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戦闘神の加護を授かった火魔法使い  作者: 梅を愛でる人
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三人パーティ

 紋章が装飾された青い盾が、木漏れ日に疎らな光を返す。その重厚な青い壁でオスカーは身体を隠すように進んで行く。


「よし! 行くぞ、ディアナ」


 ガァン! ガン! ガン! オスカーが盾を打ち鳴らす。侵入者に気づいたゴブリンがふり向き、ぎらつくような大きな金眼で見据えた。

 ゆっくりと歩み寄るゴブリンが徐々に足を速め、奇声をあげて駆け出す。

 アスラはここでも奇妙さを感じた。

 以前はあれほど恐ろしく、油断ならない相手であったのに、今は何も感じない。

 むしろ倒すのも面倒な、小鳥でもなぶるような気分だった。


 オスカーを覆うマナが大きくなり、盾には魔術式が組まれた。少し離れた後ろではディアナが弓弦を引き絞り、慎重に狙いを定めている。

 シュっと小さく風切り音が鳴り、ゴブリンの肩口を射抜く。

 オスカーは、もう一匹から撃ち込まれた棍棒を軽々と盾で弾き、たたらを踏むところを剣で突き刺した。矢傷に呻くゴブリンも片付け、アスラの近くに歩み寄ると獰猛な笑みを浮かべた。


「どうだった? アスラの心配は杞憂だったろ。オレも真剣に冒険者をやるつもりだからバカな真似はしないさ。ただ、ゴブリン程度なら楽勝だとわかってもらえばいい」


 確かに圧勝だった。大きな盾と身体の大部分を覆う金属鎧を見れば、オスカーの余裕ある態度も頷ける。ディアナもオスカーが魔物を引き受ける限りは問題ないのだろう。


「先ほどはスキルで防御が上がり、法術でも上げたんですよね? それで防御力はどれくらいになるんでしょう?」


「ステータスだとDEF160くらいだ」


 道理で大したことない魔鎧だと、アスラが納得したようにうなずく。しかし、低レベル帯なら充分なのだろう。加えて装備の優秀さもある。

 オスカーは何かケチでもつける気かと身構え、顔を険しくしていた。


「確かにゴブリンなら、問題ないのかも知れませんね」


 オスカーが顔を明るくさせる。盾と剣を持つ手を広げ、勢い込むように顔を寄せる。


「そうだろ。それなら他にいないか教えてくれよ。早くランクも上げたい」


「ランクですか?」


 ディアナがゴブリンの耳をつまみ上げ、見せつけるうに突き出した。


「ランク2になるには、同ランクの魔物五十匹。ゴブリンの討伐が一番簡単なのよ」


「十匹くらいの群れと、二十匹以上の群れしかいないですね。ふたつは距離も近いし、同じ群れかも知れません」


「じゃあ、その十匹の方へ案内を頼む」


「………いえ、さっきみたいにカンカンすると両方の群れが相手になります。それに囲まれたら、ディアナさんは対応できないでしょう」


 アスラは若干の不機嫌さを声に含めた。大きな群れだと知れば、てっきり引き返して森の外周を進むと思ったのだ。


「私なら大丈夫よ。近接もこなせるよう短剣術も習ってるし、弓だけじゃないのよ」


 ディアナは自分が標的となり、憤慨した様子で腰のナイフを抜いて見せる。

 その姿がアスラには虚勢なのか、自信なのか判断がつかない。どちらにせよ、アスラもゴブリンを倒すのが目的だ。


「わかりました。大きな群れを避けるように十匹の方へ向かいましょう。遠くから魔法で牽制するので、向かってくるやつを狙います」


 オスカーは笑みこそあるが決意に満ちてうなづき、ディアナは少しばかり緊張が見える顔でうなずく。

 アスラにはもう一つ違和感があった。

 ゴブリンが向かってきたとき魔鎧が薄まり、魔力が抜けたような感覚があった。

 不思議なことに今は戻っているが、魔法を撃って確かめたい。




 迂回するように獣道を進み、オスカーか枝を折り草を薙ぐようにして進む。すると、ほどなくして大きな広葉樹ばかりが枝葉を広げ、それらが其々の間を大きく取っている。背の低い雑草が疎らにあるばかりで、すっかり視界が通っている。


