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九十五話 領爵の船出

 翌朝――


「この都市ともまたしばらくお別れだな」


 そう言って、馬車の窓から外の景色を眺めるサヤ。


 昨日の祝宴は四次会まで続き、サヤたちは侯爵家に泊まらせてもらった。

 侯爵家で朝食としばしの別れの挨拶を済ませ、用意してくれた馬車で港まで移動中である。


「うぅ〜……馬車の揺れが頭に響きますぅ……」


 サヤの隣でアリサが呻き声を漏らす。

 彼女はサヤの叙爵が嬉しかったあまりに、昨夜飲み過ぎてしまったらしく早朝からこのざまである。


「お前、これから船に乗るのに大丈夫かよ……」


「うぅっ、想像したくないですぅ……」


 サヤの膝の上からグランペイルが問いかけると、アリサはそんな言葉とともに身震いするのであった。


「シグレ、癒しの力でどうにかできないのか?」


「サヤよ、効果はある程度あると思うがワシはやらん。酒の怖さは身をもって体感し、反省するのが一番なのじゃ」


 サヤの言葉に、シグレはキッパリと言う。

 アリサが「そ、そんなぁ……」と弱々しく声を漏らすが、サヤは(確かに、シグレの言う通りだな)と納得し、再び窓の外に視線を戻す。


 そんなサヤたちのやり取りに、フランたちは苦笑するのであった。


 ◆


 港にて――


「ほう、アレか。立派な船ではないか」


 馬車から降りたところで、港に停泊する船の数々――その中でも一際大きい船の姿を眺め眺めるサヤ。そう、それこそが今回サヤたちをシャンダーレ王国へと運ぶ客船なのである。


 ゆったりと歩きながら船の方へと近づいていくサヤたち、その途中で――


「おい見ろ。あの冒険者タグ、Sランクだ」


「ほんとだ……って、待て。あれは噂の領爵様じゃないのか!?」


 そんな声がサヤたちの耳に聞こえてきたかと思えば、漁師や港で働く者、そして市場に買い物に来た者たちが一斉に視線を向けてくる。


「どうやら、すでにサヤが領爵になったことは都市中に知られているようですね」


 そう言って、ダークを胸に抱きながらサヤの隣を歩くフラン。


 彼女もSランク冒険者だというのに、住民たちはサヤの話題で持ちきりだ。

 それだけ、都市に住まう者たちとっても新たな領爵の誕生というのは喜ばしいことなのだろう。


 住人たちの視線を浴びながら、サヤたちは乗船の手続きを始める……のだが、どうやら侯爵家が手回しをしていてくれたようで、用意していたチケットを見せる前に係の者たちが案内を始めた。

 サヤたちが侯爵家の馬車で現れた時点で――否、そもそも侯爵家の馬車で現れることを見越して待機していたようだ。


「まるで貴族のような扱いだな」


「何言ってるにゃん、もうサヤくんは貴族にゃよ」


 船の入り口へと伸びる階段を登りながら呟くサヤに、ヴァルカンは苦笑するのであった。


 ◆


「ほう、素晴らしい部屋だ」


 乗組員に案内された部屋の内装を見て、サヤは満足げに頷く。

 その言葉を聞き、乗組員が「お気に召したようで何よりです」と頭を下げる。


「侯爵家から急なことを言われて用意してくれたのだろう、すまんな。そして感謝する」


「とんでもございません! 領爵様からそのようなお言葉をいただけるなんて感激です!」


 サヤは素直な気持ちを伝えただけなのだが、爵位を持つ者からの言葉に案内をした乗組員は興奮した様子でそう答える。


 部屋は広く、ベッドも大きい。なかなかに豪奢な内装になっており、身分のある者向けに用意されたものだとサヤでもわかる。


「うお! サヤ様、このベッド侯爵家に負けず劣らずだぜ!」


 楽しそうな声を上げながらベッドの上でぴょんぴょんと跳ねているグランペイル。


 この部屋にはサヤとグランペイルが泊まる予定だ。

 本当はサヤ専用に用意された部屋なのだが、ずっと一人で過ごすのも退屈だと思いグランペイルを置くことにしたのだ。


 もちろん、領爵であるサヤの同行者ということで、シグレやフランたちにも良き部屋が用意されている。


 乗組員は部屋についていくつかの説明を終えると深くお辞儀をしてその場を去っていった。

 扉が閉まると部屋の外から「おい、どうだった?」「感謝の言葉をいただいたぞ! 素晴らしきお方だった!」などと、どうやら外で待機していたであろう他の乗組員との会話が聞こえてきたりするのだが……サヤは特に興味ないといった様子だ。


「せっかくだ。グランペイルよ、甲板に行くとしよう」


「了解だ、サヤ様!」


 サヤの言葉に嬉しそうに答えるとグランペイルは、ぴょんっ! とサヤの胸に飛び込んで抱っこしてもらうのだった。


 ◆


「あ、ご主人様!」


「ふむ、やはり来たな」


 甲板に上がると既にアリサとシグレがサヤを待っていた。

 アリサの元気っぷりを見るに、結局シグレに二日酔いを治してもらったようだ。


「んにゃ、サヤくんたちも揃ってるにゃ」


「甲板からの出発の景色、やはり船旅醍醐味ですね」


 そんな声とともにヴァルカン、フランが甲板に上がってきた。

 フランの胸の中で抱かれたダークが「おい犬、サヤ殿と一緒の部屋になったからといって調子に乗るなよ?」とグランペイルを牽制するのだが……


「ふんっ」


 グランペイルはドヤ顔をキメるとともに鼻で笑う。


「くっ、貴様……!」


 グランペイルの態度にダークが、むかっ! と何かを言おうとするのだが、そんなタイミングで船が出発の汽笛を鳴らす。


 そして港から――


「領爵様! いってらっしゃいませ!」


「良い旅をー!」


 そんな声が聞こえてくる。

 サヤたちが港側に視線を向けると、大勢の住人たちが手を振っているではないか。


「サヤよ、爵位を持つ者として皆の気持ちに応えてやってもいいのではないか?」


「む? ……そうだな、シグレ」


 シグレの言葉に頷くと、サヤは見送ってくれる者たちに視線を送りながら、自分の顔を高さに手を上げて応える。

 それを見て、漁師を始めとした港の者たちは興奮した声を上げるのであった――。

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