五十二話 作戦会議
数日後――
サヤたち一行は、伯爵領ホフスタッターへと辿り着いた。
まずはダニーたちの案内で騎士団の宿舎へと向かい、そこでこの都市の騎士隊長を二人ほど呼び出してもらう。
「なんと……」
「まさかそのような事態になっていたとは……」
リューイン侯爵から預かった書状をダニーから受け取り、その内容を見て険しい表情を浮かべる二人の騎士隊長。
彼らの様子を見るに、伯爵家から金庫が奪われたことは騎士団に伝わっていないようだ。
それらから予測できるのは、使用人の何人かは、伯爵の裏の顔の協力者であるということである。
伯爵の金庫の中には違法な契約書の数々が眠っていた。
その存在が騎士団に知られれば、伯爵が失墜するのは必至。
それを回避するために、騎士団に捜索願を出さなかったのだろう。
「伯爵はまだこの都市に戻ってきてないんだよな?」
「ああ、恐らく明日辺りに公国から戻ってくる予定だ」
「伯爵の屋敷の周囲を張って、帰ってくるとともに身柄を拘束すべきだな」
ダニーの質問に、騎士隊二人はさっそく作戦を練り始める。
さすがはリューイン侯爵直属の騎士隊、その副隊長であるダニーが信用する者たちだ、行動が早い。
もともと侯爵の黒い噂を知っていたというのもあるだろうが、それ以上に正義感のある証拠であろう。
作戦を練るとともに、ダニーはサヤたちのことも、騎士二人に紹介をする。
件の襲撃の被害者であること、そして今回、いざとなれば戦力として協力することなども含めてだ。
「俺の名前はオヴィだ」
「私の名はディン、よろしく頼む」
騎士隊長二人はサヤたちと軽く挨拶を交わすと、自身の部下たちを呼んで、彼らにも軽く自己紹介をさせ、作戦を固める。
◆
一時間後――
「……あとは伯爵が戻ってくるのを待つだけか」
人気が完全になくなった伯爵家を眺めながら、サヤが静かに呟く。
念のため、伯爵の屋敷で働く使用人は騎士団でその身を預かっている。
誰が伯爵の悪事を知り、手を貸しているかわからない状況だ。
今回の作戦が伯爵に知らされるのを阻止するための処置である。
伯爵の身柄さえ確保し、聴取が終われば、罪のない使用人たちは解放されることとなる。
「この手で伯爵の息を止められないのは少し残念です。……ですが、それでも裁きが降るのであれば、みんな納得してくれるでしょう」
サヤにもらった刀を眺めながら、アリサが言葉を紡ぐ。
そんなアリサに、サヤは何か気の利いた言葉をかけてやりたいと、ふと思った。
しかし、憮然とした彼が持ち合わせる言葉は何もない。ならばせめてと、サヤはアリサの頭に手を置いて、軽く頭を撫でてやる。
「サヤさま……」
張り詰めた表情をしていたアリサが、頬をほのかにピンク色に染めて、小さく笑みを浮かべる。
サヤの気遣いを感じて、少し緊張が解けたようだ。
(やっぱり、わたしはサヤさまが好きです……)
心の中で、改めてそのことを意識するアリサ。
そのままサヤの腕に、自分の腕をまわし、少々甘えるような表情で彼に密着する。
「ふむ……」
なんとなく、このままにしてやった方がいいのだろう。
サヤはそんな風に思い、アリサの好きにさせてやるのだった。
(く……っ、アリサめ、抜け駆けしおってからに……っ!)
二人のすぐ側で、シグレは、むむむっ! と、ほっぺを膨らませて嫉妬する……のだが、邪魔するようなことはしない。
今のアリサの心境を考え、今回はばかりは彼女にサヤを貸してやってもいいと思ったのだ。
時刻は夕刻――
西に沈む夕陽のオレンジの光が、三人を幻想的に照らすのであった。