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戦闘神の加護を授かった火魔法使い  作者: 梅を愛でる人
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冒険者の証

 南西地区の武具屋をいくつか回るが、特にアスラの目を惹くものはない。棍棒ほどのメイスでしっくりくる物もあったが持ち歩く気になれない。

 やはり剣術でも習おうかと考えてはみるが、腰に履くのも大変そうであり、誰に教えを請えばいいのかも分からない。


 まとまりのない思考を繰り返し、アスラはどんよりとした気分で冒険者ギルドへと入る。

 ロビーは相変わらずの喧騒で、武装した冒険者たちが行き交って談笑していた。日が沈み探索を終えた者たちで最も賑わう時間である。

 逞しい体躯を聳やかす冒険者たちを抜け、アスラは定位置となった隅っこの長椅子に座った。

 護衛任務について尋ねようと視線を巡らせるが、レグロの姿はなく、どの職員も忙しそうである。

 しかし、のんびりと構え、エルザの護衛が他に決まれば取り返しがつかない。


 あと一歩まで来ていた。娼館で働かされ、犯罪に利用されたのはアスラがそそのかした結果である。

 どろどろとした黒い自己嫌悪が常に纏わりつく。

 這いずるエルザを引きずり上げる。

 その為の覚悟はとっくに完了している。降りかかる厄災は砕けばいい。

 アスラの胸中では、授かった力がそれを為せと命じていた。




 秘書のミレーヌに入室を促されると、グスタフの前には先客の姿があった。

 四十前と思える先客の女性は、アスラの両手を広げる挨拶を微笑ましく眺め、柔和な笑みを浮かべて自己紹介した。


「東地区の冒険者ギルド支部長、ソフィア・ファルネイオスです。ちょうど貴方のことについて相談していたんですよ」


 流れるような金髪にとがった耳、青い瞳を湛えた気品あるエルフで、わずかな老いさえソフィアの美しさを損なっていなかった。細身の体に沿う青いローブには金の刺繍が嫌味なく縁取られている。


「あの、護衛任務のことでしょうか?」


 アスラが期待の眼差しを向けると、隣に座るグスタフがその答えを引き取った。


「それも聞いちゃいるが、ギルド専属の冒険者になりたいんだろう? レグロから聞いたぞ」


「なるほど………」


 アスラの横顔が微妙なものになり、グスタフは戸惑ったように見つめる。

 レグロの考えでは専属冒険者となり、その上で推薦して便宜を図るつもりであった。専属となれば刑法所に対しても実力や身元の保証となる。


「なんだ、違うのか?」


「大きくは違いません。冒険者として暮らすことも考えていましたから。ただ、エルザの護衛になり、彼女を解放奴隷とすることが目的です」


「なんて素敵なんでしょう。愛する者のために全力を尽くす。なにか忘れていた大事なものを思い出すようじゃありませんか」


 ソフィアが胸の前に手を組み、うっとりした表情をみせる。その姿にアスラは誤解を解くべきか迷い、魔族の男も勘違いしてそうだと思い返す。

 そして、アスラの隣では大仰なため息がはき出された。


「だからこいつのは違うんだよ」


「なにも違いませんわ。大金を払い、彼女の姿を求め、ついには悪の巣窟に乗り込む。これ以上の証明などないでしょう」


 ソフィアから夢見るような眼差しが向けられ、アスラは早々に面倒ごとを放棄する。


「それで、彼女の護衛にはなれるんでしょうか?」


「護衛か………そうだよな。お前の今までを考えりゃ目的なんて分かりそうなもんだ。まず結論からいえば実力から考えて可能だ。ただし、条件がある」


 アスラが少し眉を寄せると、グスタフは身体ごと向けるようにして覗き込み、心のうちを読み取るように目を細める。


「条件はそう難しいものじゃない。基本的には冒険者を続け、魔物を討伐して欲しい。職員となってもらうのが望ましいが、派遣した先で魔物の被害に対応してもらえばいい」


「わかりました」


「専属となれば給金も出るし、物資の支援や後ろ盾も得られる。なにも一生続けろとは言ってない。貴族に仕えたり、兵となるのも自由だ。お前が希望するように田舎で畑仕事をするのもいいだろう」


