五十八話 宴
「サヤさま! よかった、ご無事で!」
少し経った頃、アリサが向こうの方から駆けてくる。
装備にいくつかの傷が見られるが、幸いにも彼女自身は無傷のようだ。
「その様子だと、無事にそちらも終わったようだな」
「はい! 戦っている途中に、レッサーデーモンは全て消え失せてしまいまして――、ところで、その子はいったい……」
サヤと話す途中で、彼の足下にいるグランペイルの存在に首を傾げるアリサ。
アリサの持つエルフの勘をもってしても、その正体が見抜けないほどに、グランペイルから敵意が消え失せているようだ。
「少し説明が必要だが……まずは伯爵の身柄を騎士たちに引き渡すとしよう」
そう言って、視線を横にやるサヤ。
そこには気絶した伯爵が縄で拘束されている。
「……ッ」
ほんの一瞬、殺気を帯びるアリサ。
その右手が刀に伸びそうになるが、なんとか己の理性を働かせ、抑え込んでみせる。
「おーい!」
「その様子だと無事に済んだみたいだね!」
健在なサヤたちの姿を見て、安心した様子で駆けてくるダニーとケニー。
二人に伯爵が引き渡されたのを確認したところで、アリサはようやく、ホッと息を吐くのであった。
◆
数時間後――
「なんと、では大悪魔グランペイルを配下にしてしまったのか!」
「サヤ殿はとんでもない固有スキルを持っているのだな」
伯爵を騎士団の牢へと収容し終えたところで、オヴィやディンに、戦いの顛末とグランペイルを配下にしたことを説明すると、そんな反応が返ってきた。
騎士たちの尋問を受け、もう逃げ道はないと観念したのか、伯爵は自分の罪を認めたそうだ。
数日のうちに、伯爵は皇帝の住う帝都へと移送され、正式な裁きを受けることとなる。
オヴィとディンの話では、最低でも伯爵の地位を剥奪され、終身刑は確実だろうとのことだ。
諸々の話し合いを終えると、サヤたちは騎士団の宿舎をあとにする。
◆
その日の晩――
「いやぁ〜! それにしてもサヤくんたちは本当に強いんだね! まさか悪魔グランペイルを討伐した上に、配下にしちゃうなんて!」
冒険者ギルドの酒場で、樽ジョッキを片手に冒険者レナがサヤに語りかけてくる。
昼の戦いの勝利、そして黒い噂があった伯爵の悪事が暴かれ、捌きが降るという事実。
それらを祝おうと、サヤたちはレナに呼ばれてこの酒場へとやってきたのだ。
もちろんこの場には、サヤたち以外にも、ダニーにケニー、オヴィやディンを始めとした騎士たち、それにともに戦ってくれた冒険者たちもいる。
サヤたち、それに突如の出来事だったにも関わらず、戦線に参加してくれた冒険者たちを労うために、今日のお代は全て騎士団の奢りである。
「それにしても、まさかサヤ様がこんなにも美しいエルフだったなんてな」
サヤの膝の上で丸くなりながら、感心した様子で呟くグランペイル。
異界の大悪魔が、まるでペットのような振る舞いだ。
『おい、グランペイルよ。そこは妾のポジションだ。退け』
『ふんっ、断る。ここは今日から俺の場所だ』
『き、貴様! 立場というものをわからせてくれる!』
サヤの膝の上で、ダークとグランペイルが取っ組み合いを始める。
あまりにシュールなやり取りに、シグレにアリサ、それにヴァルカンたちは、思わず吹き出してしまう。
「ようやく笑ったな、アリサ」
アリサが笑っているのを見て、彼女の頭に手を置くサヤ。
「サヤさま……」
サヤに言われて、自分がこの戦いのあと、笑っていなかったことを自覚したアリサ。
優しく頭を撫でられながら、幸せそうな表情を浮かべる。
『サ、サヤ様! 俺も撫でてくれ!』
『グランペイル、また抜け駆けする気か! 妾が先だ!』
【いいや、ここはワシが先に撫でてもらうのじゃ! 最近、アリサにいい思いをさせてばっかりだったからの!】
サヤからのなでなで権を巡り、今度はグランペイルとダークに加え、シグレも我先にと争い出す。
「んにゃ〜、サヤくんはモテモテにゃん!」
それを側から見ながら、ゲラゲラと笑いだすヴァルカンや騎士、それに冒険者たち。
宴は大いに盛り上がり、夜遅くまで続くのであった――。