える。言い過ぎでしょうか、いいえ要塞。
「テツ、行こうぜ」
「ちょっと待って。」
テツは狩の為、ゴーグルを付けグローブをはめる。ここまでは通常装備。加えて今はアンカーガンと呼ばれるオーパーツを腕に装備していた。アンカーガンのワイヤーは決して切れることが無くとても貴重で再現が出来ない、余談だが、このオーパーツがダンジョン探索の、取り分けシーラと呼ばれる特殊ダンジョン探索のお目当てとなる。それは裏を返すと治安の悪い街では標的に成りやすいということで。
「じゃあ先行ってる。」
そういうとテツは木にアンカーを射出し川辺に向かって飛んで行った。
「おい、待てっ」
話し相手が消えた...こうなってくると獲ってきた食べ物の量で皆の目が変わってくる。すなわち、絶対に負けられない戦いが始まった。
―――――――
{ジマリ森林、星の見える広場・焚火前}
「テツの勝ちだな。」
、テツの獲った大量の魚を焼きながら、リザがさも自分のことのように自慢気にそう言った。
「そうだね、僕の勝ちだ。」
テツもリザに合わせて微妙にドヤ顔をしながらそう言った。
「ハイハイはいはいはいはい、お前の右腕に装着された“ロストテクノロジー様”には負けましたわ。完敗でございますぅ。」
「素手で獲った。」
「いや、嘘付くなよw」
魚には微かにアンカーで掴まれた引っ掻き傷が存在した。しかしそれはとても軽度なもので、すなわちこのアンカーとワイヤーは使用者の意思に合わせた繊細な操作が可能だった。そしてこの操作は持ち主の固有魔法には起因せず悪影響もない。正にロストテクノロジー。
「イノシシ一匹でも充分にスゴイよ。…僕にはできない。」
「どうも!」
シンプルに嬉しいフォローをしてくる男、できる男アルク・トレイダル。良い奴だよ、本当に君は。
「…それに良く売れる。」
「余計な一言め...」
傍らではプーカが無言で魚を頬張る。―お前はさっき食ったろうに。。。
「エルノア?」
「ムガムガ...8時だ。」
「まだ何も言ってないけど。まぁいいや、美味い?」
「微妙だ。もっと美味しくしろ。そして…ムガッ、もっと食わせろ。」
―なんだこいつ。
「傲慢な奴め~よしよし。死ぬほど有るぞ。」
リザがそう言うと、エルノアは辺りをきょろきょろと見渡し、俺と目が合うや否や大層怪訝な顔で「水...」と言った。