だいたい全て、義姉上(あねうえ)のせい
「リエラ・アルマンド、残念だが君との婚約は白紙にしたい」
卒業式も終わり、プロムが開かれているダンスホールの中、大きな声で無かったのにその言葉でしんと静まり返った中心にいたのは、1組の男女だった。
俺はその時、挨拶回りを終えてようやく飯にありつけた所だったのだが、あまりの衝撃に口に運ぼうとしたクラッカーの上からサーモンをぼとりと落としてしまった。
声と言い放った名前から見当は付いていたが、気になって野次馬よろしくその騒動の中心に近づくと、そこには紛れもなく俺の友人、カイルの姿があった。
先ほど婚約破棄宣言を行った男の名はカイル。学問の国と名高いこのリーヴァル王国の第二王子であり、少々我儘だが熱い男で男女問わず人気は高い。
対峙する女の名はリエラ。常に冷静沈着な才媛と名高く、王子の婚約者である。男性は王子に遠慮してあまり近づくことは無いが、女性、特に年下の令嬢に「お姉様」と呼ばれ慕われていた。
2人はこの年頃の男女交際にしては落ち着いた雰囲気だったが、特段仲が悪いようには見えなかった。
むしろ、卒業と共に結婚するのではとも言われていた。
それなのに、なぜ王子は彼女との婚約を破棄などするのだろうか。
「理由を、お聞かせ願いますか?」
「君が、私の友人であり隣国からの客人を害していると報告があった」
「まぁ」
ころころとさもおかしそうに彼女は笑って、口元を派手な扇で隠した。
「それは、どなたのことでしょう?」
俺はなんだかんだカイルと親しくさせてもらっているが、誰のことか見当がつかない。
「俺の友人でありカトレア帝国の第四皇子、カグラ・カトレアのことだが?」
ふうん、俺のことか。
「……え、俺?」
思わず素の口調で口に出してしまったら、会場中の目が一斉にこちらを向いた。
注目されることには慣れてるけど、これは怖すぎて一瞬皇子の仮面をかぶるのを忘れてしまった。
えーっと、こんな状況でなんですが。この珍妙な話の語り手は、俺……あーっと、僕カグラ・カトレア。
一応そこそこの身分なので外では物腰を柔らかくしておかないといけないので「僕」と言っているのだが、先ほどは思わず「俺」と言ってしまった。また兄様に怒られる……。
リーヴァル王国には1年間の留学で来ており、学びたいことも学べたし、単位も取得できたから留学の延長などは行わずすっぱり卒業式をめどに帰国する予定の、しがない第四皇子である。
「……いや、いじめられた覚えは全く無いのですが」
「まぁ、私が何をしたと言うのでしょう」
「君達がカグラを取り囲んで心無い言葉を浴びせたとか」
「『どのようにして殿下のお気に入りになったのですか?』とお聞きしただけでしてよ」
「あれ僕がモテてた訳じゃなかったのか……そんな事実知りたくなかった」
「それだけでない。カグラを茶会に誘わなかったと聞いたが」
「カグラ皇子はいつも殿下と共にいますので、女同士のお話は必要とされないのかと思いまして」
「どうして茶会に僕が呼ばれないといけないのです。ってか話を聞けや」
おっと、また言葉が荒れてしまった。
「『女同士』などという言葉が出てくるのだから、君……いや、君達も気づいているのだろう? カグラが女性だと」
「皆さんご存知ですわ。男装になりきれていませんもの。あれで隠してらしたつもりなら驚きですわ」
へぇー。つまりカグラ皇子は男装した女性だったのかー。
へぇー。俺は知らなかったなぁー。
いやいやいやいや?????
「僕は生まれた時からずっと男ですけど?」
えっ、待って?
ちゃんと付いてるもの付いてるし胸も平たいし喉仏も出て声変わりも終わってますけど??
背も成人男性の並の身長で低くはない(が、高くもない)ですけど??
「えっ?」
「えっ?」
「いや、僕の方が『えっ?』と言いたいのですが……」
え、どうして会場中が「お前なに言ってんだ?」って空気になってんの? おかしくない?
