八十話 エンシェントヴァンパイア
「やりましたね、グランペイルちゃん!」
『ガハハハハ! 余裕だったな!』
勝利を確信したところで、アリサとグランペイルがそんなやり取りを交わす。
バーンを始めとしたモンスターたちも、勝利の雄叫びを上げている。
そんな時だった……
『――クフフフ……、まさかワタクシの配下が敗北するとは思いませんでしたわ』
……迷宮の奥の方から、女の声が聞こえてきたではないか。
それとともに、一人の女が現れた。
赤色の長い髪を優雅に結い上げ、病的と思えるほどに白い肌に、扇情的な赤色のドレスを纏っている。
瞳の色は金色、そしてその口からは牙とまではいかないが、長い犬歯が覗いている。
「ヴァンパイア……いえ、まさかエンシェントヴァンパイア?」
女の姿を見て、訝しげな様子で声を漏らすフラン。
彼女の言葉を聞き、女は『クフフフ……っ、ご名答ですわ』と面白そうに笑う。
【ここに来てエンシェントヴァンパイアが出るとは……】
サヤの手の中で、シグレが声を漏らす。
ヴァンパイア――
それはアンデッドの中でも上位に位置する存在だ。
そんなヴァンパイアの中でも、エンシェントヴァンパイアはさらに強力な個体だとされている。
女――エンシェントヴァンパイアの口ぶりからするに、エルダーリッチは彼女の配下だったようだ。
『さて、お前たちがここまで来れたことは褒めてあげましょう。しかし、これ以上ワタクシの〝計画〟の邪魔をされるわけにはいきません、ここで散ってもらいますわ――』
そう言って、エンシェントヴァンパイアは右手を前に突き出す。
するとエンシェントヴァンパイアの目の前に、真紅の巨大な魔法陣が浮かび上がった。
『来なさい、〝アンデッド・オルトロス〟……ッ!』
エンシェントヴァンパイアが叫ぶ。
それに応えるかのように、魔法陣の中から――
『グロロロロォォォ――ッッ!』
――そんな咆哮とともに、一体の異形が現れた。
『アリサ! それにモンスターたちよ、下がっていろ!』
「ここは私とダークちゃんでやるにゃん!」
異形――アンデッド・オルトロスの姿を確認した瞬間、ダークとヴァルカンが、アリサたちに指示を飛ばしながらそれぞれ前に出る。
ヴァルカンたちの真剣な様子、そしてアンデッド・オルトロスの放つ、とてつもないプレッシャーを前に、アリサやバーンたちはゆっくり後退する。
アリサたちは理解しているのだ。
エンシェントヴァンパイアとアンデッド・オルトロス――この二体を前に、自分たちは無力であると……。
アリサたちとともに、グランペイルとレッサーデーモンたちも少しだけ後退する。
しかしグランペイルの後退は逃げるためではない。
アリサとモンスターたちを敵の攻撃から守るために、自身とレッサーデーモンが盾になるようなフォーメーションを組んだのだ。
オルトロスは〝召喚獣〟と呼ばれるモンスターとは別の特殊な存在だ。
その姿は二つの頭を持つ三メートルほどの巨大な狼である。
元々は魔族の召喚術師だけが呼び出せる非常に強力な異界の戦力なのだが……
どうやらエンシェントヴァンパイアは、召喚獣であるオルトロスをアンデッド化し、自身の配下としてしまったようだ。
『アンデッド・オルトロス、その者たちを始末するのですわ』
『グロロロロロォォォォォ――!』
エンシェントヴァンパイアの指示に、雄叫びを上げる。
そしてその体から、赤と黒の混じった瘴気のようなものが噴き出す。
雄叫びを上げるアンデッド・オルトロスの様子に、エンシェントヴァンパイアは満足そうに小さく笑うと、迷宮の奥へと消えてゆく。
「ヴァルカン、ダーク、ここは任せていいですか?」
『大丈夫にゃ!』
『最初からそのつもりだ!』
フランの問いかけに、ヴァルカンとダークが短く答え、それぞれハンマーと剣尾を構え――ダンッッ! という凄まじい音とともに、アンデッド・オルトロスに向かって飛び出した。
「サヤ、私と一緒に!」
そんな声とともに、フランが迷宮の奥に向かって駆け出した。
本当ならヴァルカンたちとともに戦いたいところだが、先ほどエンシェントヴァンパイアは〝計画〟という言葉を口にしていた。恐らく、とんでもない〝何か〟を画策しているのであろう。
それを実行に移される前に、サヤとともに、エンシェントヴァンパイアを討ちにいくのが得策と考えたのだ。
フランの声に、サヤは「ああ」と短く答えると、彼女とともに迷宮の奥へと駆けていく――。