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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

待ち人

作者: 三冬月マヨ

ああ…最悪…。


列車に揺られながら、ドアの近くにある手摺を掴みながら、加奈子は思った。


せっかく、楽しい呑み会だったのに…。

ケチらないで、代行で帰れば良かった…。


そう後悔はしても、後の祭り。

運悪くこの日の列車は遅延していた。

何やら事故があったらしいと、アナウンスしていた。

花金だけあって、終電間際のこの時間帯でも、すし詰め状態だった。

それだけならば、まだ、我慢出来た。

車内はクーラーが効いていたし、いや、寒いぐらいにクーラーが効いていたので、上着を持っていた人は、皆、それを羽織っていた。

加奈子は長袖のブラウスを着ていたが、それでも肌寒いぐらいだ。

それに。

やたらと先刻から、腰に触れてくる物がある。

ちらりと、人々の隙間から窓を見る。

加奈子の真後ろに立ち、片手で吊り革を持つ、真面目なサラリーマン風の男。

右手はつり革を握っているが、見えない左手は?


…本当に最悪。


『…宮の橋~。宮の橋~。降り口は、右側になります~』


駅に到着してドアが開いた瞬間、加奈子は真後ろに居た男の左手首を掴んで、列車を降りた。




「…あれ?」


「どうしたんですか? 結城せんぱあい?」


加奈子は、隣に並ぶ先輩と呼んだ男の袖を掴んで聞いた。


「ああ、あの子、どうしたんだろ?」


そう口にして、結城は改札口の向こう側へと視線を向けた。

見れば、それは直ぐに分かる筈だ。

何故か、周囲には人がまばらだったから。

まだ、終電の時間では無いし、金曜日だから自分達と同じく呑み会等で、利用者が少ないのかも知れない。

それとも単純に、ホームで加奈子に水を飲ませていて、混雑を免れただけかも知れないが。

この駅は二階建てだった。

改札は二階にあるが、ホームへは改札をくぐって、その中にある階段を降りて行かなければならない。逆もまた然り。


「んー?」


言われて、加奈子はとろんとした視線を改札口の方へと向けた。

自動改札機が並ぶ脇にある柵の向こうに、その女の子は居た。

加奈子は発着を告げる電光掲示板にある時計を見る。

時刻は22:00を過ぎていた。


「え、あの子、小学生じゃないの? こんな時間に? 塾ってこんな時間まで? 親を待っているのかしら?」


酔いで少々ぼんやりとしていた、加奈子の頭が回って来た様だ。


「んー…、それなら良いんだが…」


答える結城の言葉は、歯切れが悪い。


「あ、おまわりさんは? 巡回してるんでしょ?」


「ああ」


加奈子の言葉に、結城は頷いた。

警察に声を掛けられたりしないのだろうか?

警察が巡回しているのを、結城は何度も目にしていた。

彼らが、こんな時間まで、あんな女の子を放って置くとは思えない。

親を待っていると言われても、待ち人来るまで傍に居てもおかしくは無い筈だ。

たまたま、席を外しているとか?

気にはなるが、だからと云って、その女の子に声を掛ける勇気が結城には無かった。

今のご時世、小学生…10歳ぐらいか? 優男風の結城が、そんな子に声を掛けたら、周囲から何と言われるのか。それを想像すると、恐ろしくて、とてもではないが一歩を踏み出せない。


