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⑯カノン




「何で…いるんだ……。 ―というか…遅い……。」



「...そうだね。ゴメンね。…色んなことが有ったんだ。けど、今は…」



 体の節々が痛かった。足で立ち続けるには皮膚が足りなかった。あらゆるところから出血している。それでも痛みは次第に麻酔に掛かったように薄まっていく。


「…今は、―おやすみ……。」


 それは中華服の様な、もしくは侍が身に付ける和服の様な、絢爛な羽織と黄色い花の繊細な刺繍が施された形容し難い袴。総じて特殊な和装を着た女。サラシで固定された胸が俺の鼻と頬に当たっている。嗅ぎ慣れた血の匂いと、嗅ぎ慣れない金木犀の匂いを纏った、生暖かい羽織が頭部を包むように覆い被さってくる。しかし俺の意識は勿体ないほどに遥か彼方に所在が有って、その心地良さが憎たらしい程に、俺の意識を奪い去っていった。



――――――



 そして目が覚めた。というかいや、頭の中は、脳みそはまだ眠りを求めている。それでも意識がこちらへ戻った。引っ張り出す様に、叩き起こすように、現実の光が眼を照らす。一体どれほど気を失っていたのか、状況がどうなのか、数多の疑問で頭が混乱する。しかし俺を抱えながら、遠方を見つめる彼女のその横顔を見て、俺の意識は一転に収束するように。ジリジリと絞られていく。


「―セカイ...!!」


 俺は膝で支えていた自重を、地に付けた足の裏で踏ん張る様に持ち上げる。身体を支えてくれていたセカイからは身を離す様に、しかし離れすぎないように距離を保つ。視界は絶妙に晴れた。状況は喜劇的に良くなかった。しかし恐ろしい程長い龍が、巻いていたその蜷局をバネにするように、その巨大さからはゆっくりと見えるが、隕石の様な驚異的な速さで、有り得ないほど遠くから向かってくる。カオスだ。


「……あれ、起きた。」


 セカイはとぼけた顔で一つ結びの髪を揺らした。彼女は使役したドラゴンを武具や装具として召喚し武装する。だからキテレツな格好もロックマンだとかカービィだとかの類だとして腑に落ちる。腑に落としている。腑に落ちたとして今はしかし、状況は依然理解できず、なぜ周りに敵がいないのか、そして上空には敵意むき出しの龍がいるのか。頭の整理が追い付かない。


「―敵は!?」


「…倒した。」


「嘘つけッ!」


 セカイは晒を纏った白い胸を苦しそうに膨らませ、肺に空気を送り込み、息を弾ませる。銀色に伸びた刀は血と脂を纏い鈍く光っていた。


「あれはー、残り。」


 彼女は汗で湿った腕を突き出し、巨大な龍に指をさす。


「お、お前のワッペンのせいでこうなってるんだぞ…。―どうにか元の場所に飛ばすだとか移動するだとか、あとはミックを呼ぶだとか、何とか出来ないのか...?」


「...?―ミック・ラインズは殺したよ。」


 彼女は笑ってそう言った。


「はぁ?」


―こいつの事だから理由ワケが有る。


 俺は面食らいながらも、驚くほどに冷静だった。というか耐性が付いたのかも知れない。いやこれも違う、俺はただ、何が有っても意思を変えないだけで、単に俺はバカなだけなのかもしれない。それでも、俺は彼女の味方をする。


「君のいないところでも、物語は進んでいるのさ。」


 セカイは唐突に控えめのドヤ顔で言い放った。


「...誰の真似だ。」


 俺はセカイを軽く睨む。


「えへへ。」


 セカイがあざとく笑った。こいつ、昔に比べて人当たりが良くなったな、だとか。そんなどうでもいいことが頭を過った。気が抜けて仕方が無い、本当に無駄。省け、集中しろ…。


「―どうすれば良い...?」

 

 驚くほどに時間が無い。巨大な龍は隕石の様、でも傍から見ればゆっくりと、しかしその速度は確かに高速で、大きさからか速度感がバグっているのだが、実際はもう数秒で接触する距離にいる。


「近くに魔力が有れば良い…。あの龍を倒すかして、拡散した魔素を転移に利用したい。…なるべく、早く。私も疲れちゃったから、、、」


 敵を殲滅しておいて、疲れてるで済むのか。相変わらずの化け物っぷりだ。


「分かった。」


 俺は突き出した右腕から血液を送り出す様に、右手を力の限りで握りしめ、五指を向かい合わせるように広げる。


「一瞬で飛べるか?」


「もちろん。私を誰だと思って…」


―愚問だったな。


『―カノン。』


 原始系超魔法・カノン。気力と体力と血液の一部を送り出し、体内に存在する利用価値の消えていた可哀想な俺の魔力たちを、振り絞って凝縮させて、コネてコネて、コネるイメージを刹那で行い繰り返し、掌で膨張させていく。


「ほはぁ…。―まだ使えたんだ。」


 間抜けな吐息を漏らしながら口を開けたままのセカイが上目でこちらを覗いてくる。


「話かけんな…!!」


 俺はコイツが嫌いだ。気が付いたら利用されているし気が付いたら気を使ってる。そして気が付いたら気に掛けている、気に障っている。だから本当に面倒で厄介で、つまり俺には目の上のたん瘤の様な"魔女"だ。とかく死なれたら…、本当に困る。


「準備は?」


「準備...?―私はいつでもできてるよ。」


―余計なことを言うな。あざとく言うな。含みを持たせるな、考えるな、ただ気力を繋げ。


 貧血だ、これは毎度貧血に近い。死にかけている、意識が跳びかけて冷や汗が止まらない。魔力の集積が制御を失い血液を巻き込んで赤い糸に染まっていく。俺はギリギリの意識でその身を保って、歯を食いしばりながらソレを爆発させる。龍が辿り着くその前に、セカイのいない方へ、自信の右側へ空撃ちする。


「―これでいいかッ!?」


「……君って本当に、甘いな。」


 そういってセカイは、俺に渡した逆鱗ワッペンへ手を当てた。

 

 









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