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戦闘神の加護を授かった火魔法使い  作者: 梅を愛でる人
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金貨三十五枚

 アスラが物心ついたときには聖フランネル王国の農奴として働いていた。

 領主から割り当てられた土地を耕し、家畜の世話をして過ごすといった生活である。

 しかし、新たな奴隷が雇い入れられると老人たちと一緒に呆気なく売られた。



 馬車の荷台押し込められて移動し、アスラが運ばれた先は大きな屋敷だった。

 他の奴隷と鎖で繋がれた手枷が外され、怒声に追い立てられるように十人余りの奴隷たちと一室に集められた。

 そこは薄汚れた毛布だけが端に積まれた部屋で、武装した男たちが油断なく見張っている。


「端から順に一人ずつ前に出ろ!」


 不安そうに奴隷たちがのろのろと動く。

 奴隷たちの最後に進み出たアスラは、小柄で栄養が足りてないのか痩せ細り、だらしなく伸びた黒髪の呑気そうな男である。


 一瞥した奴隷商の男は失望を隠そうともしなかった。男は頑健で力強く、女は賢く優美であるのが高値の条件だ。


「ここにべったり手をつけろ」


 冷たい金属板の感触にびくりとすると、冷ややかに目を細めていた奴隷商の男が目を見開いた。


「………ほう、ほうほう。いいじゃねえか。見かけじゃ分からんもんだな。おい、よかったじゃねえか、お前はレイセルタ行きだ」


 アスラも隣国の名前くらい知ってるが、いったい何がいいのか。怪訝そうな顔のアスラに奴隷商の男は薄らいを浮かべる。


「あの国じゃ、自分を買い戻して解放奴隷になれる。………分からねえのか? ったく、金さえ払えば自由になれるんだよ!」


 思いがけない話に目を瞬いて理解すると、じわじわとした喜びがアスラの胸の内を突き上げてくる。


「ようやく分かったみてえだな。頭の回転は大丈夫なんだろうな? まあいい、お前はとっとと出発だ。頑張って自分を売り込めよ」


「は、はい」


 下卑た笑みで手をひらひらさせる男も目に入らず、うわの空で自由という言葉を考えていた。


 解放奴隷………自分を買い戻す………。

 手の届かない額で一生奴隷なのかもれない。期待するだけ無駄でもっと酷い暮らしが待つのかもしれない。

 そんなふうに考えみるが、アスラの気持ちはどうしようもなく浮き立っていた。




 ▽▽▽




 八角形の聳える壁に囲まれたレイセルタの王都では、その象徴として尖塔が連なる巨城が威風を放っていた。

 石工の粋を尽くした彫刻が華やかさを感じさせ、風雨に晒された城壁の風合いが長い伝統を感じさせる。


 その城下、王都南西にガブリエル・コスタという自由市民の屋敷がある。

 屋敷の居間にあるテーブルでは『ステータス測定器』と呼ばれる魔道具が鈍い光を放っていた。

 平均を100として個人の能力を数値化、スキルを名称化して一目瞭然とした物だ。



 LV:7

 HP :21/86

 MP :39/142

 STR(攻撃力):69

 INT(魔力) :146

 DEX(器用さ):114

 DEF(防御力):62

 AGI(素早さ):76

 LUK(幸運) :138


 《魔力感知》《火魔法》



 いつもは呑気そうに辺りを眺める黒い瞳が、今は怯えたように床を見つめ、瘦せぎすの小柄な体をぶるぶると激しく震わせている。


 採取や魔物の討伐における収支報告、そしてステータスの計測がいつもの決まり事である。

 アスラのステータスを苦々しく眺め、顎ひげをさすっているのがアスラの新しい"ご主人様"だ。


 白髪混じりの髪を短く刈り上げた六十過ぎの大柄な男で、寄せた眉間には深い皺がある。


「………ッ、このクズが! さっさと続きを話せ!」


 頭上から吐き捨てるように怒鳴り声が降る。

 膝立ちで震える手を祈るように組んでかかげ、アスラは慈悲を乞う姿で口を開いた。




 ▽▽▽




 リーダーのライオネスは新調した両手剣の柄を何度も叩き口元を緩めていた。

 無造作に流した金髪に意志の強そうな目つき。

 血気盛んだが粗暴ではない。ライオネスはそんな男だ。

 そのライオネスは歩みを止めて振り返ると、アスラら三人の顔をにやついたまま順に眺めた。