「そんな美しい顔の男がいるか」
「カイルの目の前にいると思うのですが」
家族の中でも顔立ちは幼いが、特段女と間違うような顔ではない。はず。きっと、そう……えっなんでみんなこっち見て驚いてるの。自信なくなってきた髭でも生やそうかな。
「衣装も華やかなものを常に付けていらっしゃいますし」
「このレースやフリルのことを言ってらっしゃるなら、これはうちの国の伝統的な衣装ですので男性でもこのぐらいの衣装は身につけます」
確かにうちの国の衣装は光沢のある生地をひだにしてフリルを付けたり、繊細なレースを袖口に付けたりしており、シンプルな形を好むリーヴァル王国では華やかに見えるかもしれないが、それにしてもドレスのように華美ではない。
「第一、体型が女性と全く異なると思うのですが」
「魔術で体型などどうにでもなるだろう? ……実は最近面白い話が入ってきてな、とある国の金髪金目の見目麗しい王子が、実は魔術で姿を変えていた王女だったと言う話だが、聞いたことは無いか? なぁーー金の髪に、金の瞳を持つカグラ皇子?」
それは……
それはーー
「義姉上のことかーーーーー!!!!!!」
某7つの宝玉を集める物語の名台詞のように叫んでしまったが、それも致し方ない。
「バカイル、その逸話はうちの兄の奥方でありますアクレイン女王陛下のことです」
「カグラ、今さりげなくバカと言わなかったか?」
「義姉上の国アクレイン王国には幼少期性別を隠して育てられる風習があるそうでして」
「無視か、無視なのか」
「義姉上は完璧な『王子』だったために、先日うちの兄と結婚した際に話題になったのだと思われます」
脳裏にどこからどう見ても美丈夫魔力を出して高笑いしている義姉上の姿がよぎり、俺は苦い顔をした。
うちの義姉上は、それは豪胆な女性で、金髪金目の整った外見を生かして多くの女性に甘い言葉を囁いて虜にし、白薔薇倶楽部という、表向きは義姉上のファンクラブ、裏では国中の情報を集める情報屋を組織している恐ろしい女傑である。俺と容姿の特徴は同じなのにえらい違いだ……やめよう。悲しくなってきた。
「お疑いなら身体検査をしていただいても構いませんよ。僕の侍女に聞いて貰っても構わない」
「カグラ皇子、我々があなたを女性と疑っているのは、その侍女にも理由があるのです」
「ほう? 僕の侍女に、なにを疑う要素が?」
自分でも驚くような低い声が出た。
目つきの変わった俺に彼女は怯んだようだったが、俺をじっと見据えてたたんだ扇で俺を指した。
「普通、留学に着いてくるのは男性の従者のはず。ですが、カグラ皇子の傍におりますのは1人の侍女のみ。男装している王女の傍付きも女性と聞き及んでおります。どうでしょう? カグラ皇子が女性だと思う証拠は揃っていると思うのですが……」
「私をお呼びと伺いました。カグラ皇子の侍女、ミーニャでございます」
「ミーニャ!」
どうやら殿下の付き人がミーニャを呼びに行ったらしい。
ミーニャはプロムに出る訳では無かったため、普段着で会場へと入ってきた。
居心地悪そうな顔をしているミーニャの傍にゆっくり近づきながら、俺は演説でもするかのように声を張る。
誰も声を発さないダンスホールの中に、俺の声とかつかつと歩く革靴の音だけが聞こえてくる。
「僕がミーニャを傍付きにしているのは、彼女が僕に付いてきてこの国の文学について学びたかったから。そしてーー」
俺はミーニャの腰を掴んで引き寄せて、目をぱちくりさせているミーニャの桃色の唇に口付けた。
「!?」
キャーと黄色い声が聞こえてくるのにも構わず、十分ミーニャの唇を堪能して、俺はゆっくり口を離した。
「公表はまだですが、僕の妻なんです」
要するに、俺がミーニャと一緒にいたかったから。ただそれだけのためである。
うちの国は元々戦闘民族の集まりだから、いつ何があってもいいように大抵の事は従者がいなくても自分1人でできるよう仕込まれている。
