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娼年赤ずきんは暗殺者   作者: ナナシノネエム
第二章 とある少年の物語
18/19

聖銀の弾丸

 確かに、生まれ持った魔力保有量の差を(くつがえ)すことは難しい。

 魂の宿らない鉛弾では、高位の魔獣やドラゴンなんかが相手の場合、その圧倒的な魔力差の前に失速する。普通に発砲するだけでは、弾を(うろこ)に届かせることすら不可能だろう。


 しかし、何にだって例外は存在する。

 例えば――ドラゴンの(うろこ)すら(つらぬ)くとされる、聖銀(ミスリル)(つるぎ)なんかがそうだ。


 聖銀(ミスリル)製の剣はドラゴンキラーとも呼ばれ、本来(くつがえ)すことのできない魔力の壁もバターのように切り裂くことができた。

 とは言っても、相手がドラゴンなら、剣が鱗に届いた後どうなるか持ち主の腕前次第だが……まあ、()()まされた刃に全体重を乗せ、思いっ切り突き立てれば、いかにドラゴンの鱗でも(つらぬ)くことができるはずだ。


 では、その聖銀(ミスリル)を弾丸に使用したら?

 きっとその弾丸は魔力の格差を無視して、命中した獲物にその威力を遺憾(いかん)なく発揮するだろう――そういった思想の下で生まれたのが、ジャクリーンの放った聖銀の弾丸(ミスリル・バレット)である。


 とはいえ、材料が希少なうえ制作過程に職人芸(機械には不可能な魔力的加工も含む)を要する聖銀(ミスリル)の性質上、聖銀(ミスリル)は大量生産に向かない。ましてや、それを使い捨ての銃弾に使用するなどナンセンスだ。


 そもそも口径三十ミリとかあるガトリング砲並みの威力ならともかく、拳銃ごときの威力では……仮に命中したところで、ドラゴンの鱗に傷一つ付けられないだろう。


 だが、その代わり、魔力依存で物理的な強固さを持たない魔獣――悪魔や死霊、吸血鬼なんかには、たった一発でも聖銀の弾丸(ミスリル・バレット)の効果は抜群だった。


 そして、『魔力が高く、肉体的な強固さがない』という条件には、魔女や魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)も含まれていた。


「くたばレ!」


 ヘッドショットに成功させたジャクリーンは、首を掻っ切るジェスチャーと共に(ののし)る。

 側頭部から聖銀の弾丸(ミスリル・バレット)を撃ち込まれた魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)はよろめきながら自己修復を試みた。


「サニ、サ、損傷(サニタ)……サ……」


 白い髪を汚す赤い血に、垂れる何かどろりとした粘液。


 脳が破壊されたせいか、魔術が上手く行使できない。それどころか、言語野にまで影響が出ている。


「サ、サニ……タ……」


 まるで故障した機械のように、焦点の合わない目で同じ発音を繰り返す少女。無理やり戦闘続行しようと動かされる肉体は、おぼつかない足取りで辛うじて立っていながらも、ガクガクと激しく痙攣(けいれん)していた。


 あまりにも痛々しい。その姿を見ながらミトはそう思った。


 炎の刃が消える。残ったのは、周囲で勝手に奴隷商館を焼いている断罪の炎のみ。

 もはや彼女を守るものは、何も存在しない。


 ……早く、終わらせてあげよう。


 少年メイドは憐れな操り人形の少女に近付くと、(ひたい)の宝石にその切っ先を当てた。


「ササ、sサ……サニ……サ……」


「……おやすみ」


 静かな別れの挨拶。

 少年が力を込めると、剣は紅い宝石を砕きながら、少女の頭部に真っ直ぐ突き刺さった。


「サ、あ、あ……あ…………」


 断末魔ですらない、死にゆく少女の力無き声が魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)(のど)から漏れた。


 そして、彼女の身体が発火を始める。

 彼女の内側から溢れ出した黒い炎が、用済みの肉体を喰らい始める。


「ミト! 早くそいつから離レろ! 魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)は自爆すル!」


 ジャクリーンが叫んだ。

 だが、その必要はなかったようだ。


「あ……ぁ…………」


 黒い炎に包まれる少女は静かに膝をつき、(うめ)き声を上げながら死んでいった。


「……ぁ…り………ぅ…………」


 魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)(しかばね)は、自らを黒い炎で火葬して、あとには炭と灰しか残らなかった。


