七十話 迷宮へ
一時間後――
「アレが迷宮への入り口か」
馬車に揺られながら、窓から遠くの方を見るサヤ。
その視線の先には大きな洞窟が見える。
迷宮の前に到着した一行。
それぞれ装備の確認をすると、フランを先頭に迷宮の中へと足を踏み入れる。
明るく照りつける太陽が眩しい外の景色とは一転、迷宮の中は仄暗く、肌寒い空間がどこまでも続いているかのようだ。
エルフの里の近くにあった迷宮とは違い、何やら壁に古い絵や文字のようなものが描かれており、さながら何かの遺跡のような雰囲気を感じとることができる。
「さて、人目もないことだ、変身しておくとしよう」
【そうじゃな】
サヤとシグレは短く言葉を交わすと、それぞれスケルトンと妖刀の姿へと変身する。
「……ダークから聞いてましたが、あなたは本当にモンスターだったのですね」
そう言って、サヤのことをまじまじと見つめるフラン。
猫の姿を持つダークと過ごしていたから、こういったことにはある程度は慣れているのだろうが、やはり美しいエルフからスケルトンに変身するのを見れば、驚きの感情を抱いてしまうようだ。
そしてサヤの姿を見終わると、次は妖刀に変身したシグレを興味深げに見つめている。
「それにしても……たしかに強力なモンスターの気配がするにゃん」
迷宮の奥の方へと視線をやりながら、ヴァルカンが呟く。
ギルドマスターから話があったように、まだ迷宮の入り口だというのに、強力なモンスター特有のプレッシャーのようなものを感じ取っているのだ。
そしてそれはこの中で一番弱いアリサも同じのようだ。
迷宮の中は肌寒いというのに、その額にはうっすらと冷や汗が浮かんでいる。
周囲を警戒しつつ、サヤたちは迷宮の中を進み始める。
歩き出して数分経った頃――
とうとう一体目のモンスターが姿を現した。
灰色の毛並みをした狼型のモンスターだ。
しかし、普通の狼とは違う点がある。
目の前の狼は二足歩行しているのだ。
そしてその手には大きな鉈のようなものが握られている。
そのモンスターの名は〝ワーウルフ〟――。
狼の俊敏さと、人間並の知能と器用さを持つ厄介なBランクモンスターだ。
だが、このモンスターの厄介なところはそれだけではない――
『ワオォォォォォォ――ン!』
大きく遠吠するワーウルフ。
するとどうだろうか。
迷宮の中から、四足歩行の狼型モンスターが四体ほど駆けつけてきたではないか。
『ふんっ、仲間の〝ビッグファング〟を呼んだか』
面白くなさそうに鼻を鳴らすダーク。
彼女の言うとおり、今現れたのはビッグファングと呼ばれる、ワーウルフと同じくBランクのモンスターだ。
「これ以上仲間を増やされる前に討伐するにゃん!」
ヴァルカンがハンマーを手に、敵を睨む――そんな時であった。
「お前たち、我の配下にならないか?」
サヤがワーウルフたちに話しかけた。
『な!? スケルトンが喋っているだと!』
『しかも異種族と言葉が通じるとは、どういうことだ……!?』
サヤのスキル、《異種族言語理解》の効果を前に、ビッグファングたちは狼狽した様子を見せ始める。
それと同じように、フランもビッグファングたちの言葉がわかることに驚いた表情を浮かべている。
『よくわからんが、言葉が通じるとは面白い。だが、スケルトンや人間ごときに屈する俺たちじゃないぜ。俺たちを配下にしたいなら、まずは力を見せてみなッッ!』
狼狽するビッグファングたちの中、唯一面白そうな表情を見せていたワーウルフが言葉を紡ぐ。
そして、手に持っていた巨大な鉈を構えると、サヤに向かって飛び出した。
『俺たちもいくぞ!』
『ワオォォォォ――ンッッ!』
ワーウルフに続き、ビッグファングどももあとに続き、駆け出した。
「この国のモンスターの実力、試させてもらおう」
少々楽しげな声を漏らすと、サヤもシグレに手をかける。