「ゴブリン二十匹だ! 一人につき銀貨五枚の稼ぎになるぜ」


 安宿に泊まれる程度の稼ぎだが、彼らのパーティとしては高い目標だ。

 もっとも稼ぎの半分は主人に納めなくてはならないし、少なからず命の危険もある。


「まだ西の森でいいでしょ。小鬼の森はオークやフォレストウルフの群れまでいるって聞くわ」


 《気配察知》スキルで斥候役となっているハンナが不満顔で口を尖らせた。緩やかな茶髪が幼い顔を隠すようにかかる彼女はまだ十六の女の子だ。


 アスラもハンナと同意見だとうなずくがこのパーティでは多数決は通用しない。


「深く入るつもりはねえ。あの森じゃ五匹見つける前に日が暮れるぜ! そうだろ?」


 ライオネスがおどけたように肩をすくめる。

 彼は《剣術》《大力》《頑強》という羨むようなスキルを持つ前衛剣士でパーティ内のレベルも一番高い。


 アスラはゴブリンを一撃で倒せない程度の火力しかない魔法使いだ。


 隣で戸惑った顔をしているエルザはは怜悧さを感じさせる印象の美人だが特徴は他にある。

 青みがかった銀髪のショートヘアと小さな角。そして深紅の瞳には縦長の虹彩が獣のように光っている。

 彼女は"魔族"だ。

 人間以上の身体能力と魔力を持ちながら戦力とされていない。




 ▽▽▽




 薬草の採取やホーンバニー狩りで通い慣れた西の森はもう遥か後ろに消えて久しい。

 川向こうの田園を遠目に街道を四人で歩く。

 きらきらと川面が光を放っている。

 アスラはせせらぎの音を聞きながら緑の若草が風に揺れるのを眺め、魔物のことも奴隷であることも忘れて現実逃避していた。


「…………って、おい!? 聞いてるのか?」


「……ん? あ、ああ、ごめん」


 まったく、と不機嫌そうに呟くライオネスの顔が現実だと教えてくれる。


「しっかり火魔法でサポート頼むぜ! 一応は頼りにしてるんだからよ」


 先導するライオネスの指差す先には、鬱蒼とした大きな森が広がっている。

 若草色の草原を切り取るような深い緑が不気味に映り、アスラは思わずごくりと唾を呑む。迷いなく歩みを進めるライオネスを追いながら、緊張に顔を強張らせた。

 森を目前にしたところでハンナが手をあげる。


「………見つけた。数はわからないけど、気配からしてかなり多いわ」


 それぞれが枝葉で日が陰る森のなかに目を凝らすと、木々の隙間から緑色の人型の生き物がちらちらとうごめいてるのを確認した。

 ハンナの気配察知は広範囲だが精度は甘く、複数であることしか分からない。


「よし! 幸先いいぞ。ゆっくり距離を詰める」


 手にする銀貨のことを考えながらライオネスは舌舐めずりして森の奥を睨んだ。

 じりじりと木から木へ身を寄せるように移動して行くと、ハンナが飛び出してゴブリンの集団へと駆けてゆく。


 ハンナが囮となって釣り出し、三人が待ち構えるところへゴブリンを引き連れて戻ってくる。

 いつもの戦法だ。

 ハンナを敵と定めたのだろう。醜悪な容貌には金の目が爛々としている。

 深緑の矮躯に錆びた武器を手にしたゴブリンが次々と姿を現して連携するように広がる。


「ヤ、ヤベェぞ! ハンナ!!」


 ライオネスが叫ぶより早く、大きな群れだと気づいたハンナが急いで身を翻した。


「………! あ…あぁ………そんな……」


 しかし、スッと三匹のゴブリンが退路を閉ざすように現れ、奇声をあげて歯を剥きハンナを威嚇する。

 ぐっと唸り声のようなものを喉の奥から鳴らし、ライオネスが決死の形相で飛び出した。

 その後ろからアスラも魔術式を組みながら走り、狙いをつけるのももどかしくゴブリンの群れに火の矢を放った。


「バケモンどもが! 死ねえ!」


 ライオネスが喚きつつゴブリンに両手剣を叩きつけたときには、倒れたハンナに向かって複数の剣や斧が振り下ろされていた。


 気がつけば辺り一面にゴブリンが姿を見せ、アスラの脇腹を槍が突いた。恐慌状態となって息を荒げながらも、アスラはゴブリンを追い払うように火の矢を浴びせる。

 次々と溢れ出るゴブリンが錆びの浮く刃を振り回して切りつけ終わりが見えない。


「ダ、ダメ! もう………早く逃げましょう!」


 狂ったように火の矢を放つアスラを、エルザがすがりつくように引っ張る。

 エルザの造り物のように整った顔は見る影もなく、今は恐怖で蒼白となり醜く歪んでいた。


「に、逃げろー! 走れ! 走れえぇ!!」


