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⑥屋台でソースを焼いた匂い。


{ドラコ・グランデ闘技場中央}


 トーナメントの説明及びルール確認の為、俺たちはクランごと招集された。場所はドラコ・グランデ闘技場の中央、すなわち戦地の砂場。我がクラン{ユーブサテラ}の出場者は二人である。無論その二人とは俺とテツ。周りの冒険者たちも筋骨隆々な奴がクランの中に最低一人はいるだろうが、しかしテツ同様に誰が戦闘要員か分からない。特段、小柄でも大そう立派なロッドを携えている奴はまず戦闘要員と見て差し支えないだろう。強力な魔法攻撃を得意とする典型的な装備、取り回しは悪いが厄介極まりない。アルクのように飄々としているような奴も怪しい。上等な魔法使いは携帯用のロッドだけでも充分に戦えてしまう。最も相手にしたくないタイプはそういった携帯用ロッドに片手剣を装備しているような全距離得意型のバランス系。往々にして隙が無い。


「あれ、プーカは?」


「良い匂いがするって向こうの方に。」


 リザは淡々と指をさす方向には、その時を待つ冒険者たちの人混みが有った


「冗談だろ...」


 俺は人混みをかき分け、肉の油や、しょうゆ、砂糖、ソースが焼けるような豊かな匂いが広がる方向へ、すなわち客席の裏に広がる屋台の方へ足を運ぶ。しかし場外に出られたら迷惑なはなしだ。説明を聞いて無かったから敗退しましたとか、別に珍しい話じゃない。バカは良くやる。


「―なぁ。」


 視界では鼻の穴を広げながら歩くプーカを捉えると、突然、キャラバンを見張っていたはずのエルノアが、俺の肩へヒョコっと飛び乗った。


「えぇ...お前、見張りはどうした。」


「そんなことより…」


 エルノアは鼻を鳴らして話始めるが、遠くに捉えたプーカが走り出す。


「―そ、そんなことよりプーカだ。―おい、待てッ!!」


「うわッ、ナナ!」


 遠くからプーカの驚いた声が聞こえる。気の抜けた奴め。


「うわ、じゃない。待て!」


「あの匂いを前にして、アルクからお駄賃を貰ったプーカはッ...!!」


 俺の腕と腕の間をすり抜ける様にステップを踏むプーカを何度も掴み損ね、


「もう待てないんだよ!!」


 肩に乗るエルノアが揺れる。


「待つんだプーカ!―ほら、動くな!!」


「うわぁああああイカ焼きぃいい!!」


「んなの後で食わせてや…」


 プーカの肩とイカ焼きを持った腕を抑えた瞬間、


「―おい、ナナシ!」


 珍しく大きな声を上げたエルノアが俺の頬に爪を立てた。


「―痛ぇ!!」


「ナナシ、11時の方向だ…。」


「んな、11時...?」


 言われた通りの方向を向き、俺は顔を上げる。疎らな人影、ポツリと双眼鏡で覗く貴族か大会関係者の女。その後ろには優勝報酬である短剣の台座。彼女らはその真横に立ち尽くし、俺達へと視線を送る。


「....アイツは、」


「君も大概、気の抜けた奴だ。」


―全くだ。グゥの音も出ない。


「じゃあ…認識阻害か。ついでに睡眠不足による注意散漫。…やっぱり疲れてるらしい、俺は」


「そうだな。」


 コロシアムでは大会の開催を告げる陽気なファンファーレと、続くように流れる多様な吹奏楽のメロディーが会場に響いた。


「何で教えてくれなかった?」


「ボクの主人は君じゃないから」


 それもそうだが。


「あっ、そう。―それより…」


 俺はポケットに入れていた拳ほどの石つぶてを右手でギリッと握りしめ、生い茂る樹海よりも深く息を吸って、海底よりも深く息を吐く。


「―ナナシ!!」


 握力は上々。血圧も上がり始めた。背中越しではアラタの声が聞こえる。喧騒の中でか細く遠い場所から僅かに聞こえる。アラタの声だけじゃない。声が聞こえる。無数の話し声が鮮明に隔てられて、一言一句余さず聞き取れる。音も確かだ。ドクンドクンと、速さの違う二つの心音が鳴っている。一つは俺の、もう一つエルノアの小さなもの。体感する時間は遅い。目に見える空間は広い。良く寝た後の朝の様に、意識は頗る冴えてきた。


「それより...アイツ、近くね?」


 エルノアが察したかのように肩からその上の空へ飛び上がる。俺はその刹那で握力から腕力、肩の力から腰の力まで目一杯に脱力してから振り絞り、石を投げた。俺は腕を振り切って、エルノアは肩へと着地する。投石は真っ直ぐ進みながら浮かぶような下回転のストレート。


「ほぅ…、良く届いたな。」


 投石を掠めた男が叫び上がる。


「そうだな、ビビッてやがるぞ横の奴、良い様だ」


「ちなみにアレは穏健派のクーベルタン公爵だ。自らママの…。じゃなくて、セカイ様の監視役兼護衛を勝手出た。」


「えぇ…。やっちゃったよ。先言えよ…。ってかママって。」


 穏健派クーベルタン公爵。北西地域のとある砦を管理、守護する実力者。有名な貴族だ。名前だけは聞いたことがある。聞かなかったことにしよう。


「いいや、良くやった。ボクもあいつはいけ好かないと思ってた。まぁ如何せん失礼な奴だよ。セカイ様の横にのうのうと。あと、ママって言ってない...」


 エルノアは付け足す様に否定する。それは無理があるだろうと横を見るが、彼女の髭はいつも以上にピンと張っていた。ここは追討ちアタックチャンス…。


「いや、確実にママってw」


 俺は馬鹿にするように笑って言う。


「―言ってない。」


「いやwママって…w」


「―言ってない。次言ったら嚙み殺すぞ。」


 俺は内心でもクスクスと笑いながらエルノアを見ていた。


「それよりも怒ってるぞセカイ様。君が無くした短剣をジッと見つめて、一言、“殺す”って」


「...マジ?」


「マジ。」


 コロシアムの音楽がまた変わる、軽快なテンポは維持したまま緊張感のある雰囲気の曲調。投石を頬に掠めたクーベルタンが天を仰ぎ慌てふためく。その動きは奇妙に派手で、壊れた人形の様だった。それに気付いたギャラリーはコソコソと喋る。


「…おい、アレがセルフ王女かな?ほら短剣の隣のさ、」


「ホントだ、瘦せたのかなぁ、」


「顔は見えない、近くで見たいな。」


「どうやら美人らしい、大会関係者から聞いたから間違いない。」


 一つの小声が二つ、三つと成り。やがて、広がりつくした一つの喧騒の中で無数の目線が一人のフードを被ったとある少女に向けられた。そこは客を入れる前の物静かな客席、大手の冒険者クランを見ようと集まった貴族の集団から一つ視線を外した先。その女はかつて、勇者と呼ばれるあらゆる英傑、そして数多ある国々の公敵だった。


「おい…、なんか怒ってないか?」


 俺はエルノアに聞く。 


「だから、怒ってるんだって。」


 少女の名前はセカイ。革命と恐怖政治で中央都市アイギスを転覆、掌握し、あらゆる敵対勢力を破壊してこの世を統べた“元世界皇帝” そして今は、あろうことか、一般学生である。


「本当に?」


「本当だって。"殺す"ってさ」








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