『追憶し、魘される』
⑤ 高慢ちきのベンチヒッター
アキバ系、という言葉があったかどうかなかったか(どうだったかしら?)は定かではないが、所謂オタク系の青年に関しては畏怖を抱いて、肥えに肥えて、風呂にも入らず、髪も伸ばし放題で、寝癖の儘にしていて、分厚い眼鏡というソードを研いでいても、勉強のできない、偏差値が低い奴は、高校にも山ほどいたので、見てくれの乱暴さに怯えず、僕は防禦を固めたのであった。
形から入る僕は、恰も自分が大学卒で、社会情況の偵察の為に、CIAから送り込まれたスパイですねん、と圧倒的に知らしめるように腰を落とし、堂々とテスト会場を歩いて、強い気持ちと心構えで、堅固に聳え立つ試験の山を踏み越えていった。
それらテストの内でも、簿記は初めてだったので、受かるか心配だったが、無難にこなし、……何ヶ月か経って、簿記合格も含んだ、大検合格通知が自家に届いたのであった。ぬかりない大検合格に、その時母が褒めてくれたのであったが、狂気乱舞の反抗期の荒々しさで扱いにくいほどに刺々しく両親に刃向かってばかりいた僕は、その母の褒め言葉を素直に受け入れることができなかったのであった。
片親だけであったら未だしも、両親ともに教育熱心だった為に、息苦しく、家庭に居場所のなかった僕は、毎日尻から火を噴くように忙しく駅前に出て、CDストアの試聴コーナーで海外のロックを聴いて、はぐれ者の転化を自身に見い出すように、無限的にあり余った時間を注ぎ込んでいったのであった。それは、人目について、「あらあら。あんなに若い子がこんな昼間から、何故こんなところにいるのだろう?」なぞと、“奇行”と映らぬように、意識的な世間への配慮を嗅ぎ分けた、こころの奇行であった。
――他人の目など、気にしないでいいんじゃないかな。誰がどう思っている、だから僕はこうしなければならない(、、、、)、等とこれ以上思わなくていいんじゃない? ……自分がしたい(例え、それが誰かには理解され難い、我儘であっても)、我を通して生きる方が、よっぽど人間的だと思うよ。他人を立てて、自我を隠すこと、他人を凌駕して、自分を貫くこと、の配分はいやはや難しいけどね。
そうそう、客観性を主軸に据えて、世のなかを監査する連中もいるが、彼らには彼らなりの「使命感」があって、何よりそれを好きでやっているんだよ。
……『智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。』って、『草枕』で夏目漱石も言っているじゃない。まったくその通りだと思う。で、今を生きる君はどんな風に立ちたい?
危機に遭って、自らの非力を知ると、淡い挫折感に押し潰されそうになって、それでも数数え切れないほど勇気に立ち上がろうと試練を重ねた。延長上の半生の粒立った更新であった。時々ダメだった。あの人たちみたいには生きられない。それが立ち返って、何度目かの転落であった。からっぽの筈なのに、無力感の水に満たされゆく孤独の脚の踏ん張りがすでに効かなくなっていた。
躊躇い惑って、もう二度と懸命に生きないと、残忍なことを覚え、落伍者のようなことを思った。逃げれない、逃げ切れない、どこにも行けない、どうして行きたかったのだろう、何故逃げることがふさわしく思えたのだろう、どこに向かえば赦されるのだろう? 甚大な罪の被害が僕を蔽っていた。
至る自己同一視の荒れ果てが、断末魔の叫び声を上げ、君(僕)を痛めつけ、この世で生きることは難しい、簡単に言えばそういうことだけど、考える、やっぱし考えるし、考えることを考える、それらを考える時期に入ったのだと、自身を納得させた。当て布だらけなのにね。けど、擦り剥いた膝に絆創膏をあてがってやれる人であれば、ともう一度立ち上がる契機を掴んだ。
自分の手で自分を赦すことができれば、変われるんだよ、との声が聴こえた。僕はその草の音のような声を信じてみようと思う。叡智に長けた風雲児のように従順に嵐にも立ち向かってゆくのだ。もう僕は子どもじゃないのだ。
もう自分を大切にして、良い頃じゃない?
――当時流行っていたポスト・ロックの趨勢について書いて、追いつづけることで、高校中退した半端者でありながらも、知的な活動をやっている積もりであった。
……あの時、嬉しそうに褒めてくれた母の声に、
「当然じゃない?」と言い除けた。次いで、頭は一流大学卒の父譲り、血統は父の得意な数学ではなく、演繹的解法の似た「疑い」の文学に転移したけどなぁ、と息抜きのように一人思い浮かべて、その場から立ち去ったのであった。
内心は、皆が高校二年の時に、大学入学資格検定に受かった、この時の矜持が、爾後荒ぶる先駆者性に酔い、道の拓けぬ執筆労苦にまで引き繋がってゆくものであった。
自惚れ、自分が可愛く、慢心を窮め、「僕、作家になる!」と創作を続け、挙句の果ては人目に晒すことも許すこともできぬ、死体荒らしのような、創作上のハコに内面イメージを稚拙な文章で上積みし、破裂させ、書くことを書いている時間を書く、今の手法に行き着くまでは、害あって、「実」を掴めぬ、混沌とした穴のなかであった。
書くことが書くことになる迄、道は拓けぬようであった。
衝動的に執筆し、何度も解読しているうちに、無定形を期待するが、無定形の定形となってゆく、今の作業が“客観性の病気”の三島由紀夫に対する返信、「主観性の治療」としているのであった。
高校二年でも高校を終えたと同等の証を貰えるんだ、という言葉にし難い慶びが込み上がっていた。振り返れば、牢屋に思えたあの日盛りの教室も、結局は大人たちの暖かい掌の庇護下で、何気なく素朴な日常という時間の集約する、「世界」のフレームの内がわの、青春というストーリー・ラインの充実可能な、快濶な坊ちゃん暮らしだったのだから、生活の余薫を惜しまずに椅子に机に染み透らせれば、悲劇的に考え過ぎずに、そのままぬるま湯に浸かっていれば良かったのだと、『伊豆の踊子』の主人公のように自分探しの九州一周旅行に出た後、思ったが、生ぬるい未練と反省を重ねて、連想する記憶であればこそ、悔いは残っていなかった。
人生は数奇で美しく、花のようにあどけなく健気である。振り向けば、疾走。鷹のように、飛翔せよ。
反復を塗り変える時が、この時迎えられるなら、と追懐の実体を掌に掴んだような、想いが上る。死の家で記録を書いていたような雑文が、……。
僕は大学に行きたい侭なんだ。
――「みなさん、僕の言葉を聞いて下さい。ともに文化祭に向けて、一歩一歩準備して行きましょう。明るい笑顔で、争わず、仲良く、元気に用意して行きましょう。文化祭の成功に、きっと大きな果実が成っている、と思います。受験戦争で、教室はいつも殺伐としているけれど、文化祭の準備期間に於いては、その喧騒をかき消し、楽しい雰囲気で塗り変えてしまいましょう。教室を少しでも、居心地の良い場所に。僕はその為に、少しも力を緩めない積もりです。みなさんの勇気ある前進が大きな成果を齎すんです。ともに歩んで行きましょう」
そう教壇の上に立ち、嬉々とした笑顔を浮かべて、みんなに向かって話し掛けた思い出がある。
(フン。何て楽天的な奴なんだ)
そんな風に、安野呂は斜めに口を曲げ、僕に楯突くような態度を見せていたが、どの程度不満を見せれば、僕が怒って刃向かい、反抗し出すか、の情操の限界点が見い出せないようであった。無情に厳しい校則の為に、がんじがらめになっていた僕らの感情のバロメーターは馬鹿になってしまっていた。明るく勉める僕が、文化祭の推進を押し出すたび、安野呂が不満の碇を下ろしたが、軽く小動物を虐める子どものように僕をいたぶって、一過性のスリルに身を溺れさせ、いじめ→退学の烙印を押されることが確認要項の我が高校で、そのまま一線を越えてしまえば、自身の身が危うくなるのである。第一、何故不満を表すかというと、それも幼稚な軽度のストレス発散の嗜虐だから、最後まで僕に安野呂に虐められている、という意識がなかったことが導くように、彼の方でも一線を越えぬ精神的な苦痛を与える為にだけ、僕に楯突いていたみたいだった。
(フン。何て楽天的な奴なんだ)
僕が優等生のマスクを嵌め、安野呂の調子を乱していたのと等しく、安野呂の方でもまた、憤慨を覚えさせるふてぶてしい態度を取ることで、僕の調子を乱していた。しかし、安野呂の、そのふてぶてしい態度も、只の強者のマスクに過ぎなくて、本心はというと、僕もそうであったように、もっと心の別のところにあったのかもしれない。
振り返るのは安野呂の為だけでなく、あの最後の奮起だった、文化祭実行委員であったくせに、結局そのまま投げ出し、退学してゆく、時があの時で止まっていたからであった。
悔いはないが、追憶の思い出の情景を乗り越えたいのであった。
一風変わったひねくれた角度からズーム・アップすれば、あれほど苦い傷心の発狂しかけの内から割れた記憶も、また別のフレームで切り取られてゆく筈である。
当時入学したかった公立高校を、両親の希望と願望によってばらばらに粉砕され、追憶するたび、“絶望”の地獄のような瘴気しか上らない、幽閉されたみたいな、苦い高校時代の記憶の情景を、である。
そう言えば、……。
――「出身は、東孝学園理数科です。難しい高校でしたね」
十年後、アルバイトをしていたコンビニエンス・ストアーで出会った、若さからの新鮮味でハキハキし、ぬいぐるみっぽく小さな躰で可愛らしく、漫画で風が落葉を舞い上げる時に描く半円の線のようにふわっとしたパーマのショート・カットの二十歳の平綾は、大切なのに、手持ち無沙汰で、面倒を見ることはできず、仕方なく置き去りにしていた、中断したままの高校時代の記憶に新たな性格付けをしてくれた、現在の時点の唯一人の存在であった。
二十歳の大人には、初心な幼さがまだ残るから、付き合うといっても恋人としてではなく、同僚としての付き合いだが、乱暴な物言いは避けねばならぬし、ひとたび傷つけて、恨まれても心惜しいし、なので、言葉と態度と蛇足的にファッションには節度を持とう、何より、この女を大切にしたい、というような淡い好感も湧いていたので、きちんと接することにした。
レジ横で、谷崎潤一郎の『細雪』の舞台の上演期間について記されてあるチラシがあって、店長が“ほそゆき”と言うので、“ささめゆき”ですよ、と教えていた矢先であった。
「家から持って来たジャスミン茶、この冷蔵庫に入れてもいいんですか?」
と不意に平綾が訊くので、
「入れて大丈夫だよ」
と、その美貌に薄っすら怖気づいて小さな声で答えたが、平綾は返事もなく、メモ帳にその旨を書いてゆく。
あら、そんなことが重要事項だったかしら……? と憶え、その場では彼女の利発さを感じ、好奇が湧いた。
その日の仕事を終え、真っ直ぐに長くつづくバス停までの道を歩いていると、その時は表情に現れなかった、平綾の安堵か嬉しさか、+の感情を感じて、もしかすると胸内では喜んでいたのかもしれないな、と妄想し、ほくそ笑んだ。
良し、嫌な奴じゃないな、そう直覚し、幸先の良い交流の息吹に胸が高鳴った。
だけど、そう思うのも、先ずその美貌に無暗に打ちのめされていたので、厳密に言うと好感は三割減で、更に高校の後輩ということだけでなく、平綾に好奇を抱くには別の理由があったのである。
――「出身は、東孝学園理数科です。難しい高校でしたね」
“絶望”の芳香しか、追憶できぬ、胸内をうなぎのようにぬるぬると駆け巡る、侘びしきその思い出に、一瞬で立ち返ると、空間的に繋がってゆく高校の情景の、真昼の校舎や教室の雰囲気、狭い棚の周り、一度しか行かなかった購買の宮廷じみた建物の密閉感などを想起し、思わず平綾に、「大学に行ってるの?」と尋ねると、「福祉の大学に行ってる」と話したので、後輩の息苦しさにすでに悩ましかった意識が、瞬時に“乗り越えた者”と“乗り越えられなかった者”を比較し、指の先から気恥ずかしさが立ち昇った。
(あの日々、僕は限界だったんだ、とも、心理的な居場所がなく感じて、とも、窓際の座席から、窓の外ばかりを見つめていたよ、とも、テストで高得点を取って、両親に先生に褒められる、それだけでしか生まれないコミュニケーションに不満があった、とも、この澄んだ瑠璃色の一対の瞳の少女に、話が暗くなるから言えないし)
「きつい高校だったね」とのみ口にすると、「ホントですよ!」と言ってくれたので、自然に優しい気持ちに落ち着いた。
「ダンス部があって、大きな発表があったんですよ!」
だとか、
「私の学年に東大に入った男子がいて、その子の名前がコナン君って言うんですよ!」
だとか、教えてくれるので、焦って、『名探偵コナン』の主要キャラクターの名前を思い浮かべ、遡行し、回想し、藁にも縋るような思いで考えたが、“新一君”も“蘭ちゃん”もいないし、いる訳ないし、後のキャラクターの名前も分からなかったので、彼女を笑わせられない、勇猛な焦りの朽ち残る残傷感の裡に、女々しい思いが交錯し、斜光のように角度をつけて貫かれるまま、頭がいっぱいになってしまった。
「コナン君って、珍しい名前だね」
「珍しい名前で元々有名で、まさかの東大に入っちゃったから、校内でもっと有名になっちゃったんですよ!」
まるで我が身のことのようにはしゃいで話すので、目がおっ開く。
頭では櫻井君と玉ちゃんの行った慶應大学のことが疚しく駆け巡っていて、慶應の偏差値と平綾の“福祉の大学”の偏差値を比べてしまう、惨い性が目覚めたが、それより寧ろ、至純なところでは、あの牢獄めいた高校を乗り越えた西洋のジャンヌ・ダルクじみた軍神のイメージが平綾に上塗りされていって、思いを見抜くと、それは憧れと似ていた。
「え、新島八重と久石譲って夫婦だったんですか? 何歳差ですか?」
「いやいや、新島八重は歴史上の人物で、八重の旦那さんが新島襄だから、似つかわしいってこと」
何の話をしていただろう?
