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①宿居酒屋(タバーン)の樽酒


 ―性悪説というものを信じていた。いつだって、窮地で人はその本性を見せるからだ。醜く卑劣で薄汚れた本性を、自分本位で利己的で、つまり他人のことなどお構いなし。まったく醜く、まったく卑劣、まったく下等で。正に性悪。…しかし、今はこう思う。“―本当にそれは悪なのだろうか?”


 俺たちは5人は旅をしている。5人と1匹。魔法騎士のように何かを救える訳でも無く。私欲の為に旅をしている。大陸では貧困が消えずに、小国同士の戦争が続いているけれど。凶悪なモンスターが湧き続け、家族を殺された村の人たちは復讐に燃えていたけれど。今日も知らない街で、誰かが苦しんでいるけれど。本当は、俺たちを殺しに来るカルト教団を殲滅しなきゃいけないけれど。構わず俺たちは、今日も旅をしている。次の目的地は{ジマリ大洞穴}この付近で最大級の天然洞穴型ダンジョンだ。狙いは色々あるけど、特に欲しいのは新大陸渡航の為の{海を裂く剣}。そして伝説のシーラ、{生命の泉}への手掛かり。でも、いつだってそうだ。ダンジョンでの遭難は死を意味する。凶悪な敵は、この命を躊躇なく刈り取って来る。いつだってそうだ。飄々としても、腹は括って挑まなくてはならない。


……何故なら俺は、魔法が使えないから。



―――――――



「なに考えてるの?」


 小さな黒猫がニヤニヤと笑いながら、上機嫌で肩に登って来る。昼間にあげた鮎が美味かったからではない。こいつは性格が悪いのだ。


「いや、次の街が見えたなーって。」


 呆けた調子でそう言った。俺たちはこの動く木箱の上で、そよ風を受けながら、迫りくる城壁を眺めていた。悠々と生い茂る草木は轍の端から彼方の地平線まで無限に広がっている。お天気は快晴。風は穏やか。気温は...どうだろうか。


黒猫エルノア、気温は?」


 黒猫は片目を開けて閉じ直し、髭を揺らして数秒後、眠そうな声で「20くらい」と答える。


「じゃあ湿度は?」


 そう聞くと、黒猫は俺の首元を軽く噛んだ。


「ボクの眠りの邪魔をするな。」


「…なら、…俺の肩で勝手に寝るな...」


 俺は可能な限り小声で愚痴る。


「にゃにゃ?にゃにかにゃ?」


――普通に喋れ。


「なんでもねぇよ。」


 俺は猫の背中を撫でようと手を伸ばすが、そいつは手の平をスルりと抜けて、右の肩から飛び降りて行った。


「―もうすぐ着くって...」


 背中越しの声。キャラバンの車内から屋上へヒョコッと顔を出し、前髪をサラっと吹かれながら、大人しそうな見た目の少女は俺たちにそう言った。


「だから、準備して...」


 少女は催促するように自身の首にかかったゴーグルをはめ、グローブを着け、牽引するように準備をしてみせる。


「はぁ~、…い。」


 俺は適当に返事をしながら片手を上げ、キャラバンの低い欄干に頬杖を突き、今日の終着点をジッと眺めた。


(ジィーーッ)


 一方、少女は俺の横顔をジィーッと眺め微動だにしない。


「え。」


―なんだよ。


「今日…、キャンプだって。」


―マジかよ。


「泊まらないの?」


「お金ないって。」


「ええぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 俺は彼女の心中を察し“夕飯の準備”を始める為に下へ降りた。きっと「誰のせいだよ」と言いたいのであろう。なら、俺は言うぞ「皆のせいです。」うん。心の中でだけに留めておく。


「アルクー?」


 俺は車内を、言い換えれば船室を、いや、荷台…?とにかく、階下の共同生活空間を覗き貿易隊長を呼び出す。


「なぁ、今日泊まれないのー?目の前にー?あんなに立派なー?宿居酒屋タバーンが有るのにー?」


 泊まれない理由など既に分かっている。そう、これはダル絡み。


「えーーー!?残念だなー?」


 俺が軽くジャブを打つように、半ば愚痴りながら降りると、一室から悲しそうな叫び声が共鳴するように響いてきた。都合のいい時だけ現れる寝坊助の声だ。しかし、その声を聞いて貨幣と商品を見比べながらペンで数字を書いているアルクが怪訝そうな顔でこちらを睨んだ。