 アスラが表情も変えず答えため、グスタフは言葉を重ねて説いた。いつも通りの呑気で平然とした表情に考えを窺い知ることが出来ない。

 グスタフは戸惑った目でアスラに答えを促した。


「条件に問題ありません。五年や十年は何でもありませんから、専属冒険者にしてもらえますか?」


 答えたアスラには笑みさえあった。

 エルザを失えば言い知れぬ傷が一生心に残る。

 農奴として二十年以上耐えたのだ。厳しい寒さ、ままならない食事、過酷な労働。

 その時とは違う。自由であり、冒険者を続けるに足る授かった力もある。


「そうか、お前がそういうなら問題ないのだろう。職員としての細かい規則はミレーヌに聞いてくれ。それと希望通り、刑法所の要請にはお前の名も入れておこう。明後日の早朝に隠れ家に移送するそうだ。詳しくは担当者に聞け」


 グスタフには読み取れないが、その場だけギルドを利用する男だとは思えない。つまらない嘘をつくより、違う手段を探してどんなことでもするだろう。なにせ恐れるものなどない男だ。


「今回は護衛だが、お前には討伐専門の職員として働いてもらう。貴族の護衛などとても出来んだろう」


「そうでしょうか?」


 アスラは首をひねる。平伏し、顔色を伺い、媚びへつらって生きてきたのだ。丁寧で気が回ると褒められたことも多い。怒らせないようにするのは得意なほどである。


「魔物どころか貴族も恐れんのだから、揉めるに決まっとるわい」


 グスタフは呆れを含んで睨みつけた。アスラはまた首をひねり、スキルについて考える。


「はあ、不安や心配はありますし、面倒だとも思います。暴力や殺意が平気なんじゃないでしょうか?」


「いや、威圧感や権威も感じないだろう? お前はそう見えるぞ。たとえば侯爵に無礼を働いて、腕一本で許すと切りかかって来たらどうだ? 普通の自由市民なら諦めるが、お前なら侯爵でも殺しかねん」


 アスラは思わず納得してしまった。国外に逃げてもいいし、山奥に隠れてもいい。犯罪組織でもやっていけそうだ。無論、どれも望みはしない。


「よくわかりました。確かに王様でも殺しそうです」


「こ、こ、このバカたれがアア!! お、お前、絶対に他でいうんじゃないぞ!」


 グスタフは凄まじい怒声をあげ、顔を朱に染めてぷるぷると震えている。アスラは飛び散った唾を迷惑そうに拭うと弱り顔でうなづいた。

 ソフィアはあまりに無法な会話に顔を引きつらせ、ふわふわとした気持ちが吹き飛んでいる。


「やはり力ある冒険者は変わった方が多いですわね」


「い、いや、詳しくは説明できんが、変わってんのはスキルの方でこいつは恐れを知らねえ。ずけずけと物をいうが普段は人畜無害なやつだ」


 ソフィアが困ったように小首を傾げ、グスタフが慌てて突き出した手をふる。


「そういうことでしたら、ますますランク6の方がよいのでは? おかしな諍いも避けられるでしょう」


「ランク6?」


「ああ、俺はランク5にするつもりだったが、ソフィアのいうことも一理ある。ランク6にすべきだな。高ランク冒険者の言葉には誰もが耳を傾けるし、貴族すら対応に気を遣う」


 グスタフは真剣みを帯びた目でアスラを見やり、ソフィアも大きくうなずく。しかし、アスラは理解が及ばず話が見えて来ない。


「高ランクだと偉いということですか?」


 グスタフは自らも確認するように答えを探し、天井を見上げるようにして口を開いた。


「権力とかそういんじゃねえんだが、そうだな………冒険者のランクは貴族の位階であり勲章だ。冒険者のランクは実力はもちろんだが、より多くの魔物を討伐して街や村の被害を抑え、人々を救ったという証だ」