⑥ 浜市精神保健福祉課
その後僕は精神保養施設に通所して行って、それは精神苦の治癒、保養のタメ、期間は二年間ほど通っていたのだったが、それは平綾と会ってから一年ほど後のことだった。あの頃未だまさかそのような末路を辿ると自身も憶えていなかったし、それは現世との別れのようにも思われた。金輪際戻って来れないような場所へと移送、移行されてゆく不安の増す状況下で、周りのスタッフの人たちの幅広い補佐がなければ、それはボロボロと崩れていただろう。
あの頃、コンビニエンスストアーの店内で、平綾と話していた。
「ドリンクは持参しても良いんですよね?」
「ああ良いって店長が言っていたよ。平さん同じ高校だと想わなかったよ」
「ああ、高校辞めちゃったんですよね。あそこ勉強進むスピード速いですからね。気持ち判りますし、大変さも判ります」
「うん。だから、平さんのこと後輩のように想って贔屓目に見ちゃうよ。よろしくね。今はどうしてるの?」
「福祉の大学に通ってます。あれ言いませんでしたっけ?」
煎餅をポリポリと齧り、選択肢を増やして平綾は話していた。コーヒー牛乳を零して、床面を拭き、用いたダスターを洗剤を付けて、洗っていた。パイナップルのような芳香が平綾からして艶のあるロングヘア―に僕はしがみ付きたかった。平綾は平山杉のように立ち尽くし、凛として存在していた。「古都」の苗子のようだった。
焦茶色にきれいに染上げた髪束を後ろで結んで、誇りたかく咲き溢れる花のように平綾は微笑んだ。若い肉体に溜め込まれた爛々としたフレーバーに僕は参ってしまった。そのパフュームは特別で、鼻腔の奥入り込み意識にしっとりとこびり付いた。恋愛のお惚気に惑乱されていくようだった。「可愛いな」、……「見惚れちゃうな」、……「緊張して二度見できない」、……。普段から堅物で、男気を溢れ出させ、こどくな矜持を保って来た自分自身が愉悦して、遂にその言葉を吐いてしまった。平綾は向日葵のように微笑んでいる、……。誘って、拙宅にてお茶でもご馳走しようかと想ったが、ふみ込めず、そんなことはできない。そしていま一度「可愛いな」、……とつぶやくと、ひょいひょいとそれらの言葉は口から出続けるのであった。笑いを拵えて軽口を叩いて、「可愛いな、可愛いな。平さんモテるでしょう? 高校でもずいぶん苦労したんじゃないの。嗾ける男たちを拒むのに。彼氏も大変だったねえ!」
平綾は鳳仙花のように微笑んでいた、……。
デイケアに思い出が沢山あり、人に“頼る”ことで日々暮らしを経てて来た。「依頼心」とも言おうか、それまで「依存」だからと避けて来た物事も、どんどん甘い汁を吸って、甘やかされ、保護され、きびしさから遠ざかり、ストイックさがなくなり、たいだになった。
だらくとも云える。
「もう疲れちゃったんだよな」。そう言葉にすると、疲労感がたれ流しになり、消耗し続けている行動も当てずっぽうになる。「面倒臭い」「やる気ない」「口臭い」「口かい」「許す」「突っ掛かって来ると良いよ」「ポッケー」「怠くして過ごそう」。
接触しただけで、平綾とは付き合ったことがなかったのだが、倦怠期はもう直ぐそこに来ているようで、もうそうがふくらむ。夏の憂鬱、月曜日の憂鬱であった。病でどうにも人一人の力で立っていられない。もう自分はこんなによわいのかと、ふにゃふにゃし始め、自信を失くす。精神安定剤が入っている。自分で自分を攻めてしまう声が聞こえる。外部世界に伝えようとすると怒りっぽくなり、プンプンしている。プンプンしているのは余り良くない。プリプリしているくらいが可愛いのだが、プンプンしている。
脳が溶け、かよわくなり、ぜい肉を掴み、三段腹を溜め息とともに哀愁を持って肯う。独身者の哀しい生態であった。ゼリーのように流れていく意識の流れは、存在しているみたいな存在みたいな存在になり下がり、これまで心がよわいから、恋多き男だったのか、と勘ぐる。
よわいゼリーもどきのような物になり下がり、心がさまざまな女性性に沁みて行ってしまい、防戦一方でオカマ様のことばを使い始め、使い慣れて来ると、男女のような気持にもなる。ゼリーのような心が情を女性に通わせていたのかと、憂うつになる。モテる、という状態に居るのがふつうだった10代、顔はそんなに良くないのだが、さまざまなことに挑戦し続け、成績も優秀だった為、よくモテた。
愉悦して、いつでも彼女くらいできる! という気持で生きて来たのだけど、精神苦、失調が始まってから、それはもう雫のような幻想に消えた。一人で立っていられないのだ。
精神保健福祉士と会うたび、こう思っていた。どうしてそんなに心が強いんですか、と。平綾も、精神保健福祉士になったのか、いろいろな科があるからどうか知れないけど、精神保健福祉士はつよい頼れる人だった。青々と繁る木のような。ともに同じ部屋に居るだけで、安心できる。泣きたくなる。万事OK。あせらず、ゆっくり、生きれば良いよ。僕は存在が危うい、存在感の病気だったから、いつも自分が認めて貰えるか不安だった。此処に居ても良いんですか、と詰問している。良いんだよ、安心して此処に居な。直截言われた訳ではないけど、ノホホンとした場所作りが精神保健福祉士の方々によって作られていて、存在に肯定的だった。僕は許された気がした。精神保健福祉士の新川さんとナツメヤシの植わったアフリカの大地まで行きたいなあ。
坂下さんという美しい女性スタッフは普段からお惚けしていて、的はずれな話をする。日常が面白可笑しくて溜まらないといった様子だ。その坂下さんの幸せそうな様子を見ていて、僕はボンヤリとする。その間の抜け方が精神苦でガラス窓に張り詰めた水の結晶のような疲れた気持の僕にとって、想定外の気休め、骨休めになった。
気晴らしはロビー外のベンチ前での煙草、…青いベンチ、…風、…もくもく、ぷかぷか。暗く鬱屈していた気持が徐々に減退した侮蔑の情にパッケージされ、かたまっていく。
坂下さんとは深大寺に行った。国産石挽き蕎麦粉の蕎麦を食べ、プラス200円増しで大盛りにして貰った男子たちを「よく食べるねぇ」と朗らかに笑い、明るい光が差したかのよう。「湧水で洗ってあるとかいう触れ込みありましたけど、坂下さんここの蕎麦相当に美味しいですね」、と水森所長。「深大寺は蕎麦がゆうめいですもんね。男子がモリモリと食べているんで、見ていて元気になりますよ」と坂下さんはくすくすと笑い出す。「坂下さん、次何所へ行くんですか?」と村川君。「深大寺に来たからには植物園よ。これを見ないばっかりには帰れないわよ」。温室の中の熱帯に棲息している植物群を、注がれた水の音を聞きながら、見ていく。スロープを上がり、階段を上がり、トンネルを抜け、アーチを抜け、さまざまなシチュエーションに設計装飾され、バリエーションのあるショウ・アップを見て行く。ボトム・ダウンされたかのよう、低い敷地に咲いている葉々や花々、注がれた水の滴り、流れ行く水の捌けがある。暗い低部の角に手回しの蛇口があり、そこで調節しているみたいだ。吉行淳之介に「砂の上の植物群」と云う小説体があったが、あれはもっと込み入っていて、大変な神経の気遣い、細やかさだった。外に出て、薔薇の花園を見た。僕は薔薇に興味が湧かず、あっという間に見流してしまった。
初老の男性スタッフ、センター所長の水森さんが「何だよ、次々行っちゃうんだなあ。せっかく来たんだから、もっとゆっくり見ようよ」と言い、「えーでもー」、「歳取るとさ、花が良いんだよ。華々しく咲いていてさ、綺麗で、花心が付いて来るから見られるようになるんだよ」、「えーでも僕若いしー」「何言ってんだ、もうオッサンの仲間入りじゃないか」「いえいえ、僕はスターですから」「あ、もう病状そこまで進行しちゃってる」「病状のことは笑いにしないでください」「ああ、わるかった。わるかった。とにかくさ、もっとゆっくり薔薇を見ようよ。この薔薇なんて綺麗だよう。ほらドイツ産だって、ジークフリートだって。日本にはないんだよ?」
「水森さん僕知ってるんですけど、こういった外来種は日本のこの何十年間の時期に迷惑気味に植えられてしまって、開花時期が短く、根を下ろさないで散っちゃうんです。まあ、NHKで言ってたんですけどね」
「そうなの? それ知ってるなら、もっと見ようよ」
「駄々っ子じゃないんだから」
仕方なく、水森さんの薔薇鑑賞に付き合って上げ、三十分、四十分掛け、夕暮まで植物園の全貌を見た。
初老の男性スタッフの水森さんが制しても、メンバーの殆んどが若者で、花に余り興味がないのか、さくさく進んでしまった。「水森さん、それより一服しましょうよ」。温室の植物園はなかなか見所があったのだけど、花園の方は、薔薇を見ていても、ちがいが分からない。歳を取ったら、あんな風になるのかな? にこにこして薔薇の花を見ている水森さんを見て、僕は思ったのだけど、植物園から帰って両親に聞いたら、花は好きになるよ、と伝えられた。僕も花を好きになる日が来るのか。
「これまで何やってたんだ? 音楽誌に居たんだっけか」
「はい」
「例えば?」
「GLAYとか」
「GLAY? レディオヘッドのまちがいだろう。因みに、レにアクセントだから、ディオヘッド」
「ZARDとか」
「ZARD?」
「水森さんZARD、WANDZS、FIERD OF VIEWって言ったら、B‐ING系ミュージックのはしりですよ」
僕がそう言うと、水森さんは哄笑し、はにかんだ。しんけんな表情で語る。
「どうしてこんな世界になっちゃったのかなあ。三ノ宮君ごめんね、俺たち大人がだらしないせいで、きみたち若者に苦労を掛けて。傷付けたり。震災の時も話しただろう、あの頃から俺の思いは変わらない、大人たちがこんな世界にしてしまったんだ。壊してしまったんだなあ。頑張れば家族を養える、マイホームを持てるっていう時代だったから、ずっと前だけ向いて歩いて来た。振り返れば良かったなぁ。若者を犠牲にして。だけど、きみたちも生きていかないとならないから、最低限のことはこなせるようになって置かないとならないよ。他のスタッフから聞きました、ラーメンや蕎麦やうどんを茹でられるようになったんだって? 良かった。それも仕事だよ。生きてく為の仕事。料理、食事はデイケアのプログラムの中にもあるから、習得できて良かったよ。後は洗濯を覚えたいって言っていたよね。簡単だよ。洗剤入れて、ボタンを押すだけ。書いてある通りにやれば良い。出来るよ、きみならきっと」
二十代の松笹さんは可愛い元気いっぱいの明るい女の子で。女子力が高く、観察がするどく、元気モリモリで、こっちまで気分が明るくなる。テイラー・スウィフトを髣髴とさせる衣服、明るさで心が晴れ渡る。萼のように香気が薫る。丹羽さんも元気溢れる明るい女性。ピアノをすらすらと弾き、海を渡る帆船を彷彿とさせる指使い。僕は中学時代やっていた合唱の延長戦を丹羽さんに教えられた。とにかく明るく元気良く。みんなに自分の聞かせたい音楽を掛けていい時間があり、「僕これ歌いたいんだけど」と或る合唱曲を掛けたのだけど、歌いたがったけど、それは叶わなかった。丹羽さんの声帯は大きく発声してもかなり強く、澄み渡る。僕はハスキーな声なので、いつも喉の心配をしていた。訴え掛ける歌唱法について学べたように思う。訓練された。何度か施設内で発表があり、僕らメンバーは和気藹々と楽しく歌った。声楽と呼べるような代物じゃないけど、三、四回くらい発表会をし、楽しく唄った。
下降期、モテると思い、信じ生きて来た数年間がまったく彩りのない体たらくな無色な人生に落ち込んでいた。反撥しても、反抗しても、もうダメだ、這い上がれない、失望だ。…“ダメ男”とはよく言われたもので、差して洞察の働かない、先の見えないうだつの上がらない小説を書いていくことが、数少ない労い、慰めの一つであり、外見もずいぶん老化し、疲弊し、輝きのない物になり、中年になろうとしていた。普通である。右にも左にも振れず、劣化し続ける普通である。自己評価も低くなり、薄毛に悩む。薄毛の「不毛地帯」はこのまま禿げ広がり、恥ずかしげもなくクレーターのような跡となるだろうか。東京砂漠である。それはそれで気に入っている。良い塩梅の老い方だと思うと落ち着いて来る。若年期神秘的なほどに輝いていた何所となくミステリアスな痩せ型の、スリムな風貌が崩れ落ち、肉付きが良くなり、プラスの力が減少して行く。見事にオジサンになった。テレビの前の自分はイケメン風情で居るけれど、心だけが綺麗で、鏡の前に立つと、年々そのショックが大きくなって来る。土台無理な話だ、敗亡しよう。
気障な奴だと言われ、葱を歯に詰まらせ、口臭を隠していた頃のモテ期は何所へ行ったのか。モテたような気持がする。気持が悪い。それも欠けた思い出となった。自尊心は年月が経つたびに大きくなり、手懐けるのが大変になって来る。過剰な自意識がじゃまで、涙を流した。がんばる、…人間の証明部が上手く行けば。参っていた。
