九十六話 悪魔の美少女
その日の夜中――
豪奢な客室の中で、サヤは眠りに就いていた。
しかし、何やらあたたかい……そして柔らかな感触を自分の腕に感じて目を覚ます。
「おお! 起きたか、サヤ様!」
枕元からそんな声が聞こえてくる。
ゆっくりと、隣に視線を送るサヤ。
そんな彼の瞳に、窓の外から差す月明かりに照らされた一人の少女の顔が映る。
ヴァイオレットシルバーの長髪、透き通った、それでいてどこか力強さを感じさせる髪と同じ色の瞳。顔は少々幼さを感じさせるが整っており、誰が見ても美少女と呼ぶであろう……そんな娘だ。
「お前……グランペイルか?」
少女の瞳を見つめながら、サヤが問いかける。
すると少女は――
「さすがサヤ様! この姿になっても俺だと気づくとはな!」
と、興奮した声を上げる。
「ふむ、やはりそうか。雰囲気でわかった」
言いながら、サヤは体を少女――グランペイルの方へと向ける。
「グランペイル、お前は人間の姿にもなれたのだな、というかメスだったのか」
「その通りだ! というより、これが俺の本来の姿だ。サヤ様との戦いで力を使い果たしてこの姿に戻れなくなっていたんだが、ようやく完全回復が終わってな!」
ニシシっ、とイタズラっぽい笑いを漏らしながら説明するグランペイル。
何やら彼女の腰の下あたりで動くものがあるなと思いサヤが視線を向けると、少し長めの悪魔尻尾が嬉しそうにペシペシと動いている。耳も少しだけ尖っており、完全に人間の姿というわけではないらしい。
「それで、お前はどうして我の腕を挟んでいるのだ?」
そう言って、自身の腕に視線を移すサヤ。
言葉通り、彼の腕はグランペイルの豊かな膨らみに包まれている。
「せっかく元の姿に戻れたことだし、サヤ様に抱いてもらおうと思ってな! どうだ、俺の本当の姿はなかなか魅力的だろ?」
少し頬を赤らめ、上目遣いでサヤのことを見つめるグランペイル。
そのままゆっくりと、自分の足をサヤの足に絡めてくる。
「なるほど、確かに魅力的だな。いいだろう」
その言葉を聞き、グランペイルが「やったぜ!」と嬉しそうな声を上げる。
あまりにもあっさりとグランペイルを受け入れることにしたサヤだが、それには理由がある。
もともと、サヤはマリナから強き者はその種を多くの女性に授ける義務があると言われていた。そしてさらに、昨夜リューイン侯爵を始めとした貴族たちに「貴族になったのであれば、そして領爵に慣れるほどに優秀なオスであれば、沢山の子孫を残しその地を広めるように」と、同じことを言われていたのだ。
それに――
(グランペイルであれば、良いな)
心の中で、そんなふうにサヤは思う。
普段からのグランペイルの甘えっぷりに、サヤは心を許していた。
そして彼女からは尊敬以外にも何らかの好意的な感情も伝わるような気がていた。
今となり、それがグランペイルの抱くサヤへの恋慕だったのだと気付いたのだ。
「サ、サヤ様、俺はこう見えて初めてなんだ。優しくしてくれよ……?」
「ああ、任せろ」
月明かりに照らされて、二人の唇と唇がそっと触れ合う――
◆
翌朝――
「ご主人様、おはようございま――うあぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」
「アリサよ、いったい何を騒いで――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」
サヤの部屋へとやってきたアリサとシグレがこの世の終わりのような叫び声を上げる。
無理もなかろう、ベッドの上であられもない姿のサヤと謎の美少女がスヤスヤと寝息を立てているのだから。
「む、アリサとシグレか」
二人の声でゆっくりと起き上がるサヤ。
少し遅れて謎の美少女――グランペイルも目を覚ましサヤの体にしなだれかかる。
「ご、ご主人様、その女の子は……」
「いったい、いったい誰なのじゃ……!」
衝撃のあまり、体をぷるぷると振るわせながら二人揃ってサヤの腕の抱かれるグランペイルを指差すアリサとシグレ。
そんな二人の姿に、ニシシっと笑うグランペイルの姿が紫の光に包まれ――
「ったく、俺だよっ」
そんな声とともに、光の中から普段の子犬の姿を現した。
「なぁっっ!?」
「グ、グランペイルちゃん!?」
素っ頓狂な声を上げるシグレとアリサ。
そんな二人の反応に、グランペイルは「ふふんっ」と得意げな表情を浮かべてみせる。
まるで「油断していたな? お前たち」とでも言っているかのような、そんな雰囲気だ。
「ま、まさかこのようなダークホースが潜んでいようとは……」
「いくら何でもこんなの予想するのは無理ですぅ〜〜っ!」
ようやく何が起きたのかを理解したのか、シグレとアリサがその場にくずおれる。
「よし、サヤ様! 昨日の続きをしようぜ!」
ワクワクした声とともにグランペイルが再び本来の姿へと変身する。
抱きついてき彼女に、サヤは「ふむ、いいだろう」と言って指と指を絡め始める。
「み、見せつけるのはダメなのじゃっっ♡」
「や、やん! そんなの見せられたら疼いちゃいます……♡」
妖刀娘とエルフ娘は、揃って悩ましげな声を漏らすのだった。