「―うるさい!傷んだ肉まで買うからだ!家畜は匂いがーとか、塩だけじゃ食べれないーだとか、君たちがグチグチグチ...―貿易は生き物なんだぞ!!君らはそれを理解せずに、いや理解をした上で僕に…!!」


 予想以上にカリカリしていた。


「いや…。す、すみま。――あっは…!――これはこれは!冗談じゃないですかアルクさん!全くもう、怖い顔なんだから…。」


 俺はローブを羽織って短剣を隠す。


「えぇぇぇぇぇぇ!?」


 しかし、空気の読めない起床したての丸っこい少女が泣きべそをかいた顔で眼を擦りながら部屋から出てくる。―バッドタイミング。俺はアルクが全力で少女を睨め付けるのを見て、自分の人差し指を口元で立てた。


「プーカ。...しー。」

 

 アルクの鬼のような形相を見るや、時間を巻き戻すかの様に、黙って少女プーカは部屋へ戻る。{アルク・トレイダル}さすが貿易商の息子。金勘定は大変だろうけど、こういう時は気性が荒くて困る。...まぁそれも、有り難いことだけれど。


 

―――――――

 

{ジマリ洞穴街・宿居酒屋タバーン


「ウマウマ。ウマい…。ナナ~、これ何?」


 プーカは柔い頬が突き出すほど口いっぱいに、サックサクに揚げたミートボールを頬張りながら、それを飲み込むと、炭酸の入った果肉入りぶどうジュースで口に残った油をさっぱりシュワーッと喉まで流し込んだ。


「それはなけなしの資金カネで注文した食料だよ...」


「うん、美味しい!」


「そうですか…。でも次からは勝手に頼むなよプーカ。怒られるのは俺なんだ。」


 食べ盛りの彼女を責めるものはいない。往々にしてトバッちりは俺だ。


「旨いか?」


「ウマい!!ほらっ!」


「おっ、…ふんむふんむ。サクりサクり、もぐりもぐり。」


 俺は突き出されたフォークの先端に刺さった揚げミートボールを歯で引き抜き咀嚼する。甘辛のソースは少なめにかかって、揚げた衣のパリパリとした食感を活かしながらも、中に詰まったジューシーな牛肉の団子とは良く絡むような絶妙さ。総じては甘味だけが強いように思えるが、岩塩や香り高い黒胡椒を筆頭とした数種類のスパイスが一向にこの味を飽きさせない。しかも牛肉100%かつ山盛りに積まれて400エデル!安すぎる。一皿で三人前は下らないボリューム感に悦を覚える。――正直、買いです。


「プーカ、無限にコレ食いたい。」


 そう言いながら何気なく葉物を避けるプーカを見て、俺は自らミートボールに葉物を巻いて口に含む。


「あぁーやっぱコレだわ。口の中でパリパリが増えて、うめぇぇぇ...」


 プーカはフォークを止め俺のことをジッと睨みながら再度肉だけを頬張る。俺はもう一度同じ作戦に出ようとするが、その時カウンターの方から怒鳴り声が響き渡った。


「だからぁ!お前らが捕らえて来いって言ってんの!!」


「ひぃっ…。い、致しかねます。」


 ひ弱そうな老人にカウンターの受付嬢と特有のハンコ、壁には掲示板。そして数多の張り紙と難易度表、受注資格。推奨レベル。後で尋ねようとは思っていたが、やはりあそこがクエストの受付をしているらしい。つまりここは典型的な宿居酒屋タバーン型のクエストハウス。ダンジョンの管理所。情報の漂流地、そして漂着地。


「例のスリが…」

「2層の薬草がさぁ…」

「ジマリ牛...」

「最近のダンジョンは...」

「あぁ。今朝、ルーキーが死んだ…」

「ウマぃ…」


 情報は貴重だ。耳を立てろ。そして口はしっかりと堅く閉じて無闇におのから発してはいけない。何故ならそれ自体がとても貴重で、金に換わる価値を持つからだ。無論、場合ケースによっては無料で一攫千金に値する情報が手に入る機会。しかし酒と美味い飯の前では人の口など無力。俺が数々のクエストハウスの中で宿居酒屋タバーン型を最も愛している理由の一つがコレだ。酔え酔え酔いどれおっちゃんたち。吐け吐けそのまま金の情報ゲロ