夏の荒れ放題の日差しは直下的に暑く、酷暑の趣きがあり、地の熱はなかなか下がらなかった。蒸し風呂の中に居るような、生存の耐乏戦、勝敗の分かれぬ、分かれないで欲しい忍従戦の雰囲気が高まっていた。高鳴っていた。僕は歌を諳んじて、ゲームに興じていた。戦線に立っている訳でもないのに、緊張感のあるスポーツで。僕はびんぼうで貧苦を暮らしていた。実家も公団の安団地群の一帯にあり、夏草がぼうぼうだった。今でもあの頃住んでいた地区を思い出すとなつかしいが、帰りたいとは思わない。人生で一番くるしかった時期で、貧しさから抜け出せる気配もなかった。生活が困窮して、せいしんも弱っていたので、多摩精神保健福祉センターに通所していたのであった。茹だる季節風は多摩精神保健福祉センターの体育館に吹き込み、通気口を開けても、茹だっていた。風は真横に流れ、僕たちをぐらぐらさせた。体育館自体が連れ去られていくように感ぜられる酷暑の風だった。真っ向から向かって来る怒り出す風のようにも感ぜられた。次第に風雨になった。
心細い態度で僕たちはバドミントンをしたり卓球をしたりフットサルをしたりして、せいしんを慰めていた。「慰労」が僕たちには必要だった。からだを動かすことが、ハートウォーミングなスポーツが「慰労」に必要なのである。せいしんの必要十分な保養、潤沢な保養が必須だった。
ままごとをするように、僕らは共感性を交えたことばを煮詰め、自身たちをなぐさめた。必要以上のことは課されない精神保健福祉センターのモラル、雰囲気があった。僕たちはそこに落ち着いていた。学生期の穴ぼこに落っこちてしまったような懼れが倍増し、恐怖質でこころが凝り固まっていた。湿潤なせいしんの保護が必要であって、それは穴ぼこに落っこちてしまうことで得られる物ではなかったが、むりにむりをかさねて落っこちた穴ぼこからの出発で辿り着いた道にたまたま多摩精神保健福祉センターがあったのだから、ソコで精神保養して行くほかなかった。僕たちはイカれていた。なぜこんなことになったかは精神苦を抱える当人たちには判らず、りかいの範疇を越えていた。超越した者たちが獲られる状態の誇大意識の感慨があり、妄想の中で生きているとしても、それはそれで世界との繋がりだった。
まるでジム・ジャームッシュの卒業制作の「パーマネント・バケーション」に登場する若者たちの群像のように、僕たちはイカれていた。不遇な者たちがこわれてしまいながらも何とか生きていく術を手に出来るよう、僕は小説の手法を取って、みんなを励ましたかった。それはそれで世界との繋がりで、こわれてしまったせいしんを持つ若者たちの護衛だった。そして僕たちはヒッピーではなかったが、そのように廃れていた、堕落していた。それが生きて行く為に、必要なことであるかのように、全身から力が抜け、気力が無くなり、興味が失くなり、好奇心が廃れていた。そんな時に思い出されるモットーが施設の、「焦らず、ゆっくり」という訓戒だった。僕らはせいしんが急がされ、自身で自身を責め、自信だけが増大し頭でっかちになり、インターネットにヤられ、ハイスピードで老いていた。「焦らず、ゆっくり」、それが僕らのモットーだった。モットーはみなに共有されていた。病み耄けて、疲れ果てていた。そんな僕ははぐれ者、アウトローだった。
慶應義塾大学に入学した友人の櫻田と玉田は僕のことをどう想っていただろうか? たった半年しか通っていない理数科の高等学校で、親友にも近しい関係を築けていたのだから、それは仰天だ。貶す、さげすみの心でも持っていたかな、……などと考えて、あいつらの寛大さ寛容さを思い出し、即座に考えを捨て去った。妄念となり掛かった思考は固着することなく、煙のように柔らかに消えていく。感謝である。
六大学に通い、どんどん先へ先へとエリートコースを邁進して行く理数科の高等学校の友人たちを背景に、僕は映画の専門学校に通っていたと云うのだから、少し学歴がひらけていた、と直覚する所はあった。栄光のエリートコース、痣一つない人生、……あんなに学習量の沢山の高等学校で三年間もぶっ通しで勉強し続け、慶応義塾大学に入って仕舞うと云うのだから、腰を抜かす。櫻田の方は図書室の自習室に篭り、レイディオヘッドの「KIDA」を聞いていた、と後々に僕に語った。慶応義塾大学に通ったからと言って華々しい目立つ道を歩んでいた訳ではなかったのかなあ、などと直感した。櫻田の方とはそれまでにも何度か会っていて、「KIDA」の所感については事細かく把握させて貰った。僕にとっては「OKコンピューター」こそ、最高傑作で、それがkenzaburo oeのイニシャルK・Oと慶應の英語読み、K・Oとなっていたのだから、村上春樹が「KIDA」について書かなければ、文学をやるのはもっと後で良いと思っていたと以前書いたが、誘導の一端ではあっただろう。居場所を失くしたティーンエイジャーたちが当時は沢山レイディオヘッドを聞いていた。ここ何年かでコールド・プレイに追い抜かれた観はあるが、未だにレイディオヘッドは僕の金字塔なのだった。
あの頃僕も通学し続けていたら、どうなっていたか判らない。橋を渡して男子棟と女子棟とが別れていた校舎。何人かの女子のベールを憶えている。慶應早稲田は無理としても、留年でもして、一年間勉強し続けたら、法政明治青山学院大学くらいには行けたんじゃないかな。中学の塾でICUに通う道を模索したが(クリスチャン・ホームという出自も手伝って)、英語力が足りず、断念した。そんなことも思い出しつつ、ふり返れば、だいぶ人生、学生期を大回りしていたように想う。怒気にまかせて大声で叫び出したいような、恫喝でもしたいような気分が呼び起こされて来る、……。13、4年間の闘病生活さえなければ、二十代前半に一度だけ受けた大学センター試験で、英語だけが得点が良く、それでも青山学院大学には入れたみたいだったから、高等学校に半年しか通っていない知力、学力と言えど、ばかにはできない。只その時はもう消耗していて、いつもの、ダウナー人間、冴えない状態の自身だった。社会に世の中にふり回されて、渦を巻く海流のように流されるまま漂い、疲れきって。
好きな映画の女優が高層ホテルの優雅なバーで、ウォッカ・トニックをバーテンダーに頼むシーンがある。だから僕はウォッカ・トニックを愛飲する。アルコールに酔う前に、その映画内の女優に酔っている訳だが、この時はその上、平綾に酔っているのだから、あからさまに表面化してしまえば、その場にいる周りとの兼ね合いもあるし、立場が立たなくなる。
平綾の驚嘆とか、訝しさとか、肯定とか、細くないけど、ピチャッとしたTシャツの上に袖を通したキャミソール、臍のところに細く巻かれたリボンがついていて、色も若い女子が柔順なピンク色で、袖下の裾野に広がる血色の良い赤らんだ腕、ウェルネスに澄み切ったマスコット・キャラクターっぽい見かけ、がひとたび微笑し、 上擦り加減のくるくるした哄笑が響くと、幸せな気分に染まる。
近づきたい、触れてみたい、ボディ・タッチしてみたい、抱き締めたい、百歩譲って握手でも手相を見るでも構わない、そんな思いが胸中を乱れ巡るが、表に出せば、痴漢と何ら変わらないので、胸に秘め、せめて同じ時だけは共感し、共有し、享受していようと、慎ましやかな平綾の従者となる。ああ、このまま二人で心中したいナ、……などと夢想を重ねていた。
この平には不思議があって、スキゾフレニアの症状が、“平”と言うと停止した、という確かな記憶が染みついている。
僕はスキゾフレニアの悪症状の辛さから抜け出す為に、生きてゆく為に、“平”と魔法のように、言葉を繰り返し念じ続けた。
それは平綾と出会う、半年以上前のことであった。
だから平綾に運命のようなものを勝手次第に覚えたが、それは彼女にとっては迷惑至極な話であろう。
そして、そんな話を平綾にすれば、きっと彼女は怖がってしまうだろう。
僕も何故だか、分かっていない。
そして、そのような運命めいた明示も、平綾の美貌がなかったら、信じることはなかったことである。
この恋は何の手立ても打てずに、胸に秘した。手つかずの、奥ゆかしい恋の記憶の一片である。
美しさは時々偶然を必然に変える、そんな明示を覚えるのであった。
『ドラゴンボール』で云うところの、「精神と時の部屋」に入り、しっちゃかめっちゃかな頭脳の文章力のレベル・アップ、パワー・アップを図らっていたところもあった。只、なぜ僕がここに手招きされたのか、誘われたのか、の原因、遠因もよく分からない。未だ頭脳が支離滅裂で、この意識の惑乱はもう治らないような気もする。執筆時の頭脳の混雑、散文化はブンガクに優位なようにも想えるけど、有利な反面、不穏感、不安感は倍増されて行く。此のエゴイズムは、一体、……。あの日僕が何を見て何を感じとり、何を怖がり、何に抵抗しようとしていたのか。睡眠薬の効き目も薄れながら、稼働・回転し続ける頭脳に怒りを憶えた。
あの日“考えても無駄”、と云われる事がイチバンいやだった。誇れる「学」こそないが、頭脳だけ、誇らしく想えて来たような所もあったので、あたまの苦悩が夢想し、前時代人のようなエゴイズムの苦悩に酔っていたのかも知れなかった。煩悩の酔狂が混乱し続ける意識を前後し、掻き毟っていった。「考え続ける事を美化しがちなエゴイズムの酔いを諦めようとしなかったんですね」。そんなような納得があれば。
気弱な論考が引き続く事、それ自体が執筆の愉しみでさえあるようで、それは自分自身のブンガクの逍遥のようであった。
『ドラゴンボール』では、「精神と時の部屋」から出れば、当世の敵と戦う、と看做されるのが、行いだが、それはもう、《治療中》を旗標に降ろうと想う。
そこには只敗北者の戦いが。
故に、ここにその来歴を書き記したことで、僕の一義的な“書くこと”の本意衝動は終わったことになるのである。自身の実力を見誤りながら、ジークムント・フロイトのように、精神分析的記述を書き記すこと、それこそ、僕が先暗い、執筆行為の当初の、意識の片隅に隠し秘めていた企図であった。
逡巡を経て、迷走を重ね、紆余曲折を繰り返し、混迷し、漸く出た光の道である。僕は現実に帰って来た。
だからこれから先、書くことは、元の筆力も伴わない、ひ弱な僕の妄信的な夢想に過ぎないから、読むのが億劫に感ぜられるかもしれない。
だが、できるだけ、工夫を凝らし、興味深く思って貰えるように、細密で理智的な文章で書いてゆくので、もしあなたが読み進んで呉れるなら、幸いである。それは、連想的な恋の記憶であって、処女のいた時期のことを書こうと思うのである。三島由紀夫が川端康成の作品の解説に、“処女”の観察を取ったことは心惹かれる。
そして、冒頭に記したように、処女について、思索を凝らしてゆくこと(懐疑的に)、それこそ、この作品の揺るぎないテーマであるので、それを書かずして、この作品を綴じることは叶わない。
主観的なものであるにちがいないが。
『記憶喪失者の追憶』というタイトルが望ましいかもしれぬ。
もとい、『聯想譚』にしよう。
雨の、異状な僕の異時の記憶を消却する為に、敢えて僕はそれを思い起こしていたのだ。
記憶の忘却ではなく、「忘却の記憶」なら、“傷心”から脱せる気がして。……
⑦ YASUNARI KAWABATAの妖夢
少女の澪が、妹、独楽子と、歿した父の花葬に向かった際、実直に死者の花葬、という瓶に曼珠沙華を活けるような風情の、世界のさい果ての河辺で、とぼとぼと二人が、晴天の正午過ぎの地熱の火照りに息切らせながら、太陽に近い、河上に向かって登ってゆく。金色の高茅を踏み倒して。
河上は、敷かれた大小無数の石の絨毯になっていて、靴先を進めるたび、ごとごとと石ごとがぶつかって鳴る、乾いた雑音が耳たぶを駆け上がって、響く。
高茅を踏み締めれば、反撥もなく靴裏でへたるけど、自然生命を虐げている、という感覚は上らない。
姉妹は父の死の現実の悲しみに慟哭し、慰めの手も添えられずに、鮮やかな夢のある未来の展望も悲しみの石場の前には描けないので、頭を落とし、瞼いっぱいに涙を溜め、流離う侭に、河上へ登ってゆく。
太陽は暑い。晃々と光かがやいていた。
産毛の生えた毛穴という毛穴から汗をびっしり掻いて、陽射しに瞬かせる。纏った喪服の下の躰の表面が、溢れんばかりに濡れていて、兎に角暑く、息だって止まってしまいそう。その熱は曇りなく喪服にも確かに伝わって、じとじとするが、汗が喪服全部に染みていって、全体的に濡れてしまえば、後は外気との関係で冷えるだろう。父の死の悲しみに参っているというのに、汗は、生きていることの強かな証のように吹き出してゆく。またそれを澪は疑問に思う。
この汗の噴出のように、父も生きている貴い証を示さないだろうか?
ここに来る前に見た、美しい木目の棺のなかの褪色的な膚の父の顔貌を思い起こし、不安な安堵を澪は感じたのであった。その思いは処理不可能な不可解さによって、的に打たれたピンのように、動かなくなった。
死によって時間が止まった父に向かって、私は、生きていて経過する時を前進し、立ち会うが、結局は対峙する止まった時間を進められはしない、時間の、硬い静止のしこりに向き合って、怒りとも悲しみとも困惑とも弁別できない思いが蟠る。
生前の父との思い出に返ると、何も喜びばかりが連動した記憶でもないのに、暴力だって揮われた記憶だってあるのに、美化に意識を赴ける訳なんて皆無なのに、不思議なものだ。
ひと時に一箇所に漏電したみたいな感情のしこりが、興亡し、盛衰していて、高く揺り起こっては衰えてゆく。その、感情の老化のような生やかな衰微に、意識を傾けると、官能であった。それは、昔の本の甘美な観察の影響だろう、と澪は頑なに考えた。澪の頭に、そんな感情経過があったが、悪びれる様子もなく、生前の父の衰弱を見て、父の死を予言した友人の邪悪なはにかみが浮かんで、嫌悪感とともに、追憶を遮断した。
独楽、独楽はどうしているだろう?