「って、相原、手を離せ。袖が伸びる」


「あー。ごめんなさあい」


結城に言われて悪びれた様子も無く、加奈子は袖を掴んでいた手を離した。


「お前な。先月の事を忘れたのか? 俺は痴漢にしたて挙げられるのは嫌だからな」


「だから、あの人にはちゃんと謝ったって!! 私の勘違いでしたって!!」


そう。

加奈子は先月の呑み会にて、やはり花金と云う事もあり、いつも以上に呑んでいた。

そして、同じ駅だし、心配だから送ると言った結城の申し出も断った。

酔っていると云っても、多少ふらつく程度だし、風にあたれば覚めるだろうと思っていた。

だから、代行代をケチると云う事もあったが、歩いて酔いを覚まそうとも思っていた。

何せ結城は新婚さんだ。

そんなのは、結城にも結城の奥さんにも悪い。

幾ら同じ部署の先輩でも、甘える訳には行かない。

が、先月の失態があるので、今日はそれ程には呑んでいないにせよ、結城の送ると云う言葉に頷くしか無かった。

が、先の加奈子態度を見る限り、悪いと思っている様子は微塵も感じられ無かった。


そんな会話をしながら、改札をくぐった時。


「おねえさん」


件の女の子が、加奈子に声を掛けて来た。


「ん? どうしたの?」


声を掛けられた加奈子は、女の子の目の前まで行って、しゃがむと目線を合わせてニヘラと笑った。


「おねえさん、チカンを捕まえたの?」


女の子は丸い大きな黒目がちな瞳を、真っ直ぐと加奈子へと向けて、首を傾げながら聞いた。

その際に、肩に掛かった真っ直ぐな黒髪がサラリと揺れた。


「あーあ。これ、噂になってるんじゃねーの? お前、もう一度謝った方が良くね?」


今の会話を聞いていたのかは分からないが、こんな小さな女の子の耳にまで届いているのなら。

この駅を利用する人達が、知っていたとしても不思議では無い。


「えっ、あっ、違うのよ! 私の勘違い! その、私の後ろに居た人が、こう胸に鞄を抱えていてね? それで、その鞄にぶら下げられてた、スマホを入れる巾着が、私の腰にあたってたってだけだったの!!」


加奈子は自分の胸に、持っていたバッグを抱えながら、慌てて女の子に説明をした。


「ちゃんと謝ったし、その人も笑って許してくれ…」


そこまで話した時、加奈子の身体が床へと崩れた。


「…え…?」


結城は、今、目にしている物が信じられ無かった。

女の子に必死に説明している加奈子を、腕を組みながらやれやれと見ていた。

女の子は、ただ静かにそれを聞いていた。

口を挟むでなく、ただ静かに。

加奈子の話しを聞きながら、女の子は手にしていたトートバッグの中へと右手を入れて。

そして、トートバッグから手を出した時、女の子の手が光った気がした。

いや、手ではない。

手にした何かが。

駅構内のライトに反射したそれは。

今は、赤い色に染まっていた。

いや、それだけでない。

加奈子の正面に居た女の子も、赤い色に染まっていた。


「な…な…?」


脚から力が抜けて、結城は膝を崩して、その場にへたり込んだ。

切られた加奈子の喉から音を立てて血が流れていた。

赤く染まった女の子が、手にしていた赤い物の付いた剃刀を床に捨てると、手にしていたトートバッグから、小さな青色の巾着袋を取り出して、床に倒れた加奈子に見せながら、口を開く。

もっとも、加奈子の見開かれたその瞳に、それが映っていたかどうかは、謎だが。


「これ、みゆが作ったの。パパの日にあげたの。スマホ入れに使ってって。パパ、喜んで使ってくれたの。でも、土曜日の朝に、この子、チカンになっちゃたよ、って、巾着を見ながら、笑って言ってた。でも、パパ、死んじゃった。ママも、みゆも死んじゃった。おねえさんのせいで、死んじゃった。会社の人が見てたって。えらい人に呼び出されたって言ってた。それから、おかしくなった。どこにいても、みんなが変な目で見て、ひそひそお話をしてるって。近所の人もひそひそお話をしてるって、ママも言ってた。みゆも、学校でひそひそ言われたの。おねえさん、来て。今のお話をみんなに話して?」


そう言って、みゆと名乗った女の子が、床にぺたりと座って加奈子の手を取るが、加奈子からの返事は無い。


「…ありがとう…」


だが、返事等無い筈なのに、みゆは嬉しそうに頬を綻ばせた。

それと同時だった。


「人殺しだ!! 誰か!!」


その叫び声と共に、周りが騒然となった。

その喧騒に、結城がはっとなり、顔を上げた。

気が付けば、周囲には人だかりが出来ていた。

今の今まで、これ程の人が居たのだろうか?

突然に降って湧いた様に、結城には思えた。


そして。


「うわ!?」


結城は背後から、羽交い締めにされた。


何故!?


と、結城は思うが。


「俺が押さえ付けて置くから!! 警察へ!!」


警察!?


結城の頭は混乱した。

いきなり羽交い締めにされたせいもある。

周囲から起こる悲鳴等に、冷静になれないせいもある。

だが、結城を混乱に陥れたのは、それらでは無い。

倒れた加奈子の手を取って座っていたみゆが、消えていたからだ。

加奈子の返り血を浴びたみゆが。

彼女のそんな姿を見れば、一目瞭然の筈なのに。

誰も、何も、それには触れてはいない。

ただ、ただ、遠くから警笛を鳴らしながら走って来る足音を、呆然としながら聞く事しか、結城には出来なかった。


そのしばらく後に、テレビの緊急速報で『別れ話のもつれか? 駅構内での殺人事件』とのテロップが流れた。

また、その翌日のワイドショーでは『一家心中? 冤罪の行方』等とした報道がなされた。


そして。

度々、その駅構内、とある会社、一家心中のあった家の近所、とある小学校にて、小学生ぐらいの女の子と手を繋いだ20代ぐらいの女性の幽霊が目撃される様になった。

女の子は、ただ、嬉しそうに笑い。

女性は、ただ、ひたすらに頭を下げて『ごめんなさい』と、謝るだけだと云う。


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