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戦闘神の加護を授かった火魔法使い  作者: 梅を愛でる人
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魔鉱石の杖

 待ち侘びたようすのグスタフの対面に座り、アスラは今日の出来事を順序立てて話してゆく。

 グスタフは得た情報を頭でまとめ、スキルについて入念に説明した。なかでも計算式とステータス半減効果については特に力を入れた。


「上がった数値の半分が足されるんですね? それと魔力と防御と運が半分になる」


「そうだ! どれだけ危ないかわかるだろう。もう戦うのはやめとけ………と、言いたいが、そうもいかんだろう。まあ、大抵の攻撃はかわせるだろうが、どうしても避けられない攻撃は絶対に防具で受けろ」


 グスタフは傷のある強面の顔をふり、どうしたものかと困惑顔で強く説いた。アスラとしては戸惑うばかりだ。これほど気にかけてもらい、心配された覚えなどない。


「わかりました。あの、心配してもらってありがとうございます」


「おう! ギルドの運営もそうだが、冒険者を守るのが一番の仕事だからな。しかし、とんでもねえコートを買ったな。ランク1でそんなの着てたら狙われるぞ」


 照れ臭そうに話題を変えたグスタフだが、アスラも負けじと困惑顔である。


「誰も気づいてませんでしたよ。それに、いい防具じゃないと危ないですよね?」


「そりゃそうだが………まったく面倒くせえスキルだな。もし、雑魚に絡まれても殺すなよ。急所を外して攻撃しろ。あとはそうだな、無理せずレベルを上げろ」


「ゴブリンを狩るだけですし、レベル上げは必要ありません」


「いや、AGIってのは身体能力もそうだが、動体視力でもある。ゴブリンの攻撃が止まって見えただろ? その防御じゃ、素早さを上げる方が確実だ」


 アスラにはさほど遅くは見えなかったが、全て避けられる攻撃だと思った。グスタフの言葉には重みがある。貴重な助言だと考えるべきだ。

 アスラはしっかりとうなづいて、理解したと目線で伝える。


「レベルを上げることも目標にします。それで、依頼の方はどうなりましたか?」


「まだ初日だからな。おいおい情報は集まるだろうから、お前は焦らず待ってろ。刑法所とは明後日に交渉が決まった。そっちからの情報の方が早いかもな。依頼者が死ぬなんてことないよう気をつけてくれ。まだ着手金だけなんだからよ」


 スキルのことが解決して肩の荷が下り、グスタフはすっかりご機嫌なようすで破顔する。

 アスラも指針をもらい、やるべき事が定まった。ゴブリンを狩り、遺品を探しつつレベル上げ、そしてエルザが解放奴隷となれば終わりである。

 ゆったりとタバコを燻らすグスタフを、感謝を含む目で見つめた。




 ▽▽▽




 薄曇りの空であり、小鬼の森の枝葉も相まって普段より一層視界が悪い。

 そんな中をアスラはすたすたと歩いてゆく。

 荷物は小さな袋だけ、屋台で見繕った串焼の包み、魔導具の細い水筒だけが入っている。

 空いた手にはゴブリンお手製の棍棒。

 この森に入り、何度目かのゴブリンの群れの戦利品である。


 どしゃっと水気のある音がしてゴブリンの頭が潰れる。樹々を抜け突如として現れた男にゴブリンは恐慌状態となった。

 奇声をあげる間も無く、次々と棍棒が振りおろされ、六匹のゴブリンが骸となる。

 アスラが早朝から繰り返している行動だ。


 装備の番号を確認すると、また棍棒を持って気配を感じるまで歩く。

 初めは剣を使ったが、刃角を合わせるのが難しく断念したのだ。やはり剣術の心得がなければ上手く扱えず、その点では棍棒は馴染んだ。

 剣術の心得もないゴブリンが使うだけあり、振りかぶり、魔物の頭に振りおろすだけである。


 最低限、道だけは外れないようにしていた。

 深い森で迷えば、強力なスキルだろうとどうにもならない。意外にもしっかりとした道らしきものはある。人や魔物、獣が踏みしめたと思われる道は、人や亜人の手で作られたのだろう。


 その道をひらすらに歩き、クロウラーやジャイアントラット、レベル上げも兼ねて手当たり次第に狩ってゆく。弱き魔物にとっては災難というしかないが、広大な森だけあって油断ならない相手もいる。