だから正直身一つで留学でも良かったのだが、ミーニャがこの国で学びたかったこと、俺がミーニャと家族の目がない所でイチャイチャしたかったことから、ミーニャだけを連れて留学していた。
あ、ミーニャが侍女なのは本当だ。
1番上の兄の奥さんーー皇太子妃の侍女をしていたことから知り合って、なんやかんやで今に至る。
ちなみに男装エンジョイしていた義姉上と皇太子妃とは別人だ。あれは3番目の兄の奥さんである。
「という事は、本当に男性で……」
「だからそうだと言っています。義姉上の所業がここに来て響くとは僕も思っていなかったので不問にしますが、次は無いと思ってください」
俺が目を細めて会場を見渡すと、笑顔の消えた会場に唾を飲み込む音が聞こえた。
そりゃそうだろう。カトレア帝国(俺の国)は国の規模としては近隣で1番大きい。リーヴァル王国もそこそこ大きな国だが、戦争になれば痛手を負うだろう。
俺はミーニャの腰を抱いたまま、きらびやかな会場を後にした。
◆ ◆ ◆
「それで、その後どうなったんだい?」
ここはカトレア帝国城内の昼下がりの温室。俺の話を楽しそうに聞くこの人物こそ、諸悪の根源、俺の義姉上、ローズ・アクレイン王国女王陛下である。
兄はアクレイン王国に婿入りしており、大変仲睦まじく過ごしていると聞いている。
(どうやらこの女傑の暴走を止められる唯一の人間らしい。兄上すごい)
「その後謝罪があったけど、特に俺に実害が無かったから不問にしたし、カイルとその婚約者も仲直りして婚約続行しているそうだから、綺麗に収まったって言えるんじゃない?」
「ふうん、相変わらず君は優しいなぁ」
「優しくなんて無いよ。今度のリーヴァル王国との関税協議には俺が行くことになってるから、あちらは俺が座ってにっこり微笑むだけで俺の思う税率にしてくれるだろうからね」
「本当に君は敵に回したくないよ」
「お互い様だろ」
やれやれと肩をすくめる義姉上は、憂いを帯びた表情で紅茶をすすった。
きちんとドレスを着ているのに、男前力が溢れ出ているせいか、控えている侍女が頬を染めて心無しか浮き足たってるように見える。
くそ、同じ金髪金目なのに何が違うんだ。顔はそんなに悪くないはずなのに理不尽だと拗ねたくなってしまう。やっぱり女顔なのか? そうなのか??
「ローズ様!」
「おや、ミーニャ! 今日は会えないと思っていたよ。家族になるのだから様は要らないと言っているのに」
俺達の結婚式のドレスの採寸を終えたミーニャがぱたぱたと急いでやって来た。そして駆け寄ったのは、俺ではなく、義姉上。
もう一度言う。
俺ではなく、義姉上。
「ローズ様にお会いするために頑張りました!」
「嬉しいことを言ってくれるね。さぁ、座って。私にリーヴァル王国の話を聞かせておくれ」
そうして義姉上の隣に座った愛しい人は、俺を見ることも無く楽しげに語らい始めた。
いつも義姉上が来ると繰り広げられるこの光景に、最近は諦めも肝心かと思っている。
それもこれもーー
「ローザン! ミーニャに口付けるのだけは止めろ!」
「カグラ、それは男時代の私の名前だ」
「カグラ様、その……頬に口付けられただけですので、そんなに心配しないでください……きゃっ!恥ずかしい!」
「どうして俺が口付けた時より恥じらってんの!? おかしくない!?」
ーーだいたい全て、義姉上のせいである。
【登場人物紹介】
カグラ・カトレア(20)
・今回の被害者
・帝国の第4皇子。頭脳明晰なアホの子。バカとなんとかは紙一重って言われるやつ。
・顔は綺麗
・モテない訳では無い
ミーニャ(20)
・カグラは好きだけど、普段会えないローズ様に愛が重くなるのは仕方ない。
・商家の娘さんなので、実はシンデレラガール。
ローズ・アクレイン(20)
・イケメン。女性だとわかった後でもファンクラブの人数は増え続けている。
・カグラとは同い年の腐れ縁の友人。
・旦那の前では乙女。
カイルをはじめとするその他の皆様
・島国なのでちょっと情報が入ってくるまで時間があった。
・そのため途中で錯綜して今回の悲劇に。