姉、澪の悲しみに比べれば、いくぶん独楽子は落ち着いて、頑強な理性を保って、戒めるような冷静さで穏やかな起伏の姉の背の後方を、随行していた。数量的に、澪に比べれば、死んだ父との思い出も少なく、懐古する光景もほつれかかっている。父に酒を注いだ記憶もなければ、御弾きをした記憶もなく、頭を撫でられた記憶もない。父が娘、あたしらのことで、一体何を我が身のことのように歓んだであろう。
父には暴力を揮われたこと、髪を切られたことと、怒鳴りつけられた記憶しか憶えていない。
普段寡黙な父はアルコールが入ると、急に饒舌になって、母やあたしらに社会のきびしさについてなど、頭に血を上らせながら、説教を始める。説法にも近い、その言葉群は怪しく、朧で、真実味に欠しく、聞いていると、話し手の父が不憫に思えて来る。小さな肩で、何を鷹揚に話すことがあるのだろう。博愛に似た感情の扉が開かれ、仕分けできないいじましい気持ちが湧いて、涙ともムカつきともごっちゃになった気分で心の空白が満たされて、指摘や注意をしたいが、その後の暴力が怖くて、言い出せない。
父は話している裡に、昂奮し、ヒステリックにテンションが高揚し、あーだこーだと怒鳴り散らすのが常であった。言うなれば、それは、叫喚の虐待であった。それなのに、魅力を覚える男子は、不良で、問題児ばかりで、父との関係のしがらみから、壊れた扱い難い男ばかりを求めているのだと、姉もあたしも気づくまでは長くかかった。
不良の、反逆のアンチテーゼが逆光より眩しかった。
真っ直ぐに目を太陽の赤みに向け、日の波の転ぶ(まろぶ)なかを止め処なく歩いてゆく。
焼き焦がすように、漂流する陽の熱気が曲がり曲がって伸長し、他の外的な空気を高温に上せる。丈高い草の穂の頭が青の空の下端に突き出し、友情的に並び、微風に迷っている。此方に向かって倒れ掛かって、寄り、また向こうに向かって倒れ、惑う。
陽の赤さにふと立ち止まって、平常心で河原の方を眺め見ると、流水のせせらぎの川音が響き鳴って来る。霧のなかを邁進し、切り開いてゆくもう一人の自身の姿を想像し、髪留めを直し、再び姉の睦まじい背を追っていった。
感情家の姉、に引き合わせて、自らを客観視すると、あたしは冷静家だな、と独楽子は考えた。
父がガンを宣告されて、これまでの狂的な暴力の反撃の機会と姉が反乱を起こした時、浅黒い膚の痩せさらばえた細身の父が、姉の押す手力に軽々と突き飛ばされて、力なく床にうっ伏した。圧迫感のあるリビングの一隅で起こった惨劇で、その時姉を止めるのでもなく、父を守るのでもなく、母に仲裁を求めるのでもない、無感覚な傍観者としていた妹、独楽子、あたしは、母が恐れ喚いてから、事の重大さに純粋な心流を呼び起こすように驚いて、冷静家の押し固まった感情の氷塊が、禍々しいかたちで転化した悪の分別であったと、氷塊から溶け出してゆく透明な雫のように、冷ややかな情感を持つ自身が、“嫌い”でいっぱいになったけど、只、それをうやむやの侭、やるせない“純粋”の証拠として、無碍に受け流せるほど、独楽子、あたしは美しかった。
今思いを振り絞って、父に簡潔に感謝するなら、あたしを美しく生んでくれて、有難う、と姉の思いの代弁も兼ねて、そう伝えたい。
「パパ、あたしを美しく生んでくれて、有難う。パパと過ごした日々は、過激で、安穏も充実もなくて、心の動きをないがしろにされるような難解で、散々な荒波に揉まれる日々だったけど、多分娘が大きくなるにつれて、異性である女の子を育てることの困難も経験したんだと観じます。独特な扱い辛さを感じ、おろおろとお爺ちゃんが狼狽するみたいに、内向きの殻に閉じ篭る毎日だったと思います。
パパにはパパの子育てのし辛さがあったんだよね。……パパも大変だったんだと思います。でも、あたしの心の内には、あなたと過ごした日々の空白の領域が広大で、今も穴埋めできていません。これまでは、余生を生きるようにして、活きて来たよ。
結局、愛を残してくれなかったんだね。……
客観理解と主観の内情が両立している。アダルト・チルドレンって、世間様では云うみたい。あなたの怒りの怖ろしさのブラインドで感情を失くしたあたしみたいな子どもは正にその典型だと観じます。
親を責めることさえできずに、正統なのに、良心の呵責を感じてしまうほど、自分を優先させて来なかった。酷いね。……そんな子どもを作ったあなたの子育ては、“罪”と呼べるほどの、禍です。幼い子どもに、幼い頃から、大人の役目を負わせた、親の多大な責任。……
分別の付き過ぎる子どもは子どもとしての生き方が欠けて、苦しくなるだけだから、こんな子育てはもうしないで下さい。あたしは子ども時代を生きてみたかった。
パパが死んだのに、こんなこと言うなんて、“子ども”だね。……やっと子どもになれた気がするよ。安らかにお眠り下さい。おやすみなさい」
感謝の言葉として呟き始めた言葉が、苛烈な呪詛の文句で締め括られそうになった時、父に対して抱いた、抱え切ることのできない欠落と空虚の思いの揺らぎが遠雷のように響いていて、重く重なっては何重にもなり、グッと押し潰されそうになったけど、強い、人並みの信念で弾き返した。
本当の父親捜しをあたしは続けるつもりだと、独楽子は思った。
不可思議な物語りをこれまでは続けて来た。アーティストについては、独楽子も知っている。捜索願いを出された父親は、未だ譲り受けていない智慧、叡智を持っているだろう。僕の志向性はそこにあり、それが至上の時のようにも感じていた。別の時に分かれた女の軌跡も踏み分けながら辿って来たり、辿って行ったりする。捜索願いを出された父親は、失踪者であり、何所に居るか分からない。存在しているのだろうか? 独楽子のこころの中で生きているなら、僕はそれは幸せなことだと言いたい。只それを目前の独楽子に言うのが憚られ、傷を付けてしまうんじゃないかと不安になった。失踪した父親の背中など追うべきではない、などと思いながら、傷付けてしまうんじゃないか、と思うことが再三あり、また同じことを思ったら、言おうと思った。失踪癖のある父親、それは独楽子のこころなんじゃないか、拡張した意識が掬う。ぱらぱらと降り続く雨に打たれて。
只独楽子の語る物語りには、傷付いてしまい、それは僕が負った傷でもあるから、ガラス細工のよう、輝いて見えた。生きないとダメ。そう言った独楽子のことばが傷付いた僕をぼうはつさせ、語らせてしまったのかもしれない。僕はそこまで独楽子を追いつめていたのだろうか。生きたことばを語らず、死んだ労働のよう、書き留めたのではなかったか。償却するほかないだろう。良い人過ぎる自分という存在を演じていたあの日の僕は、独楽子のまえで遠慮ばかりしていた。もっとすなおに感情をぶつけていれば。怒り合っていれば。出逢ってしまったから、苦しむ罰を受けた感傷。干渉線。
河下には結婚式の舟がみやびやかに着岸していて、招待客たちの歓呼の声が響いて、天女のような花嫁の安堵を分けて貰おうと、鬩ぎあう腕が隙間なく伸びてゆく。たおやかな花の祭礼がおこなわれていた。
死を花葬、と浅ましく捉えた際、河辺の花畑に咲いている花びらの誄を思うけれど、なよらかな花々の咲乱れと、朽ち逝く儚い命の過程の頽落が、悲哀を枯れさせてゆく。
蕾のなかに封ぜられていれば、栄えはないけど、散ることもない。
伸びやかな成長の時、咲くことに従順な成長、芽立ちから色づいた花弁で囲い、蕊を隠す、陰翳の呼吸。
惑星のように永く、または花のように一年で、映え、消えゆくことのあどけなさ。蕾を開いて、花弁を落とさぬまま、萎れ草臥れてゆく勇ましく尊い花の散り様を見つめれば、僕が見届けてやったぞ、と強い雄心の感動も抱ける。暇乞いに回遊する意識が、我慢強く、纏わりついて、一時代から次の一時代に命の襷を繋ぐような、継承者の気分になる。
花は誘う。
そのような花に看取られる者として倒れていった姉妹の父とは何であろう。そして姉妹を見つめる、この二粒の瞳は何であろう。
河上で虚ろに葬列は続いて、その先頭を姉妹の澪と、独楽子が真っ黒の喪服に身を包み、道を拓いてゆく。だが、河下の結婚もまた澪のものである。
そうした掌握された時間線の圧縮が、二手の曲線的な時間の沈澱を造って、それは一筋の河によって繋属されているのであった。その河の警備を任されるようになったのが僕で、あれは十六の時、悲しみに打ちひしがれた涙を流した澪を見兼ね(実際には抱き締め)、その意識の奥深い河辺に住まうことを決意したのであった。そういう仕事は「徒労」以外の何物でもない、と考えた。河端が漲るような音がけたたましく冴え聞こえ、聴覚を研ぎ澄ました。「受難」であった。
「お姉ちゃんは、今仕合わせよ」
と、独楽子は朴訥と話す。
「知っているよ。只僕はこの河の膨張が、一体どこまで拡張してゆくか、一人むなしく孤独に見極めているだけだ」
と、僕は独楽子の声色に上塗りしてゆくようにして、云う。
「他人の顔に悲しみを見るのが趣味なんじゃなくて?」
「だとしたら、相当良い趣味だな」
「生死の時を寄せ集めて、一体何になると云うの?」
「独楽ちゃんには分からないかもしれないけど、それはそれで役目のあることだよ。間違えているかもしれないし、時々間違えるけど、僕は僕で、相当熱意を持って、根気を入れて、注意し、取り組んでいることなんだ。肥満した拘りを持って」
「お姉ちゃんに恋したのが間違いだった、と射抜く頭はなくて? する人はたくさんいるんだよ。たくさーん、たくさーん、沢山! こう言ってしまってはなんだけど、あなただけが特別じゃない。それ程の人ですもの」
独楽子の“それ程の人”という表現が、人格を指すのだと、直に伝わって解ったことをあらためて意識に上せると、欺瞞に包まれた愛の詞を聴いたように、それは響き、空疎な音を立て、ざわめいたが、それは頭皮を掻く音なのか、聞き分けがつかなかった。
「……だからね、君は自分本位の所有欲、……只それ限りの所有欲で、……お姉ちゃんを愛していた。君はその時が好きだったんだよ。だから今でもじっとその時間から動かずに、その時の侭でいるんだよ。噛み砕くと、簡単な理由だね。誰にも塗り変えられないし、奪えない、淡い恋の瞬間ってあるでしょう?」
年下の女に“君”と云われる不躾さに嫌悪も侮蔑も感じ得ない。寧ろズケズケと腹の底に入って来るような裏表ない親しさが感ぜられる。だが、そんな非礼に対する心嬉しさも、何よりこの年下の女が、澪と同じ美貌を備えていたからであろう。
「確かに、僕は澪を愛していた時、瞬間、時間が好きだったのかもしれないな。澪自体ではなく、澪を愛していた時が好きだったのかもしれない。すべてがあったあの時を、……」
「愛していたんだよ」
「分かった、分かった」
いなすように呟くと、称賛の意と取ったか、急に高揚した女の言の調子は、その背反的「期待」の為に崩れた。
「全部、あたしの言う通りにしていれば、いいからネ!」
「本当かな。なら、僕といっしょになるかい」
と呟くと、妹、独楽子の姿は花の褥のなかに横たわってしまった。『オフィーリア』か! 夏目漱石も作品内に書いている、あの美しい女性の死に様を真似、仮死を模して、死んだ振りをするのである。
川音が誇大になって、鼓膜に鳴って迫る。仮死を表して、独楽子は父の死に向き合う役目を止めた。
「独楽ちゃん、『オフィーリア』の真似はやめなさい」
「死んだ振りが『オフィーリア』になるの? でも『オフィーリア』なら、あたしの悲しみが分かると思う。お姉ちゃんも共感してくれると思う」
「本当に死んでしまうよ」
「死って何、本当って何」
「花嫁を河下へ運ぶ舟だ」
「あの舟はお姉ちゃんの舟よ。言ったでしょう、お姉ちゃんは今仕合わせだって」
「違う。僕の結婚は今正に君が体現したことの絵姿だから」
「母性が恋しいって言いなさい」
「英気を発揮しなくていいよ」
「英気を発揮してる積もりなどないけど、……冷たい人ね」
「歳を取るにつれて、優しさが乾く。多情が沁み入らなくなるほど懸命で、無性に他愛が恋しくなるほど飢えていて」
「ヘンなの。あたしが好きなの?」
そう訊いて、独楽子は物語の女のように花やかな哄笑を洩らすのであった。
「自信ないなら、訊かないでよお」
「自信ないと思う?」
「自信は浮世に出れば、清算されてゆくものだから」
「教鞭垂れないでよ」
独楽子は幻想の女なのだ。
「でも、あたしと結婚する? 骨肉全てを貪るよ」
「ああ、結婚だ」
仮死の花嫁を偽るドレスも、老女の喪服も、義母の甲斐甲斐しい世話も、姉の涙の雫も、ひと繋がりに血液となってゆく。完全無欠な女性との結婚を理想化し、象徴としていたのに、行き着いた結婚はねちっこい未練を残した女の妹とであった。
その結婚に宿る意味が、どれほどのものなのか、まだ僕には分からない。愛憎に撃ち抜かれてゆくのか、それなら弾痕証明を書くだけだ。
「……ねえ、君にパパが生きていた頃の話を自白するよ」
涕泣していた。ああ、と僕は単純に頷いた。暢気なほどで、冷笑が供えられた。質朴な冷笑も、愛の間の酔いの裡には、消え入りそうな実演として、ほころぶ。躰の芯まで汗雫の染み込んだ、過酷な労働者のような地味な服装も、独楽子は受け入れてくれたらしかった。嫌悪の篭った鼻につく空笑いも、一切独楽子は表現しなかった。姉と似ている端麗な卵型の容貌で、寸分の狂いもなく同質なのではないが、胸に染み入る穏やかな声帯から朝霧のようにひっそりと滑り降りて近づく声は、いとしき姉、澪の声を相関させた。
目近にいるのは独楽子なのに、接近して澪と話しているような、澪のくしゃみの仕草を見つめているような、二重に睫毛が合わさって揺動し、塵を押しだすように振るえているのを見ているような、そんな錯視を体感する。
澪のように、独楽子には左眼下の泣きぼくろがないところが、妹、独楽子である、と姉妹の顔貌の僅少な差異であるとして、血を分けた姉妹の美しい関係性を僕に伝えた。
澪の話を聞いているような、独楽子の話を聞いているのか? の混乱ははっきりとはないのだが、頭の真裏では澪の面影の閃光を待機させている事実と認識が浮游していて、目の前の独楽子に対して、失礼だ、と思われた。軽蔑感はなかったが、直近の“失礼”を明職すれば、寧ろ切り傷のように屈辱感が熾って来て、泣きつくように唐突に思い浮かべる女の助け舟の声、そこまで思わなくてもいいよ、の配慮の言葉も、混ざり気ない純潔な、澪の声だったから、更に独楽子には失礼に思え、でも心中の葛藤を独楽子には気取られぬよう、気遣って、気遣い続けていると、もなっと居た堪れない気分が湧き上がって来て、感受を誤魔化す為に、鼻を啜った。
「……あの頃の残忍な記憶は、今も胸の奥に締まってある。嘲りの声が次次に矢のように私に降って来た。結局、これまで誰にも云えなかったんだ。その苦悩と絶え間ない辛抱を心の根っこに据えて、押し秘めて、何とかやり過ごして来た。こうして君に打ち明けられることで、気分が晴れるわ。誰にも云えないけど、君には云える。君には随分不幸な役回りを委任してしまうけどね。……
毎夜、父が午後七時に家に帰って来る、日が暮れた後の、夕餉が怖ろしくて怖ろしくて堪らなかった。もう思い出したくないな。何時も父のご機嫌を窺って、拙く箸を進めていた。父は頭抜けた恐怖の支配で、ぎゅうぎゅうあたしらを締めつけて、何重にも縛り上げていた。恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかった。あたしにも、姉、澪にも高遠なプライドが維持されていて、一線を越えぬよう保たれ、父の狂気と闘っていた。父がいつ、どのような些細なことで、怒り出すか、分からなかったし、怒る理由だって分からなかった。それはいつも理解を超えて、狂気と何倍にも掛け合わされて、等分され、石で殴られるような恐ろしさだったんだ。
