五十四話 悪魔召喚
「なんだ……アレは」
紫色の光が止むとともに、サヤが声を漏らす。
その視線の先には、毒々しい紫の身体を持つ〝化け物〟が聳え立っていた。
身長は三メートルほどだろうか。
筋骨隆々の肉体と、猛獣のような顔、その顎門からは鋭い牙がいくつも覗いている。
『ほう……この俺が呼び出されるとは、召喚者は誰だ?』
地面の底から響くような声で、化け物は言葉を紡いだ。
「私だ! 私がお前を呼び出したのだ! 〝グランペイル〟よ!」
化け物の問いかけに、伯爵が大声を上げる。
その瞳は血走っており、まともな精神状態でないことがありありと伝わってくる。
『グランペイル……だと?』
化け物の紡いだ名前を聞き、ダークが訝しげに声を漏らす。
「ダーク、あの化け物のことを知っているのか?」
『サヤ殿、妾の記憶が正しければ、グランペイルとは異界にいる〝悪魔〟の名前だったはずだ』
「異界? それに、悪魔……だと?」
初めて聞く単語に、サヤは首を傾げる。
「今は詳しく説明している時間はないにゃ! とにかく危険な存在だから、私たちも加勢するにゃん!」
「そうだな、行くとしよう」
ヴァルカンの言葉に頷くと、サヤはその場を飛び出した。
アリサにヴァルカン、そしてダークもあとに続く。
「何だ、あの化け物は……!」
「何か起きる前に攻撃を仕掛けるよ!」
そんなやり取りを交わしながら、ダニーは剣を、ケニーは戦斧を構える。
他の騎士たちも、己の得物をそれぞれ手にする。
「グランペイルよ! その者たちを始末しろ! その対価に、この都市にいる住人――その半数の命を捧げよう!」
『ほほう、悪くない条件だ。その契約を飲むとしよう』
何やら物騒なやり取りを交わす伯爵と、悪魔グランペイル。
そんなグランペイルに攻撃しようと、騎士たち駆け出す……のだが――
『来い! 我が下僕どもよッッ!』
天に腕をかかげ、唸り叫ぶグランペイル。
するとその頭上に、紫色の魔法陣のようなものが展開し、その中から無数の化け物が現れる。
その姿は、まるで小型化したグランペイルのようだ。
『ちっ……! 〝レッサーデーモン〟を召喚したか!』
「んにゃ〜っ! これは面倒にゃ!」
ダニーたちのもとへと駆ける最中、ダークとヴァルカンがそんなやり取りを交わす。
グランペイルの口ぶりからするに、ヤツの眷属と見るべきだろう……。
そんな予想を浮かべつつも、サヤはシグレに手をかける。
「喰らえ……っ!」
そんな言葉とともに、レッサーデーモンの群れに飛び込み、回転切りを放つサヤ。
レッサーデーモンの何体かが、その場で『『『キキーッ!?』』』と悲鳴を上げると、紫色の血飛沫を散らして力尽きる。
サヤは止まらない。
そのまま一気に駆け抜けると、グランペイルに向けて――
「《ファイアーレイン》……ッッ!」
――下級魔法スキル《ファイアーバレット》の応用技を放つ。
『グハハハハァァァ――! そんな攻撃なんか効かねぇぞ!』
サヤの放った《ファイアーレイン》に向けて手のひらを突き出すグランペイル。
すると手のひらの前に、またもや魔法陣のようなものが展開し、今度はサヤの攻撃を無効化してしまう。
「ち……っ、厄介だな」
攻撃を無効化されたことに少々苛立った様子で声を漏らすサヤ。
その場で半回転し、襲いかかるレッサーデーモンを斬り捨てる。
『下僕どもよ! 暴れて来い!』
魔法陣の展開を解いて、大声で叫ぶグランペイル。
するとレッサーデーモンたちは、四方八方に向かって駆け出した。
「くそ! 住人たちが危ねぇ!」
「ダーク! ヴァルカン! ここは任せていいかい!?」
悪態を吐くダニーと、二人に向かって叫ぶケニー。
【ああ、大丈夫だ!】
「グランペイルは私たちとサヤくんに任せるにゃん!」
ダークとヴァルカンの返事を聞きくと、「助かる!」と短く感謝の言葉を告げ、ダニーたちは他の騎士たちと、都市の住人を守るためレッサーデーモンども追い始める。
「アリサ、お前も騎士たちとともに、都市の住人たちを守ってやれ」
「サヤさま…………、わかりました」
逡巡するも、今の自分ではサヤの力になれないと判断し、アリサは騎士たちとともにその場から駆けていく。
『ほう……その数で俺の相手をしようってか?』
余裕綽々といった様子で、サヤ、ヴァルカン、ダークを見下ろすグランペイル。
その後ろでは、伯爵が下卑た笑みを浮かべている。
「《エンチャントウィンド》――ッ」
問答無用とばかりに、サヤはシグレを片手に気流を纏うと、グランペイルに向かって飛び出した――。