ちぬれ。
練習作品
信用できない。
当たり前だ。
家来のすべては裏切った。
友はいない。ことごとく手のひらを返した。
あんなに愛していると言ってくれた婚約者様は、冷たくなった。
信用をしても、ただ、裏切られるだけだ。
私には仲間も友も……もはやいない。いるのは敵だ。
血と泥にまみれた戦場で、私はただ一人佇んだ。
敵を切り飛ばし、燃やし尽くす。
奥には、冷たい瞳を私に向ける婚約者様が完全武装で佇んでいる。
「ば、化け物め!」
ああ、どうしてこんなに、孤独なんだろう。
なぜ生きているんだろう。
どうして私はこの場に立っているんだろう。
どうして、私は……。
「ふふ、ははは、ははははは……」
血濡れの剣と返り血のみで染め上げられた深紅の服。
理解は、できない。したくなんかない。
でも、もういいんだ。
お母さまからもらった命だったから。
お父さまから守ってもらった命だったから。
お二人が愛した……ところだったから。
辛くても頑張れた。
「死ね! 化け物ぉ!!」
「お前が死ね!」
友人だと思っていた存在は、お父さまが居なくなって手のひらを返した。
使用人たちは私をいないものとして扱った。
「あんたなんかが生きているから!!」
「あなたに言われたくない!」
兄さまたちや姉さまたちや妹たちは、お母さまが居なくなって急に冷たくなった。
お二人が愛した人々だから、私だって愛しいと思えた。
だけど、暗殺未遂なんてされたら、夢から醒めた。
結局、みんなはお父さまやお母さまがいるから、私に優しかっただけだ。
私がダメな子だった。そうなんだろう。
「姉さん、ごめんね」
「……」
だけど。そんなの、もう、どうでもいい。
「お前が……」
「うるさい!」
私がみんなを愛せなくなった。
ただそれだけの話だ。
だから、もう、どうでもいい。
やられたら、やり返さないと。ただ奪われるだけだとこいつらから学んだ。
黙っていても、変わらない。
どうせ奪われるなら、もう、いい。
血と泥が跳ねてお父さまとお母さまからもらった服を汚していく。
それが不快で、気に入らなくて、
当たり散らすように、さらに剣を振り下ろした。
ぐちゃっと音がして、刃がつぶれた剣を投げ捨てて、そこに落ちている剣を拾った。
「この! 化け物おおおおおおお!」
「ええ、私は……」
障壁に当たった感触がした。
苛立ちとともに、息を大きく吐き出した。
チリチリと焦げ付くような音が響いて、目を瞑る。
「うわぁあああああ!!」
「……っ」
聞き覚えのある声が聞こえて、その物体が私の障壁にこびりついた。
鬱陶しいなあ。
汚れるじゃない?
こっちにこないでよ!
「フィー? お願い話を聞いて? 私たちとも……」
「私に友なぞおらん。居るのは敵だ」
不快さが増していく。
お前たちが先にやってきておいて。何を言っている?
私を見捨てて逃げて置いて、何を言っている?
友達なんて言葉、聞きたくなんかない!
「落ち着いて、何か誤解してるのよ。
私は、敵なんかじゃ……」
「話し合いは既に決別している。戦う気がないなら、下がればいい」
私の邪魔をするなら、敵だ。
見ているだけで何もしなかっただけ?
それを見て、ほんのわずかでも笑っているなら、十分に敵だ。
あいつも、あの人も、婚約者様も、全部全部全部ぜんぶ!
「っ!?」
ふと手が止まった。
その相手が見慣れていて、私自身に悪いことを直接したわけじゃない。
今の今まで、私の味方だった人。
一人の男が立ちはだかった。
「どけ、どかねば敵だ」
「へっ、父上が死んでから不貞腐れやがって、いい加減目を覚ましやがれフィー!