今こうして冷静に話しているけど、本心は胸が張り裂けてしまいそうなほど、苦しいんだ。父は、まるで虐待の皇帝のような顔で、目を血走らせ、打つし、怒るし、怒鳴るし、あたしらを外に閉め出すことだってあった。“しつけ”という言葉が怖かった。
どう見ても、父の怒りは異常なのに、一様な“しつけ”という言葉で表されると、それは世間体を得て、正当なように聞こえたし、あたしらの側から世間を奪われるような掠奪感があったし、家庭という、この閉鎖的な空間で、“しつけ”の名の下、行われる惨事の有様は、真夜中の海岸を逃げ歩くような、虚無の“存在消滅”を願わせた。
謝ることができれば、もう少し楽だったと思う。でも、謝ることなんてできないでしょう? あたしにだって、女としての自尊心があって、“どうしてあたしが謝るの? 何の為に許しを乞うの? あたしは犠牲者でなくてもいい筈でしょう!”、そういう心理があったから、一度も謝らなかった。
固持した自尊心は水平を辿って、水面に沈んだ。どこにも引っ掛かることも、過ぎることも、寄り掛かることもない侭、水面に沈んだ」
僕は無為に落ち着き払って、冷静に独楽子の話に相槌を打った。神経過大になって、相槌を打つタイミングを誤っていないか、などと、そういう繊細な神経を疑う意識はなかった。
「そうだったんだ。これからは僕が独楽ちゃんを守る。もう傷つかなくて、いいよ。……」
堰切るような、“内傷”が伝わる。
「あたしもお姉ちゃんも、有りのままの安息を求めていたんだ。約束の場所を求めていた。少なからず、あたしたちは静かな平穏な生活が好きで仕方がなくて」
「求めることが許されなかった?」
「困難だった」
「新しい日々が、訪れるのを待っていた?」
「女には力がないもの」
「イグザクトリー、作り上げるのは元来男の義務だ」
「天の助けを待っていた」
その清廉な告知には、失念の響きがあった。
「平穏な生活って、午後七時に、『ネプ・リーグ』を見るみたいな?」
「そう。牛丼屋で牛丼を買って、持ち帰って、テーブルの上で卵を落として、『ネプ・リーグ』を見るみたいな」
「牛丼!? 独楽ちゃん、牛丼食べるの?」
「くすくす。お姫様扱いしないで。あたしだって、牛丼くらい食べますよ。茶化してるのね! だけど、これは肝心なことなんだけど(そこを独楽子は強調した)、『ネプ・リーグ』のところは、『笑ってコラえて』でもいいの」
「あはは。肝心なことだ!」
「くすくす」
恋慕、……その究明を僕はここで果たしてゆくことを怜悧に企図するのであった。
独楽子への恋慕がなかったら、例え、一抹の幻想の挿話の内でさえ、僕は独楽子と結婚したりなどしなかったであろう。
女によって半生が乱れるようで、また女によって不和の家庭の“痛み”が癒えるようで、
女を愛することで女に狂い、見上げ、崇め、祭り上げて、巫女のように奉ることを倣って、祭儀を行うべく、自身は惰性を窮め、堕落し、主観的な自己顕示欲を振り撒いて、反省せず、世間様には堂々と打ち明けられるような、人並みの仕事は為して来なかった。
二十六歳にもなって、コンビニの深夜アルバイトをしているなんてなあ。鼠がたくさん居て、倒していくのが大変だ。鼠を掴まえ、口に咥え、攻撃し、斃していた。鼠を引き摺って、取っちめる、やっつける! 糞も臭いし。鼠を仕留め続け、今夜も時給貰わなきゃ。鼠の糞くらい臭う物はない、糞処理で純水が汚れ、備蓄費が掛かる。その分の費用も貰わなきゃ、鼠の糞処理費だ。
女といることで、“慰め”を受け、慢心に及び、隠遁し、縮こまって、怠惰になっていたからである。
そういう経緯で考えるのは、何故これまで女というものを書くことができなかったか、ということであって、それは“書く”仕事を見くびっていたからにちがいない。何が正しくて、何が間違っているとか、それは僕に言えないし、言いたくないし、言われたくもないし、言う前に弁別の公平さに消耗してゆく。畳み掛けるように麻痺し、亡失してゆく。情に棹差して、押し流してゆく。自身の可能性が仕事をこなすにつれて飛躍してゆく定理なのではなく、僕の場合、あらかじめ飛躍させていた夢の可能性を無遠慮に広大に拡げ、その摩滅する夢の光源の内にぐうすか眠っていたから、不実であった。
実態の確実な不実感、……大味な、その屈辱感は、浮かばれない。
女を書くことで、女に飢え、渇いて、恋愛もまた、乾燥していった。
女を確かめることが叶わず、幻想の女に夢中になっていた。
その諸々を僕は一切後悔などしていない。故に、このような不遇な時期に、独楽子と出逢えたことは、美しい偶然だと思う。それより寧ろ、僕は澪と関係を残す為に、独楽子と結婚することを決断したのだから、その神経の鋭利で穏やかでないことは、自身も気づいている。だが、僕は澪に掛けては、視界外のことをしでかしてしまう男なのである。狂気の行為をやり遂げる男なのである。友人らが輪に掛けて執拗に冷やかす、澪を一生で唯一人の女として見ていたからである。よって、こうして僕は独楽子と、幻想の偏頗な結婚をするのであった。狂気の正統者のような素振で。
そして、澪への追憶は、次のような見解で、締め括られるのであった。それは、この作品のテーマである、“処女”について、である。
澪の“処女”を奪った男に復讐するのではなく、澪の“処女”を奪わなかった自身の強かな肥厚と共に、結局澪が僕と出会うまで処女でいてくれたこと、僕も童貞でいて、それまでの澪の男たちが彼女から処女を奪わなかった経緯を何故と思うのでもなく、澪が僕と別れた後の男が澪から処女を奪うこと、……結婚という現実的清算を兼ね、巧妙に澪を引き取ってゆくこと。
ゆえに、結婚なく、処女だった時期の澪の最後を記憶し続ける男は、僕、唯一人であること。
一体それが何になるか、何であるかは不明の反射だが。
僕は澪が処女の侭、冷めた記憶を温め続ける最後の防壁の男なのである。何故僕が澪から処女を奪わなかったか? 僕は勃たなかったのであった。畏敬の念を抱くほどの、完全な澪の美しさを前にして、僕は完璧に打ちのめされて、どのような行為を取ることも不能であったのだった。その仔細を宗に話すと、唐突な、あまりに唐突なEDだな、と宗は笑った。
「っは。勃たなかった? 精緻な美を前に、汚れた性は萎えてしまうのかねぇ。ま、お前らは純愛だけど」。
僕は、あの夏の不穏な純潔が、抗うことではなく、無垢な純心に身を任せていられれば、能わぬ不全などなかったのだろう、と考えた。
恐らく、女子たちは笑うであろう。何で勃たないの? ……故に、僕の澪への恋慕は、常に不実の乱舞が伴ったのであった。
それでいて、あの頃の一番美しい“処女”の澪の記憶を保管し続けることが、先長い僕の人生の道程の歩幅を決定する術であるのだから。
澪に電話できたら、……。
「まだ眠れないんだ」
「あなたに一番に結婚の報告をしたことを覚えているよ」
「篩に掛けるようにし、冷徹な現実を突きつければ突きつけるほど、更に澪は近くなる。実際、澪が今どこに住んでいるとか、どんな風に暮らしているとか、よく知らないし、会っても聞かないけど、心情の奥深くで、身勝手に澪を飾りつけることで、こんなにも思いが深く染みて来るなんてなあ。笑えない話、自分がこれほどまでに、一般的なストーカーを越えた、心情のストーカーだなんて、自身驚くし、思いもしなかった。そして、そんな思いをここに詳細に書き記してゆくことは、一義的には澪との恋を純愛のかたちで披露したい、という信義の表れであるだろう? 底の知れない怖ろしさだよ」
「澪って誰なの?」
「高貴な、馴れない女」
「澪のモデルであるあたしが澪を読むたび、身近さと異和感が折半されて、それは遠いのか近しいのかミステリーだけど、本物の澪は、もっと別のかたちで、別のところに、気侭に存在しているんじゃない? 古い捉え方かもしれないけど」
「いや、美緒ちゃん、これは君なんだ」
その時初めて、僕は実際の澪の名前を小説上に記した。
その時
その時美緒は目を大きく見開きぱちくりさせ、可愛らしくあどけなく驚いて見せた。自分の表情の動静をすべて知っているような風情だった。美緒は、知り尽くした自分を操りながら、他人に一つ一つ見せているようだった。その時三ノ宮はもう壊れていたけれども、美緒の行動を見ていると気分が安らかになり、本調子になった。
「ちがう。あたしはこんなんじゃない」
その否みで、僕の目線も傾け方も小説も、否定されている気が湧いた。
故に、僕は美緒を読者として、想定して来なかったし、しなかった。
美緒、澪をそう実際の名前で呼んだことで、僕は澪から美緒の性質を剥奪した。その時初めて、澪が本当の幻想の女として、息吹くようであった。そこに全く性を絡めぬことが、“処女”を犯すことのない、ある矜持の清貧さを、小説の全容に押しつけた。
しかし、僕もまた幻想の結婚をしたのであるが、その後の生活は「幻滅」を窮めた。この「幻滅」は「現実」と同義であって、相異はない。
⑧ 倍音で惑う、小憎たらしく千分に揺れる
美緒との電話、
「ええ!? 独楽があなたのことを愛する訳ないでしょう? 独楽は、本当の愛も知らないような女なのよ。広範な愛の決めごとを語れば、爪を立てて、拒むような女なのよ」
「妻は僕の勇猛さを買ったんだ」
「あなたのどこら辺りが勇猛なのよ。好きな女にだって手を出せない人なのに、……」
「すまん、ブスは抱かない主義で、……大将、おあいそう」
「よく言うよ。結局今でもあたしのことをちまちまと考えているだけじゃない。独楽は、不良と親父狩りをして愉しむような子なの。歪んでるの、数ケ月も経てば、きっとあなたも手を焼いて、……」
切ってやった。居酒屋『田吾作』を出ると、三、四十分前にどうやら一雨降ったようで、灰色のアスファルトは更に濃く濡れて、前方の交通量の多い道路をひっきりなしに行き交う自動車のヘッドライトを水膜がちらちらと乱反射している。
店にサービスの送迎車を出して貰うか考え、雨上がりの湿気た空気が肺に心地良いので、『雨上がる』のことを連想し、そのまま徒歩で帰ることにうやむやながら次第に判然と決心した。
道向かいのスリーエフで、果汁炭酸水を買って、口に入れると、べとついた甘さに更に喉が渇いたが、カッと胃を焼くアルコールの照度と、際限なく吸い込み続けたエコーの白煙の熱波に、喉元から胃の粘膜に至るまで、ドロッと果汁炭酸水の甘みのべとつきが潤滑油のように灼熱を絡め取っていって、爽快とも呼べるような、涼しげな気分に変化していった。
無意識の深層部に刺さるモスキート音の響く(思春期はとうに終えたというのに、幼少時の音感の良さからの影響か、十代にしか聴こえない筈のこの音が聴こえてしまう)、白電灯のくっきりと輝く店外のベンチに塾帰りの中学生の姿。ブロック・アイスや唐揚げなどを大衆商品に対するひるみもなく眩しい笑顔で頬張っている。
その傍らに、レンタルビデオ・ショップ『ファレノ』の店員が男女二人。バイト上がりの時間か、顔を覚えた美人店員が男性店員と連れあって無邪気に話をしていて、何て名前だったかと、男の方ではなく、美人の方の名前を彼是考えてみたけれど、どうにも思い出せそうになくて、只、一応一度はレンタルの際にチェックしたらしい記憶に行き当たって、ははん、さては話したこともないくせに、馴染み客の顔で、美人店員の私物化だな、と自身の悪癖に批評を課したくなるほどの恥辱と自責の念が起こって、心が廃れた。
記憶、……あれは一体いつの記憶であるんだろう、僕は一体いつ美人店員を見たのであるんだろう、たちまち近景であるような気が湧くが、あれは、もしかすると、二千年初頭に見た記憶であるのかもしれない、と欅の雄大さが美人店員の背景に代入されて、ガーベラを添えたような、現実のその人の華やぐ哄笑が被さる。いや、もしかすると、目の隅のこの人はあの美人店員とは別の美人店員なのかもしれない、男の方だけ、二千年初頭から十年変わらないで働いていて、相手だけが変わっていったのであろう。
疑る意識もなく疑っているところが、深く考査せよ、という現国の井戸先生の教えのような気も巻き起こって、根本に翻ると、考える人は何故考えているかも不明になる追想思考によって、ポールに託し上げられる色とりどりの鯉幟群のように、概要的思考対象同士は連なるし、繋がるけど、躰を泳がす風の方角は定められない。
鯉幟がもし人で、哲理があるとしたら、微風にまた突風に反発もなく躰をくねらせる侭、泳がせるし、戦ぐし、繋がれた糸を必死に掴んでもいて、躰を乱していても、決してその糸を離すことのないよう、頑なに繋ぎ留め、段々と躰の泳がし方を決めてゆく。身にやさしく晒す風の捌き方を決めてゆく。それが思考の過程であって、考える基本ではないか? 鯉幟が躰の靡きをもう逃すことのないように、怪訝に糸を確かめているのは、いつまでも自分が泳ぎたいから。それなら、風は、その躰を大切に扱うことが務めだ。
遠景であると思い当たって、大して美人店員を覚えていないことに行き当たると、その場から逃れたいような気が振り撒かれたが、一瞬の内に記憶は写真となって、時間が死んだ。そのまま意識から切り離すと、思い出すことに真摯でもない記憶が後方からタタッと追って来て、“家長”という美人店員の名前がドライ・アイスのように凝固した。
降り敷いた雨の雫の耀き、……その反射が返って、零時過ぎの重たい雨雲の濁った夜の深みの暗黒を遡って誇張し、頭の奥で疼痛のように、考えを廻らし、今日もあの子にメールできなかったな、の落胆を陥落的に縁取る。
「これ以上は降らないか。ま、今も降ってないけど」
誰の耳に届けるものでもない言葉をぽつりと呟いて、「けど、美緒の奴、“切り際”に妙なこと言ってたな。独楽が不良とつるんでる? ……はてな。いかんいかん。調査しに行かなきゃ。ま、“切り際”と言っても、僕が勝手にきったんだけど、おほほ」。
一街区を門として、丘状に団地群が建ち並ぶ寂しい鬱蒼地帯に踏み入れる前に、家路とは反対方向の青芽の美しい芝の広場に出向いてゆく。
近年立ち入ることのなかった、花火をするにも見るにもここからがよかと、と居住者も近隣住民も想念している、全国にも相当数あるであろう、周辺的でいて、中心となり得る、危機管理上の広場である。
そんな広大さを持て余した広場だから、夜間ともなると、ティーン・エイジャーらが幅を効かせ、闇に息衝いて、生息し、屯していることもある。故に、今夜ここに不良どもが屯していて、更に独楽子がいる確率とは、かなり低いものだが、もしものことがあるかもしれない。
と思うには、僕にとって、美緒の言葉は絶対であるということが一点で、二点目に、最近独楽子の帰りが遅い、ということがあって、直近の、ネイルなどに一体どれほどの時間が掛かるというものであろう、という思いも凝る。
独楽子は、それまで銀行の労務の職をやっていたが、この程昔から興味のあったネイリストなる職に転職し、なかなか駅から帰って来ない。
駅が遠くなったのだろうか? バスが遅延し続きなのだろうか。町でばったり友だちと会うのだろうか?
