八十七話 不死者ノ王、爆誕
王都ルナのギルド、そのギルド長室にて――
「なんと、まさか不死者ノ王の出現が原因だったとは、しかもその不死者ノ王を配下にしてしまったと……」
フランたちの報告を聞いて、ギルド長が思わずため息を漏らす。
もしも都市に、不死者ノ王が出現した場合、個体にもよるが滅ぼされてしまう可能性もあった。
あったかもしれない未来に、ギルド長はさぞ肝が冷えたことだろう。
Sランク冒険者であるフランの報告、何より元不使者ノ王であるドラキュリア本人を連れてきていることもあり、依頼は達成となった。
しかし、サヤに不使者ノ王の称号が引き継がれたことは伏せておいた。
彼がスケルトンであるという話が広まれば厄介ごとになるのは必至だったからである。
◆
「お帰りなさいませ、旦那さま!」
フランの屋敷にて、サヤたちの帰りをマリナが出迎える。
リビングにて、サヤたちは今回の出来事をあらかた説明する。
「モンスターを従えるどころか、まさか不死者ノ王にまでなってしまうなんて……」
サヤたちの話を聞き終わったところで、マリナが呆然と声を漏らす。
だがすぐに「さすが旦那さまね……」と、うっとりとした表情を浮かべながら、サヤに寄り添う。
『サヤ様、実は貴方様を案内したいところがありますわ』
何やらサヤに寄り添うマリナに羨ましそうな視線を送りながら、ドラキュリアが話かけてくる。
「案内したいところだと?」
『はい、ワタクシの城です』
サヤが首を傾げると、ドラキュリアはそう答えた。
◆
サヤたちは再び迷宮の最奥へと戻ってきた。
戻ってきたサヤたちを、ミノを始めとしたモンスターや、アンデッドが出迎える。
『こちらです』
そう言って、ドラキュリアは迷宮の壁に手を当て、小さな魔法陣を展開する。
するとどうだろうか、壁はその一部を失い大きな通路が出現したではないか。
【なるほど、隠し通路というわけじゃな】
目の前の通路を見て、シグレが感心したかのような声を漏らす。
ドラキュリアを先頭に、通路の中を進むことしばらく――
サヤたちは岩場に隠れた浜辺へと出てきた。
『外に出れば、ワタクシは〝ゲート〟を開くことができますの』
そう言って、ドラキュリアが今度は巨大な魔法陣を描き、そのまま中に入っていく。
サヤたちは警戒しながら中へと進む。
「これは……」
「お城にゃね……」
魔法陣の中から出てきたところで、アリサとヴァルカンが声を漏らす。
鬱蒼と生茂る木々、その中心に、月に照らされた巨大な城が聳え立っていたのだ。
ドラキュリアの姿が城の庭に繋がる門の前に立つと、門が開いた。
退廃的な何かの像や噴水のある広大な庭を抜け、巨大な城の扉の前に立つドラキュリア。
再び門が開き、ドラキュリアを先頭にサヤたちを招き入れる。
あまりにも巨大な城だ。
一緒についてきたペドラやゴーレさえも通れてしまうほどである。
中に入ると広大なエントランスホールが広がっていた。
通路の両傍に、スケルトンを始めとしたアンデッドたちが無言で頭を下げ、彼女を出迎えている。
その際に、一体のアンデッドに向かい、ドラキュリアが『玉座の間に皆を集めなさい』と伝える。
エントランスホールの中心まで来たところで、ドラキュリアは足を止める。
『玉座の間に転移します』
そう言って、指をパチンッ! と打ち鳴らす。
すると皆は赤黒い光に包まれ、気づけばこれまた広大な空間へと転移する。
エントランスホール以上に、豪奢な装飾の施された空間だ。
そしてその奥には、豪奢だが禍々しい造りの玉座のようなものが確認できる。
『サヤ様、シグレ様、こちらへ』
そう言って、二人を連れて玉座の方へと歩き出すドラキュリア。
そうしている間に、玉座の間には次々に様々なアンデッドが転移してきて、あっという間に広大な空間が埋まる。
「とんでもない数のアンデッドですね……」
『しかも半数以上が上級アンデッドか……』