「これは隠れようがないですね。一応、大きめな木を背にしながら進みましょう。もう、少し進んだら魔法を撃ち込みますので」


 アスラは後ろを気にかけながら、樹々を移るようにゴブリンの群れを目指す。少し離れてオスカーが続き、さらに遅れてディアナの姿があった。

 アスラははぐれた一匹を探すが、ゴブリンの群れは獲物であろうクロウラーを囲うように集まっている。


 アスラはひと塊りの群れが散らないかと、しばらく逡巡しながら木に隠れて眺めていた。しかし、焦れたオスカーが促すような目で少しずつ距離を詰める。

 一瞬迷ったが、まとめて向かって来ても倒せるだけの充分な距離はある。

 ゆっくりと左右の手に魔術式を組み上げる。

 いつもの通りの感覚だった。アスラは慣れた仕草で指先を向けるように火の矢を撃つ。

 疾る矢に貫かれた二匹は悲痛な呻き声あげ、小さな炎を纏ったまま倒れ伏した。

 座り寝転がりしていたゴブリンたちが飛び起き、ギャキャイと騒ぎ始める。


「任せてくれ! サポートを頼む」


 走り寄ってきたオスカーが盾を構え、迎え撃つ体制で進み出た。ディアナも射角を取るように回り込んで走っている。

 ひとしきり騒いだゴブリンたちが、ようやく気づいて奇声をあげて押し寄せた。


 するとまた、アスラの身の内から魔力が抜けるような違和感。

 アスラは眉をひそめ、両手に魔術式を組む。

 飛び立ったのは、薄っすらとした火の小さな矢。

 ゴブリンを一撃で倒した魔法は見る影もない。

 さらには薄くなった魔鎧を確認し、やはり気のせいではなかったと確信する。

 しかし、それと同時に全身をマナが強く巡り、力が漲っているのを感じる。

 三匹のゴブリンを相手に奮闘するオスカーを眺めれば、子供のケンカのようにも見えた。

 動体視力が上がっているのか、ディアナが放つ矢もはっきり見える。


 二匹のゴブリンを仕留め、息を荒げるオスカーの前には、いきり立つ五匹のゴブリンが武器をふりかざし威嚇している。


「くっ………」


 オスカーは襲いくる攻撃を盾で受け返し、回り込むゴブリンを必死に剣でふり払う。

 しかし、受け続けた手は痺れ、回り込んだゴブリンの棍棒でひどい鈍痛があちこちにある。


 アスラはそれを退屈そうに眺めていたが、揉め事に介入するように歩いてゆく。

 何も怖くはなく、素手で倒せる確信があった。

 それを証明するように、アスラは散歩でもするようにゴブリンに歩み寄る。

 心得もなく殴りつけ、胸を穿たれたゴブリンが吹き飛んだ。ふり払うような動きで頭が潰され、突き出した拳に胸が貫かれる。

 オスカーが目を瞬くと、金眼を見開いた五匹の死体が残っていた。


「な、なんだ………お前……何をした?」


 オスカーの身体は引きつるように動かず、痛みも忘れて細かく震えている。

 そんなオスカーを面倒くさそうに眺め、アスラは少し驚いたように眉を上げた。


「あ、戻った………オスカーさん、大丈夫ですか?」


「………い、いや………だからさっきのは何だ?」


 オスカーの脅威は去り、安堵の息を洩らすべき身体は震えをやめない。黒い双眸を見つめ、青ざめたまま問いを重ねた。


「多分ですが、新しいスキルだと思います。力が上がるみたいですが、魔力が落ちるみたいです」


 せっかく修練した魔法は無駄になり、魔鎧の薄さから考えると防御力も低下している。

 遠距離からの攻撃は出来ず、今後は敵に近づかねばならない。

 しかし、詳しいことは戻れば分かるだろうし、目標のゴブリンを相手にするのは大丈夫そうだ。

 アスラは考えをまとめ、ようやくふたりが怯えた目で佇んでいるのに気づいた。


「近づく気配はないので大丈夫ですよ。わかったと思いますが、オスカーさんの実力で群を相手にするのは厳しいです。ディアナさんも自分の実力がわかったと思います」