「今日は結婚記念日でしょう。だから遅くなるからネ」
「うん、分かった」
どのような理由にせよ、シメてやらねばなるまい。
広場は暗く、筆先からぽたぽたと墨汁が滴ったような水々しい湿気に包まれていて、地面を踏み締めるたび、芝からつるっと雫がスニーカーの上に落ち、確と液性を感覚するほどではないが、段々と濡れてゆく足の皮膚を思い廻らすほど、雨上がりの澄んだ空気に充たされていた。
呼吸によって、肺に冷たく湿った空気が行き届くのが分配良く体感できた。
喘息持ちの少年がとてもしんどそうに呼吸するように、だが、総量は少なくても行き届く空気は、弁別され、それぞれ大切に扱われていて、空気の一塊、一塊ごとが、優しく肺を撫ぜる空気の層となって、腸の奥まで浸透してゆく。
躰の細部まで行き渡った空気の線が、淀みなく透過し、滲み込んでゆく。
「風邪っぽいな」
呟くと、そのまま足下から崩れ落ちて、今にもしゃがみ込んでしまいそうになった。
「なぁんだ。来たんだ」
「誰だ?」
薄暗いベンチの脇、独楽子の隣に座っていた男の一人がくるっと首を返し、ぶすっとしている表情の独楽子に訊いた。
「旦那よ」
困惑と、ありとある侮蔑の色味を独楽子はその言葉に込める。みるみる染まってゆく白い棒状の言葉のサーベル。
「やっと逢えたね。独楽をずっと捜していたんだ」
「何、言ってんのー?」
「独楽ちゃん、もうお家に帰ろう。今夜は僕がシチューを作るから」
「帰らない」
「帰ろう」
男たちは独楽子のほかに三人いて、みなしれっと身嗜み上手く、都市的なDJのような服装を着こなしていた。気の効いた“外し”や“ズらし”がある訳ではないが、一見ファッション誌を賑わせるモデルとなっている。勿論、それは○○風ファッションにはちがいないが、服装にブレイク・ビーツのような音色が漂っているように流麗に感ぜられる。ソツがない、というか着装に恐れがなく、躰のラインも自信家の画家が描く線のように筋肉質で、美しい。風邪を引いて、頭まで微細なウイルスに感染してしまっている、今の惑乱気味の僕の意識では、一時直観的に美しいと思えたけど、あっという間にちぐはぐな印象にすげ変わってしまったが、……。
「あんさー、お兄さん、独楽子をここから連れ去って貰っちゃ、俺らも困るんだよ」
眉間に深く皺を寄せ、吸いさしの煙草をベンチの木目の剥がれた先端に擦りつけ、消化し、真下から睨むように僕を仰いだ。
「さて、何だ、君たちはここから僕が独楽子を連れて帰るのが許せないって云う訳だね? むむっ。君たち一体ここで何しているんだ?」
息つく暇なく、矢継ぎ早に言葉は緊迫してゆく。
「狩りだよ」
「狩り?」
「親父狩り」
「狩猟民族でもあるまいし」
その時、独楽子は野鳥の啼くような、鋭く高い声で笑い、左脇腹の上に手を添え、身震いとも似た悶え、肩からの全身震動を示した。口から出た燥ぐ笑い声を追って裁断してゆくようで、切り刻まれた哄笑の一音一音が分節されていって、僕の聴覚にすべり込み、倍音で惑うのであった。
それは、鼓膜の内で拡張された信号で、ぽつぽつと僕の胸を敲く。
独楽、……まさか迎えに来るなんて。執念深い。女子校に通う、美緒がいた、あの頃は、……。
――大伊豆の温泉宿で、かいがいしく独楽子が云う。新婚旅行とも呼べてはいないが、恐らくアレがハネムーンだったんだと省みられる。結婚の式が憎くて、いかほどの式も挙げていない。式自体を嫌悪し得る、本当の理由もむなしく、新たなる理由も見当たらない。この“嫌い”は一体どこから上りゆく懐古であろう。
温泉宿で、情死した文士がいると聞いて、手を添え歩いた独楽子と、文士は不憫だと、もののあはれのような憐憫を覚え、首の十字のネックレスにサッカー・スターのように叶えられる祈りを捧げ、 僕もまたそのような文士の成れの果てだということを、聞かん坊に意地を張って忘却してい、記憶し、身が立たぬ自称作家のうぬぼれた我が身を想い、我が口で、餞別を贈るのであった。「まだやれるさ」。
そうそう、パーティーと云ったら、二人で行った従姉弟のミーちゃんの式の夜間クルージングぐらいであろう。
「お姉ちゃんと同じ女子高で、その日も午前の教室の最後尾のあたしの座席に座っていて、廊下向こうの三年生の、淡い澄んだ青の日差しが差し込む姉の教室に、無力感の限界のように無力な侭、なよやかに肩を落とし、入室してゆく姉の背中を、背後から覗いて、暗く見つめていたんだ。
陰翳の最中から見つめる二つの円形の瞳を、数珠の玉のように光らせて。
見つめていた方が、気弱に萎えてしまう、愛もなく無情で無感覚で否定的な冷えたまなざしだったかもしれない。もし愛が温かみを持つなら、その日のあたしのそれは既に兄妹愛もなく、打ち冷めた零度のまなざしであったろう。
そういう瞳の傾け方も、当の歩行者、姉、美緒は気づいていなかったから、よりいっそう冷血さが引き立つ。
凍りついた体温を受け流す、この不快な血液が、その時あたしには憎々しく思えたんだ。
痩せ細った肩の丸く窄んだ小さい背中、瓜のような背中を下ろした長い髪がくすぐって。振幅の狭い手が細やかに、生気の抜けた霊のようにすり抜けてゆく。
あたしは、最後部から眇める教室の、陰のにごりを見眺め、廊下がわの風通しの為の下窓に、童心の趣く侭、鉛筆を何本か立て、授業が退屈だった時、廊下に蹴り飛ばした。何でそんなことしたか、童心もぶち壊れていたと思うけど、暴れる反抗だったのかな。濃い柔い鉛筆だった。
その転がる鉛筆の音を、廊下向こうのお姉ちゃんが耳を澄まして聴いている。お姉ちゃんも、廊下がわの座席で。「呆れる音、出してるの、独楽ね。冷静になりなさい」、携帯のメールで言って来て、それを見て、あたしは頭に血が上って、「お姉ちゃんは今日も帰りに痴漢に会うよ」と送信したの。
「そう云えば、当時、痴漢に遭うって、時々言っていたよ。僕の同級生の枡田にガードを頼むから、腹が立って、何で僕に云わないんだって」
「言ったんだ? 誰にでも隔てなく頼れるのがあの人の強みね」
「いや、言えなかった」
「え」
「そう。でも、姉はこんな風に願っていたんじゃないかな。痴漢があなただったら、いいのにって」
「む? 僕は犯罪しないって」
「そういうことを言ってるんじゃなく、年頃の女の子なら、躰に触れさせるのを許せるのは絶対彼氏くらいじゃない?」
「ああ。幻であった。ある尊敬する現代作家が車内で痴漢しているシーンが頭を過ぎって、着想なのか、取材なのか、仮想か、現実か、わからないんだ。僕の欲か、その作家の欲か、……名声を得た偉大な作家でも、そういう罪を犯すのかと、僕は限界で、夢と現実の区別がつかないし、頭もどろどろに溶けていて、意識の目が怖くて、全てが壊れるんじゃないかという恐怖でいても立ってもいられなくて、幻の映像が現実なら、この世界は壊れたのだと信じて疑えないし、だから信じなかった。僕はあの時一度死んだんだ。現実に帰り着いて、安心している。生き難さもあって、それなりの苦しさもあるけど、安堵している。安らかな生の予期に、新しいプランを立てる積もりなんだ」
「くすくす。それで、その後お姉ちゃんが鉛筆を拾いに来て、あたしを教室の外に連れ出し、手を引くの」
「そうなの?」
「そして、音楽室の前に行って、クッキーを食べたの。姉があなたと別れたと云っていた、……」
スカートの上にこびりついたクッキーの食べかすは、教室から逃れる、姉妹の離脱の物証のように、……。思い浮かべる美緒の姿は、いつも、不自然な背中、……。独楽の目線と一致していて、……。美緒を見つめている僕の視線が不可解であったのかと、我儘にぶつかるような、自己嫌悪(、、、、)が湧く。――
独楽、……家に帰らないか? でも、等閑だよ。
「独楽子、煙草吸う?」
そう訊いた男の目の内がわに声も洩らさぬまま、立ち尽くしている僕の姿がある。身じろき一つ起こさないで、直立不動で、何か言いたそうにしているけど、肥大な言葉の姿なく空漠さに、口を開くことができないようだ。
鋭敏な心流察知で、荒れ爛れた「焦慮」を半径五メートル程に伝えるものか、僕自身には知覚できていないが、頭の隅では同じ空間にともにいるのだからと、感覚を共有しているような予感も沸く。“傷み”について伝えること自体に危惧のようなものを覚えている、精神病みの僕は、更に所在無く、追い詰められてゆく圧迫感を感じ取るようで、心痛い。
「お兄さん、顔色悪いぜ」
「病気なのよ、この人、心の」
「へえ。それならその病気を治さないとナ」
「独楽、帰ろう」
「もうビシッとしてよ。病気に負けてたら、あなたの人生が台無しになるのよ」
「分かってるって」
「覇気がないよ」
血塗られた精神だ。
「もう頑張らなくていいよ」
独楽子の肩に凭れかかって、わんわんと声を絞上げて泣いた。その瞬間、綺麗な嘘のように乾燥した風が吹いて、薄くなり掛けている髪を流し、巻き上げた。泣き崩れると、両肩を締めつけている心の重荷が滑り落ちそうであった。独楽子の髪を掴み、リビングの電灯の紐を引っ張る子どものように、引っ張った。
「痛い、痛いって」
「疲れた」
「分かってる、分かるよ? あなたはこの三年で、大樹より老けた」
生命の肥厚を指で引き寄せ、衰弱した精神のかさぶたとする。
「長生きしたいな。長命でありたい」
「珍しい。疲れた人が云う科白じゃないわ」
「生命力だね」
「帰ったら、スープ作って。蒸留水でカルキの臭いが一切鼻に抜けないスープ、野菜の」
影を引いて、後ろめたく侵攻する遅延の余波の内部を歩いてゆく。
盾を立てて、前に進んでゆく。
踏み締めた靴裏でへたばった草が巻いて縮れていた。新月が閃光を瞬かせ、緩い斜影を垂れ下げて、戦慄していた。
一匹の蛇が牙をむき出しにし、小口を開いて、叫び悶え、盛んに足に懸かった。
「気をつけて。蛇、いるよ」、独楽子が云う。何故か僕は蛇に憐れみを覚え、危ないな、と冷静に見下ろしたものの、「独楽ちゃん、もう僕が何かの犠牲になるとも言わないし、思わないよ?」と打ち明けてみた。
「でも、逃げて。蛇は、生き惑っている」
「人生について、初めて思うところがあったのかな?」
「蛇生?」
「踏んづけろ! 踏んづけろ!」
霧向こうの山林に向かって蛇は逃げていって、僕も焦って、足下を見たが、スネ毛の生えた足が震えている。
「怖かったね?」
独楽子が言って、蛇に怒りが湧いて来て、山林に向かって走って、葉陰の蛇を踏んづけた。何度か気の済むまで、踏んづけた。蛇は微力で打ち立ち、静止していた。殺しそうになったが、生かし、焦燥を感じ、蛇の仮死に土を掛けた。暗い夢のような攻撃で、怖かった、怖かった、と口にした。
葉陰で、蛇は死んだみたいに延びていた。
「威嚇だったのかな?」
「もういい。帰ろう。あいつも瀕死だったんだ」
怖かった、……。
自宅のベランダで、新風のように風が薫って、雲はなく、晴れ渡った朝日色の空の下に、インサート・イメージのように七色の衣服がはためいている。
「あなたは生きているのよ。洗えば、シャツが白くなるように、人もまたシャワー浴びて清潔にしてれば、新しくなれるって」
「懐古趣味ばかり重ねてね、“新感覚”だと思えたものが、実は古代の感覚で、オリエントの小波に揺れ惑うような、青い予感の代物で、執筆の、新しいって何?」
幻滅の偏頗な結婚の“期待”が、あられもなく奇妙なかたちで変容し、回転し、昨夜は久方ぶりに気の優れる夢も見て、登場した異国の(、、、)アイドルに、夢に見ると好きになるから恋をし、性格の男勝りなところが返って、女らしく幼気に感じられたのを省みるのであった。何故夢に出て来たかも知れぬアイドルの為に、悲嘆的になっていた拠り所のない意識が目醒め、健やかな朝闇に感覚を砕いた。
「独楽、そう云えば、昨夜夢に出て来たよ」
「誰が?」
忙しそうに、パンパンと衣類を叩く手を止め、独楽子はぷいとこちらを見向く。
「AKB本当はエイトって云う、何故かAが重なる、台湾のアイドルだよ」
「ねえそれって、AKB48じゃないの? 台湾じゃないよ。この国の秋葉原のアイドルだよ」
「そうだったか」
「ねえ、誰が出て来た?」
「切れ長の顎がダイレクトに伸びて、神秘的な二山のケツ顎を盛り上がらせている、ウィノナ・ライダーみたいな女だよ」
「そんな子いたかなァ? どんな夢だったの?」
「太陽族がオープンカーで葉山でドライヴ・デートみたいなよくある態のやつだった」
「ああ。確言だね。周りで誰もそんな経験した子いないのに、一般化されてる態のだ」
