七十六話 V Sワイバーン①
休息を終え、サヤたちは迷宮四層目へと足を踏み入れた。
四層目は天井が高く、広大な空間が広がっていた。
そしてその奥に、一体の異形の姿が――
ドラゴンだ。
黒と緑を基調とした鱗に覆われた三メートルほどの体と、その背中に巨大な翼の生えたドラゴンが、サヤたちを見据えている。
「アレがワイバーンとやらか?」
「そのとおりにゃ、とんでもなく強いから気をつけるにゃん」
サヤの質問に、注意を促すヴァルカン。
しかし、その声色は少々陽気で、サヤが負けるとは微塵も思っていないように聞こえる。
「ワイバーンよ、我と戦え。お前が負けたら我の配下となれ」
サヤは静かにシグレを抜き、その切っ先をワイバーンへと向ける。
『グルル……ッ、スケルトンが喋っているだと……? いや、それよりも脆弱なる身で拙者に挑むとは、それも一対一で……面白い、相手になってやろう』
サヤの言葉に、好戦的な表情を浮かべ翼を広げるワイバーン。
スケルトンであるサヤを弱者というカテゴライズをしつつも、嘲笑するような雰囲気はなく、むしろ興味心身といった様子だ。
『マ、マジでサヤ様はお一人で戦うつもりなのか……!』
『うぅ……! どうなってしまうのだ!』
ワイバーンに向かってシグレを向けるサヤを見て、オニイチとオニジが戦々恐々とした声を漏らす。
「サヤ、いったいどのような戦い方を見せてくれるのでしょうか」
相変わらずクールな表情をしているが、どこかワクワクした様子を見せるフラン。
そして次の瞬間――
『いくぞ、スケルトンッッ!』
――そんな声とともに、ワイバーンが片方の翼を大きく振りかぶり、突進の勢いを活かしながら翼爪を繰り出してきた。
「《エンチャントウィンド》――ッ!」
スキルを発動し、気流を纏うサヤ。
目にも止まらぬ速度で、その場で大きくサイドステップする。
次の瞬間、ワイバーンの翼爪が今までサヤのいた場所を通り過ぎ、そのまま地面をバターのように切り裂く。
「ほう、なかなかの切れ味だ、シグレほどではないがな」
【ふふん、当然じゃ】
サヤの言葉を聞き、自慢げに笑ってみせるシグレ。
戦いの最中だというのに、サヤに褒められたのが嬉しくて少々気が緩んだようだ。
『拙者の攻撃を躱すとはな、それに……その風はスキルによるものか?』
少々意外そうに目を大きく開きながら、ワイバーンはサヤに問いかけてくる。
最下級モンスターがスキルを使った上に、ワイバーンである自身の攻撃を交わした……その事実を前に、さらにサヤへの興味が湧いたようだ。
「そのとおりだ。我だけでなく、お前のスキルも見せてみろ」
『くっ……くはははは! 面白い! いいだろう、拙者のスキルも見せてやる! 喰らうがいい、《エアスラッシュネイル》――!』
サヤの軽い挑発に、ワイバーンは面白そうに笑い声を上げる。
それとともに、その場で翼爪を横に振るった。
するとどうだろうか、ワイバーンの翼爪から四本の閃光が迸ったではないか。
どうやら爪から斬撃を射出するスキルのようだ。
【サヤ、〝アレを〟やるのじゃ!】
迫りくる閃光を前に、サヤに向かって叫ぶシグレ。
サヤは「ああ」と短く答えると、シグレを腰だめに構える。
すると今までサヤを覆っていた闇霞が、シグレの刀身に集まる。
そして……
「《閻魔ノ黒魔槍》――」
【発射なのじゃッッ!】
……そんな掛け声とともに、サヤはシグレを振り抜いた。
振り抜かれた刀身から、闇霞が巨大な槍の形となって飛び出した。
闇色の魔槍がワイバーンの放った閃光と激突する。
一瞬だけ拮抗したかと思うと、閃光は魔槍の前に散らされてしまう。
『ぐ……ッッ!?』
目の前の光景が信じられない――とでもいった様子で、ワイバーンはその場で大きく跳躍することで緊急回避を行う。
「ふむ、躱されたか」
【やはり、もう少し練習が必要じゃの】
跳躍した勢いで天井すれすれまで飛び、滞空するワイバーンを見据えながら、シグレとサヤがそんなやり取りを交わす。
サヤとシグレは剣術以外の修行もしていた。
その中で作り上げたのが、今ワイバーンに向けて放った《閻魔ノ黒魔槍》だ。
サヤはシグレとシンクロし、闇霞をある程度自分の意思で操れるようになった。
そしてさらに練度を上げ、闇霞を高圧縮し、攻撃技として放つまでに至ったのだ。
「さぁ、もう少し我の技の練習に付き合ってもらうぞ」
『面白い、脆弱なる者――否、強き者よ! 拙者も本気で応じるとしよう!』
サヤの言葉に、ワイバーンは空中で大きく咆哮する――。