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九十七話 港街ルルン

 船の食堂にて――


「それにしても、まさかお前の本来の姿がそのようなものであったとはな……」


 ダークがテーブルの上で丸くなりながら美少女形態となったグランペイルをまじまじと見つめる。


「ふふんっ、省エネモードの子犬の姿もサヤ様に抱っこしてもらえるから好きだが、こうして本来の姿に戻るのはやっぱ最高だぜ?」


 サヤの腕に自分の腕を絡ませながらダークとやり取りを交わすグランペイル。


「……このようのことになるとは本当に予想外でしたね」


 静かに、それでいて何となく悔しげな声色でフランがサヤとグランペイルを見ている。

 それに続きシグレとアリサが――


「まったくじゃ、普段から何でもないような顔をしておいて抜け駆けしおってからに……!」


「お母さまに出し抜かれただけでも屈辱だったのに、その上可愛がっていたグランペイルちゃんに先を越されるなんて……あんまりです!」


 まだ朝だというのに二人揃って酒を飲みながら管を巻いている。


 そんな二人などお構いなしに、グランペイルが「サヤ様、あ〜んだ♡」と頬を赤らめながら魚のムニエルを突き刺したフォークをサヤの口元に運ぶ。


「ふむ、お前は本当に可愛いやつだったんだな」


 そう言って、突き出されたフォークからムニエルを口の中へと入れるサヤ。

 グランペイルは「えへへ〜、そう言ってもらえると嬉しいぜ……」と恥ずかしそうに太ももをもじもじする。


「「きぃぃ〜〜〜〜!?」」


 シグレとアリサは発狂寸前である。

 なんならフランでさえも「……むぅ」と、珍しく羨ましそうに声を漏らす始末だ。


「(おい、ヴァルカン嬢! ご主人が嫉妬しておるぞ……!)」


「(ダークちゃん、これは今後の展開に期待にゃね……!)」


 にゅふふ……と、ダークとヴァルカンは静かに笑い声を漏らし、相変わらずの出歯亀っぷりを発揮しているのであった。


 ◆


 そんなこんなで一週間と数日後――


「サヤ様、どうやらそろそろ着くみたいだぜ?」


 部屋の窓から外を眺めながら愛しの主人へと声をかけるグランペイル。


「ほう、なかなか立派な港街ではないか」


 グランペイルを後ろから抱きしめながら、一緒に窓の外を眺めるサヤ。

 その視線の先には船が何十隻も並ぶ港街が広がっていた。


「にししっ、こうしてサヤ様に抱きしめられるの、すごく嬉しいぜ」


「む、そうか? 我も〝グラン〟と一緒にいられて嬉しいぞ」


 サヤの腕に自分の両手を絡ませながら喜びの声を漏らすグランペイル。そして彼女の言葉に優しげな声色で応えるサヤ。

 この船旅で二人の絆はより深いものへと変化していった。呼び名などに興味などなかったサヤが、グランペイルのことを愛称で「グラン」と呼ぶほどにだ。


「なぁ、サヤ様?」


「どうした、グラン」


「外を歩く時は子犬の姿に戻ってもいいか?」


「もちろんいいが……どうしてだ?」


 唐突なグランペイルの質問に、小さく首を傾げるサヤ。

 するとグランペイルからこんな答えが返ってきた。


「一緒にイチャイチャするのは大好きなんだが、たまには抱っこでしてもらって甘えたいんだ」


 ……と。


「グラン……よかろう、外で過ごすときは子犬の姿に戻れ。だが今は――」


「あっ、サヤ様……っ♡」


 サヤがグランペイルの首筋にそっと触れる。何が始まるのかを察した彼女は、甘い声を漏らすのだった。


 ◆


 それから少し――


「ほう、これは……」


「すげー光景だな、サヤ様!」


 船を降りたサヤ、そしてその腕の中に抱かれた子犬姿のグランペイルが声漏らす。


 その視線の先には数えきれないほどの港市場が広がっており、店先では人間や、エルフ、獣人、そしてゴブリンを始めとしたモンスターの数々が笑顔でやり取りをしながら食品などの買い物を楽しんでいる。


「ふふっ、興味津々といった様子ですね。サヤ?」


「ああ。フラン、本当にお前が言っていた通り、この国は人間とモンスターが共存して栄えているのだな……!」


 フランの問いかけに、サヤにしては興奮した声で答える。

 初めてみるこの光景は、サヤにとっては未知の――もはや新世界。

 心も頭脳も成長したとはいえ、いや……成長したか今のサヤだからこそ興奮を覚えるのだ。


「ほう! これはこれは!」


「こんな景色は初めてです! すごい活気ですね!」


「にゃはは、シグレちゃんとアリサちゃんも興奮してるにゃね」


「この国は特殊だからな、無理もない。妾も最初は驚いたものだ」


 おのぼりさんな雰囲気で声を上げるシグレとアリサ。そんな二人を微笑ましい目で見ながらヴァルカンとダークが後からついてくる。


 そんなタイミングであった――


「お、そこのエルフのにーちゃん! べっぴんさんたちを連れてて羨ましいな!」


 と、威勢の良い声が聞こえてくる。

 声のした方にサヤが視線を向けると、立派な屋台の中からホブゴブリンが人懐っこい笑顔を向けていた。


「どうだ? よかったら連れている子たちにこの国特産の果実酒をご馳走してやらないか?」


 そう言って、ホブゴブリンは洒落たデザインの酒瓶を見せてくる。


「ふむ、特産酒か。どのような味わいなのだ?」


「コレはこの国で獲れるライチって果物を使った果実酒でな。上品な甘味とスッキリとした後味、そして何と言っても香りがいいんだ! よかったら匂いだけでも嗅いでみてくれよ!」


 酒瓶のフタを開け、コレまた洒落たグラスに半透明の白い中身を注ぐホブゴブリン。それをサヤに「あいよっ」と言って差し出してくる。


「ふむ……」


 興味津々といった様子で香りを嗅ぐ。

 するとサヤは「おお、コレはいい香りだ。人数分用意してくれ」と言って、懐から硬貨の入った袋を取り出す。


「さすがSランク冒険者様! 今用意するぜ!」


 そう言って屋台のテーブルの上に人数分のグラスを用意するホブゴブリン。


 サヤに言われてシグレとアリサがライチ酒に口をつけると――


「なんと! 美味いのじゃ!」


「不思議な香り、でも好きです!」


 と、表情をキラキラとさせる。


「ふふっ、懐かしいですね。ヴァルカン」


「ほんとにゃ! フランちゃんたちと初めてこの国に来た時のことを思い出すにゃん!」


 フランとヴァルカンもライチ酒を味わいながら、何やら昔を懐かしいでいる様子だ。


「よっしゃ、俺も味わってやるぜ!」


 そう言って、グランペイルが元の姿に戻ろうとする……のだが――


「グランペイルよ。お前、妾だけ除け者にする気ではなかろうな?」


 そんなセリフとともにダークがジー……っと、冷たい視線を彼女に向ける。


「ちっ、わーったよ! さすがにお前だけ酒が飲めないのはかわいそうだもんな」


 そう言ってグランペイルはダークの頭に、前足をぽんっと置いてやるのだった。

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