「ていっ!」
「何よ、急に」
「力が湧いて来たよ。今日も暑くなるね」
蝉がしっこ垂れて、燃え盛る夏の真下に飛んでいった。かしましく。
子どもが生まれたら、生きる為にだまされる賢さも教える積もりだ。明確に。
恐らく、子どもは、優しい余韻を湛えて、多くの問いを解決するであろう。僕は拳を固く握り締めていた。
真実が全てじゃない。静かな安穏たる日常を暮らしてゆく、生きてゆく愛が、全てなのだ。甘い心酔の内部ではっきりと目を凝らし、子どもは見つめるかもしれない。しかし、目を伏せてもいいよと口を閉じてもいいよと、耳にしなくていいぜと父になった僕が教える。それは、子どもの一部になった証になるだろう。
もっと大きな家が良い、と憮然とした態度の独楽子の裏側の本音に意識が向いて、よし、明日こそ仕事を見つけて来る、と肥満し膨らんだ腹をきつく括る。室内で、テレビは相変わらずつけっ放しになっていて、昔は深夜放送が楽しみだったが、最近は録画をしても、見る時間がなく、見れていないものが多い。溜まる一方のごみ箱のように、DVDのストックだけが増えていて、頭に記憶できないから、パンクさせないよう、純心に記録を任せている。もしテレビが服を着るなら、そのセンスが豹変し、偏屈に変わってしまった感じ。懐かしく、慣れ親しんだ筈の服装を見るのが楽しみだったのに、少しずつ、繊細に内感覚がズレているんだ。小人の着せ替えのように。
ユーチューブの動画にハマって、変形の机の間近に妻を呼んで、シンガー・ソング・ライターの歌真似をし歌うファンの歌唱が興味深く、果敢な夢に掛けているものもあって、無心に感化されるし、刺戟され、愉しくって、胸が切れ切れに靡く。そして、振り返って、記憶の一片の昔話を独楽子にし始めた。
中学の後輩だった独楽子に、ヴィジュアル系のバンドのボーカルだった僕が、「三年生を送る会」で、煩雑な演奏の披露を終えて、後日、沸騰した人気の撒餌の為に、彼女のネイビー・ブルーのバッグにサインをした。「めんどくせえな」、不良ぶって、内心は夢が高鳴って積まれていって、悦び、燥いで、軟い情感の余波に包まれて、マジックでサインし、余りにも多くの人(女子)にサインをしたから誰が誰だか分からないのが本心だが、独楽子があのバッグを大切に持っていてくれていた、ということを美緒に聞いた。何がいいんだろう? そんな風に思ったけど。居丈高な、一人の有名人になったような、あの時の体験が、自惚れ、自意識過剰で、慢心で、それを誇ってもいて、……自信が自身の謙虚さをやぶって、強く新たなる経験に塗り変えて、変人で、異端児のように、意地汚い片意地を張らせ、育てていった。
――「先輩、サインして下さい」
「あたしも。あたしも。並んで良いですか?」
卒業式、重く鞄に詰め込んだ幾つかの後輩へのプレゼントは、完全な計算違いで、余りにも数が少なくて、あっという間に失くなってしまった。「無いんですか。もう無いなら」と、「サインをして」、と嘆願が始まって(僕より美男のベースの裕は、後々手紙で告白までされてみたいだったが)、十五分ほどサインし、漸くどうにか終わりが来て、「めんどくせえな」のロックな、反逆的な、あの科白。栄えある人気を鼻に掛け、全員を敵に回すような、限りなく見下した科白。……悲惨で、余りにも最低な幕引きであったと、悔いる思いを今日まで抱えていたが、そんな悔いは、俊と宗の「アレ、俺らは誰にもサインしてないぞ?」という野暮の爆発、……僕と裕の爆笑によって上塗りされていって、立ち消えそうにもだえていた。――
「あの鞄、もう捨てちゃった。ごめん」と、独楽子は失礼を言うが、それも仕方ないな、と思う。
僕のみを特別に見、為してくれたその思いが嬉しく、生きる為の、美緒への怨念のようなプライドと純情から、寄り添うことを決断したが、そういう復讐の焔はもう消えていて、省みれば、あの日の列の誰が誰だか分からないなかから、独楽子を選んだ自身に自信が宿る。この女性に愛のようなものが芽生え、清々しかった。
人生の水分がいつまでもなくならないように、生命の果てまでも連れあう覚悟が充ちる。
「もうオジさんだ」
不思議と、何も怖くなかった。
⑨ 初音
一人暮らしをしていた頃、六畳一間の部屋で「internet」をしていて、同じチームのメンバーとさまざまな話題のチャットをし、友情をはぐくみ、朝が来たら、バイトに行く生活だった。同じチームに希衣という女の子が居て、ネットの拾い写真を利用していることが問題になった。公開された写真ではかなり可愛いことになっていたのだけれど、まったくの別人であることが発覚した。「キリトは将来どうするの?」「小説家になりたいな」「がんばってね。私は美容師になる。高校卒業したら、専門に行くんだ」と言っていたけれど、なれたのかなぁ? 「信長の野望internet」は将棋の電子版のような物で、駒となる武将を能力差をカバーしながら交戦して行くゲームだった。チーム内でチャットをしながら、「え、そんな武将しか居ないの」とか「光秀が居るなら大丈夫だ。安土城に助けに来て」などと会話し、領地かくだいを目指したり、自軍を送ったりする。「後詰めの部隊が来ればだいじょうぶだ」「落城を防げる」「南紀を廻って水軍を送る」「如水の奇襲出で、敵軍敗走!」、などと夢中になる、マスゲームだった。
あの歯みがきの仕方を教えてくれた女の子は今一体何をしているのだろう、……?
10代よくPHSに電話が掛かって来て、それは自ずと長電話になったものだが、向こうには彼氏が居て、長電話の内容と言えば、ほぼその代わる代わるの彼氏の態度相談恋愛相談だった。「男って、怒った後、何で優しくなるのかなァ?」、「後悔するんじゃない」、「機嫌が直ったら、旅行に行きたい」、「行けたらいいね」と話した。
閉じた心で、内的世界に生きている今とは別に、話上手だった頃はよく気の合う女を笑わせていた。
自由ヶ丘の隣の駅に一人暮らししている時、その女楓が遊びに来た。
楓という名はその女が自分で編み出した物かもしれなかった。
未だ童貞だったおれは焼酎で酔った勢いで童貞を捨ててしまおうと考え、楓の胸に手を伸ばし、揉みしだいた。恥ずかしさで胸がいっぱいになり、自身をさいていだと思っていた。やわらかな胸の弾力が手のひらいっぱいに広がった。薄化粧のツルツルとした肌だった。しかし「今日生理だから」のことばにたじろいで、これから進めようと思っていた行為を止めた。童貞を捨てられない。童貞の経験の無さで、行為が恐ろしかった。
「ノルウェイの森」を読んでいたから、行為をしたくなったのかなァ。
勇気を出し胸を触り、揉んだ後、何度かキスし、行為をしようかと考えた。すんでの所で、躊躇し、男としての自信を失くし、苦悶していた。楓は言った。
「男ってみんなエッチなんだねぇ」
楓は笑っていて、勇気が出なかった僕を見放したかのよう、下あごを引き、俯いていた。
「今日生理だから、できない」
その一言に僕は怖気付いてしまい、さらにやる気を失くす。あの晩は二人で東京タワーを見に行ったような気もする。夜景の美しさに心が瞬く気持になった。
川崎に住んでいるとか言っていて、いつか小説家になったら、楓を書くよ、と約束した筈。
「小説家になるの。なったら、カエのことを書いてね」
いつだか来た電話に、「前より可愛くなってる」と言っていたけど、どれだけの物が知れない。合わせて、
「カエ、キャバ嬢になったの? 水商売なんかしてないよな?」
と質問したけど、答えは曖昧だった。楓が足を踏み外していないか、心配だった。後戻りをするのはタイヘンだからと経験則で知っていたのかもしれず、歳上だから守りたい、補助心が働いたのかもしれず、誤った道に進まぬよう、ブレーキを掛けて上げたかったのかもしれず。
初夏、爽やかな風の吹く川崎の街を二人で歩いた。商店街を歩いていた。楓は高校の制服にだぶだぶに腕の所の伸び放題のベージュのカーディガンを着ていた。それとなく話しただけだけど、高校を一年で辞め、空白期のある僕に青写真となる一枚の男と女の像だった。並んで歩いた。あの風景が僕の17歳の一頁だった。
何する訳でもなく、ターミナルの周りを廻って、カラオケ店のある商店街をとぼとぼと歩いて行った。カラオケ店で何を歌ったのかは、覚えていない。その時流行っていた流行歌で、GLAYとかを歌ったのかなあ。大事な10代を彩り続ける魔法の、酸素のような物だったと思う。
その時はキスをしていないと思う。
歯磨きの仕方を教えてくれた女の子は一体何所へ行ったのか。
終章 懐妊
静かで、細やかな北欧的な霧雪に揉まれて、蒼い傘の下、靡く影のゆらぎの隙間に、冷えた寒さが冷気に凍え、深く躰に響いて来るのであった。
ことしも傘を持つ手の指をかじかませ、取っ手に巻いて、神木の梢のようにからませて、真剣に前を向いて、傘を握っていた。外気は退化的に降りて、肌に染みついた。
赤い重厚な、コカ・コーラ社製の自動販売機の前に、ぼろぼろの憩いのベンチが置かれていて、無為に座った。 自動販売機の所々の点灯を何気なく眺めていて、白く半透明の網掛けのボタンがエメラルド・グリーンに発色し、消えるのが目新しい。
独楽子を迎えに行った幻滅の夢の夜、……あの日、僕は結婚を終えた愛妻家の振る舞いで、我が物顔を浮かべ、妻を迎えに行った。僕は、幸福であった。
深々と落ちて来る新雪の堆い山積の前で、手立てなどなく、震えているあの日の僕。……
青白い美緒の掌の静脈が氷よりも透き通って、つややかに引き立っていた。
「パン屋で働いていたんだ」
「そう」
まだみなは高校に行っていて、普通の家庭に生まれて、普通の愛を注がれて、普通の暮らしを経て、学業をこなし、良い感じの大学に通って、「幸福」な就職をする、その人生設計の普遍が格差を生むとは知らないで、赤裸の無知だから、返って純粋が裏打ちし、美緒への断ち切れぬ思いが高まっていた。
「バター・ブレッドがおいしいんだ」
「お家で食べるね、……」
「美緒、新しい彼氏と幸せに、……」
その台詞を一体何度美緒の前で繰り返し、吐いて伝えたであろう。
「本心は、三ノ宮が居てくれると、心強いよ、だけど、……もう会えない。有難う、……」
重たい、とも伝えないで、胸の奥に内沈めた美緒の思いとは、一体どのような静穏さであったのだろう。極まった別離によって、情熱もなく、“まだ好きだ”、の好感吐露を反復し、逃れ難く、思いを伝え続けている。いつしか美緒が書かれる対象となって、“澪”となって、文中に顕れてから、実際の美緒とは掛け離れて、まどろっこしい吐息を洩らし、脈を打ち、立っている。奥歯を噛んだ強く堅い視線を投げ掛けて、作者の僕に迫って来る。
「さようなら、……」
その言葉さえ、再会の意と解く、昏迷の縺れあいで、羨み、思慕し、長く腕を伸ばす。届くような、届かないような、伸ばされた腕の草の茎のような身振りが自身に痛々しい。ぜつぼうだ。
――病院で、
「記憶があったんですか」
「情景はうやむやなんですが、その時の思いは覚えていて、空間配置して、着色し、書き上げていったんです。『ノルウェイの森』のキヅキじゃないんだから、生きないとと思って」
精神科医の小島ドクターにそう話し、アマチュアだけれども、硬い矜持を示し、武者震いするのでもないけど、身の毛が弥立ち、言葉を続けた。
「先生、有難うございます。死に掛けでした。死が降りて来るような恐怖、その死が自身の根底の属性だとはなかなか気づかなくて。客観できて、解消できたように思います。何作か書いたんですが、死を描かなければならない、という命令のようなものに蝕まれていて」
「そうですか」
「現実に帰って来た気がします」
「安静第一ですからね。再発を防止しましょう」
「はい」
「良かった」
診療室には机に本が積まれて、本棚にも沢山の本が詰まっていて、熱心で勤勉な読書家の先生と神妙に話が合った。
「前向きに生きたいんです」
「生きましょう」
――そして、僕は、今、どこにいるの? と再びしみじみと疑っているあの日の少年に絵画を見せてやる。
『夜警』を視つめ、暗黒ではなく、暖かく和やかな午後の予兆の膜の内がわで、動揺と動感に躍った自警団が劇化している。その絵に闇を感じていた。でも、癒されてもいて、相反する情感が浮上していた。スポットを浴びた隊長たちの背後、泥んだ影が落ちていって、濃くなって重なる、薄くなって消え掛かる。多重多彩の影が被さってゆく。
僕は今どこにいるの?