「あなたがランク1では住民は信用しませんわ。領主に追い返されるか、そうでなくても命令され、口出しされるでしょう」


 グスタフは重みのある言葉、ソフィアは厳しい眼差しでアスラに語る。話は充分に理解したアスラだが、いささか腑に落ちない。

 ランク6といえばレグロと同じ、条件を満たしているとは思えなかった。


「僕はゴブリン五十匹を討伐してるのでランク2ならなれるでしょう。護衛になれるなら、ランクは自分で上げたいと思います」


「ふぅー、まったく、こういうやつなんだよ」


 グスタフがうんざりした目で訴えると、ソフィアはくすくすと笑う。


「貴方はハイオーガをソロで討伐してますね。剣や魔法、いずれであろうと実力は証明されました。あとはランクに見合う働きで、人々を守り応えて欲しいのです。先ほど話したように無用の衝突も避けられますわ」


「同ランク帯の魔物を倒して上がるのはランク5までだ。それ以上は推薦や何人かの承認が必要だ。つまりランク6となれば皆が一目置く」


 ソフィアの穏やかな笑みとは違い、グスタフの表情は厳しい。面倒なことをいうなと目で制し、ぎろりと睨みつける。


「まあ、新米冒険者じゃわからんか。ランクは10までだが誰もいない。ランク9が一人、ノルトブルーナ帝国にいるだけだ」


 表情を柔らげたグスタフが口許の大きな傷をさすり、王都の冒険者たちのランクを説明する。

 ランク8すら数えられるほど。レイセルタ王国ではソフィアが一人いるだけである。ランク7であっても王都に六人。ランク6と下がっても二十人にも満たない。


「貴方にはそれだけ期待しているのですよ。五組のパーティを派遣するような魔物も、貴方のパーティを派遣するだけでいいのですから」


「………パーティ?」


 訝しげな表情のアスラに、ソフィアもつられたように首を傾げる。グスタフが呆れた目で舌打ちした。


「当たり前だろう! 一人でのこのこ行くのか? メンツはおいおいで構わん。女を守ることを優先すればいい。護衛するにもランク6となれば、お前の自由にやれるだろう」


「なるほど……ありがとうございます」


 アスラが笑顔を弾ませると、グスタフが汗をぬぐう仕草で疲れを思わせるため息をつく。

 ソフィアは微笑み、アスラに柔和な目を向けた。


「ハイオーガはランク6に設定されています。亜人系の魔物でも鬼人種は特に強力。魔法に弱いといっても物理攻撃と比較してのことです。並みの前衛では蹴散らされ、後衛はたちまち殺されます。貴方の実力を疑う者はいませんわ」


「そういうことだ。倒したからってランクが上がるわけじゃねえが、俺たちはランク6以上の実力だと認定したということだ。あとはお前が納得して、ランク通りの働きを示せばいい」


「わかりました。ギルド長がそうおっしゃるなら従います」


「よーしよし! これで高ランク討伐パーティが一枚増えたぞ!」


 グスタフは厳しい顔から一変、破顔してアスラの背中をバシバシと叩く。ソフィアも安堵の笑みを洩らし、一仕事終えたように肩の力を抜いた。


「そういえば貴方、被害が出るような魔法だったりしますか? いえ、秘密なら構いませんわ」


「そういやあ、お前………なんか短けえ杖を持ってたな。どうやって倒した?」


 グスタフはソフィアの問いに動きをとめ、盛大に疑問符を浮かべて顔を寄せる。アスラは迷惑そうに顔を逸らし、ふたりの反応を予想して顔を曇らせた。


「その……杖は打ちつけたら曲がってしまって………」


「………打ちつけたら?」


 ソフィアが怪訝な表情で眉をひそめる。


「………なので殴って倒しました」


「………そいつあまた………無茶したな」


 グスタフは呆れたように苦笑する。アスラが気まずそうに窺い見れば、口許を手で覆い、目を見開いたソフィアと視線が合う。アスラは慌てて視線を外し、逃げるように素早く立った。


「規則については明日にでもミレーヌさんに尋ねます。それでは準備もあるので失礼します」


 絶句するソフィアを尻目に、機嫌よく笑うグスタフが手をあげて応えた。

 護衛任務は明後日の早朝から始まる。

 アスラの手持ちは白金貨四枚。魔鉱石の杖や依頼料の支払いがあっても、討伐料で微増している。

 新しい武器を買うべきだが、エルザを買い戻すためにあまり手をつけたくない。

 明日一日、わずかな時間でなにが出来るだろうかとアスラは顔をしかめた。

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