九十三話 許された共存③
「シグレ、落ち着け」
そう言って、そっとシグレを宥めるサヤ。
「すまんのじゃ、あまりに嬉しくてついのう……」
少し恥ずかしげな表情を浮かべながら、それでていてまだ物足りなそうな様子でサヤからそっと離れるシグレ。
そんな彼女にまたもや苦笑しながら、リューイン侯爵が言葉を続ける。
「どうだ、サヤ。領爵になってはくれぬか? 貴殿ほどの冒険者であれば是非とも欲しい。フランたちからの信頼も厚いしな」
「ふむ……」
リューイン侯爵の誘いに、顎に指を当てて少し考えるサヤ。
そして――
「シグレ、どう思う? 我としてはいい話だと感じている。Sランク冒険者になったとはいえ、里のエルフはもちろん、新たに加わったドラキュリアとその配下たちのことを考えれば、資金源はあるに越したことはない」
自分の意見を踏まえつつ、サヤはシグレに問いかける。
「サヤよ、本当に成長したな……。その通りじゃ。抱えるもの、そして守るものが増えた以上、安定して供給される資金は必要不可欠じゃ」
三度目になるが、サヤの成長ぶりに感服しつつその意見に同意するシグレ。
さらに言えば、今回のシャンダーレ王国での作戦が成功すれば何体かのドラゴン種を配下に加えることになる。
食料などのことを考えれば、資金はあればあるほどいい……というよりは、もはや必須である。
「どうやら話を受け入れてもらえるようだな?」
満足そうな表情を浮かべながらリューイン侯爵はサヤに聞く。
対しサヤは――
「その話、ぜひ受けたい。だが、それはこれを見てもらってからだ」
そう言って、エルフ化の術を解いてスケルトンの姿へと戻ってしまったではないか。
「ご主人様!?」
「サヤ、一体何を……!」
突然の、そして思いもよらぬサヤの行動に驚愕の声を漏らすアリサとシグレ。
彼女たちの声などお構いなしに、サヤが再び口を開く。
「さぁ、どうする?」
……と。
「ふむ、本当にスケルトンであったのだな」
冷静な、それでいてどこか楽しげな声色でサヤを見つめるリューイン侯爵。
彼の反応を見て、サヤは「なるほど、知っていたようだな」と言って、部屋の一口付近で見張りをしていたダニーへと視線を向ける。
「悪いな、サヤ。ヴァルカンたちが一緒にいるから信用はしていたが、俺たちは侯爵様の直属部隊、全てを報告する義務がある。もっとも、侯爵様も信用してくださると理解した上で報告させてもらったがな」
少し困ったような表情を浮かべながら、ダニーはサヤに裏事情を説明するのだった。
「そういうことだ、サヤよ。改めて、我が領地の領爵を引き受けてほしい」
黙っていて悪かったな、と言いながら再度誘いの言葉をかけてくるリューイン侯爵。知っていたとはいえ目の前にモンスター、それもアンデッド種が現れたというのに大した胆力だ。
もっとも、執事に関してはこの事実を知らされていなかったようで、リューイン侯爵の隣で腰を抜かしている……のだが、何とか冷静を取り戻し「失礼いたしました」と言ってすぐに立ち上がってみせた。
「わか……りました。その話、受け……お受けします」
やはりまだまだ違和感のある敬語を使いながら、リューイン侯爵の誘いを快諾するサヤ。
リューイン侯爵も「うむ! これからよろしく頼むぞ、サヤよ!」と言って右手を差し出してくるのであった。
「とはいえ、ずっとここに身を置くことは難しい。それに、我らはこれから旅に出るところだ……です」
「うむ、それは聞いておるから安心しろ。今は貴殿ほどの冒険者を囲えたことが何よりだ」
貴族にしてはストレートな、飾らない言葉で侯爵は締めくくる。
◆
数刻後――
「ふぅ、ようやく終わったな」
侯爵家の馬車に揺られながらホッと息を吐くサヤ。
あのあと、話がまとまったところで領爵になるにあたっての詳しい説明や手続きを済ませたのだが、気付けばこの時間である。
「皆、特にフランたちは付き合わせてしまって悪かったな」
「気にしないでください、サヤ。珍しいものが見られて楽しかったですよ。それに、知性を感じられるサヤの言動の数々は、見ていてその……とても魅力的でした」
サヤの言葉に頬を赤らめながら返すフラン。
それを見てヴァルカンとダークが――
「(にゅふふ、フランちゃんったら……)」
「(ぬふふ、完全に恋する乙女だな……)」
などと小声で笑っている。
相変わらずの二人の野次馬根性に、ダークが「こ、こいつら……」と引きつった表情を浮かべているのだが、それはさておく。
「魅力的といえば……フラン、それにヴァルカンとダークよ。お前たちはすごいな。お前たちが信用しているという理由だけでモンスターである我が領爵になれてしまったのだからな」
そう言ってフランたちを感服した表情で見渡すサヤ。
しかし――
「サヤ、それは違いますよ」
「そうにゃ、もちろん私たちがサヤくんを信用しているというのもあるけど、理由はそれだけじゃないにゃん」
「ああ、サヤ殿は迷宮で囚われた妾を救い出し、都市ホフスタッター、そしてナツイロ王国を救った。その強さ、そして正義感を侯爵様は評価されたのだ」
優しい表情でそんな言葉を紡ぐフラン、ヴァルカン、そしてダーク。
そんな三人の思いに、サヤは「そうか……」と何ともぶっきらぼうな物言いをしながら、頭を掻くのであった。