「……え、ええ、わかったわ」


 ディアナは距離を取ったまま、かすれた声で返事してうなづいた。オスカーも強張った顔のままではあったが、ゆっくりうなづく。


「討伐報酬は必要ありませんので、装備にこの番号があるか確認してください。死んだ仲間の物でゴブリンを討伐したら、確認してもらえると助かります」


 ポーチから出した紙片をふたりに渡すと、ふたりはぎこちなく受取る。

 その紙片の番号を見つめながら、オスカーにはまだまだアスラに尋ねたいことがあった。しかし、スキルだと言われれば、それ以上突っ込んでは聞けない。だが、あんなに豹変するスキルがあるのだろうか。

 紙片から顔を上げ、アスラを薄ら寒い思いで眺めた。


「ふたりもレベルが上がったでしょうし、これで戻ろうかと思います」


「ああ、王都に帰ろう」


 オスカーは傷の痛みに顔を歪め、ふたつ返事で了承した。笑顔の消えたディアナも当然のようにうなづく。

 思わず拍子抜けしたが、やっと面倒ごとが終わり、アスラは会心の笑顔で大きく伸びをした。




 ▽▽▽




 すっかり口数の減ったふたりも、冒険者ギルドのロビー着く頃にはもう笑顔に戻っていた。

 ステータスを測り、オスカーが満足そうに微笑む。その横ではディアナもはしゃいでいて、入り込めない空気があった。


「アスラ、さあどうぞ」


「いえ、僕はいいです。それより………」


「ああああ! いるじゃねえか!」


 レグロの雄叫びに、周りの冒険者が驚いて動きをとめている。レグロは目を剥いて駆け寄り、アスラを何やら奇妙な目でじろじろと眺める。


「どうやら、何事もなかったみてえだな。アスラ、お前なんか変な感じなかったか。頭が真っ白になるとか、魔物が怖くないとか………あー、もっと戦いたいみたいな?」


「なんですかそれ? ああ、ゴブリンが怖くなかったですね………あ、そういえば、色々と怖いことが無くなりました」


 アスラが悩みつつ答えると、レグロは難しい顔をして唸り、視線をオスカーに転じた。


「お前らは大丈夫そうだが、アスラと一緒にいてどうだった?」


「………そ、その………」


 オスカーは顔色を変え、アスラを窺い見るように言葉を探す。その様子でレグロは察した。アスラの両肩に手を置き、見極めるように尋ねる。


「アスラ、魔物と戦ってどうだった? 冷静に対応できたか? ゆっくり思い返せ」


「はあ、冷静だったと思います。どちらかといえば退屈で面倒でした。でも、遺品を探すためには仕方ありませんから」


「そうかそうか、それなら恐怖心と防御力だけだな。まあ、あとでギルドから話を聞くといい。そんじゃ、次はオスカーだな。その返り血を見ると頑張ったようだな」


 レグロが品定めするように視線を向け、悪戯そうに笑う。オスカーは視線を彷徨わると、気恥ずかしそうに頭を掻いた。


「………手こずりました。オレとディアナだけじゃ、もっと苦戦していたと思います」


 レグロは皮肉な目で見つめ、アスラに視線を移す。


「だとよ。アスラから見てどうだった?」


「そうですね……驚きました。こんな実力でふたりで行こうとしてましたからね。マナを見たとき不味いと思ったんですが自信満々で………何かあるのかと思ったんですが何もなくて。まあ、ゴブリン十匹の群れで死ぬ実力だとわかったでしょう」


「お、おう。あ、あれだな、オレが言うことはなくなった」


 オスカーは真っ赤な顔でうつむき、ディアナは恥辱に染まった目でアスラを睨む。

 引きつり笑いのレグロが、ギルド長に会って来いと追い立てるようにアスラを送り出した。

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