『――オイ、アイツだァ!!』


「ん?」


 それは唐突だった。カウンターで怒鳴り声を上げた老人がタバーンの入り口から歩いてくる少年を指さして叫ぶ。


『おい、テメェだァ、俺の牛を返せ!!』


「――殴れ。」


 老人は軽快な動きで小さな少年に詰め寄るが少年の後ろを歩くスキンヘッドの男が遠慮なしにその顔を殴った。それは実に大きな拳だった。この辺では見かけないほどに大柄で、珍しいサングラスをかけている男。小さな少年は伸びた老人を鼻で笑い、何事もなかったかのようにカウンターへ歩いていく。


「ねぇ、お姉さん。お金を受け取りに来たんだけど?―ねぇ、まだ?」


「大金を公の場で直接渡すことは出来ません。ポイントを指定するか金庫に預けてください。」


「だからぁ、僕はこの街を出るんだって…」


「ならば護送用のキャラバンを取引地点にされたら良いかと思われますよ。―坊ちゃん。」


 対応した受付嬢も強気だ。彼女は筆記を止め少年を睨むように顔を上げた。少年はそれに一瞬怯むが、抵抗する様にゆっくりとカウンターに近づき何やらジャラジャラと音のする袋を机の上にドンッと置いた。


「僕には金があるんだ。そしてお姉さん達には拒否する権限が無い。いつだってそう、依頼主は僕なんだ。」


「何か新規のご依頼でしょうか?」


 少年は数秒黙ってから口を開く。


「そうだ、奥に案内してくれ。」


「・・・えぇ。はい、分かりました。どうぞ…」


 少年は受付嬢に連れられ客室へ案内される。全く不思議な光景だ。ガキ一人が屈強な冒険者が集うこの場を凍らせた。


「すみません。彼はどういった?」


 俺は何となく同じ長机で、隣に座っていた酒飲みへと声をかけた。


「あぁん……、知ぃらねぇえよォ!!――フンッ!!」


 ビュウッとジョッキのビール樽が空を切り俺の額へ当たって粉砕する。中身は依然、波々たっぷりと入っており衝撃的に重々しい。


「――だあッ!!痛っ....はぁ…、えへへ、スミマセン。えぇ全く...。ごめんなさい。」


「…ボケがァ!!」


――ドン引きである。まだ昼前なんですけど……


 しかし、我が隊は全員魔法弱者だ。争いは無益。というか負ける。俺は立ち上がるとプーカの手を黙って引きタバーンの出口へ向かった。


「気性の荒い奴らだ…」


 俺が小さく呟くと、聞こえたかのようなタイミングで、さっきの男のサシ飲み相手が「おいッ!」と声を上げた。


――まずい。


「おい待ちな。アンタ無魔ノイマだろ…。――てめぇみてぇな奴がこんな所に居るんじゃねぇよ。いいか!二度と顔を出すなよ!!ぶち殺すぞ!!」


――そっちか。


 俺はフンと鼻を鳴らした後、クールに笑って会釈をし、タバーンを後にした。この世界では魔法が使えない人間は忌み嫌われる。悪いジンクスを持っているんだそうだ。見たら死ぬ、魔法が使えなくなる、成果が下がる。全部ウソっぱちだ。しかし、俺みたいな猛者は簡単には手を出さない。やり返しはしない。このクールさにひれ伏せ、そして後で不安になれ。「アレ?あいつ、去り際が強そうだったな…。」って、「アレ?あいつ、去り際だけ強かったな…。」っていう不安に陥れ。陥った末に眠れなくなって家ん中隅々まで徘徊してタンスに小指でもぶつけて泣き叫ぶといい、ブハハハハ。ホントお前らなんて、目じゃないんだからね。俺はそう思いながら、そそくさと足早に外へと向かう。しかし、これだけではまだ足りないと、もっと恰好付けろと、俺の中のジェントルメェーンが囁く。


「ふん、いいかプーカ。ハァードボイルってのは……」(ガンッ!!)


「――痛ッ、ァァァ……!!」


 鈍い音と共に、俺の小指は静かに爆発した。





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