アンデッドが列を成す様子を最前列で眺めながら、フランと彼女に抱っこされたダークがそんなやり取りを交わす。
ドラキュリアの案内で、玉座の隣に立つサヤとシグレ。
そんなタイミングで、アンデッドが集まりきったのか、ドラキュリアがヒールをカツッと鳴らし前に出る。
『聞け、我が眷属たちよ!』
ドラキュリアが高らかに声を上げる。
その声を聞き、アンデッドたちがより一層静かになる。
『単刀直入に言う。今回の戦力拡大作戦の途中、ワタクシはこのお方に敗北し、不死者ノ王の称号を譲渡しました』
そう言って、優雅な手つきでサヤを指すドラキュリア。
彼女の言葉を聞いて、眼下のアンデッドたちが騒めきだす。
そのタイミングで、ドラキュリアが『サヤ様、スケルトンの姿に変身してください』と小声で伝える。
よくわからないが、とりあえずスケルトンの姿に変身するサヤ。
シグレは何となく理解しているようで、自分も妖刀の姿へと変身する。
それを確認したところで、ドラキュリアがサヤに『玉座に手を触れてください』と伝えてくる。
彼女に言われたとおりに、玉座へと手の骨を触れるサヤ。
すると玉座が、赤黒い輝きを放ったではないか。
『おお……玉座が反応を示した……!』
『新しい我らが王の誕生だ……ッッ!』
玉座が光ったのを見て、アンデッドたちが興奮したやり取りを交わしているのが確認できる。
『サヤ様、これにて不死者ノ王の称号は正式に貴方様のものになりました。これより、この城、そしてこの城に住うアンデッド、そしてワタクシ――その全てが貴方様のものですわ!』
興奮した様子で、サヤの前に跪くドラキュリア。
「…………は?」
彼にしてはどうにも間抜けな声を漏らすサヤ。
そんな声など掻き消す勢いで、ザッ! と音を立てて眼下のアンデッドたちも一斉に跪く。
『さぁ……サヤ様、玉座にお座りください』
有無を云わさぬ様子で、サヤを見上げてくるドラキュリア。
少々戸惑った様子のサヤに、シグレはクツクツと笑いながら、座るように声をかける。
シグレに言われたのであれば仕方あるまい。
そう思い、玉座の間に、ドカッ! と座るサヤ。
次の瞬間、眼下のアンデッドたちが一斉に咆哮を上げた。
『新たな王の誕生だ……!』
『王よ、我らをお導きください……ッ!』
『不死者ノ王、万歳……ッッ!』
そこらじゅうから、そんな声が聞こえてくる。
『すげーぜ! サヤ様、こんな戦力を手に入れちまうなんて!』
『キシャ! まさか本当の王になられるとは!』
『グギャ! 我ら、どこまでもついていきます!』
ミノ、ペドラ、ゴブイチたちも歓声を上げている。
その横で、アリサやヴァルカンは引きつった表情を浮かべている。
それとは反対に、マリナとフランはサヤを見上げてうっとりした表情だ。
ここに来て、サヤはようやく理解した。
不死者ノ王となった自分は、その称号だけでなく、ドラキュリアの持っていた全てを引き継ぐことになるという事実に――。
『さぁ、新たな王よ、配下たちに何か言葉を……』
ドラキュリアがサヤにそんな指示を出してくる。
しかし、このような場面での気の利いた言葉をサヤは持ち合わせていない。
(ならば……)
徐に、サヤはシグレの柄に手をかける、
そしてゆっくり引き抜くと、その切っ先を天高く掲げる。
闇を纏ったスケルトンが、無言で妖刀を天に向かって掲げる姿――
たったそれだけで、玉座の間はさらなる歓声、そして興奮による咆哮に包まれた。
(まったく、まさかここまで大物になってしまうとはのう……)
サヤの手の中で、シグレはそんなことを思う。
今回、サヤの手に入れた称号、戦力、富……それらは、下手をすれば魔王軍に匹敵しかねないものだった。
シグレは親として、パートナーとして、サヤの成長を嬉しく思うとともに、彼の成し遂げた偉業に畏怖の念も同時に抱くのである。
彼の名はサヤ。
迷宮で生まれし最下級モンスターだ。
彼はやがて世界を支配し、無敵の軍勢を率いる《最強》の剣魔王となる――。