終わり切った夏の恋と、熱さと、冬。
その年の夏、私は初めて恋をした。
それが恋だったと気付いたのは、何もかもが終わってからのことで。
手から流れ落ちた水の熱さに、その余韻に。それが恋だったのだと私はようやく気付いた。終わり切ってしまった夏に。焼けるような熱さに。私は。
だから、私は本を書くことにした。
私には他に、その熱さを形にする方法を知らなかったからだ。
自分の中だけに抱えておくと、内側から火傷をしてしまいそうだったから。
言葉にして、文字にして、私は黒く恋だった物の欠片を記していった。それがどんな形をしていたかを知ったのは。自分が何を考えて、どう感じていたのかを知ったのは。言葉でその日々を表した、その後のことだった。
私は何日も何日も、書き続けた。
図書室に籠もって、家に帰って、教室の窓辺で。
夏が過ぎて秋が来て、やがて冬が顔を見せる。
書いて書いて、書き切れば忘れられると思ったのに。いつかは薄れて滲んで、消えていく文字だと想っていたのに。どうしてか、書けば書くほどに、それは溢れて止まらなくなっていった。
文字の羅列はやがて川になり、海になって、私を押し流していく。私が書いた言葉の海が、私を呑み込んでいく。膨れ上がった恋だったものは私を埋めて記憶を覆って。それが本当に恋だったのか、私は少しずつわからなくなっていった。
それが本当のことだったのか。文字と言葉の世界だけに揺蕩う幻ではないとどうして言えるのか、言葉以外に縋る先を持たない私にはわからない。証明ができない。
私はそうして、初めての恋を失った。
冬のある日。
風が吹いて、私は肩を竦ませる。厳しい寒さは肌を刺し、頬も耳もじんじんと痛んだ。
しもやけがじんじんと、私の手を熱く焼いていく。
図書室に逃げ込んで、真っ白なページを何もかもを失った証明を眺めていた私に。
「ねぇ」
そんな風に、声がかけられた。
「久しぶり。何、してるの?」
瞬間。
黒い文字の羅列が、言葉の海が、鮮やかに色付いていく。失った物が、忘れることなんてできていなかったそれが、私の胸を熱く焼いた。
焼けるような熱さ。冬の日のしもやけ。
それはもう、余韻ではなくて期待になって。季節は夏から冬になった。だから。
「――久しぶり」
私は笑って、振り返る。
二度目の初恋に。