投げ掛けて、褪せた色の剥落を見つめている。更に蘇る昼の渚、渚、渚、……眩しい光暈、……隊長の号令が響いていた。超過してゆく昼の鮮烈さが瞼に光るので、目頭を押さえ、絵の前を去っていった。
民衆、……。
真冬の一端の幻想の、独楽子の実在する時、淡い泡模様のような瞬間に再び迷い込んで行って、微風の優美なそこで、ぬかるんだ雪景色の冴え光りを嫌がって、憎悪し、彼女に遭遇するのであった。両側から衣のような寒気が巻き上がっていた。独楽子すら真冬の雪化粧しているかのようだった。
「独楽子、会いたくて、……」
「あなたが幻想を見ていたわけではなかったみたいよ。あたしがあなたの幻想から出て来ちゃったみたい」
「僕が、幻想を見ていたわけじゃない、……」
「幻影みたいな現実」
「君が存在するなんてね。僕の幻だって思えていたのに」
「手に触れて、……」
ゾッとし、言われるがまま、僕が独楽子の手に触れると、独楽子の手は張りつめたビオラの弦のようにピンと伸び、撓って、終には壊れてしまったのであった。
「あの時と同じ、……」
無意識に僕は呟いていた。それは美緒に触れ、美を壊してしまったような、あの夏の記憶と全く同じであった。
「壊れてしまった」
「現実」
「幻?」
「そう」
「嘘だろう。あの夏にはキスだってした」
「でも、……。ねえ、あの夏のことはそっと君の胸に締まっておいて。それが母となったお姉ちゃんからの伝言よ。いつか、あたしには本当に会えるかもね」
「そう?」
「会いたい?」
「ああ。ひどく寂しいんだ。まるで一人で生きているみたいだよ。心を騙し騙し生きて来たけど。もう呼吸だって覚束なくなって来て」
「君、よく聴いて。もし未来であたしと出会ったら、君の記憶のなかに締まってある、あの夏のお姉ちゃんと君の思い出から、同じハーモニーで、やり直そう。もし、あたしと出会ったらだよ? 良い? よおく聴いておいて。せっかちな君のことだから、すぐにセックスしよう、とか、考えそうだし」
「私は、セックスについては、それなりのルールを持っているつもりだよ」
「ほら、そういうところ」
「こういうところか」
「そういう人が一番の危険人物なんだから」
「分かったよ」
「じゃあね!」
「ああ、さようなら。愛していた」
独楽子の薄紅色の淡い影が冴え切った雪の絨毯に伝説的な紋章をつけて、深くしなやかに地底に滲み込んでいった。再び雷電のような大地震が来る頃までには、きっと僕と独楽子は会えるんじゃないか、そんな期待のような成長する不安が舞い上がって、降った。美緒の声さえ、幽かに聞こえる。
「いや、本心は、……おまえは人を不幸にするような女だ、ということだ。何人不幸にして来た? そこに偽善はないよ。おれだけか? 初めから怒るべきだった。そうしたら、こんなに引きずらなかったのに! 顔は可愛いけど、心は汚いな」
「だって、三ノ宮が私を捨てたんじゃん!」
「その通りだ」
「シラを切るつもり? 私は三ノ宮を愛してないよ」
「それがお前の心だ! 黙れ、このどら猫! その拍車の掛かった三文芝居は何だ!」
「私は芸能界にも入れるほど可愛いんだからね。従いなさいよ」
「お前の兵卒になるのだけは御免だ!」
「何言ってるか分かんなーい」
「この八方美人!」
「くすくす」
「笑ってんじゃねえ!」
「そのやさしさが魅力ないのよ」
「男を手玉に取んな! 男の気高さなんて知らないくせに!」
「はぁ? プライド。そんな物今すぐくずかごに捨てなさいよ! 私は拾って上げなーい」
「何で捨てた物拾うんだ。言ってる意味が分かんねえ! 話が噛み合わない!」
「よくそんなんで小説書けた物ね。まるでことばがなってないじゃないの」
「お前の言ってることだってちんぷんかんぷんだ」
「はじめて喧嘩したね」
「ああ」
「もうこれきりだけど」
「ああ。別にいい。別に連絡を取らなくても良いだろう?」
「小説書くのに利用しようとしたんだ? くすくす。私なんかで良いのって言ったでしょ。しみったれてんじゃねえよ。しょぼくれんな。私なんて可愛いだけだよ、性格は凄くわるいの。私なんかにハマるの三ノ宮くらいだよ、その他の男なんてアンタくらい愛情深くないから。嬉しいけど」
「付き合う前か。それにしても、お前のオヤジさんが死んだのは、計算外だったなぁ。お前のオヤジさんへの思いが今でも分からない。ユージがお前のオヤジさんはお前を虐待してたって言ったからな」
「内緒だよ。私は三ノ宮が高校辞めたのは、私のせいだって思ってたから。周りに言われたんだからね」
「もうこの三文芝居止めよう。これで今年も賞はないな。お前のせいだぞ。俺は藤原鎌足の末裔なんだから、お前と一緒にしてくれるなや」
「ごめんなさい。……いつまでも引きずって私のことばかり書いてるからよ! あなたは藤原鎌足の名前に恥じぬよう、生きて行かなければならないよ」
僕の住んでいた団地群の夜の道を独楽子と並んで歩いた。僕の車に乗り、家まで独楽子を送ったように思う。22時22分で、「見て、ゾロ目」と独楽子は悪戯っぽく言った。そのことを未だ覚えている。車内でさまざまなことを話した。その時々でトキメイタこと。独楽子を引き止めようとしたけど、叶わなかった。夜のデートは二度くらいしたと思う。何度か告白したが、叶わなかった。独楽子の父の死んだ時、独楽子の住んでいたマンションのピロティの中で僕は独楽子を抱き締めた。独楽子は涙を流していた。大雨だった。このことは何度か書いたかもしれない。小説に含まれない断片だったかもしれないが。……吉行淳之介の命日が誕生日で。日付けだけですけど。
夜明け前の暗闇がのうみつでこの世で一番怖かった頃、震え、ざらざらした絨毯に身をかがめて、欠点をおぎなうように、這って歩いた。レディオヘッドの「クリープ」がどんな物よりも大切で大事で、胸に抱き締めていた。ペシミスティックだったけれど、一音も聞き逃すまいと愛聴していた。
まだ見ぬ感覚、向こう側の感覚、そんな物があるとはぜんぜん知らなくて、落とし込まれても憎しみを覚えぬ軀が憎しみを覚えつつあり、げんめつしていた。経験値が降下し、沈澱していた。おろおろと昨夜の甘い夢を手さぐりしたら、寂滅の結婚などないと、就職活動中の自身の糸目を付けず、ことごとく妄想力に働かされ続けて行こう、と考えていた。双眸に病の因を覚え、崩れ落ちてゆく軀を励まして、職業安定所に運んだ鈍った足をほぐすのだった。美緒もなく(、、、、、)、独楽子もいない(、、、、、、、)。
只愛した姉妹を想う、弱々しい軀である。声もなく、答えもなく、……。夏の盛りにふやけたような町のアスファルトを歩いて、運んだ足をほぐしつつ、何てみすぼらしい寂滅だと、手にした結婚の夢が動かせぬ大地に溶けて、遠く退いてゆくのだった。
理想像の欠落、…幻想の結婚など、到底僕に為し得なく、腐葉土のよう、汚れている。プランは縮小し、変転し、暑い熱を逃がし、消えてゆくものなのである。霧消していくモノなのである。ハローワークに足繁く通って、細々と尽力し、末端の作業をこなし、女が欲しい、と願って。届かぬ雲行の方に手を伸ばし、…? 只こう書いているあいだ、一人きりの作業が幸せなのであった。
首を振れど、誰も身近に居ない。そのような寡黙な幸せが此処にあるのだった。猛雨に打たれて、落涙し、走って、息を切らし、歎声を洩らし、愛想を尽かし、恋に恋して。薄れゆく白雪のような切れ切れの意識の内に世間を見上げて、生きて、書いて、拉げた干からびた悦びを手に掴んで、萎みゆく空白の人生であると、達観して。おれは誰だ? だれなんだ!? 愚かになって、それでも仕合わせか、と問い、答えも返らず、押し黙って、無口なれど、無言なれど、不仕合せでない、と遺志のような意志を現し、書いて。……小説家になる、というあの日の夢が、すでに夢(希望)かも分からない探求心の、かしこまった現実で。
「賞を取ろうよ。取って必ず会おう」
独楽子の声が聞こえ、労作に労作をかさね、謳い、朗らかな社会との繋がりも漠然としてゆくその道の先に一体どんな何が待っているか、見えぬ、臨めぬ、であるが書いて、只書いて。……歩んでゆくほか無いのであった。ヒロイズムがある。男にヒロイズムがある、…吉行淳之介の言っていたことばがふざけたように胸を刺しつらぬく。人生、……象工場のような逃げ場としての小説、その役目・機能はどうやらもう小説の方で、僕との提携を終え、消え入っていったらしかった。契約は? 作者の意図、予想を越える小説の力は? 夢が見たい、女のひたむきな視線のような夢、買われる夢、けなげな手振りのような可愛げな夢、嫋やかな夢想が見たい。……そんな風に僕には想えるのであった。
自称作家、……人生劇の途中で、突如として現れた笑い者、喜劇役者、……。きらいな人参を食べよう。
失笑、……!
実際の書き手の僕は、質素に家族と暮らし、バイト生活を立てて、二十七歳にしてまだ親の脛を齧っている。甘ったれ様であったが、それも書く、という、このしがない労苦を中軸に据えた生活の為に、(夢も無く)維持してゆくほか無い。……と自身に疑いも抱けぬほどの陶酔、心酔ぶりであった。そして、どうしてもここに書き起こしたいのは、二十歳の頃、父の力で、いよいよ十数年に渡る団地住まいを終え、我が家にとっては夢のタウン・ハウス生活が始まって、書くことでいつか活躍する小説家となって両親の手助けをしたい、と無垢に願っていた青年にとっても悦びであった。が、その当の新居生活も、程無く一年余りで終焉せざる終えず、住まわせられ続ければ良い、という維持性もできず、元住んでいた団地よりも更に狭い団地で新たな生活を営んでゆく、という転落ぶりがあった。それは、夢のタウン・ハウス生活のお隣さんの田山という婆あが、母に無慈悲に与えたいじめの為に、母が疲弊し、窶れ、……潰えていった、色めきだった夢の末路であった。要するに、僕ら家族がタウン・ハウスなどに手を出し、人並みの生活を立てようなどと雀躍し、胸高鳴らせたのが間違いであったようで、その田山という婆あは、僕らの新しく小さく質素な恥多い団地生活にもストーカーに来る、という病的な異常追跡性を孕んでいたが、こうして新居で荷物整理をしながら、この生活こそ、自身の度量にあった生活なのかもしれないな、と弱々しく呟いて、書いてゆく生活に戻って、僕は心を病んでゆくのであった。
この生活を、貧しい、と悲嘆して、何が不可いであろう?
爪を甘噛みし、何も知らないと、頬被りを決め込み、徒歩で歩いてゆき、停車場との距離を詰めていた。笛の音が響いていた。篭絡されているような、操縦されているような心意気だった。味方もなく、彼女も居ない、天涯孤独のような絶望に瀕していた。再び起き上がるまでに何年間も掛かり、作家修行は計十三年間も続いていた。僕は哄笑したかったが、自身を嘲り嫉み貶し、言葉を紡ぐと言っては自分を欺き、詐欺罪で罰せられるほどのフィクションにどんづまりでいる。地団駄を踏み、駄々をこね、聞かん坊のように掌で耳を塞ぎ、囁かれたことばも闇を深淵にするだけと気鬱に居る。何所にも抜け出せそうにない闇のトンネルの中で、僕は困窮していた。枕する停車場も近くなく、目の奥に映り込むバスターミナルからは遼遠に離れており、明暗定かでなく、そこまで歩いてゆく招待者でもなかった。闇の先に、闇の先にと歩いてゆく。風雲児だと鼓吹する意慾もなく、薄明のなかに彷徨い込んでゆく。瓦斯灯の光が一体いつのものだったか、時代感も憂えていた。愁傷の想いでふみ出す足をぐっと堪える。オーロラが降り注いできた。
幻想の中で薄暗がりのトンネルの中で美緒に逢えたこと、辿る記憶の浅ましさに自分自身でも崩壊しながら辟易していた。夢物語でも語らっているのか、美緒と会っていた時分から、物書きになりたい将来を語らっていたけれども、不成功に終われば一生地元のばか者、笑い者にされるだろう。故に成功するまで続ける他無くなり、「あきらめたらそこで試合終了ですよ」、との『SLUM DANK』の安西先生の言葉も胸を打つ。夢想し、辿る遠近の記憶の切れ端で美緒の断片の四季彩が豊かに光っていること、喪失を穴埋めするために書き始めた小説が一体何処に流れ着くか見当も付けず、遠方に遠方にと放り投げてきた。何人かの友人に手紙で見せたりもした。培われていた物が芽吹く花咲く感情と回顧癖を持ち合わせながら、夢物語が崩れ、前進したり後進したりをくり返す、美緒との別離の焦点が見えないながら、失ってしまった物の大きさに気付き、美化していた記憶の荒っぽさに、船が座礁してしまった想い。……
初産とは何か、……? 書き手であることは、赤ん坊(作品)を生み落とすことではなく、ふくらんだお腹の包みのなかに新しい命を身籠って、陣痛し続けることではないか? これは胎動だ。
空転した胎児の胎動の切実が、……書くことではないか、……?
怨親平等に生きていかないと、……。
そんな風に感ぜられた。
誘惑は口から溢れて、さよならのキスを、賛辞のように奪い取って行った。誘導は、基幹のように、教え込まれた感動を掬い取って行った。こんにちは、をする時まで、痙攣し続けていた。火炎を吐き、蒼い炎で包み込むまで、心臓を穿ち抜くような痕を撫でながら、それは聖痕であり、イエス様はすべてを御存知というメッセージを辿らせる物だった。アイツは器官をやって脳の構造が可笑しくなり、正誤判定が甘くなり鈍くなり、曖昧で薄ぼやけていて、ビビッドなグラデーションですべてを包み込もうとしていた。それは愛なのか、くどさなのか、情熱なのか、判定が甘かった。明るさで闇の世界を染め上げられるなら、すべてブライトなカラーで包み込みたかった。勝ち上げて、雄叫びを上げたかった。全否定されて、災厄の災難の時を過ごし、罰されて、恩赦の時を待っているかの様だった。やっつけられて、混同の季節を過ごしていた。隣接した艶が季節を色鮮やかに染め上げていた。対照的に、それは浮かび上がって行った。蛾のように。
心の闇の傷に、ぬらつく粘液性の軟膏を塗ったみたいであった。幻もほぼ無く、いつか完璧に無くなる、と信じ、声を振り絞って、筆を熾していた。病の恢復、それのみが望みであった。アレは一体何であったのだろう? 痛み、支配、不明、茫漠。無意識の、深層心理の闘い。……漸く僕は僕に慣れたみたいであった。嬉しい。幻聴の音声が消え、平然とした慶びが湧き上って乾上るのであった。恐怖は無く、現実のいろは、彼是、それらが、立ち会い難いが、毅然と実存しているのであった。
僕には芥川龍之介の憂いが分かる。
そういう感覚があった。でも、僕は死なず、生きてゆく。人と生きてゆく。僕は僕に生きてゆく。明日に生きてゆく。心の示す先の方角に向かって。
広がった睡蓮の湖面が波紋を反射し、水鏡に映った七色の射影が僕の老いづいた貌の輪郭を縁取るまで。
スキゾフレニアとは何か、……悪夢である。清く願う。もう、このような痛みを持つ人間が殖えていかないように、誰も恐い思いをしないように、と。
僕は僕の新しい夢を見る。朝の光が白銀のように鮮鋭に差し込んで来る窓、呆けた寒色のカーテンを力を込めて、開く。汚れ、黒ずんだベランダに、ブーゲンビリアの赤い花が咲き誇っている。
健全な酔いが明らかで、まるで僕は眠っているみたいで、鰾のように浮かんでいた。
よしっこれで借りはない。
これは眩しく小さく楽しく新しい青二才の頁の、自ずと輝く啓示の光だった。
……僕と美緒との結婚式の日、式は大勢の人々の列に包まれた。美緒がそう願ったように、大勢の人々に祝福されたのだった。美緒の亡き父もその列に参列していた。式場のなか、僕らは神父の前で結婚の誓いを固くし、キスをした。ファンファーレが鳴り響き、教会の外に出た後、美緒は後ろ向きにブーケを投げた。それを受け取った俊が「えー、俺?」と言って大笑いしたら、後は自動車が走り出すだけだった。横浜の夜景を眦に見詰めていた。
「ねえ、初めて出会った日を憶えてる?」
「中学校の廊下だったな。美緒と明日菜が並んで歩いていて、そこを俺が擦れ違った。美少女二人に面食らって、卒倒しそうだった」
「くすくす」
「まさか、そのまま結婚するなんてな。何のロマンもないけれど、それも人生の味かもな」
美緒は左手の薬指を見て、「二度と離さないでね」、と俺に向かって静かに言った。
「離さない」
風に囁くように、そう言祝ぐと、聖霊たちが僕らを讃えていた。俺はハンドルを握る手に、神の力を込めた。
<了> 285枚