母上も父上も、そんなこと望んでねえ!」
そう。なら。
敵だ。
「死ね」
剣を走らせた。だが、それは剣が嫌がるように砕け散った。
その男はただ両手を広げてただ立ちはだかっているだけだ。
抵抗もしていない。動きもしていない。
ただ、両手を広げて立っているだけなのに……。
「お願えだフィー。話を聞いてくれえ」
「黙れ!」
砕けた剣を捨てて、思いっきり男を殴りつけた。
数mに渡り吹き飛び、だが、男はこっちに近づいて両手をただ広げた。
どうして? なんで邪魔をするの?
「殴って気が晴れるならいくらでも殴れ。だから、話を聞いてくれえ!!」
「邪魔っ!」
炎の魔法を投げつけた。
だけど魔法は逸れて、男にはぶつけられなかった。
ズドンと大きい音がして、燃え上がった。
その大きい音にひるむことなく、私を見つめていた。
「フィー!」
「どうして、邪魔なの。どいてよ。
どいてよ、アル兄さま……」
「どかねえ。そうしねえと、フィーを守れねえ。
俺は必ず強くなって見せるって約束しただろ? だから、どかねえ。
どきたくねえ!」
両手を広げたままの兄さまを見て、折れないと理解できた。
ふとした拍子に、剣を握る手が鈍る。
力が入らなくなっていく。
もう、いいんじゃないかな?
これで十分……。
「困るんだよ。アルディス。
そんなことをされたらなぁ?
この魔女を殺すことは王命なんだよ?」
兄さまの胸から剣が飛び出した。
兄さまの口から鮮血が零れてきた。
「逃げろ。フィ……」
どしゃりと崩れ落ちた。
背中に突き刺さった剣と、それを握りしめて笑う婚約者様。
私は目の前で法然とそれを見ていた。
握る手に力が戻った。
「ぁぁ、ぁ? ああああああああああああああああああ!」
目の前の敵を差し穿つために。力を込めて走り抜けた。
「ぐぶっ、はは、これでいい。
これで、勇者様の……」
思ったより硬く嫌な感触を感じながら、私は剣をひねった。
すでに、こと切れている。
こと切れた敵を蹴飛ばして乱暴に剣を抜いた。
それと同時に、私を光の柱が覆った。
光に包まれてるはずなのに、ただ暗く何も見えない。
その中でポツリと情景が映し出された。
それは、王城の謁見の間?
お父様とお母様と陛下??
「勇者には絶望を与えなければならない。そうしなければ、勇者は力を開放できない」
「ああ、そのためには、お前たちには苦労をかける」
「大丈夫です。私たちの命が人々のために役に立つのなら、悔いはありません」
「ええ、魔王を殺せなかった勇者のことを思えば、この命は惜しくありません」
ああ?
情景が変わった。
今度は、何度か見た王族のプライベートルーム?
「この国も終わるやもしれんな」
「父上。申し訳ありません」
「なにを謝る? 謝るのは余の方だ。
お前は婚約者に絶望を与えねばならんことになる。
余を恨め、もはやそれしか手立てはない……無力な余を恨むがいい」
あぁ?
次に映ったのは木々のある……もうなくなった見慣れた森。
「アルディス。お前……」
「わかってる。わかってんだ。
だけど、そこまでしなくちゃよぉ……勇者は覚醒しねえんだろ?」
「……ああ」
「じゃあ俺が最後の希望とやらになってやる。フィーの心を弄ぶようで気が引けるが、
世界のためなんだろ? だから、ちゃんとやれよ?」
「すまない、せめて苦しまないようにはしてやる」
「いやいい。苦しませろ。それが俺への罰であり、お前への罰だ。
だから最後にしっかり婚約者様に切り殺されてこい」
ぁぁ??
「世界を救うためだからって、なんであの子がつらい目に合わなければいけないのよ!!」
「……それが勇者の役割だ」
「あの子はフィーリィは、私の子よ!