 そうした一匹、ドラゴリザードがアスラの前で身構えた仕草で動きをとめている。

 幼竜のような姿をした大トカゲで、ゴブリンなどは丸呑みにしてしまう。

 そのドラゴリザードが濁った黄色の目で、アスラを見据えている。黄色の中心にある縦長の虹彩から、エサだと認識されたのが伝わってくる。

 アスラは地面を強く蹴り、すり抜けざまに棍棒を振りおろした。パキャっという乾いた音が鳴り、ドラゴリザードの頭では木片が舞い、アスラの手元でぽっきりと折れていた。

 アスラは切れ端を放り、回頭するドラゴリザードへと飛び込むように殴りつけた。

 振り抜いた拳は砕けず、どんっと音を轟かす。

 地面に縫いつけられるようにドラゴリザードの頭が潰れ、弾んだ巨体がぼふっと大きな土ぼこりを立てて動きをとめた。


「んー………」


 かなり大きなマナだったが、これでレベルが上がるのだろうかと首をひねる。

 しかし、これが最大の獲物であった。

 期待したオークにも遭遇したが、頭めがけて振りおろす棍棒により、たちまち三匹が転がった。




 ▽▽▽




 刑法所との交渉は難航していた。

 頼りの共鳴魔方陣は反応がなく、所有者となっている奴隷商もエルザの行方を探してるという。

 報告義務違反の奴隷商に罰金を科して、現状は刑法所が捜索に乗り出している。

 眉を下げたレグロが申し訳なさそうに経緯を説明した。


「それじゃあ、彼女は逃げ出したんでしょうか?」


 いつもは呑気そうなアスラの顔も、明らかに落胆したようすで眉間にしわを寄せている。

 アスラはすんなり行方がわかり、所有者の奴隷商から買い戻せばいいと楽観していた。


「いや、奴隷商が匿ってるんだろう。共鳴魔方陣を消すような魔導士や、誤魔化せるような魔導具でも使ってな。大方、グレイブス子爵の息がかかった奴隷商なんだろう」


「その子爵の方は、国への罰金を払わせるつもりだとガブリエルさんが言ってましたが」


「どうかな………そうだったとしても、点数稼ぎはやめたんだろ。なんせ、いつまで使えるかわからん生きた商品だからな。おっと、言い方が悪かったな」


 レグロは頭を掻き、誤魔化すような引きつり笑いをする。アスラにも言葉の意味はわかる。エルザの居場所を知っているであろう奴隷商は、簡単にはエルザを手放さないということだ。


「その奴隷商の方に買取りたいと申し出るのはどうでしょうか?」


「まあ、そうなんだが………向こうも刑法所に知らんと言ってるしなあ。んー、でもまあ、金さえ出しゃ平気なツラして連れて来るんだろうけど。どうせ、吹っかけて来るから空っけつになるぜ?」


「それは払える範囲なら構いません。足らなければこれを売ればいいですから」


 気乗りしないようすのレグロに向け、アスラは微笑んで外套をつまんで見せる。


「そういや、凄えマナだけど何の素材だ?」


「ベヒーモスという魔物だそうです。傷がついても生きてるみたいに修復するらしいですよ」


 アスラが嬉しそうに説明する。レグロは少し目を見開き、ごくりと唾を呑んだ。


「………そいつにいくら払った?」


「これとこれで白金貨二枚です。白金貨三枚の外套だったのに値引きしてくれました」


 レグロは額に手をやり、ふーっと長い息を吐いてうなだれた。


「………何か言いたいところだが、命より大事なもんはねえから正解なのかもな。それより、刑法所との交渉は一旦終わりだ。そのまま奴隷商との交渉に代理人を移すか?」


「お願いします。居場所くらいはわかると思ったんですが………」


 レグロは悲嘆にくれるアスラに目線で促し、壁にある大きな木製のボードへと腕をふり指差す。


「魔族の女、仲間の装備品の番号、ああやって掲示して情報を募ってる。お前は出来ることを充分してるんだ。辛気臭いツラする必要ねえぞ」


 レグロはにやりと笑い、アスラの肩に手を添えて励ました。アスラは肩をすくめ苦笑いすると、ふと思い出したことを尋ねる。


「レグロさんの武器はその剣ですか? 僕も剣を使ったんですけど難しくて………」


「おお、この魔剣だよ。風属性の魔剣でマナを注げば風の刃も飛ばせる。魔導士ほどの威力じゃねえがな」


 鳥が翼を広げたような彫刻が鍔となり、レグロが刀身を見せるように少し抜くと、触れれば怪我しそうな風を纏い疾っている。


「凄い剣ですね! 魔剣ってこんな格好いい物なんですね。やっぱり僕も剣術でも習った方がいいのかな」


 アスラは目を輝かせる。手放しの褒め言葉が送られ、レグロは自慢の武器とはいえ少し照れくさそうに笑う。


「基本の型だけでも習うといいかもな。振りおろしの斬撃と横薙ぎ、それと突き、このへんを訓練すればいい。それで、お前の武器は?」


「持ってません。ゴブリンの棍棒で戦ってます」


「ぷっ………ギャハハハハハハ!……うぅ…グハッ腹痛えェ!」

 

