九十四話 叙爵
それから少し、サヤたちはとある建物の前で馬車を降りた。
本当であればこのまま昼食を……と言いたいところであったのだが、急用ができてしまったのだ。
「まさか我がこのような場所にくることになるとはな……」
そう言って、建物の方へ視線を向けるサヤ。建物のガラスで出来た壁面……ショーウィンドウには煌びやかな服を来たマネキンたちが色鮮やかに並んでいる。
「ふふっ、サヤの晴れ姿。楽しみですね」
イタズラっぽい視線をサヤに向けるフラン。
というのも、二日後の夜にリューイン侯爵がサヤの叙爵を記念して……というか、この都市や周辺都市の貴族や有力者たちに知らしめるために、祝賀パーティを開くと言い出したのだ。
フランたちはともかく、サヤを始めとした面々はそのような場に適した服装は持っていないため、こうして目の前の建物――貴族御用達の服飾店へとやってきたわけである。
サヤたちが降りてくると「ようこそおいでくださいました!」と、服飾店の店員たちがドアを開けて出迎える。
こんな格好をした自分たちにずいぶんと大仰な……などとサヤは思ったが、よくよく考えてみればそれは自然である。何せ、サヤたちは侯爵家の家紋が入った馬車から降りてきたのだから。
「店主、こちらは新たにこの都市で領爵へと叙爵されたSランク冒険者のサヤ様とその仲間の皆様です。二日後に祝賀パーティがありますので、それに見合った服装を用意してください」
そう言って、屋敷から一緒についてきた使用人が服飾店の店主へと用件を告げる。
「なんと! 領爵様でございますか、それでは素晴らしい! お似合いのお召し物をご用意させていただきます!」
興奮した様子で声を上げる店主。そんな彼に若干引きつつも、サヤたちはパーティー用の服装を仕立ててもらうのであった。
◆
二日後の夕刻――
「おお、待っていたぞ!」
そんな声とともに屋敷でサヤたちを出迎えるリューイン侯爵。
皆の格好を見て「ふむ、素晴らしい!」と豪快に笑う。
サヤは華やかな、それでいてある程度色を揃えてスマートな印象を与える貴族の間で流行っているというパーティー向けの服装に。
シグレとアリサ、それにフランとヴァルカンも背中が大きく開いたドレスを身に纏っている。
ダークとグランペイルさえも、犬猫用の可愛らしい……それでいて上質な服を着ている。グランペイルはどうにも落ち着かない様子だが、今回は我慢してもらうしかないであろう。
「ではサヤ、そしてその仲間たちよ。行くとしよう」
そう言って祝宴場へと歩いていくリューイン侯爵。中に入ると、すでに貴族や大商人などのたちが談笑をしている様子だが――
「おお! 侯爵様のお見えだ!」
「ということはその隣にいるが……」
などと、一斉にサヤたちに視線が向く。
「き、緊張します〜……」
自分たちの方へと視線が集中したことで、緊張のあまりプルプルと震えだすアリサ。
そんな彼女の肩に、サヤが「大丈夫。戦いに比べれば気楽なものだ」と言って手を置いた。
「サヤ様……ふふっ、ありがとうございます」
サヤの言葉に安心したのか、アリサは笑顔を浮かべ体の震えを止める。
それを見計らったタイミングで、リューイン侯爵が口を開く。
「皆、よく集まってくれた。今回集まってもらったのは既に伝えている通り、この者――Sランク冒険者であるサヤを我が領地の領爵として迎え入れたからである」
リューイン侯爵の言葉は続く。
「サヤ領爵は先のホフスタッターの件で大悪魔グランペイルを撃破し、さらにはナツイロ公国で不死者ノ王であるエンシェントヴァンパイアさえも降したSランク冒険者の中でも屈指の実力者である」
「なんと! ホフスタッターの件を解決した英雄はサヤ様であったのか!」
「それだけでなく不死者ノ王までも……!」
リューイン侯爵の言葉に、下級貴族や商人たちが思わず興奮した声を漏らす。
その反応を見て、リューイン侯爵は満足そうに頷く。
そんなタイミングで、執事がとあるものを載せたトレーを持って現れた。
「サヤよ、貴殿にこれを授ける」
そう言って、トレーの上に載ったもの――眩い光を放つ宝石などで装飾された短剣をサヤへと差し出す。
「おお……! 素晴らしい逸品、さすがは侯爵家に連なる領爵の証!」
そんな貴族の声が聞こえてくる。
(なるほど、そういうことか)
状況を理解したサヤは「ありがたき幸せ」と言って、両手で短剣を受け取る。
「うむ! これからの貴殿の活躍に期待する!」
そう言って、リューイン侯爵は心底嬉しそうな表情で大きく頷く。
「それでは皆、グラスを手に!」
彼の言葉で、会場の皆が近くの使用人たちから一斉に葡萄酒の入ったグラスを受け取り、雛壇のサヤたちにも同様のものが配られる。
「新たな領爵の誕生を祝って!」
「「「新たな領爵の誕生を祝って!!」」」
リューイン侯爵の音頭で、皆一斉に興奮の声とともにグラスを掲げるのであった。
「サヤよ、本当に立派になったのう……!」
「ご主人様、私は嬉しいです……!」
感極まったのか、シグレとアリサは半泣きする始末である。