九十八話 宿と部屋の選び方
小一時間後――
「ふむ、本当に不思議な光景だな」
「本当じゃな、サヤよ」
整理された石畳の道を歩きながら、サヤとシグレが興味津々といった様子で通りの景色を眺めている。
港ではゴブリンやホブゴブリンの姿が目立ったが、この通りにはそれらのモンスター以外にも警備の騎士、それと同じような鎧を纏ったオークなどが楽しげに会話している姿までもが見受けられる。」
「人間も亜人もモンスターも、みんな楽しそうに生活しています。まさかこんな世界があるなんて」
ほろ酔い気分でサヤたちの後ろを歩くアリサも、この港街――ルルンの陽気っぷりに改めて感動した様子だ。
ちなみに、港のマーケットには魅力的な屋台がたくさん呼び込みをしてきたが、サヤたちはライチ酒以外には口をつけていない。というのも、飲食街にフランたちのおすすめの店があるとのことなのだ。
一緒に過ごしていて、フランもヴァルカンも食にこだわりを持っていることをサヤは感じていた。
フランたちと一緒に入る店の料理は毎回どれも美味なのだ。さすがはSランク冒険者のチーム、そんじょそこらの冒険者とは舌の肥え方が違うのである。
◆
さらに歩くこと少し――
サヤたちは宿屋街にたどり着いた。
飲食街に行く前に、まずは今夜泊まる宿屋街の確保である。
今回の旅の目的はサヤと彼の率いる戦力拡大だが、別に急ぐ旅ではない。見聞を広める……もとい、観光を楽しんでやろうという腹積もりだ。
宿屋街を回りながら、今日泊まる施設を吟味するサヤたち。
色々迷った末に「せっかくだから奮発しよう」ということで、宿屋街でも奥の方にある高級宿屋の前にやってきた。
サヤたちが建物の前に近づくと、スーツを着た犬耳の獣人二人が人懐っこい笑みを浮かべて「ようこそ、Sランク冒険者とお仲間の皆さま!」「ご案内いたします!」とドアを開けてくれる。
もはや貴族や大商人が泊まるようなグレードの宿屋だが、どうやら冒険者でもSランクともなれば大歓迎の様子だ。
「こちらです」
そう言って、係の獣人が受付までサヤたちを案内する。
外装も立派なものだが内装も豪奢、それでいてどこか統一感があって落ち着く雰囲気に仕上がっている。
その上どうやらお香を焚いているようで、なんとも心休まる香りがエントランスの中を満たしている。
「ようこそお客様、歓迎いたします」
係の獣人と同じく上質なスーツをぴっちりと着こなした受付嬢がにこやかな表情をサヤたちに向けてくる。
「とりあえず一泊させてほしい」
「かしこまりました。どのようなお部屋をご所望でございますか?」
サヤの言葉に頷きながら、受付嬢が部屋の要望を聞いてくる。
「そうだな……」
受付嬢の質問に「ふむ……」と顎に指を当てるサヤ。
そんな彼の腕の中に抱っこされたグランペイルが、甘えるように頭をスリスリと擦りつけてくる。
「では可能な範囲で良い部屋を一つ、ベッドは大きめのものを一つで良い。フランたちはどうする?」
「……私とヴァルカン、ダークは一緒の部屋で。ベッドは二つお願いします」
何やらサヤとグランペイルをジト目で見ながら、受付嬢に要望を伝えるフラン。
シグレとアリサも、ぐぬぬ……! と悔しげな表情を浮かべながら「同じく……ッ」「です……ッ」と呻くような声で要望を伝える。
「……? かしこまりました。それでは部屋をご用意させていただきます」
受付嬢がフランやシグレたちの様子に不思議そうな表情を浮かべるも、ルームキーを用意しながら係の者たちにテキパキと指示を飛ばし、サヤたちを客室へと案内する準備を進めていく。
と、ここで――
「えへへ! サヤ様、夜が楽しみだな!」
そう言って、グランペイルがサヤの腕から、ぴょんっと飛び降りると本来の姿に変身する。
そのままサヤの上に自分の腕を絡め、甘えた様子で頬をすりすりし始める。
それを見た受付嬢が一瞬の硬直ののちに(あっ、そういうことですか……!)といった感じの表情を浮かべる。
子犬が美少女の姿の返信したことに驚いた様子ではあったが、それよりもベッドの大きさ、数の意味、そしてグランペイルの言葉の意味を改めて理解してしまったようで、何や口元が緩み頬はほのかにピンクに染まっている。
そんな受付嬢の反応などに気づく様子もなく、サヤは「ふむ、お前は素直だな。グラン」と優しい声で彼女の頭を撫でてやる。
「えへへ〜〜♡」
愛しの主人の優しい手つきに、グランペイルは甘い声を漏らすのだった。
仲睦まじい二人に、フランが冷たい視線を向け、シグレとアリサが「こ、今晩も……♡」「しちゃうんですね……っ♡」などと膨らませてアレな性癖をダダ漏れさせている。
「(にゅふふっ、フランちゃんももっと積極的にいかないと……)」
「(どんどん差が開いていってしまうな。さぁ、どうするご主人……!)」
端の方で、ヴァルカンとダークがまたもや野次馬根性丸出しで盛り上がっている。
そんな一行の姿を遠目に見ながら、係の獣人二人が――
(さすがSランク冒険者様たちだな……)
(強さの高みに至った傑物……やはり常識から逸脱されている)
などと、もはや尊敬しているのか失礼なのかもわからない感想を抱くのであった。