勇者だからって人並の幸せがあってもいいじゃない!!」
「……ああ」
「わかってるわ。そうしなければ魔王には勝てない。
先代の勇者様が魔王に負けて、死ぬことすら許されない拷問をかけ続けられたことも知っているわ。
あの子のためにも、絶望を与えなくてはならない……」
「……ああ」
「どうして、フィーリィなのよ。
なんであの子が勇者になんてならなきゃいけなかったのよぉ!!
どうして、どうしてぇぇえええええ!!」
ぁぁ。ぁぁああ?
「どう、して……? 私はあの子に、嫌われなきゃ、いけなかったのに」
「縋るものが必要です。
出なければ、フィーは壊れてしまう」
「はは、そうね……あの子のためなら、いいわ。そうして、ください」
「無力な婚約者と呪ってくださって構いません。恨んでくださって構いません。
あなたは最後までフィーを想って、死んでください」
「いえ、ありがとうございます殿下。フィー、フィー?
聞こえてないでしょうけど、私はあなたを愛しているわ。
ごめんなさい。ごめんなさいフィー。
あなたを勇者に産んでしまってごめんなさい。
あなたにすべてを背負わせてしまって、ごめんなさい」
あ、ああ。あああああ?
「ほんとは嫌わなくちゃいけないのに。
冷たくすることしかできなかった。
……私はほんとに意志が弱いな」
「……心中はわかりますが、表面だけでもいいです。
決めた以上、整えてください。それがフィーのためです。
それができないのなら、あなたが心の拠り所となれば……」
「それはダメだ。それではあの子に私という残滓を残してしまう。
私なんかは、あの子の中に残ってはいけない。残るべきじゃない。
あの子には平和になった世界で、笑っていてほしい」
「殿下……わかりました」
あぁ?
「フィー。愛していた。君のために死ねるなら、喜んで死を受け入れよう。
でも、最後に嫌われて死ぬのか……。
いや、それでいい。私のことなんか忘れてもらったほうがいい。
ごめんねフィー。愛している。
愛していたよ……フィー」
は?
あ?
ああああああああああああああ!
闇が晴れて、光は消えた。
勇者としての力を理解できて、私は。
この時、すべてを知った。
知ってしまった。
絶望を晴らす勇者の力は、勇者の絶望によって覚醒する。
勇者は、絶望が深ければ深いほど、勇者はその力を解放できる。
そして、勇者はその力が解放できなければ、無力な存在でしかない。
そのために、みんなは私につらく当たった。つらい思いを秘めて。
そうしなければ、人族は死ぬ。
ただ死ぬだけじゃなく、惨たらしく。
先代の勇者さまが受けたような、むごたらしい拷問をかけられる。
だけど、どうして。
どうして、一言。一言言ってくだされば……。
私は勇者だったなんて初めて知った。
強い力を持っていたら、より恐れられると思った。
だから、今の今まで無力な少女を演じてきたというのに。
それを知っていたら、いや、これを話していたら。
もっと違う未来があったのかもしれない。
世界が、この力を正しく向けられるように、これを見せたことも理解できてしまった。
命のすべてを使って一人の命を蘇らせる禁忌の魔法も理解できたけど、
これじゃあ一人しか救えない。
違う。違うね。
まずは、魔王を殺す。
殺さなくては、いけない。
もう二度とこんな悲劇を起こさせないために。
それから、数年の時をかけて、魔王を倒した。
苦戦はしたけど、なんとか倒せたよ?
世界をちゃんと救ったよ?
だから、さ。
もういいよね?
ごめんねお父さま、お母さま。
ごめんなさい姉さま、兄さま。
ごめんねリンディ。
ごめんね、アル兄さま。
ごめんなさいアース殿下。
私、もう笑えそうにありません。
だから、あなたたちが愛した土地で。
ここで、果てることをお許しください。
「ああ。私ってホント馬鹿だなぁ……」
半ばで折れた剣を抱きしめて、私はゆっくりと目を瞑った。
ああ、私は。どうして。