 レグロは身体をくの字に曲げ、弾けるように爆笑すた。ひとしきり笑うと涙目を拭い、ふうふうと息を整える。アスラはそれをじっとりとした目で眺め、憮然として憤りを含む声をあげる。


「使いやすいですし、ゴブリンなら大抵持ってますからすぐに手に入ります」


「………うぷっ、ま、待て! これ以上笑わせるのはやめてくれ! ……はあ、はあ………ったく、ゴブリンの武器で戦う冒険者なんて初めて聞いたぜ。だいたい防具はベヒーモス素材なのに、なんで武器はゴブ職人の棍棒なんだよ!?」


「それは、スキルのことも知りませんでしたし、杖は必要なかったので買わなかったんです」


 レグロは笑いをぐっと堪え、涙目のまま誤魔化すように聞く体制を整える。


「んん、結果よかったじゃねえか。なんか適当な剣でも買えよ。鈍器系はステータスを考えると、若干だが持ち味を殺すんじゃねえか?」


「確かに武器といえば剣ですよね。金貨一枚くらいのを買ってみます」


「おいおい、極端だな。もうちょい出せよ。西門に行くまでに何軒か武器屋があるだろ。鍛冶屋でも売ってるし、このギルド前の通りは手頃だから覗いてみろ」


 うなづいて行ってくるという後ろ姿を見送り、今度はどんな剣を買うのかと、レグロは人の悪い下卑た笑みを浮かべた。




 店の石壁は風雨によるくすんだような色合い。店頭を通る通行人に向け、鋭い光を放って各種の武器が並ぶ。大剣からハルバード、ナイフから長槍に至るまで取り揃える専門店である。

 さほど広くない店内では、自ずと見るものも限られる。アスラは何本かの片手剣を眺めていた。


「手に取って確かめても構わんよ」


 アスラが振り向くと、白い髭を蓄えた初老の男がうなずいて微笑んでる。その言葉に甘え、剣を抜いて切っ先をゆらゆらを振ったり、抜き身の二本を並べて眺めてみる。

 良し悪しが分からず、眉を寄せぐるりと店内を眺めた。


「これは何ですか?」


「それはメイスという武器じゃ。頭部の金属の塊を長い柄で振りまわす殴打武器じゃな」


 柄の短いものを選んで感触を確かめると、棍棒に近い感覚でしっくりくる。

 しかし、殆どが長柄の造りで頭部にはスパイク状の突起や羽のような刃があり、持ち運ぶのに不便そうである。普段はギルドで有料の装備棚を使ってもいいが、探索は長い距離を歩く。

 アスラは迷いつつも諦め、また視線を巡らせてゆく。


 次に目をとめたのは陳列された杖である。

 枝が捻れたような物が並んでいる。

 先端はコブのように膨らんだ物や、台座に魔石が据えられた物など様々だ。


「こういうのを振りまわして魔物を叩いたら壊れますよね?」


「そうじゃな、壊れるじゃろうな。何か杖術でもなさるんか? それなら、もっとすっきりした棒状の品もありますぞ」


「あの、これはどうですか?」


 アスラの手にある杖は、金属のツルが絡み合うように先端の大きな黒い塊を包み込んでいる。


「それなら壊れんじゃろ。しかし、その先端の魔鉱石は硬度も高いがマナを増幅する。うちの店では最高級の部類じゃから、魔法で戦わんなら杖術用の杖を案内するぞ」


「一応、魔導士なんで大丈夫です」


「なんじゃそうかそうか。その魔鉱石は重くて難儀するが補うほどの効果がある。捻れて絡む装飾もわざと色合いを寄せて黒いが、ミスリルも含まれた合金じゃ。儀式用じゃから重いだけが欠点じゃな」


「重いのは問題ないです。腰下ぐらいで切って、ここを握りやすくして下さい。先端はすっぽ抜けないように少し太く」


「先端? ……こっちは反対じゃぞ? あ、あれじゃ要するに持ち手のようにするんじゃな? うーむ、装飾を損なわんように何とかやってみよう」


 考えられない要望に店主は目を白黒させた。

 急いでも完成は二日後、そう言って店主は難しい顔をする。全く問題ない、アスラは楽しみに待つだけである。

 普段は魔法を使えるし、戦闘時には打撃武器として使える。持ち歩くにも杖ならば邪魔になることはない。これ以上ない武器に思え、アスラは浮かれたように心が弾んでいた。

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