 ただ、彼女の最期の言葉を、少年は確かに受け取っていた。


「……じゃあ、早く脱出しましょうか」


 燃える屋敷を背景に、ぽつりと少年メイドが口を開いた。


「ミト……」

「もう、作戦は終わりでしょう?」


 心配するように声をかけるヴォルグを無視して、ジャクリーンに確認をとるミト。


「……ああ、そうサ。こんなシケた場所、さっさとおさらばするヨ……ボウヤも恋人に会いたきゃ付いてきな」


 ジャクリーンはそう言うとヴォルグを引き連れて夜の闇に消えて行った。




 ――こうして、魔女狩り人形(ウィッカー・ウィッチ)という想定外の事態に見舞われながらも、レジスタンス組織は目的を達成した。


 しかし、燃え尽きて炭化した少女の死体を前に(たたず)むミトの表情は、決して晴れることがなかった。


 * * *


 ――数日後。ミトと獣人のヴォルグ、そしてヴォルグの恋人であるリンスは港に居た。

 当初の予定通り、開放した奴隷たちを別大陸へと逃がすためだ。


 小さめの貨物船に次々と乗り込む獣人たち。目指すは南の別大陸。

 彼ら多くは表情に不安が入り混じりつつも、この大陸からおさらばできることにほっと安堵(あんど)していた。


 そして、いよいよヴォルグたちの番だ。二人も貨物船に乗り込もうと、階段状のタラップに足を掛ける。


「意外だな。お前が見送りに来てくれるなんて」


 船に乗り込む直前、振り返ったヴォルグが機嫌よく言った。

 視線の先には不機嫌なミト。少年がこの場に居るのは、新天地へと旅立つ獣人の恋人たちを見送るためである。


「オレが来たのは、ただの()()()だ。お前のために来たわけじゃない」


 ミトが機嫌悪そうに返事した。


 ちなみに今の時刻は真夜中だ。

 秋も深まりつつあるこの季節、海から吹く風のせいで港は結構冷える。


 そのためか、少年の格好は明るい色のダッフルコートを着ており、とても温かそうだ。

 ただ、ジャクリーンの趣味でコーディネートされた服装はどうも女の子っぽく見える。本人としてはそれだけが唯一の不満だった。


「せいぜい気を付けろよ。優雅な船旅には、程遠いんだからさ」


 ミトは冷たい口調で言い放つ。

 しかし、そっけないふりして心配してくれるミトの言葉に、ヴォルグと後ろで聞いていたリンスはこっそりと微笑(ほほえ)んだ。


 ……さて、そろそろ船が出る時間だ。


 普通なら船出と言えば、明るい昼間に出港するイメージがあるだろう。

 だが残念なことに、今回は一応密出国であるため旅立ちは真夜中となった。


 闇の中で船を操舵するのはもちろん危険だ。ましてや今回は非合法な船出のため、明かりも使用できない……そんな無謀な真似、必要がないなら絶対にするべきではない。

 それでも不幸なことに、獣人の彼らがこの大陸に留まるよりも、危険な航海に出るほうが生存できる可能性はずっと高かった。


 今のメアリス教国は亜人たちにとって、それほど危険な存在なのである。


「なあ、ミト。お前もエルフの血が混じってんだろ? この大陸は、過ごしにくいんじゃないのか?」


 ヴォルグが気を遣うように言った。


「……それはまさか、誘ってるつもりか?」

「そうだ。お前が一緒に来てくれれば、あっちでも心強いからな」


 まだ会って数日なのに、よくもまあ懐かれたものである。

 そして実際、ヴォルグの誘いはそれなりに魅力的だった。しかし、ミト少年は静かに首を横に振る。


「無理だ。オレには、こっちでやらなきゃいけないことがあるから」

「そうか……なら、お別れだな」


 残念そうにヴォルグは言った。ミトは寂しげに笑った。


「じゃあな、相棒。達者でな――何をするつもりか知らないが、死ぬんじゃねえぞ」

「だから相棒呼ばわりすんな……そっちこそ、しっかりやれよ」


 あっさりとした別れ。

 しかし、これでいいのだ。


「……せいぜいどこか遠くで、幸せになればいいさ」


 ミトは恋人たちを見送りながら、小さな声で二人を祝福した。




 ひねくれたエンディングなんて要らない。

 無難なハッピーエンドが迎えられるなら、何よりもそれが一番なのだから。




 ヴォルグたちが乗り込むと、船はすぐに出発した。


 暗くてよく見えないのに、犬の尾のように手を振るヴォルグ。ミトもそれに小さく手を振り返す。

 そうしているうちに、船はだんだん小さくなって、あっという間に夜の闇に溶けていった。


「……まったく。お前らが(うらや)ましいよ」


 誰も居なくなった港で、ミトは小さく(つぶや)いた。


 夜はまだ明けない。

 少年の心の闇が、晴れることは無い。


 ミトも(きびす)を返し、ジャクリーンたちが待つレジスタンスのアジトへと向かうのだった。




 ハードボイルド(風)要素。

 とりあえず短編として用意していた話はあと一話で終わりです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 魔女狩り人形の外見描写が少ないのが気になってたけど アルが目的なくしてないし、やっぱり「量産型」かな
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