第一話 吾郎の朝食
物語は、西暦2024年から始まるー
「全人類の皆様、ついに12年の歳月を経て、月面宇宙都市が完工いたしました。明日、世界時間12時より、自由連合を代表し、アメリカのハワード大統領が、この偉大な成果を発表いたします。1969年、人類が初めて月面にその一歩を標した時から、55年という歳月が立ち、戦争、病気、飢餓、気候変動などの困難が世界を覆う中、月面という新たなフロンティアに、人類は新しい挑戦の一歩を踏み出すことになりました。私は信じます。人類が再び月面から地球を見たとき、一つの大きな家族として共存する時がきたと強く実感することを!」
高校二年生になった三ケ島吾郎は、少し仰々しく話すアメリカのアナウンサーの実況を、朝食の食パンをほおばりながら、その自動通訳を聞いていた。
“月面都市”と、聞こえは良いけれども、“都市”と銘打つほどの規模に遥かに及ばず、ホログラム映像には、宇宙連絡船の簡素な発着場と、通信・管理制御ドームが一基、研究所ドームが一基、生活ドームが一基、月面探索車両倉庫が一基、備蓄庫が一基、緊急避難用ドームが一基の最低限の施設が映し出された。入居可能人数は、数十名であり、華々しいアナウンスとは裏腹に、質素で金属的な塊であり、しかも、地球から月面に向けて、これだけの資材を運ぶ費用は莫大であった。
吾郎は、小学生のころからロボットに興味を持ち始め、中学校に入ると自由特別授業枠として、地元の工学系大学に通い、ロボット工学の体験授業に参加していた。
2020年、文部科学省は、それまでの画一的に教育を改め、子供たちが自由に自分で学んだり、体を鍛えたりする時間を大いに割く方針に転換した。価値観の多様化と少子化が進む中で、大人が決めたものをただ覚えるだけの学習では、知識が身につかず、先細りしていくだけだと気が付いたからである。
現実問題としては、教員の数が激減し、外部に教育の一端を担ってもらう、または補完してもらう目的もあったし、〝日本の〟教科書の知識だけを教えていたのでは、世界に取り残されていく姿を如実に感じたからであった。
よって、その学校ではなく、外部の協力機関、団体がその対象となった。例えば、地元のスポーツクラブ、英会話教室、認定されたNPO法人、芸術関連の教室など多岐に渡った。生徒は体験をもとに、学期の終わりに発表し、そこで成績を付けられた。
大学での授業もその一環であり、他の教育機関へ出かけることは、生徒たちを受け入れる側も良い影響があるとして好評であった。無論、いきなり大学生の知識についていけるはずがなく、入門程度の授業であったが、ロボットの仕組みや、まるで息を吹き込まれたように動き出すロボットの試作品に、吾郎は興味津々であった。大学の教授や学生にしても、奇人変人と呼ばれるような気質を持っているとされたが、そういった人達こそ、生き生きとロボット知識を披露し、聞いている方も楽しかった。
この頃になると、ごく一部の優秀な・・・というか特別な嗜好のある高校生でもAIを取り扱うようになり、単純な会話が可能なAIや、条件設定を組み込むと効率の良い判断ができるAIを積んだコンピューターキットなどが市販されはじめていた。特別授業に通い続けていた吾郎も、AI搭載型のアンドロイドについて高校生なりに研究を進めていた。
吾郎は、立体ホログラムにうつし出される月面都市の映像を見ながら、「AIを積んだロボットが活躍できないかなぁ・・・。」とぼんやり考えていた。例えば、ドーム外の真空空間での作業など、うってつけであろう。宇宙服を着ているとはいえ、事故が起きないとは言えず、人体は常に宇宙放射線の危険にさらされている。吾郎は、自分が月面都市の中から、ドーム外のAIロボットたちと会話しながら指示を出している自分を想像してみた。
「AIロボットにやらせれば、だいぶコストも下がっていくのになぁ・・・。」と思いつき、受講する大学で、そのことを話してみようと思っているところへ、天井のスピーカーから音声が響いた。
〈吾郎さん、本日の講義に出席されるためには、そろそろ出発時間となります。本日の天候は曇り。降水確率20%。交通機関の遅延情報は確認されておりません。〉
「はいはい、分かってますよ。」
吾郎は、ちょっとめんどくさそうに、ホームAIに答えた。
「吾郎ちゃん、寄り道しないで帰ってくるのよ。それと大学の人達に失礼のないようにね。」
吾郎の母、佳純は、自分の身支度も整えながら、吾郎に声をかけた。
「わかってるよ。行ってきまーす。」
と、寄り道する気満々なのだが、母のやさしさに気を使いながら返事をして、出来立てのサンドイッチ弁当を鞄に入れて自宅を後にした。