 両手剣でなぎ払いながらライオネスが叫ぶ。

 その声は僅かに踏みとどまっていたアスラの勇気を砕き、エルザに手を引かれると背を向けて逃げ出した。

 一歩でもゴブリンから遠ざかろうと必死に足を動かす。

 逃げるアスラが真っ白な頭で振り返ると、暴れるライオネスにゴブリンが群がる光景が見えた。




 ▽▽▽




「……グ……あ、あのクソは金貨六十枚のくせしてゴブリンにやられて死にやがったのか! 小娘も合わせて八十枚だぞ!!」


 こめかみには見事なほどに青筋が浮き、ガブリエルは泡を吹かんばかりに喚き散らした。

 荒い息づかいが聞こえ、青ざめたアスラがさらに身を地縮め、震える弱々しい声で伝える。


「あ、あの、すぐに向かえばハンナとライオネスの遺体だけでも……その、回収できませんか?」


「………ゴブリンの餌でいい」


「……はい?」


「クソどもの死体なぞ知るかっ! 小鬼の森をうろつく程度で死ぬクソどもの始末などわしが知るかっ!!」


 地団駄を踏むように足を鳴らし、ガブリエルは真っ赤な顔で叫ぶ。唾を撒き散らし激昂していた。


「……………レベルが上がったら、遺品だけでも探してみます」


 怒声に怯えたままのアスラだったが、押し寄せた虚しさは声音を静かなものに変えていた。


「ふん、見つかりはせんわ」


 ガブリエルはどかっと椅子に沈み込むと肩を落とし、ひどく長い息を吐いた。

 頭を下げて去ろうとするアスラの背に苛立ちを隠そうともしない声がかかる。


「エルザにシャワーを浴びて来いと伝えろ」




 ▽▽▽




 ーー金貨三十五枚


 これがアスラの値段だ。



 農奴や職工、鉱山夫や兵士、性奴隷に至るまで奴隷を求める目的は色々あるが、アスラがここで求められた仕事は"冒険者"だった。


 ガブリエルは引退した冒険者で、パーティの後衛としてヴォルフの火魔法に注目した。魔法を使える者は、希少とは言わないが全体として少数であるからだ。

 王都では奴隷を冒険者として早期回収する賭博的な投資が流行っていた。

 賭博的というのは体の欠損や命の危険が大いにあるからであった。



 離れの小屋まで痛みに顔をしかめ足を引きずるように歩く。

 真新しい小屋は二部屋あるだけの簡素な造りで、与えられた部屋はベッドと衣装棚でスペースがなくなる。

 隣の部屋をノックすると小さな声が返ってきた。


「ご主人様がシャワーを浴びるようにって」


「………………わかりました」


 エルザの感情の見えない声を背に、何ヶ所も裂けたローブと胸当てを脱ぎ捨てる。

 傷まみれの体は生きているのが不思議なほどで、ベッドに崩れるように座り、ポーションを飲み干した。

 銀貨五枚もするそれは低品質らしいが、痛みがかなりマシになった。


 落ち着くと一人となった部屋に視線を巡らせた。

 ハンナとライオネスは呆気なく死んだ。

 一週間にも満たない付き合いだったが、アスラにも思うところはある。

 冒険者の仕事は余りにも厳しい。

 ため息とともに顔が歪む。

 前衛の二人が死んで、これからはレベル上げもままならない。

 使い物にならなくなったローブを見てさらに気が重くなる。また金が飛んでゆくのだ。


 ゴブリンを一匹倒して銀貨一枚。

 十匹で大銀貨一枚。百匹で金貨一枚。

 金貨三十五枚までゴブリン三千五百匹。

 収入の半分が取り分だから、自分を買い戻すまでゴブリン七千匹。


 絶望的な未来に乾いた笑いが出た。


 ガブリエルが新しい奴隷を買うだろうが、それまでは自力でどうにかしないといけない。


 頭を振って立ち上がり、屋敷裏に向かう。

 荒い置石の敷かれた洗濯場があり、据え置かれた魔道具からは水が出る。水は側溝から大きな用水路に流れ、王都では一般的な仕組みだ。

 アスラのいた農場とは違って、王都には井戸も見当たらない。

 血のついた服を脱ぎ散らかして雑に洗うと、下着一枚の体を流した。


 部屋に戻って着替えるとベッドに横になる。

 ぎゅっと目を閉じ、歯を噛みしめた。

 ガブリエルに対する怒りか、あるいは冒険者という仕事への恐怖か、アスラ本人にもわからない。


誤字報告ありがとうございます。

たくさんあると思いますが、報せてもらえれば修正していきます。

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